日曜日の処刑
今日は、何もない何もない日曜日のはずだった。はずだったのだが、我が家の食卓で家族会議が開かれていた。何もない日曜は働きすぎで、ついに休んでしまったらしい。まあ、これは私の告白のせいで会議が開かれっているので、日曜は停職処分を食らったという方が正しいが。昨日、ギター男、いやギターおじさんのところから引き揚げた後に、パートから帰ってきた母に、学校のことを一切合切話してしまったのだ。そして、今の悲惨な状態に至る。家族一同集まっているのに沈黙が続く。聞こえる音といえば、母がせんべいをかじる音だけだ。パリパリと音がするたびに気まずさが増していくような気がする。
「今回の件で、我が家は大きな選択を迫られることになった」
父が、食卓の一同を見回して、重々しく口を開いた。
「長たらしいねぇ、枕はいいから本題に入りなよ」
母がかじりかけのせんべいを父に向けて、言い放つ。
「そうだな…、我が家は七夏が新しくリスタートするために、引っ越しをするか、否かだが……」
本当に前置きをすべてぶっとばして、本題に入りやがった。ことの真偽を確認しなくていいのか……。娘を無駄に信用しすぎだ。
「俺は反対だ」
少し残念そうにうなだれながら、はっきりとそういう。母はありえないというように目を見開き、
「どういう料簡だい?あんた」
と父をなじる。
「いや、だって俺、わざわざ違う仕事場で人脈作りなおさなきゃいけなくなるし、失敗すれば俺がハブられることになるだろ」
しかつめらしい態度で、母の目をしっかり見て父が文句を垂れる。
母は呆れた顔をして、ため息を吐く。
こんな時でも父は平常運転だ。優先順位はまず一番に自分なのだ。先ほどの沈黙はおそらく自分の主張を通すためにはどうすればいいのか考えていたのだろう。
心が少し痛くなった。心が何か忠告してきているようだ。我慢せずに言うことにしよう。
「あたしに、くそみたいなあそこで我慢しろと……」
「いや、それはお前がしくじったからだし、自業自得だろ」
眉間に皺を寄せて、語気を強めて正論を言う。この人には良心がないのか。
「あきらめな、こうなったらひっくり返らない」
母は、父の意志が固いので完全にあきらめて、投げやりなことを言っている。
ダメだ。この人たちを頼りにするのは。自分で何とかしなければならない。
「じゃあ一人暮らしするよ」
父と母が凍り付いた。キツネに化かされたように、呆けた顔をしている。そのまま、固まったまま石像になるのじゃないかと思ったが、すぐに大慌てで動き出した。
「い、いや高校生から一人暮らしはまずいだろ……」
「あんた、ひどい目に遭ったせいでぐれたのかい……」
父は、世間体を顧み、母は犯行期の始まりではないかと疑ってかかってくる。父の心配はまだ妥当性があるが、母の心配はおかしい。いやなことがあったから悪落ちてどこの漫画の敵キャラだ。
だが確かに両親の反対は正しい。ひとり暮らしは確かに高校生では認められない。保護者と暮らすのが原則だ。
「一人暮らしがダメならおじさんとかに面倒を持ってもらってそこから学校に通うのは」
父に妥協案を出しても、首肯しない。一方母はうなづいている。
「どこの家に頼るつもりだ?」
低い声で尋ねてくる。
「お父さんの家のおばさん」
父は大きくため息を吐き、
「好きにしろ」
といった。
「絶対後悔すると思うが、せいぜい頑張って来いよ」
忠告なのか当てつけなのかわからないが、父はそんなことを悲しそうな顔で言った。
なにかこの人たちにとても悪いことをしているような気がしたが、しょうがないと割り切った。他人のことをきにするあまりに自分をないがしろにするのは、また悲劇を蒸しなおすだけになるから、今の私にはこれしかできない。
これ以上ここにいてもしょうがない、部屋に戻って早速荷造をすることにしよう。後ろからは、せんべいをかじる音と、ライターを点火する音が聞こえた。
ここから離れたら、この日常を感じることもないのだろうか。ないのだろう。ここにいる間に日常を心に刻みこんでおこう。
私は、そんなことを考えながら、13段の階段を登り始めた。
残り僅かになった日常の中で、しなければならないことがあった。ギターおじさんに謝ることだった。
あの人には迷惑をかけすぎたのだ。私の行いは、全く理不尽で、不愉快でたまらなかっただろう。
人知れず、皮肉ににやけてしまう。
あの行いのただのやつ当たりでしかなかった。そう思うと、自分も学校の連中も変わらないかもしれない。
前は役に立たなかったインターフォンを鳴らす。すぐに扉が開けられた。
「君かあ……。きょうは二やついて一層不気味だね」
そういう本人もニヤついている。ドアを大きく開いて、家に入るように促す、
「上がりなよ」
あまり知らない人なのに不思議と遠慮せずに歩を進めれる。慎重な私には珍しい。
私の意志ではなく、体の意志かもしれない。
そんなくだらないことを考えながら、男をせかすように書斎に進んだ。
「歌聴くかい?」
少し呆れた調子で男が聞く。
この男のファンである私は当たり前のように承諾した。
合いも変わらず、うまくなりきれない歌が聞こえる。
下手な歌だが、体も心も不思議と気分がいい。