8. ゾンビ対スケルトン
領主の部屋から追い出され、階段を降りる。
……アネッサさん。
「はい、なんでしょう」
オークってなんでしょう。
「魔族の支配下にある亜人種族です。身体能力が優れており強靭な戦士が多いですが、精霊を操る魔法を使うものもおります」
そういう意味じゃねえよ。
この城には元々敵対する相手がいたのかって聞いてるんだよ。
「言ってませんでしたか。ここのところオークの斥候がちょっかいをかけてきてます。こちらの戦力を探る目的でしょう。近いうちに攻めてくるかも知れません」
嵌めやがったな。
ヘンな茶番劇まで見せやがって。
「すみません。最初からそう言ったら断られそうな気がしたので…… ただ、軍を率いる者がいないのも事実ですし、先ほどのやりとりも特に打ち合わせはしてません」
ぬう……
他に行くあてもなし、受けてしまった以上やるしかないか……
「そう言って頂けると助かります。もちろん協力は惜しみません」
「女、次に主君に隠し立てすれば命はないものと思え」
ニムダくん、彼女もう死んでるから。
さて、まずはどうするべきか。
「でしたら、守備隊長のガランさんに話を伺いましょう。侍女の私の身ではロクに話しても頂けないのですが、リッグス様に領主代行を認めて頂いたゾンさんであれば」
君も苦労してるんだね……
「ええ、日々泣き暮らしております……」
それはバンシーだからだろう。
──
アネッサを伴い、最初の訓練場に向かう。
城内には幽霊や人魂のようなものがふわふわと漂っている。
「肉体が消失した者達です。復讐を果たして満足したり消耗して成仏した者もいるようですが、残っている者達はこの状態でも領主様を守ろうとしているようです。慕われておられたので……」
よほど良い領主だったんだろうな……
と、一つの人魂が俺の後をずっとついてきているのに気付いた。
なんだお前、喰われたいのか?
念話で問うと人魂は首をかしげるように傾いた。
なんか可愛いなコイツ。
「お知り合いですか?」
知らんな。誰なんだこれ。
「人魂の判別はつきませんね……あ、ガランさんがいらっしゃいました」
アネッサの声に前を向く。
ここに居たのは……
『ニンゲンヨ。チガウカ。マタキタノカオマエ』
再び巨漢スケルトンが姿を現して話しかけてきた。
お前か、ガランは。
「ガランさん、この方はゾンさんです。このたびリッグス様より領主代行を仰せつかり、オーク撃退の指揮を執って頂ける事となりました」
『ほう? ゾンビ如きに務まるものか? それは』
普通に喋れんのかよ。
『であれば、少々テストさせてもらいたい。ウチの隊は荒くれが多くてな。弱い者の命令など聞けんのよ』
ガランが指をカン、と鳴らすと、背後に3体の剣と盾で武装したスケルトンが立ち上がった。
マジかよ。丸腰のか弱いゾンビだぞ、こっちは。
『やれ』
合図と共に、スケルトンが剣と盾を構え、俺を取り囲む。さすが兵士スケルトン。訓練された動きだ。
「主君!」
下がってろ、ニムダ。人魂もな。
小手調べか、1体が軽く突きを放ってくる。
体を捻って躱しながらその懐に踏み込み、盾に掌を触れながらその死角に入る。
こちらの攻撃を警戒してか、盾に力を込めるのが分かる。
「ヴァッ!」
冥力と体重を動員して突き飛ばすと、スケルトンは10メートルくらい吹っ飛んで壁に激突した。骨だけあって軽いな。
『やるな。次は同時にかかれ!』
2対1か……
こちらとしては相手を圧倒できるほどの身体能力はないのでカウンターを狙いたいところだが……
スケルトン達は今のを見て警戒したか、剣の間合いよりやや遠く、左右に展開する。
こちらが離脱する素振りを見せると、位置を調整して挟み討ちの形を崩さない。本気かよ、やり辛いな。
間合いを保ったまま剣を振るってくる。慎重な動きだ。
腰が入っていないのでなんとか躱せるが、このままじゃジリ貧だ。
よし、飛び道具だ。
剣を振るおうとした瞬間を狙い、喉に溜めた緑汁を塊にして吐き出した。
狙われたスケルトンは盾で慌ててガードする。
ジュワア! と激しい音を立て、盾がどろりと溶けた。
盾を溶かされて(たぶん)驚愕しているスケルトンに一歩で近づき、頭骨に拳骨を叩き込む。
頭部はそのまますっ飛んで行った。
残りのスケルトンは焦って背後から斬りかかってくる。バレバレだ。
体を反転させて裏拳を叩き込みつつ足払いをかけて転ばせ、取り落とした剣を突きつける。
ふっ、決まったな。
『おお、強いな……我が精鋭3人を秒殺とは』
ガランが驚愕の声を上げた。
アネッサは口をポカンと開けて呆然とこちらを見ている。ニムダは余裕の表情だ。
人魂も俺の頭上をくるくると回って喜んでいる。
「ゾンさん、そんなに強かったんですか……!」
「我が主君ですぞ。当然のこと」
強いのか?
……そりゃそうか。スケルトンとはいえ、訓練された兵士達だもんな。
そういえば俺は何者だ?
ゾンビになっちゃうと細かいことが気にならなくなっていかんな。細かくないけど。
頭をすっ飛ばしたスケルトンも頭を抱えて戻ってきて3体で整列し、俺に向かって敬礼する。
どうやら認めてもらえたようだ。
『うむ、感服致した。指揮官として認めよう。いずれ俺とも手合わせしてくれ。今回は先に話を致そう』
ガランはその場にあぐらをかいて話し始めた。と言っても念話だが。
まず、守備隊の戦力について教えてくれ。それと、オークについてだ。
『我らオルロカルネ守備隊は500の常備兵と2000以上の志願兵で構成される』
ほう。
『……のは昔の話で今はスケルトンが100、ゴーストが100の計200ほどだな』
……桁が減ったな。
まあ300年前からだししょうがないか。
『うむ、300年前の戦いでも大分減ってしまったしな。それと、オークについてだな。あれはそう……何年前だったか……』
大丈夫か。
部下のスケルトンがガランに耳打ちした。念話なのに。
『そう、2週間ほど前だったな。またオークが来たので、我ら守備隊が撃退してな。そう、ジークハルトのやつが哨戒中に小便をしようと茂みに入ると、城の周囲を探っていたオーク共の小隊と鉢合わせしてな、その時のジークハルトの驚き様と言ったら、腰骨が外れるほどで、まるでゾンビとでも出くわしたような』
……ツッコまんぞ。
細かい話はいいから、いつからオークが来てるか、どれくらいの規模か教えてくれ。
『ふむ、一月前くらいからちょくちょく見かけるな。最近は規模も頻度も増えてきておる。大規模な襲撃が近いのではないかと』
その割には警戒が薄いな……
聞いてた通り、領主が眠りについているからガランを含めた支配下のアンデッドも無気力になっている、ということか。
誰の手のものか、どこから来てるかは分かるか?
ガランはかぶりを振る。
『分からぬ。だが、この城に用があるのは間違いないようだ。おう、そう言えばトルマルドの奴がそやつらの目的を探るようなことを言っておったかな』
「トルマルドさんは賢者です。すごく気持ち悪いですが、研究開発治療、なんでもござれの便利な方です。ミイラです」
300年前のミイラか。次はそちらだな。
やれやれ、たらい回しか。