優しいオオカミ
朝、妹の目は真っ赤に腫れ上がっていた。
「ルカ!お前その眼どうしたの?」
あまりの腫れ具合に、驚きを隠せなかった。
「お兄ちゃん、私一晩考えたんだけど…。」
妹の意を決した眼差しと言葉に、思わず緊張感が走る。
「これから毎日愛お姉ちゃんに逢いに行ってあげて。」
「お前…、話聞いて…。」
「あの絵本のオオカミさんみたいな人が、きっと愛お姉ちゃんには今一番必要な存在だから。」
お兄ちゃんならきっとなれるから、と妹はまた泣きそうな顔でつぶやいた。
その妹を、そっと抱き寄せて「ありがとう、ごめんな。」と言うしかできなかった。
「母さん、しばらく帰り遅くなるけど、心配しないで。」
「大丈夫、やれるだけやってきなさい。」
「…俺、母さんの子供で良かったよ。」
俺の頭を優しく母さんは撫でた。
「じゃあ、行ってきます。」
仕事用の荷物とは別に、今日から1冊の絵本を抱えて、今までとは違うこれからの日々へと足を進めた。
(なんて経緯を彼女にどうやって話そうかなぁ…。)
頭の中で悶々と考えつつ妹と彼女のやりとりをながめていた。
「ちょっと、お兄ちゃん。」
「え、あ何?!」
妹の突然の声掛けに不意を突かれた。
「私先に帰るから、事の詳細お姉ちゃんに伝えておいてよ?」
妹が彼女に見えないようににやりと笑った。
(妙なところでしたたかになったなぁ、こいつも。)
苦笑いを浮かべつつ「気を付けて帰れよ」と妹の頭に軽く手をやる。
「じゃあ愛お姉ちゃんまた来るね!」
と、手を振り妹は病室を出て行った。
「ふふ、ルカちゃん本当変わらないね。」
「そ、そうかな?」
彼女からの言葉に、思わず声が上擦った。
「うん、あの笑顔はルカちゃんだなって思う。」
「明るくて、爛漫としてて、ルカらしいでしょ。」
「そういえば、本名は光ちゃんなんだよね。初めて会った時に教えてくれたけど、お母さんがそう呼んでくれるんだって。」
「ああ、俺たちの母さんフランスの人だから。」
「そっか、優しいママなんだってルカちゃん言ってた。ふふ、公園でさみしそうにブランコ漕いでるルカちゃん見て、最初天使かと思っちゃったの。恥ずかしいから内緒ね。」
その照れ笑いに、心臓がものすごい太鼓を叩いた気がした。
「勇気くんもルカちゃんみたいに呼ばれたりするの?」
無邪気な笑顔を浮かべて、彼女は尋ねる。
「…。」
「あ!言いたくなかったらいいの!ごめんね。」
「ち、違う違う!なんか、緊張しちゃって。」
「?」
首を傾げた彼女を見つめながら、呼吸を落ち着かせようとする。
「僕はね、クラージュって言うんだよ。」
次の瞬間、彼女は勢いよく俺に抱き着いてきた。
「!?」
「逢いたかった…。」
その言葉で、彼女がすべてを察したのが伝わった。
「…言ったでしょ?ずっと傍に居るって。」
やっと彼女が還ってきたんだという実感が湧いた。
彼女の頭を撫でながら呟いた。
「お帰り、ロッテ。」
彼女の涙が、俺の服を濡らしていた。




