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黄昏の森の優しいオオカミ  作者: ぐの字
第3章 その心を蔽うモノ
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夜明け

 黄昏の森は、今朝も黄昏に包まれていた。わだかまりも不安も、無いと言えば嘘にはなるがそれでもロッテの心は以前に比べて穏やかなものだった。

「暗く前に帰ってくるんだよー」とクラージュに心配されながら、ロッテは黄昏の森を散策していた。

「あ、こないだの果物の所だ。」

歩きながら周りを見たわしていく。少しだけ冷たい風、森の中特有の匂い、木々がざわめく音、ただ不思議だったのが、他の生き物の気配がないのである。

「…なんでだろう。」

ロッテは疑問に思いながら、森の奥へと進んでいった。

暫くすると、水の匂いがした。クラージュの家の傍にある川によく似た匂いだった。

そしてロッテの目の前には、泉が現れた。

不思議なことにその泉が見えた途端、それまで聞こえていた風の音が一切止んだのである。

ロッテはその泉に近づいてみる。とても綺麗な泉だった。

その泉を覗き込んだ瞬間、ロッテは息を飲みこんだ。

泉の水はとても澄んでいた。水面にはロッテと思しき人間が映っている。

黒い髪だ、肌も白い、ただ、あれほどクラージュの美味しいご飯を食べているにも関わらず、頬はやつれていた。

その時に彼女はすべてを悟った。

「ここは…、夢の中なんだ」と。

その瞬間、それまであった黄昏の森は一瞬で闇に覆われた。

自分を映しだした泉も、天に向かって伸びた木々も、落葉を受け止めていた土も、何もかもが一瞬で闇になった。

 ただその闇は、彼女にとってはとても居心地のいいものだった。

(そうだった…。私、ずっと消えたかったんだ。)

あの時に浮かんだ傷も、自分がやったことだと、彼女は薄ら笑みさえ浮かべながら思い出した。

あの暖かい家も、優しい手料理も、ずっと欲しかったもの、求めていたものだった。


じゃあ、あの優しい声は?あの温もりは?いったいなんだったんだろう…。


(でも、いいか。なんだかすごく眠い…。)

目を開いても、閉じても、ただ闇があるだけだった。

彼女はその中に何もかもを委ねようと思った、その時だった。


確かに誰かが、自分を抱きしめている。

目を開けても、誰なのかわからない。わからないはずだった。

「ダメだよ…、こんなところに居ちゃ。」

それは、わからないはずなのに、覚えのあるそして、何度も自分を助けてくれたあの優しい声だった。

「どうして、そっとしておいてくれなかったの」

彼女は震える声で訴えかけた。

「あたしはずっとここに居るべきだった…。ずっと独りだったから、消えてしまいたいと思ったんだ。」

それなのに、貴方がくれたものが、優しくて暖かくて、嬉しかった。

「僕は君が欲しいものは全部知ってる、そんなに多くを望んでない筈だ。それでもその僅かな希望が欲しくて欲しくてたまらなかったんだって、僕は知ってる。」

優しくておだやかな声は、彼女の心に広がっていく。

「貴方はいったい誰なんですか?」

彼女は尋ねる。

「君は、僕を知っている筈だよ。僕も君を知っている。」

彼はそっと手を取った。

「帰ろう…。」

その言葉がつぶやかれた瞬間、闇の中に居たはずだった視界に、見覚えのある森が広がっていた。

辺り一面宵闇が包んでいる。しかしその様子はどこかいつもと違っていた。

「クラージュ…」

ロッテは泣きながら目の前に居るオオカミの名を呼ぶ。

「この黄昏の森はね、入口と出口なんだ。」

クラージュは東の空を見つめながらつぶやいた。

「…君は自分を思い出した。少しだけ寂しいけど、これで良かったんだ。」

「嫌だ…、嫌だよ!私戻らないよ!!」

ロッテは必死にクラージュに訴える。

「君が望んでいたものは、君が戻ったら絶対に手に入るよ、僕が約束する。」

クラージュはにっこりと笑いかける。

「君が僕を思い出せなかったのが、少しだけ残念だけど…。」

クラージュはそっとロッテの頭にすり寄る。

「あっちの世界も、悪くないよ…。たくさんたくさん傷ついた分、君に帰ってくる。」

東の空がかすかに白くなっていく。

それは、この森には訪れることはないと言われていた、夜明けを指していた。

「クラージュ!!」

「大丈夫、大丈夫だよ。また逢える。忘れないで 僕はいつも 君のそばに居る」

クラージュは告げる。出会った時と変わらない、優しくておだやかな声だった。


黄昏の森に、朝が来た。


その瞬間、今まで聞いたことのない、鳥の囀り、爽やかな風、まばゆい光が、彼女を包み込んだ。

そして、彼女の視界は、真白に覆われていった。


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