第2話 魔法使いの魔法使いによる魔法使いのための本
日も暮れてきて宿に戻ってきた。
宿は銀貨3枚と銅貨5枚。決して安くない。
というか今持っているお金では連泊するのも一苦労だ。
残念ながら風呂は追加料金銀貨1枚を徴収するらしく、持ち合わせのお金から考えて諦めることにした。
早く冒険者になってお金を稼ぎたい!
体をタオルで拭いてからベッドに腰かけると、俺は先ほど買ってきた本に手をかけた。
見た目はこの世界では一般的な革張りの本で厚みもある。ただ、古本にしてはやけに新しく見える。
改めて表紙を見てみると
「魔法使いの、魔法使いによる、魔法使いのための本 著者 魔法使い ユイ」
ユイ、魔女が書いたのか。それに名前からも同じ日本人の可能性が高い。
これが一番情報を得られそうなのは間違いない!
俺はかなりの期待を込めて最初のページを開く。
が、何も書いていない白紙だった。慌ててほかのページも見たが、インクの染みさえなかった。
「こんなことあるかよ、、」
俺は何年振りだか分からないが泣き出してしまった。
突然異世界に放り出された孤独感、疲労感が急に襲ってきたしまったんだろう。
【泣かないでください】
ふと頭の中にこんな言葉が響てきた。
ついに幻聴まで聞こえてきてしまったのだろうか。
【ご安心ください。幻聴ではございません】
なんか返事をしてきたぞ!
慌てて周囲を見渡してみたが周りには誰もいなかった。
ふと視線を落としてみると、なんと本に魔法陣が現れ始めていた。
魔法陣はアルファベット、ひらがな、漢字、カタカナを含みながら、まるで文字が本から染み出すように浮かび上がってくる。
さらに進むと今度は文字が空中に浮かびあがり、俺の周りを飛び始める。不思議と嫌な感じはしなかった。
やがてその文字が俺の体の中に入ってきて、動きが止まった。
【申し遅れましたタクミ様。私の名前はアカリと言います。日本語が聞こえました故、こうして現れました】
頭の中にこんな声が響いてくる。
危うくパニックになりそうな気持ちを抑えて俺は質問を始める。
【あなたは何者なんですか?】
俺はまるで自問自答するかのように、頭の中に言葉を思い浮かべた。
【気軽にアカリとお呼びください。私は魔法使いユイ様によって生み出された自律型魔法でございます。ユイ様は今から175年前にこの世界にやってきた日本人でございます。ユイ様は世界を旅し、様々な魔法を覚えました。そして晩年にご自身の魔法をすべて一冊の魔導書におまとめになりました。同じように異世界に迷い込んでしまうかもしれない後世の日本人を手助けするために】
【その一冊の魔導書というのがアカリさんのことなんですか?】
【左様にございます】
おそらくドヤ顔で言ったであろう返事だった。
この人(?)が説明してくれたところによると、この世界は地球と異なり、魔素と呼ばれる魔法の原型となるエネルギーが存在していて、それを用いることで魔法を使えるらしい。
【ということは、これから俺についてきてくれるということですか?】
【はい。タクミ様が新たな主人になるということです。何卒よろしくお願いします。ですので私には敬語を使う必要はありません】
それを聞いて、俺はこの異世界に来て初めて安心することができた。魔法ではあるかもしれないが、自我は持ってるし、何より日本語で会話できる。これほど嬉しいことはない。
【分かりました。いや、分かった。アカリ。よろしく頼む。早速なんだけど聞きたいことがある。俺は日本に帰ることができるのか?】
薄々気づいたが聞かずにはいられない。
【残念ながらそれは不可能にございます。ユイ様も可能性を模索しましたが、理論上不可能であることを証明してしまったようです】
ユイという魔法使いが帰れなかったことから予想はついた。
難しくて証明内容はよく分からなかったが、どうやらエネルギーの関係上一方通行らしい。
でも何も知らずに異世界から帰る可能性をひたすら探し回るよりはましだな。
日本では俺は行方不明となっていて、そのうち死んだことになるだろう。
【いえ、そうなるわけではございません。どうやらこの世界へ転移するとき、元の世界にも肉体と精神は残るそうです。簡単に言えば、転移するときに分身が作られて、分身は日本に残るということです。意識をリンクすることはできませんが、分身が日本での未来を歩んでくれるそうです】
その後難しい理論を説明されたが今度はさっぱり分からなかった。
だが、これで俺の心残りはなくなった。
最後に親や友人の顔は見たかったが、俺そのものが日本にいるので、家族や周りの人に迷惑をかけることもない。
もしかしたら結婚して俺の子孫を残してくれるかもしれない。まあ俺の分身である時点で不可能に近いが。
これでやることは一つ。異世界で楽しむことだ。アカリと共にこの世界で人生を謳歌してみせる!
俺は少しの寂しさと今後の人生に期待を膨らませながらベットで横になった。