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黄昏の森の優しいオオカミ  作者: 月雲 燎
第2章 その心に触れるモノ
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その手を染めるもの その心を占めるもの

 家に戻るやいなや、クラージュは大きなざるを水場に持ってきた。

「それじゃあ採ってきた果物を軽く洗ってくれる?」

ロッテは頷き、クラージュから笊を受け取った。

「結構つぶれやすいから、気を付けて洗ってね。」

クラージュの言葉にロッテは少し不安を覚えながら頷いた。

籠から少しづつ、赤い果実を水で優しく洗う。本当に見事に赤い色だ、赤い宝石を彷彿とさせるほどの。

「ジャムかー、あれってどうやって作るんだろう。」

自分の頭の片隅にはあった。あれはたしかいちごのジャムだったか。赤くて甘くて、バターを塗ったパンの上に更にジャムを塗って、それを頬張ったらしょっぱくて甘くて、とてもおいしかった。

でもそれはとても断片的で、その時の風景を思い出そうとすると、またしても靄がかかってしまう。

思い出さなきゃいけないはずなのに、思い出せない自分に苛立ちを覚え始めた。

 その時だった。

知らないうちに左手に力が篭っていたようだ。ロッテは手に持っていた果実を無意識に潰してしまった。

「うわ!やっちゃったぁ。」

ロッテが慌てて手を開くと、赤い果実の果汁がロッテの手を染めていた。赤い果汁はそのままロッテの手首へと伝っていく。

その瞬間、ロッテの左手首には無数の切り傷が浮かんだ。ロッテの血の気が引いて行く。

「あ、洗わないと…。」

ロッテは流水で果汁を洗い流そうとする。ところがその切り傷は消える気配がない。

「何、これ…。なんなの…?」

次の瞬間、ロッテを激しい頭痛と眩暈が襲った。

クラージュを呼ぼうとしたが声が出ない。ロッテはそのままその場に倒れこみ、意識を失った。


どれほどの時間が経ったのだろう。

とても甘酸っぱい匂いで目が覚めた。

「ロッテ!!大丈夫?」

クラージュはとても心配そうにロッテの顔を覗き込んだ。

「クラージュ?あたし…」

ロッテはゆっくり起き上がった。頭痛と眩暈は収まったようだ。ただまだ、頭がボーっとしている気がする。

「水場で倒れてたからびっくりしたよ、とりあえずベッドに運んだんだけど、このまま起きないんじゃないかって怖かったよ。」

よく見るとクラージュの目が赤い。この狼男は本気で心配していたようだ。

「何かあった?」

クラージュが尋ねると、ロッテは思い出すように呟いた。

「少しだけ、記憶を思い出せそうな気がしたんだけど結局思い出せなくて…、そしたら果物1個潰しちゃって…それから。」

ロッテは慌てて左手首を見る。しかし何も無かった。

「怪我、した?」

クラージュはまたも心配そうに尋ねた。

「う、ううん…なんでもない。」

ロッテはへらへらと笑った。その胸に一抹の不安を残しながら。

「とりあえず、何ともないなら良かったよ」とクラージュはロッテの頭を軽く叩く。

「そうだ!こんな時こそ甘いものを食べよう。ジャムが出来上がったんだ!持ってくるよ。」

「あ、待って私もそっちに…。」

ロッテがベッドから出ようとすると、クラージュに制止された。

「ダ・メ。大人しくしてなさい。」

少しだけ凹んだロッテだった。

甘酸っぱい香りがだんだん近づいてくる。

「はい、どうぞ。」

ロッテが食べやすいようトレーに持ってこられたのは、軽く焼いたトーストにバターが塗られていた。

その傍にはまだ温かいクランベリーのジャムが添えられていた。飲み物は暖かいミルクだった。

「いただきます。」

ロッテはジャムを塗り、一口齧る。甘酸っぱさと少しの塩気が口の中に広がった。

「美味しい。」

ロッテは呟く。

「涙が出るほど美味しいの?」クラージュは少しだけからかうように言った。

「え?あ。」

ロッテは少しだけ涙を零していた。その理由はわからないけど、とりあえず二人の中で涙が出るほど美味しいから、ということにしておいた。

「そうだ!クラージュまた作る時があったらジャムの作り方教えてよ!」

「勿論いいよ」

クラージュは紅茶を飲みながら、ロッテを見て微笑んだ。


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