9話
最近原宿にタトゥーショップが出来たらしい。
驚くべきことに、青山は英語を話せた。
それはもう、異様な空間だ。自分の目の前で小太りの男とモデルのような外国人美女が笑顔で喋っている。
しかも、なんとか喋れるとかのレベルではない。声色は変わり、単語すらも聞き取れないほどの崩れたリアルな英語だ。なんとか聞き取ってみるが、中学校で習うような単語のいくつかしか分からかった。
自分と真田は二人唖然としてそれを眺めていた。時間としては1、2分くらいだったが、情報の多さ故か、内容を聞き取れないためなのか、その時間をとても長く感じた。
「ごめんね、置いてきぼりみたいにさせちゃって。紹介するよ、この子マリアって言うんだって!同い年だよ」
と、青山は普段の生活からは想像できないような爽やかさな顔で言う。
「マリア、、聖母。。」
とつい口に出すと。
「リアルに聖母じゃん。女神様〜!」
と真田が乗っかる。
「うん、ママがそうつけてくれたの」
「え?」
「え?」
「え?」
この3つの「え?」について解説する。
一番上は青山の「いや、君喋れるのか」の、え?だ。真ん中はマリアさんの「青山くんどうしたの?」の、え?だ。そして一番下は、この5分全てに対しての自分の驚きの、え?だ。真田に関してはもはや声を出すことすらできていない。
膨大な情報量をまとめるために自分達4人は学生ラウンジへと話しながら向かった。チャペルアワーなど、とうに忘れていた。
「あ、留学生じゃくてハーフですか?」
真田が珍しく敬語で喋る。
「うん、両親はカナダ人とアイルランド人のハーフ。」確かにハーフだが、真田の質問の意図とは齟齬が生じている。
「私、たしかに留学生なんだけどね、パパの仕事の都合で11歳まで練馬にいたの!」
「そういうことか。」
「今の実家はカナダのトロントなんだけど、どうせならもう一回日本に住みたいなって思ってね、来ちゃった」
「だからこんなに自然な日本語なんだね」
と青山も納得した。
「いや青山、お前こそなんでそんな英語ペラッペラなんだよ!笑」
と真田がツッコミを入れる、たしかにそうだ。マリアさんが日本人のような自然な日本語を話していたように青山はとても流暢な英語を駆使していた。
「うん、言ってなかったけど俺、帰国子女なんだよ」
今日はとても驚く日だ。
青山は9歳までこれまた親の仕事の都合でシアトルにいたらしい。前に青山に地元はどこなのかと聞いた時は群馬と答えていたのだが、まさか生まれがシアトルだなんて思わなかった。それにしても9歳の時の英語力であんなに流暢に話すのだから、やはり青山は何か凄いものを持っているとしか思えない。
「でも日本に来てからPS4のボイスチャットくらいでしか英語使ってないから全然だよ」
どこからが全然なのかは分からないが、そうなのねと相槌を打つ。むしろボイスチャットで青山の英語は進化したのかもしれない。
学生ラウンジでは、たくさんの学生がこの不思議な4人組を二度見していた。気にせずにいろんな話を続けた。平日はだいたいサングラスを付けているとか、カナダ人は実は地毛はそんなに金髪じゃないとか、私は熱心なキリスト教だ、とかだ。マリアは思っていたよりも全然気さくだった。現に自分が呼び捨てで名前を言えるくらいには仲良くなっている。真田は何故かずっと敬語だが。そんな調子で、時折英語の入る雑談をしばらく続けた。どうやら彼氏はいないらしい。
時刻は午後3時を回った。男達3人はそろそろゲームをしに学校を出ることにした。花より団子、マリアよりゲームである。連絡先を交換し、学校正門での別れ際、
「てことでマリアさんも来るよね??」
と真田がたわ言をいう。おい、馬鹿。
「あれ、気づかれてた」
ん?気づかれてた、とは。
「さっき知らんぷりしたけど、私もゲーム好きなんだよね。もちろん、CODも」
人は見かけによらないと書かれたタトゥーを彫ろう。と自分はおもった。




