第36話 アカリの2つの頼みごと
手渡された本の大きさは辞書サイズで、表紙の材質は皮、ページをめくってみても白紙だった。
「で、この本は何?メモ帳?」
「本気でそう思っているのならここから追い出しますよ。その本は私です」
アカリが告げる。
「私?アカリってこと?」
「はい、私そのものです。私を作ってくださったユイ様は私を構成する魔法をすべて、その本に収めたのです」
アカリが黄色い本を指差す。すると俺が持っていた本が勝手に動き出し、最初の1ページ目が開かれた。最初は白紙だったが、真ん中から少しずつインクがにじみ出てくる。
いつものように魔法陣なのかと思ってみていたが、文字ではなく何本もの細い線がページ全体に出現する。
最終的にはメイド服を着たアカリのスケッチが現れた。ユイという人はアカリを作るにあたってこの作業から始めたのだろう。
「じゃあこの紙一枚一枚がアカリを作り出してるってことか」
「はい、どのページも欠けてはいけません。私の本を一例としてユイ様の残した一つ一つの魔法はこのように本の形を示しています。」
パチン!
今度は赤色の本が飛んで来て、俺の目の前で本が空中停止する。
パチン!
ボウッ!
次の音が合図となって本が炎が出た。それにも関わらず本そのものは一切焼けている様子はない。つまりこの本はギルド試験で使った炎魔法の魔導書なんだろう。
「このように沢山の魔導書を収納するいわばケースがタクミ様が直接持っている『魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いのための本』になります」
「ズズズ、、、そんな仕組みだったんだな」
コーヒーをすすりながら相槌を打つ。
「さて、ここからが本題です。ご主人様にはクラーケンに勝つために二つのお願いがあるのです」
「アカリが頼み事って珍しいな」
「それだけクラーケンが強敵だということです。一つ目のお願いは、とある本を取り出す許可が欲しいのです」
本?ここにある本はアカリがすべて管理しているんじゃないのか?
「なんで許可が必要なんだ?」
「それはタクミ様が持っている本だからです」
そういうとアカリは手に持っていた紅茶を置き、移動して俺の右に座る。
アカリの長い銀髪が俺の右腕に触れるわけだが、シャンプーの匂いがする。普段の言動からは想像もつかないけどこいつ超絶美少女なんだよな。
こんな至近距離から女の人に顔を向けられた経験なんてないから、自分でもドキドキしているのが分かる。
「取り出してもよろしいですか?」
彼女の青い目が俺を見る。
「う、うん、OK」
「では取り出させていただきます。そのためにはあることをしなければなりません」
アカリは左手を俺の右手の上にのせると、体を横に向け右手は俺の胸の上に置く。まるで俺のはやる鼓動を抑えてくれるかのように。自然とアカリの顔も俺の目の前に来る。
「行きます」
意を決したようにアカリがいうと彼女は眼をつぶった。そして近かった顔をさらに近づけてくる。
これはあれなのか!?今まで待ち望んでいたキスというやつ!?
「ち、ちょっと待ってくれ!俺初めてで心の準備が」
「私も初めてですが、やり方は分かっているので安心してください」
え!アカリも初めてなの!?
「落ち着いて、目をつぶっていてください」
アカリに促され、俺は目を閉じた。
「それでは改めて、、、」
10秒間、俺は唇にその感触が来るのを待った。
たったそれだけの間なのに永遠のように感じられる。
胸の上に置いているアカリの手がひんやりと感じられるようになった。アカリも緊張しているのだろう。
30秒が経った。アカリはなかなかの恥ずかしがり屋だな。
1分が経った。いくら何でも遅すぎないか?
気になってアカリに声を掛けようとしたその時
「終わりました。ってタクミ様どんな顔してるんですか?」
目を開けるとアカリが右手に本を持ちながら俺の顔を怪訝そうに覗いている。
「そんなに唇を尖らせて、、、あ、タクミ様ひょっとして私がキスすると思ったんですか?私がしたかったのはキスじゃありませんよ(笑)タクミ様の体の中からこれを取り出したかっただけです。初めて使う魔法だったので緊張しましたがうまくいってよかったです」
アカリに大爆笑された。だからお前右手を胸の上に置いていたのか!
こっちはボディータッチだと思っていたんだぞ!俺のウブな気持ちを返せ!
「そんなことしてる場合じゃないことくらい、少し考えてみればわかるじゃないですか」
正論に何の言葉も出なかった。
「、、、で、その本は?」
俺はすでに向かいのソファーに戻っていたアカリに質問した。
「見て頂ければわかります」
アカリは俺に本を手渡した。緑色の皮でタイトルも背表紙もなし、これもまた分厚い辞書のようだ。
これも白紙なのかなと思いつつ、1ページ目を開くと俺の名前が書いてあった。
2ページ目からは生まれてから今に至るまでのすべての出来事が詳細に記されていた。
「俺の日記ってこと?」
「概ねあっていますが、正確に言えばタクミ様の記憶そのもの、さらに言い換えればタクミ様の心です」




