第11話 長い夜の間に その2
「むにゃ、むにゃ。お腹が減ったよう、、、むにゃ」
ルーシーの声はパーティのテントから2キロールほど離れた洞窟の中から響き渡っていた。
「ゴートの兄貴、この娘寝ながらこればっかり言ってますぜ」
ルーシーの寝顔を覗き込みながら小柄な青年が言う。
「それだけ食いしん坊なんだろ。うるさいのは分かるが、アンナが帰ってきたら元いた場所に戻しておさらばだから、少し我慢しろ。サントはそれまで娘を監視してくれ」
ゴートと呼ばれた男はそう答えた。
「了解しやした。にしてもアンナの姉貴はいつ戻ってくるんすかね」
「そうだな。もうそろそろ戻ってきてもいいのだが」
3人組の盗賊である彼らにとってアンナは主力だ。変装魔法、ナイフを用いた戦闘が得意な彼女が潜入係。2人はそのサポートをするのが役目だ。
今回の盗みで言えば、ルーシーに背後から近づき、眠らせ、逃げないように監視するのがそれに当たる。
だから、彼女が潜入している間はこうしてただ帰りを待つしかないのだ。
それから15分ほどルーシーの寝言を聴いていると。
「ゴート、サント!待たせた!。今帰ってきた」
アンナが洞窟の入り口から現れた。心なしか少し疲れたような表情をしている。
「おかえりなさい!姉貴!」
サントはアカリの方へ向かって駆け出す。
「今日は遅かったじゃないか。見張り役でもいて苦戦したのか?」
ゴートも一安心したような態度でそういった。
「まあそんなところさ。こっちの方は問題なかったか?」
「ああ。この娘もしっかり眠っているし何の問題もなかったぜ」
そういってゴートはルーシーの方を指さす。
「むにゃ、むにゃ、、、おばあちゃん夕飯はまだ?、、、、、」
まだ寝言を言っているようだ。
「二人とも無事で何より。さて、あたいはこの娘を元居た場所に返してくるよ」
そういってアカリはルーシーを肩に担いだ。
「姉貴、俺がやりますよ。姉貴は休んでください!」
サントは心配そうに声を掛ける。
「いや、ここはあたいが戻してくる。今回のパーティーは実力があったから出来るだけ早くこの場から離れたほうがいい。あたいが戻ってきたらすぐ出発するからそれまでに準備を済ませておいてくれ」
そういってアンナがルーシーを背負ったまま入り口に戻ろうとした。
「おい、アンナ。いくら何でもそんなすぐ離れる必要はないだろ?それにとってきた物はどこだ?」
ゴートは怪訝そうな顔でアンナを見つめる。
「ああ。盗ったものはこの娘を返してからみんなで山分けしよう」
アンナは首だけこちらに向けつつ答える。
「いや、先に渡してもらおうか?別に信用していないわけじゃないが、このまま逃げられて独り占めにされたらたまったもんじゃねえからな」
「それを言うのはこっちのセリフさ。こっちがこの娘を戻している間にいなくなられたら困るからね」
「ちょっと兄貴も姉貴もやめましょうよ!ケンカは良くないですって」
険悪なムードのアンナとゴートの間に挟まれ、サントは泣きそうな顔で言った。
「アンナ、今日はいつもと様子が違うぞ。どういうことだ?」
ゴートの目はアンナが帰ってきた時とは違い、笑っていなかった。
「、、、洞窟を出る前から疑われるとは思いもしませんでした。どうやら私には潜入は向かないみたいですね。まあこれ以上話したところで不毛ですし、こんなもんでしょう」
突然アンナの口調が男勝りなものから丁寧なものへと変わった。そしてその変化に気づくよりも前に、アンナはルーシーを担いだまま、忽然と姿を消してしまった。
「おい、どこ行った!?」
「分かりません!急に消えやした!」
ゴートは急な出来事に戸惑いつつも周囲を見渡す。急いで洞窟の入り口に走って行ってもその気配はどこにも感じられなかった。
「入口を見ていても意味はないですよ」
その声が聞こえるほうへゴートが振り返るとそこにはアンナの姿があった。が、アンナの姿であったのは一瞬で、その体は淡く輝き、メイド服の女へと変身した。
「誰だお前は!?!?」
ゴートはあまりの出来事に目を白黒させながら叫ぶ。
「今回あなた方が盗みに入ったパーティーの関係者とでも言っておきましょうか。ルーシー様を回収しにやってまいりました。と言ってももう回収し終えましたが」
メイド姿の女は飄々と答える。
「アンナはどうした!?」
「どうしたですか、、、まあ平原で寝てるんじゃないですかね?」
「き、貴様!!」
ゴートは仲間がやられた怒りに身を任せ剣に手をかける。
「ちょっと待ってください!この流れまた戦闘になっちゃうじゃないですか!!!」
メイド姿の女が制止しようとするも遅かった。
「よくもアンナを!!俺が敵を討ってやる!!」
ゴートは上段の構えをとりつつメイド姿の女へと突進し始めた。
「寝てるって死んだって意味じゃないですからね!!言葉通りの意味ですから!!ああ、もう耳に入ってない!いい加減にしてください!」
また面倒な展開になったと思ったメイド姿の女は戦闘を避けるため瞬間移動して手刀を繰り出す。
「黙れ!!かくごし、、、ぐへぇ」
ゴートは無様な声を出して気絶した。勝負はわずか3.5秒で決着してしまったようだ。
「ゴートの兄貴!!!!」
サントは一瞬でゴートがやられた現実が受け入れられず、パニックになる。
「どうします?あなたも戦います?」
メイド姿の女が満面の笑みとこめかみに青筋を浮かべつつサントに問いかける。
「だ、誰か助け、、」
ドサッ。サントはその気迫に当てられ泡を吹いて倒れてしまった。
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「ふぅ、まあこんなものでしょう。これで仕返しにはちょうどいい気がします。ルーシー様が夕食を食べ損ねた以外にこちら側に被害はありませんからね」
メイド姿の女はゴート、サント、そして平原から連れてきたアンナを洞窟で川の字に寝かせつつそうつぶやいた。
「王都の方に連行してもいいのですが、朝までにタクミ様を起こす万全の体制を整えなくてはいけませんからね。耳障りでなく、かといって起きるために必要な音量でモーニングコールをしなくてはなりません。さて、用事も済んだことですし、元に戻りましょうか」
そう言い残すとメイド姿の女は消えてしまった。