表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2、宵闇の王、イシュバランケー


「まさかそなたが、この俺を殺そうとするとはな…。」


 シバルバーの心臓に深く刺さったように見えていた刃は、しかし次第にその姿が浮かび上がってきた。

 同時にシバルバーの身体が黒い霧のように消えて行っていたのだと、イシュタナは気付いた。


 神殺しは、失敗した。


 イシュタナはすぐさま、刃を戻して、代わりに自分の心臓へと突き立てようとした。

 生け贄としての自らの心臓の血で、神の怒りを鎮めるために。

「まだ死ぬ時ではない…。」

けれど、よく研ぎ澄まされていたはずの刃は、イシュタナの心臓を貫く前に、まるで土くれのようにボロボロと崩れてしまった。

「勇敢な姫よ…、俺を殺すことで、生け贄の悪習を終わらせようとしたか…。」

シバルバーは、再びイシュタナから少し離れた場所に、その姿を表していた。

 黒いフードを深く被った姿から、その顔を伺うことはできない。

 ただその声からは、思ったよりも若い男性だと推測できた。

「勇敢で愚かな姫よ、俺の怒りが、そなたの国や家族に向かうとは考えなかったのか?」

「私の心臓を持ちまして、どうか家族にだけは災いの向かわぬよう、宵闇の王におかれましては、祈るばかりにございます…。」

イシュタナは歯噛みした。家族に災いが向かうこと。それは一番恐れていることだった。

 けれど、家族には、手紙と一緒に今まで貯めた金子を置いて家を出た。

 もしも何かがあったなら、すぐに国を出て遠くに逃げて欲しいと、手紙にはしたためてある。

「コカは飲んでいないのか?」

イシュタナの受け答えがしっかりとしていることに、シバルバーは疑問を抱いたようだった。


 今まで生け贄に選ばれていた姫達は、生け贄になる一年以上前から、大量のコカの葉とリュウゼツランの酒を与えられていた。

 生け贄当日には、意識は朦朧とし、夢見心地のまま黄泉の国へと旅立てるように。

 けれどイシュタナは、そのコカの葉とリュウゼツランの酒を、秘密裏にお金に変えていた。

 コカの葉と酒は、普通であれば庶民の口には入らない高級品である。

 口の固い商人と内緒で取引をし、もしもの時の母と妹の逃走資金のために、イシュタナはこっそりと資金を作っていたのだ。


「はい、飲んではおりません。」

イシュタナは、与えられたコカと酒を全て金に変え、飲んで酩酊したフリだけをして、ここに来ていた。

「毒に侵されていないのは重畳だ。」

シバルバーはその返事に満足そうに頷いた。

 その様子に、イシュタナの頭に疑問が浮かぶ。

 シバルバーの様子は、聞いていた話とどうも少し違いがあるようだった。

 シバルバーは、太った巨漢の男で、酩酊した生け贄を頭からバリバリと食べるのを好んでいると、イシュタナはそう聞かされていた。

 けれど見たところ、黒いフードに包まれた身体は細身のように見えたし、何よりコカを飲んでいないのを喜ぶのは奇妙だった。

 けれどもしかしたら、ただ痩せただけかもしれないし、たまたま活きの良い餌が食べたい気分なだけかもしれない。


「脱げ。」


 次の言葉に、イシュタナは身を固くした。ついにシバルバーは、私を頭から食べる気なのかもしれないと思った。

「辰砂の服は、身体に良くない。」

けれどシバルバー、上質で清潔な麻の服を投げて寄越すと、毒である辰砂のドレスを脱ぐように再度促した。

「はい…。」

シバルバーの意図は分からなかったけれど、辰砂のドレスを脱げるのは素直にありがたかった。

 替えの服を渡すということは、今すぐ食べようというわけでもないのかもしれない。


 イシュタナは警戒しながらもドレスを脱ぐと、与えられた麻の服に袖を通した。

 麻を丹念に柔らかくして作ってあるその服は、着心地も良く、デザインも可愛いものだった。


「そなたに見せたいものがある。」

着替え終わったイシュタナに、シバルバーはそう切り出した。

「はい。」

気が付くと、隣に一人の黒い翼の生えた神が立っていた。

「ご案内いたします。」

黒い翼の神は、恭しく頭を下げると、そのままイシュタナを先導してくれた。

 イシュタナは翼の神とシバルバーに案内され、洞窟の奥へと進んで行った。


 洞窟の奥には広い球技場があり、その端には大きな木が生えていた。

 そしてその太い枝には、今切られたばかりのように血を滴らせている、大きな生首がぶる下げられていた。

「ひっ…!!」

あまりに凄惨な光景に、イシュタナは思わず悲鳴を上げた。

「もう死んではいるが、危険なので近付かない方が良い。」

シバルバーは、生首から距離を起き、イシュタナを庇うように前に立ちながらそう言った。

「あれが、昨日までシバルバーの王であった、フン・カメーの首だ。」

「え……?」

「長く宵闇の国に君臨していた王は、昨日この私が倒した。今日からこの国の王、シバルバーは、この俺、イシュバランケーである。」


 フードを取ったシバルバーは、黒と金の神に金の瞳をした、まるでジャガーをそのまま青年にしたような精悍で愛嬌のある顔立ちをしていた。


「え…?」


 後ろで翼の神がイシュバランケーにかしづくのが見えた。

 私も慌てて宵闇の国の新しい王、イシュバランケーに跪きつつ、あまりの出来事にただ驚いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