6. 侍女
「お見苦しいところをお見せしました……」
バンシーのお嬢さんはすぐに気を取り直して俺達にコーヒーを淹れてくれた。
食堂ではなく、小さめの──といっても十数人は入れそうな──応接室に移動している。
「これは……随分と毒々しい色をしている茶ですな」
これはコーヒーというものだよ、ニムダ君。
「よくご存知ですね。南方から取り寄せたものです。あまり知られていないものなのですが」
うん? この辺りではあまりメジャーではないのか。
コーヒーを口にするが……ゾンビなので熱さも苦みも感じない。悲しい。
「ほう、これは……苦いですが、なかなか深い味わいですな」
お前は味覚あるのかよ、ズルいぞ。
「はい、300年前のものなので、ちょっと味が変わっているかもしれませんが」
普通味が変わるどころじゃ済まんぞ、それは。
それで、お嬢さん? この城について教えてくれるかな?
「はい……私はアネッサと申します。お客様のお顔を拝見して大声を上げてしまうなど侍女としてあるまじき振る舞い、まずは深くお詫び申し上げます」
アネッサは深々とお辞儀をした。
うん、まあそのへんで。話進まないからね。
「はい、この城についてですが、300年ほど前はオルロカルネ城と呼ばれておりました。当時の人間同士の戦争で滅ぼされるまでは」
「ふむ……150年前の人魔戦争よりも古い話ですな。まだこの城が残っているということは、このあたりはあの戦争の被害はなかったのでしょうか」
「人魔戦争については聞き及んでおりますが、この城は関係しておりません。なにせ、領主がずっと眠っておりますから」
眠ってる……?
「はい。300年前、この城は敵対勢力に攻め込まれ、滅ぼされました。無慈悲なる敵は降伏も許さず、城の者を皆殺しにしたのです」
淡々と語るが、その目には絶望の色が見える。当時の状況を思い返しているのだろう。
「領主は激しい怒りと憎悪を以って禁断の秘術を使いました。自らと配下の命を捧げ、復讐を願ったのです」
目から涙が一筋落ちた。やめろよな、女の涙には弱いんだよ。
「そうして領主は死の王となり、この城の者達は不死の軍団となり……敵対者を滅ぼしました。復讐を遂げた領主は眠りにつきましたが、配下の我々は未だに絶望の中、永遠の時を過ごしているのです」
そこで遂に嗚咽に変わる。
「それが、暇で、暇で……!」
……あ、そう。
まあそりゃ……暇だろうね。
成仏したら?
「そんなの怖いじゃないですか……! 私はまだまともに恋もしたことないのに、死にたくないです……!」
もう死んでるよね、というのは言わないでおこう。
ここのアンデッドはみんなそんな感じなのか?
「そうですね……支配者である領主は眠っていて、自我の残っている者はみな変人ですし、復讐も果たしているのでみんな無気力なんですよね……」
そこでこちらをチラチラ見る。
「ああ、誰か……この城のアンデッドをまとめて、なにか有意義な事をしてくれる方はいらっしゃらないものでしょうか……! この際ショボいゾンビでもいいのですが……!」
おい、さっきの態度はどこに行った。
誰がショボいゾンビだ、誰が。俺か。
「ふむ、我が主君がお主らを率いてやることはやぶさかではない。だが、素直に従うかね?」
ニムダが口を挟む。
やぶさかだよ! なんでお前が勝手に答えるんだよ!
「それなら大丈夫です! 自我の薄い者達はみな領主には従いますので、適当に領主を継いだとか宣言しておけば従ってくれるはずです!」
いいのかそれで。簡単だな領主。
というか君がやればいいんじゃないの、アネッサ?
「私は侍女なので、領主にお仕えするのが仕事です。領主なんかになったら、侍女じゃなくなっちゃうじゃないですか」
……なんか分かるような分からんような……
じゃあニムダ、お前でいいだろ。俺に面倒ごとを押し付けるな。
「我輩は主君に仕えておりますゆえ。我輩が領主になっては、主君にお仕えできないではないですか」
お前らなんなの。
「真面目にお答えしますと……通常、アンデッドは存在意義を失ってしまうと存在できません。魂が変質して狂ったり、下手すれば消滅してしまうのです。領主が眠ってしまったのもそれが原因かもしれませんな」
つまりニムダは召喚者である俺に仕えること、アネッサは領主に仕えることが存在意義であるわけか。
「ご明察です。さすがマイロード」
アネッサが答えた。
まだお前の主君じゃないぞ。その言い回し流行ってんのか?
そうだな……とりあえず領主とやらにお目にかかってみるか。眠ってるって言っても、ここには居るんだろ?
「はい、ここの3階、ご自身の居室におられます。ご案内致しましょう」
どこの馬の骨とも知れないゾンビを主君の居室にあげていいのか……と思うが、そもそも領主を継げとか言ってる時点でいまさらなツッコミか。
居候して食っちゃ寝生活するつもりが、面倒なことになりそうだ。
俺は溜息をつきつつ、アネッサの先導について階段を上った。