7. 侍従長
ゾンビ4人組は応接室に置いてアネッサ、ニムダと共に3階に上がってきた。
3階は3部屋ほどあるが、領主の居室以外は使われていないらしい。
その中央、領主の部屋の扉の前に来ると、アネッサが扉をノックして声をかける。
「領主様、アネッサです。お客様をお連れ致しました」
「……入れ」
部屋の中から低い声が聞こえ、ギョッとする。
眠っているという話では……
「……侍従長のリッグス様です」
アネッサが俺に小さく耳打ちした。
先に言ってよ、心臓が止まるかと思ったよ。止まってるけど。
「失礼します」
アネッサが扉を開ける。
寝室にしては広い部屋だ。
奥に天蓋付きベッドがあり、誰かが寝ている。
冥眼で見ると穏やかだが凄まじいオーラが立ち昇っているのが見える。
これが領主か。
その傍らにはピシッとした白いヒゲの老紳士が浮いている。
……浮いているな。
「レイス、ですな。霊体であり、物理的な力を持ちません。魔法や呪いを使える者もおります」
ニムダが説明する。そういうのは本人の前で言うものじゃないぞ。
が、リッグスは気にした様子もない。
「そこで止まれ。領主様は見ての通り、お休み中だ。要件ならば私が聞こう」
アネッサが一歩前に進みでる。
「リッグス様、この方は旅のお方です。名は……」
あっ。
「……なんでしたっけ?」
えーと、俺の名は?
そう言えば気にしたこともなかった。やばい。
うーん、ゾンビ、ゾンビ、ゾン
「……ゾン様と申します。領主様はもう300年、眠っておられます。そこで、ゾン様に領主代行をして頂こうとお連れ致しました」
ナ、ナイスフォロー?
リッグスは表情をピクリとも動かさない。
「誰とも知れぬ旅の者を領主代行として認めろ、というのか? しかもゾンビだと? アネッサ、貴様遂に狂ったか? 認められるわけがなかろう」
もっともな事を言う。まともな奴もいるんだな……
「お言葉ですが、リッグス様。領主様が目覚められる保証はございません。次にお客様が訪れる保証も然り。この機を逃しては永遠にこの停滞した現状は変わらないかもしれません」
ただの残念な娘じゃなかったのか、アネッサ。
意外に説得力のある言葉に、初めてリッグスの眉が動く。
しばし考えこむように視線を逸らした後、手でベッドの方を示した。
「……領主様のお顔を見てみよ。必要以上に近づき過ぎるなよ」
少し前に進み、領主の顔を覗き──ハッとする。
紫の髪をした美しい女性。穏やかな寝顔──いや、死に顔、か?
「どうだ、美しかろう」
リッグスが誇るように言う。
「私は一向に構わんのだ領主様の美しい寝顔を見られるならば満足なのだ満ち足りているのだ復讐を果たし眠りにつかれているのだその眠りを邪魔するようなことなど私にはできぬのだ永遠にこの寝顔を見ていたいのだ停滞よいではないかむしろ望むところだ本望であるあのようなことがあって領主様は苦しんだのだ復讐に身を焦がし禁呪に手を出してまで我らのために敵を討ち倒したのだお疲れなのだお休み頂けばよいのだこの美しい寝顔を守る事こそが私の仕事なのだああ美しい私はこの寝顔を永遠に見守り続けるのだ私は一向に構わん」
前言撤回。まともじゃなかった。
「リッグス様」
アネッサが声を掛けると、リッグスはピタリと口を閉じた。
「永遠……と仰いますが、果たしてこのままでいることが領主様のお望み通りでしょうか」
「……なにが言いたい」
「領主様は常日頃から仰っておられました。進み続けなければならぬ、と」
「…………」
「停滞してはならぬ、と。それが領主様の望みであったはずです。侍従長であるリッグス様がそれを否定なさるのですか」
「その者にそれが出来ると言うのか。眠りについたこの城を再び……動かすことが」
「少なくとも私はこの方に希望を感じました。リッグス様も今、心を動かされておいでのはずです。もう自分を偽らずともよいのです」
なんか……俺、蚊帳の外なんだけど。
話は俺の意思を置いて勝手に進んでいく。
「……それでは、やってみるがいい。領主様にとって害になるのであれば、即座に排除する。それまでは、試してみるがいい」
リッグスは俺の方を見てその言葉を言ってしまった。
「ゾン殿、と言ったな。侍従長の名の下に、貴殿を領主代行として認める。領主様がお目覚めになられるまでの間、城を守ってみせよ」
……俺は何も言ってないのに認められてしまった。いいのか? なんか腑に落ちない。
「ひとまずは、そうだな。あの悪魔の尖兵、オーク共の殲滅。それをお願いしようか」
……ん? なんだって?
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