彼女の笑顔
彼女をよく見かけるようになったのは、昼休みの図書室。
いくらお静かに、がモットーの図書館でも、昼休みとなると多少なりともにぎやかな声が目立つ。
そんな最中で、彼女は必死に本を読み、必死に何かをノートにまとめていた。
(昼休みなんて時間短いんだから、放課後に来ればいいのに…。)
図書委員の仕事をしながら、いつもそう思っていた。
本を借りることが無かった彼女が、至極真剣に本を黙々と読む様子は、その図書室では不思議と気にかかる存在だった。
ある日の夕暮れ、帰路を歩いていると途中の公園で彼女と、見間違う筈のない妹が楽しそうに遊んでいるのを見かけた。
公園のブランコに二人で揺られながら、楽しそうに話をしている。
妹の手には、見たことのない絵本があった。
妹が、光があんなに楽しそうに笑っているのを久しぶりに見た気がした。
(母さん病気だし、親父も仕事忙しいから…そうだよな。あいつ寂しいんだよな。)
その二人の楽しそうな様子に、声をかけることが出来なかった。
少し、時間を持て余した頃、光は本を嬉しそうに抱えて公園の出入り口を出た。
そこで待ち伏せしている兄の姿に、光は驚きつつも嬉しそうな顔を見せてくれた。
「お兄ちゃん!あのね!あのね!!」
そこから光は、これまでの出来事を全部楽しそうに話してくれた。
誰にも遊んでもらえないから、独りで遊んでた事。そんな時に声をかけたのが図書室の彼女だったこと。
彼女が自分の事を母さんが呼んでくれてた「るか」と呼んでくれていること。今日、彼女が作ってくれた絵本を貰ったこと。
その嬉々とした彼女の声と表情を見て、今まで自分が自分の事しか考えていなかったことを改めようと思った。
その事を教えてくれた彼女には、感謝の言葉を伝えたかった。
家に帰って、光は早速本を読んでほしいとせがんだ。妹に手渡された本は、とても丁寧に装丁されていて、如何に彼女が一生懸命作っていたのかよく伝わってきた。
「あるところに、小さな村がありました。その村には小さな女の子がお父さんとお母さんと仲良く暮らしていました。」
昔々で始まらない物語、小さな女の子は妹がモデルなんだな、と思わず笑みがこぼれた。
黄昏の森に住んでいる、心優しいオオカミは本当に優しくて、自分もこんな優しい奴になりたいと思わせてくれた。
(中森さんってこういう人が好きなんだろうか…。)
思春期特有の考えは、瞬時に熱を上げるには十分だった。
(どうやって、話しかけよう。)
(明日も図書室に来てくれるんだろうか。)
(いや、むしろ放課後に図書室に来てほしいって言うべきか。)
(というか、そんな事、本人を前にして言えるのか?)
(というか!これじゃあ告白するみたいな流れじゃないか!!)
困惑と羞恥心と、でももしもなんて感情に悩まされながら、その日の夜ほとんど眠れなかったのを僕は今でも覚えている。
ところが、次の日から彼女を見かけることは無くなった。クラスが違う人間に「家庭の事情で引っ越しした」という情報が入ってきたのは、結局自分が学校を卒業する時だったのである。
結局の所、その時点で恋だったと気付いた僕はせめて彼女が生み出したあの狼のような優しい人間になりたいという想いを残してくれた。




