水曜日の希望
8時20分。今日はいつもより5分くらい早く、学校に到着する。生徒の声がうるさいことはうるさいが、まだそこまででもない。私は初めて、生徒たちのテンションのピークが始業五分前だということを知った。意外に自分はここのことを思ったより知らないのだと思いいたる。もうじき在学歴二年となろうというのに、この学校の知識については、在学歴一か月の新入生にも劣るではないだろうか。
昇降口の近くにある階段を上る。あほみたいに長い階段だ。三階まで何段上ることになるだろう?一階から踊り場までの階段を数えて、割り出してみよう。踊り場まで登って、13段だった。3階まである階段の数は4つだから、13×4で52段だ。案外少ないものだった。100段は優に越していると思っていたのに。段数が多くていいことは一つもないのだが、残念だ。たかだかあと39段だと思いながらも上り始めるが、苦しさは全く変わらない。二階に至って、踊り場に目を移すと、どこかで見たことがあるような、ないような生徒二人が駄弁っている。
「あいつのメンタル謎じゃない?」
「いやいや、心の中ではちゃんと傷ついているのよ」
階段を上がっていると、自然と会話が耳から入ってくる。
(これ、私のことじゃないよな?)
さすがに本人が近くにいるというのに、そんなことは言わないだろう。被害妄想だ。
「二年も、傷つき続けたら、途中で不登校でしょ」
「まあ、そうだけどねぇ。こちは不登校にしたくて、やってるから、傷ついていると思てやらないとやりがいがないじゃん」
(に、2年身に覚えがすごくあるな。いや、まだだ…。まだ決まってない)
「え、二年もやってんの?よく続けるねぇ。めちゃガンバテルじゃん」
「これがそうでもないんだなあ。新しい子を増やして交代でやってるから」
(確定だわ。くそ!変わりばんこに暴言はかれるって、私しかいねえよッ!)
マジでくそだな。こいつら…。本人目の前にいるのにディスてんじゃねえよ!名前言わなきゃバレないわけないじゃん。それとも、わざとか?わかるようにやってこちらをなめ草ていることをアピールしているのか。
登っているうちに踊り場についてしまった。二人組の前を通るが特にあちらは気にするでもなく、私のことについてしゃべり続けている。無神経ここに極まるといった感じだ。
足早に踊り場から三階への階段を登っていく。何となく視線を感じる気がするのだ。おそらくこちらを見てなどいないが。
教室前で、扉を開く前に、
人は絶対に傷つく
と念じる。
だるい体と嫌悪感で満ち満ちている心が遮断されたように楽になる。
教室の扉を開け。自分の席を目指して、行進する。キモイコールを受けながら、クラスメートたちの間を抜け、席に到着する。すぐ狸寝入りには、入らずにもうわかりきたことを再確認する。やっぱりまたやる人間が変わっていた。どんだけ新しい人間を補充できるのか。もしかして、学年全員240人か?多すぎでしょ…。これが終わらない規模じゃないか。終わってほしいんだが。
不毛なことを考えたものだと思い、たたと狸寝入りに入る。真っ黒な世界の中で、奴らの変遷に思いが飛ぶ。最初はニヤニヤと笑っていたのが、最近は睨めつけてくる。恨みが増しそうな目で。奴らの気持ちがわからない。こちらは被害者だというのに、なんでこちらが恨まれるのか。
(もしかして、私が悪いのか…)
そんなわけはない。断じてない。ふぅ!危なかった。奴らに洗脳される一歩手前だった。
誰も傷つけていない私が責められるわけがない。
下校途中に、シャッター街を通る。今日はよくよく目を凝らして観察しながら通るようにする。いつもは入口あたりでライブをしていたが、今日はいなかった。昨日あれだけひどい目に遭ったので、来てないと考えるのが普通だが、なんだが、来ているような気がするのだ。
シャッター街の目立たない場所に隠れていそうだ。シャッターの行列を隈なく見て、路地裏ものぞく。いると思うのだが、中々見つからない。そうこうしているうちに、出口間近に来てしまった。さすがにもう来ないか…。唐突に下手くそなメロディが出口の左側から聞こえ始める。
(…いた!)
私はまだ見てないが、ギター男がいることを確信した。出口で直接顔を合わせるのも気まずいので駅のベンチで座って眺めることにする。歌う場所の位置は変わったが前と全く変わらず、歌うときはにこにことしている。意地ぱりで見栄を張ってやっていると思ったがそれにしては笑顔がいやにリアルだった。作り笑いのようにきれいなだけでなく、どことなく崩れた醜さがあるそんな感じだ。おそらく素だろう。
車の駆動音にかき消されながら、歌がところどころ聞こえる。今日は歌詞が違う。新しい歌をこしらえてきたらしい。
~どうして俺だけなのかー?なんでなんだー~
昨日のことをめちゃくちゃ引きずているようだ。慰められない心を歌にしてきたらしい。
(どうしょうもない歌だけどなんだが、心に引っかかる歌だなあ)
~罪が……~
また歌詞が聞こえたら、なんだか気分が悪くなってきた。いつもなら、無理をするが久しぶりに体のいうことを聞いて、その場から早足で立ち去る。