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金曜日の落陽

タラッ!タラッ!タラッ!タタン!

 携帯のアラームの間抜けな音。深い眠りから引き離される。反射的に布団から腕を伸ばし、枕もとにある携帯のアラームを解除する。体から布団をどかそうとしたときに異変に気付いた。ひどく体が重く、めまいがする。

 典型的な風邪の症状だ。

 おそらく熱もあるだろう。おおよそ学校にはいける状態ではない。

 携帯を見つめて、ふっと思案する。体温計で熱があるか確認してから、学校に報告しようか?熱の確認をせずに、学校に報告しようか?私は前者がいいが、体は後者がいいといっている。私は私の意見を優先するようにする。体はそこまで重要ではない。

 「ダル……」

 布団をどかしていざ、外へ出てみると冷たい外気に触れ、凍えた。いつもよりも、冷たい。

外気の冷えもあるが、体の内からの冷えも感じる。ここで初めて悪寒があることに気づいた。行動すれば、するほど体が悲鳴を上げる。それでも、私は自分が大切なので、確認を急ぐことにする。

 

たかだか、部屋から出て、階段を下りるだけでひどく疲れた。ここ何年か、病を患うことがなかったので余計つらさが増してる気がする。

 くたびれた黄色のカーテンが閉められており、エプロンを着た40がらみの女がソファに座り、ニュースを見ている。40がらみの女―母は何もないというのに震えた。

「ちょッとぉ‼早くドア閉めてぇ‼」

母が若干ヒスのまじた悲鳴を上げる。ドアを開けたまま、ボーとしていたことに母の悲鳴で気づいた。

「ああ、ゴメン」

といつもより力の抜けた声で謝る。母が訝し気にこちらを見つめた。これは始まるな……。兆しを感じ、私は母が行動を開始する前に、ソファに腰を下ろすことを決めて、目標に向けて歩きだす。その様子を見て、母は目を大きく見開いた。もうだめだ。回避不可能だ。母が血相を変えて、こちらに近づいてくる。

「あんた⁉そんなにふらふらして……。力抜きな」

母は鬼気迫る表情で私にやさしく命令する。相変わらず大げさだなあと思いながらも、母の言葉に従い、体の力を抜いて、母の体にもたれかかる。甘たるくないのに、甘たるく感じる母のにおいがする。

 母は私の足を腕ですくい転ばせたかと思うと、私の背に腕を絡めて、やさしくすくう。お姫様抱っこだ。女が女にするとなんか変だな。気恥ずかしく思っているとソファの真正面まで、運ばれ、ぶん投げられた。

「ちょっ⁉」

小さく悲鳴を上げるも、あえなく私は顔面からソファにめりこむ。クッションがあろうが顔からの着地は痛い。甲斐甲斐しいのか、雑なのか、わからない。

 ソファでぐったりしていると、当然お腹の上に、なにかが当たる。手に取って確認すると体温計だった。母が投げてよこしたのだろう。スイッチを入れて、脇に挟む。先っぽの金具部分が冷たく、思わず脇を緩めそうになる。

 テレビのニュースの音声と料理をする音が聞こえる。いつも買い置きのパンなので、母が朝料理をするのは珍しい。最後に作ったのは、私がインフルエンザで寝込んでいたときか。

もう4年ほど前のことなのに鮮明に覚えている。母が病気の時だけ急にやさしくなるせいだろう。某アニメのガキ大将みたいな習性だ。まあ、待遇がよくなるので文句はないのだが。

 ピ!ピ!ピ!

