1. ゾンビの誕生
「死せる者共よ、今一度蘇り、我が命に従え……」
呪文に応え、痩せこけた顔の屍術師の周囲の地面からいくつもの死体が立ち上がる。いわゆるゾンビである。
「あ……あぁ……」
追い詰められた美しい少女は腰が抜けたのかその場にへたり込み、逃げることすらできない。
「さあ、王女よ。一度死に、我が下僕となるのです」
屍術師が下卑た笑いを浮かべ、ゾンビ達は腐敗した声帯から唸り声を上げる。
「ヴァアァ〜!」
「ひ、ひぃ……!」
俺はそれを後ろから見ながら考える。
いや、なんだこの状況。
じっと手を見る。
働けど働けど……確かに暮らしは楽にならなかった。
だが手が腐るほど働いた記憶は無い。
その手で顔に触れる。
うん、なんか変な感触だ。ボロボロと顔の皮膚が落ちる。ついでに爪も。
間違いない。
俺は周りの連中と同じく、ゾンビになっているようだ。
視線を戻すと、ゾンビ達は今にも少女──王女か。確かに高そうなドレスを着ている──に襲い掛かろうとしているところだ。
さすがにゾンビ達にこのまま食わせるのは忍びない。
──やめろ、悪党ども!
「ヴェエェロォ!!」
俺はカッコよく決め台詞を叫ぶと、屍術師に飛びかかった!
「なっ!? なんだ、お前は! グガッ、ゲフ」
不意を突かれうろたえる屍術師の顔面を掴み──手がうまく動かないため、眼窩に指を突っ込んでしまったが──、頸動脈を喰いちぎる。
血飛沫が噴き上がった。
ふっ、一撃だ。
目の前で起こったことが理解できず、呆然とする王女。
俺(血まみれゾンビ)は手を差し伸べ、優しく声をかける。
──大丈夫か? お嬢さん。
「ダァデョヴォッ! ドゥルルルルォッ!」
おっと、なんか緑色の液体を口から飛ばしてしまった。なんだろうこれ。
「は、は、はぅん」
王女はパタリとその場に倒れて動かなくなった。
まあ、そうなるよな……
俺と取り残されたゾンビ達はその場に立ち尽くした。
洞窟に焚かれた篝火だけが静かに揺らめいていた。
──
「う、うーん……もう食べれません……ハッ! ここは……! ひぃっ!」
仕方ないので比較的凹凸の少ない地面に凹凸の少ない王女を寝かせていたが、意識を取り戻すとすぐに跳ね起きた。
それにしてもベタな寝言だったな……
声をかけたら余計怖がらせてしまうことはさすがに理解したので、やや遠くに座ってじっと見つめてやる。
他のゾンビ達は俺の言うことを理解できたようで、壁を向かせて並べて体育座りさせてある。
俺達が何もしようとしないことに気づいたのか、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「あ、あの……ひょっとして……助けて頂いたのでしょうか」
俺はこくん、と頷いてやる。
王女の顔色はこれ以上ないほど青ざめている。下手に喋って刺激してまた気絶されてちゃ話が進まない。
「その……ありがとうござい、ます……?」
再び頷く。
しばらく沈黙があたりを支配する。
篝火の薪が爆ぜる音だけが響く。
「あの」
王女がようやく口を開く。
「帰っても構わないのでしょうか……?」
頷く。
「で、では……お暇します。お邪魔しました……」
王女は立ち上がってジリジリと出口の方に後ずさり、闇に隠れたあたりで全力ダッシュで去っていった。
俺は軽く手を振って見送ってやった。
さて……
壁際に並んだゾンビ達を眺めながら思案する。
……いや、まったく意味わからん。
俺もダッシュで逃げたい。
誰か助けてくれ。