4. ハイキング
ゾンビは睡眠を必要としないのだが、人間の自我が強く残っている俺はなんとなく意識を休められたらしい。
気がつくと外は太陽が昇っているようだった。
伸びをすると、体がパキパキと鳴った。
やり過ぎると骨が折れそうだ。物理的に。
ともかく朝になったので崖を登って周囲を確認してみよう。
ただ、食料も確保しておきたいな……ゾンビ達だけで狩りはできるだろうか。
寝ていない様子のゾンビ達に指示を出す。
周囲の哨戒だ。小動物でもいたら確保しておけ。あと薪もな。人間を見かけたら隠れて待機だ。
「はっ、お供致します」
「グァッガァ(了解)」
崖伝いに歩いていくと、登れそうな緩やかな傾斜の場所があった。ここから登ろう。
ゾンビは疲れない。が、動くほど冥力を消費するようだ。
「ゾンビは日中は動きが鈍くなり、冥力の消費も激しくなります。なるべく夜間に動いた方がよろしいかと」
先に言えよ。
「とは言え、明るくないと見えませんし……」
それもそうだ。
冥眼は暗闇で敵を探すには便利な能力だが、遠くは見れないし、生物以外を見るのにも向かない。無機物もなんとなくなら見えるが。
そう言えば、他にもアンデッド特有の能力ってのはあるのか?
「冥力を使う能力ですと……魔力でも可能ですが、身体能力の一時的な強化が可能です。配下を強化することもできますな。他には、消費は激しいですが再生能力などでしょうか」
ふむ、こうか?
冥力を脚に集中させると確かに強い力を感じ、登るのが楽になった。
万能だな、冥力。
「ゾンビについて申しますと、睡眠は不要で通常の毒や病気は効果がありません。毒を体内で生み出す事もできます」
毒って……これか?
緑汁を口から垂らすとニムダが後ずさった。
「それは……腐毒ですな。ごく限られた上位アンデッドが生み出せる強力な呪毒です。金属すら腐らせるとか……見たのは初めてですが、凄まじい瘴気を発していますな。さすがマイロード」
マジかよ、王女にぶっかけるところだったよ。
他にスゴイ能力は?
「上位のアンデッドだと冥力を魔力に変換して魔法を使ったり、他のアンデッドや虫を召喚したり、敵を恐慌状態にしたり、呪い殺したりもできます」
まあ、そんなもんか……
と、目的地に着いた。
崖の上のゾンビ。辺りを見回して見る。
ここはあまり高くない山の中腹のようだ。
崖の上からは岩肌剥き出しの山頂までいくらもない。
崖下は左側に大きく森が広がっているが、向かって右側はあまり広くない。2、3時間も歩けば抜けられるだろう。
森を抜けてさらに歩いたところに小さな町がある。
「ランドランの町です。人口は数千人、林業と木工が盛んな平和な町です。このあたりは魔物も少ないため、油断しきっておりますな。主君ならあっという間に殲滅できますぞ」
しないしない。
そういやあのお姫様はどこから連れてきたんだ?
あの町に住んでるようには見えなかったが。
「リリベル王女は学院から王都に戻る途中、あの町の手前で攫いました。林と地形の起伏で町から死角になっておりましてな」
護衛とかいたろ? どうやったんだ?
「実は、暗殺の依頼を受けましてな」
……ほう?
「他の暗殺者と共に強襲しましたが、その時ちょうど地震が起こって動揺した隙にリーダーが殺られまして……咄嗟に死体を操って王女を攫ったのです」
……ほう。
「その後、追撃を受けましたのでゾンビをけしかけて王女を抱えて洞窟に辿り着きました。リーダーがいなくては依頼者と連絡が取れず報酬もないため、先に申し上げた計画に切り替えたわけです」
お前それ……やばくない?
多分逃げた暗殺者を探しに来るよね?
「やばいですね」
迂闊だった。
おそらく王女が攫われた報を受けて捜索隊が組まれている。
王女は返したし、ニムダが死んだのを見てたからそれを伝えてくれれば追撃はないかもしれんが……
暗殺者であるニムダの死体確認、そのゾンビの処理をしに来る可能性は高い。楽観はできない。
よく見ると、町の外には武装した男達の姿が見える。
普段平和な町とは思えん。山狩り部隊とかじゃないのか?
あの洞窟はやばいな。王女に場所知られてるし。
早く逃げないと。
かと言って、ゾンビ達をゾロゾロ連れて旅してたりとか危険過ぎる。見つかったら簡単に退治されちゃう。
どこか隠れ場所はないか?
「あ、でしたらあの古城はいかがでしょうか?」
古城? あ、あれか。
町とは反対側、森深くに微かに古城が見える。
あれだけ町から離れていれば捜索もかわせるかもしれない。
「あの城は町ではアンタッチャブルのようです。なんでも悪魔が棲みついているとか」
……なんかもっと危険な匂いがするが、悪魔ならゾンビに優しいかもしれんな。仲間にしてくれるかもしれん。
「むしろそやつを退治して乗っ取ってしまいましょう。主君なら楽勝です」
無茶言うな。ゾンビと悪魔じゃ勝負にならんだろ。
ともあれ、善は急げだ。ゾンビが善かどうかは知らんが。
急いで洞窟を離れるとしよう。