体温計がなる。だるかったので、少したってから取り出そうと思ったが、体温計が小うるさいので、取り出す。体温計の液晶に書いてある度数を確認する。

37.9°C

やはり熱がある。確認は取れたので、あとは学校に連絡だ。体温計をテーブルの上において、携帯をパジャマのポケットから取り出す。あとは番号をダイヤルするだけだが、学校の番号を自分が知らないことに気づいた。確認しなければならない。なんだか疲れた……。あと一時間くらいだらけてから連絡しよう。病気の人間には、ハードワークすぎる。なんだか眠くなってきたな……。Zzz……

「こら、ソファで寝るんじゃないよ。風邪がこじれるよ」

眠りかけたところを母に起こされる。ソファの近くのテーブルの上におじやが置いてある。先から作っていたのはこれだろう。食欲はないが、作ってもらったものなので食べることにする。

おじやを食べながら、母を見上げると、体温計を見ていた。目じりがさがり、残念そうな顔をしている。

「熱がなけりゃ、学校に行かせたんだけど……。それにしてもあんた珍しいね。熱なんて。ここ数年風邪にもなったこともなかったのに」

母が不思議そうな顔をして、見つめてくる。目が合いそうになったので、目をそらしながら最もらしい理由を垂れる。

「昨日結構濡れたからね……」

「でもいつも冬場濡れても、ピンピンしてたじゃないかい」

どうやら、自分の免疫力の高さを自分で把握していなかったらしい。ぼろが出てきた。切り上げたい。母は目じりを上げて追及を強める。

「あんた?そこらへん濡れながらふらついてたんじゃないの?」

ズバリ指摘するなこの人。下校中どこからか見ていたのだろうか。

「……」

「図星かい……。冬場の濡れた日は、寄り道すんじゃないよ」

病気がだからだろうか。怒ると思ったが母は起こらなかった。

「学校にはあたしが電話するからあんたは食べたら、薬飲んで寝な」

本当、異様にやさしいな。いつもこれくらいだといいんだが。ニュースの星座占いを見ながらおじやを黙々と食べる。獅子座が最下段に表示された……。

げ、12位じゃん……。



 母の忠告を素直に聞いて、寝ることにした。でもなかなか寝ることができない。一度起きたせいですっかり目が覚めてしまったのだ。テレビでも見ようかと思い、つけても退屈なニュース番組しかやっていない。スマホをいじるが、すぐ飽きた。友達のいない奴にとってスマホなどゲーム機でしかなく、無料でやれる限界の度数までやったら何もすることがない。

退屈だ。

 目を閉じて、型から睡眠に入ることにする。これでもダメそうだ。視界からの情報が制限されたことで、やたら考え事をしてしまう。感じて考えるが、考えるに限定できただけだ。結局は睡眠の一助にもなってはいない。

 学生が考えることといえば、学校に関することしか大かたない。私も多分に漏れず、学校のことしか考えることがない。昨日のいじめ調査から、今日休んだことで、勘違いされてないかとか、今日の授業どこまで進むとかを考えてしまう。二つとも想像しかできないたぐいのものなので、答えが出ない。堂々巡りしている。

 もう取返しのつかないことなのに、ダメージ計算をする。取返しのつかなく前に、ダメージ計算をしなければならないのに。

 どうしようもない奴だな。私は。学習能力が欠如しているのだろう。そうでなければ、こうも人生うまくいかないはずもない。なんだか、鬱々としてきて、心臓に汚泥でもたまてるんじゃないかてくらいになってきた。

 これ以上はダメだ。考えるのを止めるために目を開ける。眠ることからは一歩遠のいたが、精神の悪がたまるのは防げる。悪化を防いだだけで、鬱々とした感情はそのままだが。

 この胸糞の悪い気持ちが、消えるのを待つのもやってられない。仕方ないので、昨日

役立たずだった魔法の言葉を使うことにする。

人は絶対に傷つく

昨日のことは嘘であったのではないかと思うほど正常に、心と体を引き離してくれた。

自分の肉体だというのに、よくわからないものだ。私と肉体は全くの別物なんだろう。

そうでないと齟齬が起きるはずがない。いろいろと自分の体について思索していると平日の午前だというのに、雑音が聞こえる。

調子はずれなギターの音だ。不思議だ……。うるさいのに、眠くなってきた。最近似たような音色を聞いたような気がするのだが、これよりも下手だったはずだ。

少し考えたかったが、ダメだった。世界との接続が切られる。






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