第18話 夜の森の中に
月明かりによって周囲が薄明るく照らされる頃。
「どうも気になりますね。あのゴブリン。ただタクミ様達に怯えて逃げ出したようには思えません」
キャンプ訓練のときに現れたメイド姿の女は今夜、森の中を馬車よりも速いスピードで走り続けていた。
「確かにこの方角へ逃げたはずなのですが、、、」
いくらメイド姿の女であってもおよそ半日前に逃げ出したゴブリン一匹を探し出すのは容易ではない。
「こんなことになるのでしたら、あのゴブリンに目印でもつけておけばよかったです。まあ、いくら私であっても過去に戻ることはできませんし、言ってもしょうがないのですけど」
自分の過ちに後悔しつつも走るのは止めない。
すると、2時間ほどで突然視界が開けた場所にたどり着く。
「ここは一体何でしょう?もしかして、、、、あー。これは面倒そうだ」
メイド姿の女はため息をついた。
「すぐにタクミ様にご報告しなければ。でもまだタクミ様は寝ていらっしゃいますし、、、。仕方ありません。あの手を使いましょう」
そういい終えるや否やメイド姿の女の姿は森から忽然と消えた。
ーーーーー
【タクミ様おはようございます。起きてください。朝でございます。】
【うーん、まだ早くない?もう少し寝かせてよ。】
【そういうわけにはいきません。起きてください。】
【えー、あと5分寝かせて、、zzzz】
【いい加減起きなさい!!】
次の瞬間俺の体が突然宙を舞い落とされた。
「痛いっ!そんな起こし方しなくてもいいじゃん!!!ってここどこ??」
眠い目をこするとどう考えても寝た場所と違うところにいる。まるで古い西洋の屋敷の書斎に来たようだ。
「なかなかいい勘をしておりますねタクミ様」
頭の中からではなく、後ろからアカリの声が聞こえたので振り返ると、そこにはメイド服を着た絶世の美女がいた。
反射して光り輝いている長い銀髪を背中に流し、碧い目で真っすぐ俺のことを見つめてくる。顔だちも綺麗系でメイド服と相まって凛々しくもある。
「そういえばタクミ様が私の姿を見るのは初めてですね。とりあえず私の美貌に見惚れるのは後にしていただいて、なぜここに呼んだのかをお話ししていきます」
サラッとアカリの自慢が入ったがここは話を進めよう。
「まず、はじめにこの場所を説明いたしますと、ここは私の本体である魔導書とタクミ様の頭の中を繋ぐ魔法で出来た空間にございます。タクミ様からすれば夢の中ですね。私から見ると先ほどタクミ様が思われたように書斎みたいなものです」
「なるほど、普段アカリはここにいるわけだな」
「左様にございます。そしてここに呼んだ理由は、昨日タクミ様達が倒されましたゴブリンの群れから、実は1匹ゴブリンが逃げ出していたことにあります」
「1匹撃ち漏らしがいたのか。でもそれが何の問題があるんだ?」
どうせ1匹ぐらいじゃ何もできないし。
「まだまだ甘いですね。戦いもせず逃げ出すと言うことは、戦っても勝てないことを判断できる高い知能があると言う証拠ですよ。気になり追跡しましたところとんでもない事実が発覚しました」
「とんでもない事実?」
アカリが言うと本当にシャレにならなそうで怖い。
「はい、今からお見せします」
そう言うとアカリは近くの本棚から一冊の本を取り出した。表紙は無題だったが真ん中のページ
あたりに魔法陣が一つ書かれていた。
「ここに手のひらをかざしてください」
アカリの指示通り手のひらをかざすと突然周囲にあった本棚が消え、夜の森の中に移動していた。
「ここは昨日タクミ様たちがゴブリンを狩った森の奥深くです」
横にアカリが現れる。
「夢の中なので当然実体はありませんが、自由に移動することが可能です。それでは行きましょう」
俺はアカリに付き添って森の中を歩いていく。すると少しずつではあるが周囲が明るくなってきた。そろそろ朝日が昇るころのようだ。
「急ぎましょう。奴らが起きだしてしまいます」
アカリは俺の手を取って走り出す。奴らって誰だ?
そして朝日がついに顔を出さんというとき、急に森の中に開けた場所が現れた。
「な、なんだこれ!?」
眼下に広がっていたのはすべての建物が木造で出来た町だった!
その広さは200メートル四方で建物の数だけで言えば余裕でマーチのそれを上回っていた。
「アカリここはなんだ?ま、まさかこれがゴブリンの町とか言わないよな?」
俺は単純にアカリの変なからかいだろうと思った。いくら何でもこんなのゴブリンが作れないって。
「正真正銘ゴブリンの町です」
アカリが町の右の方を指さす。すると、一つの建物の家屋から1匹のゴブリンが出てきて、建物の横にある穴のようなところに向かう。うわー、井戸で水汲んでる!
「ここまで討伐されずに残っているのはかなりのレアケースですね。おそらく森の中ということで発見されなかったのでしょう。ざっと、、、5、600体はいるんじゃないですか?」
数多すぎだろ!
「そしてもう一つ重要なのはあちらです」
アカリの指さすほうを見るとなんと100体を超えるゴブリンが各々こん棒や木でできた槍などを手に取って待機していた。そして朝日が完全に上ると、、
「ガガーーーー!!!!」
大きな鳴き声と共に隊列を組んで歩き出した。
「アカリあれはなんだ?」
もう聞く前から悪い予感しかしない。
「おそらく、タクミ様方が群れを倒したことが取り逃がした1匹のゴブリンによって伝えられたのでしょう。それで報復のために軍隊を編成しているのだと思われます。また、昨日の群れは森の周囲の偵察部隊だったはずです。そうすればあの群れにオスしかいなかったことと辻褄が合います」
そうか、この町が本体なのだとすれば、あの群れがオスのみだったのも納得だ。周囲の危険な地域に子供やメスのゴブリンを連れていくわけにはいかないもんな。
「そしてあの軍隊の行き先は、、、マーチだな」
「はい、何とかするしかありません」
これは大変なことになったぞ。
「よし、アカリ戻ろう!みんなに伝えないと!」
「かしこまりました」
俺とアカリは急いでその場から消えた。