記憶の欠片
「はーい、じゃあ皆 お兄さん頑張って読むから聞いてくれると嬉しいなー。」
大上さんがそう言うと、子供たちはいっせいに「はーい!」と返事をした。
「今日お話するのは、とっても不思議なお話です。光のお姉さんが、世界で一番大好きな本なんだって。」
私はふと、光さんの方を見た。目と目が合うと嬉しそうに笑っていた。
大上さんがそっと息を吸い込んで、本をめくり始めた。
「あるところに、小さな村がありました。その村には小さな女の子がお父さんとお母さんと仲良く暮らしていました。」
それはさっきまでとは違う、子供たちに圧倒され、妹にたじろいでいた兄とは全く違う、優しくて、懐かしい声で彼は物語を読み始めた。
そして、この物語は私が知っている物語だった。
優しくて懐かしい声と、思い出の中から蘇る物語は、私の忘れていた記憶を呼び覚ますには十分すぎるほどだった。
思い出の余韻に浸って、気づけば大上さんの「おしまい」という言葉で我に返った。
子供たちの拍手と歓声が、私の胸をぎゅっと締め付けた。
嬉しくて、嬉しくて、泣きそうだった。
黄昏に染まり始めた公園で、寂しそうにブランコをこいでた女の子、偶然知り合ったその子に書いてあげた物語。私が紡いだ、拙い筈のお話だった。
「皆、このお話どうだった?」
大上さんが尋ねると、みんなが嬉しそうに感想を言ってくれる。
その様子を見て、光さんも嬉しそうだった。
それからそっと、看護婦さんが近づいてきて「中森さん、そろそろ病室戻りましょうか。」とそっと耳打ちする。
私は楽しい雰囲気を惜しむかのように、そっとその場を後にした。
自分の病室に戻った後、私は子供みたいに泣きじゃくった。
どんな感情なのか、自分でもわからなくなるほど、たくさんの気持ちが混じっっていた。
一通り落ち着いた後、病室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」と言うと、光さんと大上さんが入室してきた。
「さきほどはありがとうございました。」光さんは深々と頭を下げる。
顔を上げた彼女の瞳は、今にも涙がこぼれそうだった。
「ルカちゃん…、大きくなったね…。」
私は年寄りみたいだなと思いながらも、率直な気持ちを彼女に伝える。
言葉を紡いで行くうちに、彼女の目からは大粒の涙が流れていた。
「もう!久しぶりに逢えると思ったら、状態聞いてびっくりしたんですよ?!」
少しむくれながら、彼女は言った。
「あはは…でもあれ?いったい誰から…?」
というと、バツが悪そうに大上さんが口を開いた。
「えっと…僕、です。」
私は頭に疑問符を浮かべる。
「あああ…だよね。覚えてないよねー…。」
彼は肩をすくめて落とした。
「そりゃ、当時と比べたら身長がとんでもなく伸びたし、子供から大人に変わったらそりゃ思い出せないって…。」
ルカちゃんは笑いながら大上さんを宥めている。
「身長…、子供…、大上…大上?」
私は今耳に入った言葉をパズルのように組み立てていくと、ある一つの答えがうかんだ。
「…図書委員の…大上勇気くん…。」
恐る恐るつぶやくと、彼は後ろを向いてガッツポーズを取り始めた。
「え、えー!?ルカちゃんのお兄ちゃん、勇気くんだったんだ!!?」
唐突に埋まったパズルのピースに、私は驚くしかなかった。




