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ギルドにヨアヒムくんというヒューマン戦士職の男の子がいる。
ラベルわけするならクソガキッズ一種である。
亜種ではない。
彼が私にあれおかしいと思わせたのはレアボス召喚符の奢りがきっかけだった。
私はいわゆる自己満足でギルド内奢り募集をたびたび行った。
ギルメンと冒険したいんだよ。手頃じゃん。それに新人の弱いころカンスト勢に誘ってもらってレア装備ドロップしたのすげー助かったし、こういうのってめぐるんだよね。
ただ自分で揃えたい人もいるだろうしあくまで参加側に挙手任せるわけだ。
しかし、ギルドチャットで募集しても、古参以外のってこず、あんまふるわないんで古株ギルメンのルーミーさん相談した。
「新しい人にレアボス募集してみるんすけど、全然反応ないんすよね。それぞれゲームやり方あるんで、わりーことじゃないんすけど、あんま興味ないんかなあ」
一切他人の手は借りたくねーというプレイヤーも中に入る。んでもって、私もメインストーリーは一人でやりたいと共感するところがあるので仕方ないのかなとも思った。
「えっと」
ルーミーさんは「違うです」とおっしゃった。
「みんな、えんりょ」
PCではないゲーム機派のルーミーさんは言葉が切れ切れである。
「してる、です」
実は新規の人はほとんどゲームはじめたばかりのレベル低い人が多いというのを初めて聞かされおどろいた。
自分より先にギルド在籍している人やゲーム歴長い人は、レベルカンストしている人ばっかという思い込みがあったのだ。
目からうろことはこのことか。
ルーミーさんの言葉をつなげるとこうなる。
「じぶんが足をひっぱるんじゃないかって手をあげられないだけ」
「いいのに……自分も最初はいったギルドでは先輩に色々連れてってもらったっすよ。戦力ならないし金もないしレベルも低いし、でも最初それが大変だからいいんだよーって言われて甘えさせてもらった」
「わたしも、おなじ、です」
「お金、ない。装備、ない。だからお金も稼げない装備も買えない。レベル上がらない。スパイラルっす。脱出するにももとでがいるんすよね。100円じゃ会社経営も株も買えないのといっしょで、ある程度は軍資金いるっていうか」
「ね」
タイラント世界も富める者はその富を元手により富んでゆき、貧しい者は時間を湯水のように使って僅かな小金を稼ぐしかできない。
なんつーか、正しく資本主義社会だ。
それもおもしろいんだけどねー。
私もある程度縛りプレイ推奨派だが、非効率と効率をはかりにかけてまあ許容範囲だよなとありがたくおごってもらい、それを元手にレべあげしたわけよ。
やっぱり最低限装備、最低限パッシブがないとどこにもコンテンツ参加しづらいからさ。
というわけで、私は最初の補助輪すっごい助かったわけだ。
なんで、自分も同じことを他のギルドでやろうと思った。まあ本当の理由は新しい人と一緒に遊びたいってだけなんだけどね。そういうの嫌がる人もいるから参加はあなたに任せますよって募集するのだ。
コンテンツによっては、人の力借りたくねんだよっていう偏屈プレイヤーな自分もいるからなあ。
で、まあ、募集したところ、キッズ戦士とおぼしきヨアヒム君が手を挙げた。
空いてるなら、とルーミーさんともう一人。
私以外にも古株が何枚か召喚符を出し、レアボスを何周かして、そろそろ疲れてきたので「腹減ったからおちます」と私はお開きにすることにした。
すると、ヨアヒムくん。
「ご飯食べたらまた続ける?」
ん?
私はちょっと考えてこう言った。
「いや、続けね。終わりよ」
「もっと行きたい!」
ん?
レアボス召喚符は文字通りレアアイテムなので、売れば結構な金になる。本来ならそれぞれが『持ち寄り』して、PT人数またはレイドで12回行くのが筋だ。
つまり、マジにこれは純然たるおごり。ご飯後輩におごってお開きにしたら、「もっと食べたい! 次の店もおごりで行きたい!」って言われたのと同じね。
なんで私は、
「いやもう終わり。次また機会があればね」
とだけ言っておいた。その時は違和感疑問符ちょいと浮かんだくらいだったからだ。
これがきっかけというやつだった。
一週間くらいして、グミグミ族のルーミーさんからフレンドチャットで「つかれました」と哀愁漂う発言が飛んできた。
「どうしたっすか?」
我がギルドのムードメーカー癒しのルーミーさんが愚痴るなんて本当珍しいことだった。切れ切れのひらがなだらけなルーミーさんの発言をつなげるとこうなる。
「ヨアヒムくんとボスいったんですが、私のフレンドにもっと召喚符だせってごねられまして。つかれた」
本当に疲れ切っていた。
「お疲れっした」
私はなぐさめ、一応こう言った。
「その場にいたら注意できるんすが、伝聞なんで何も言えなくてごめんなさいっす」
「いえ、きいてくれるだけで」
「もし今度居合わせたら言いますね」
「!」
性格上ルーミーさんは黙って呑み込んでしまうタイプだ。
私はギルド内でもなんていうか草生やされまくってるから「あーあ、こいつ言っちゃったw」と思われても今更なんてことない。
ギルド内揉め事はよくないから、程度を考えないといけないけれどさ。
その後、私は再びギルド内でボスツアー募集した。相変わらずの無言空間だったが、ある日レアボスでも特に需要の高いものを言うと、
「行きたい」
とヨアヒムくんが手を挙げた。結局、私、戦士ヨアヒムくん、グミグミ族のルーミーさん、同じくグミグミ族のさいこちゃんの四人で行くことになった。
「準備できたら召喚符使うんで、OKくださいっす」
「OK」
「OK]
ヨアヒムくんだけ返事がない。
しばらく待ってみても何も返って来ない。
「おーい、ヨアヒムくん、だいじょうぶかー?」
色々聞いても返答皆無。
「回線落ちかのう」
しかしキャラアイコンはオンライン状態だ。
相談していると、ヨアヒムくんがシャベッタ。
「やっと買えた」
リアル疑問符である。これからボスに行こうとしているところなので、バフ系消費アイテムか装備でも買ったのかと思えば、
「ずっと欲しかった家具が買えた」
とおっしゃる。
「よかったね。準備いい?」
「待って」
「あいよ」
しばらくすると彼の現在地が彼の住宅に変わった。私はふと思った。家具を購入した。現在自宅にいる。家具を設置しにいったのでは?
「ヨアヒムくんや。まさか家具設置しに行ってるんかい?」
「うん」
関西系おばちゃん風のさいこちゃんは呆れたのか、
「自由やな」
とおっしゃった。ルーミーさんも「ふりーだむ」と呟かれる。
私は薄々察していたが、こらPTリーダーしてる立場からチャンスとも思い、
「あかんで。みんな待ってるんや。そういうのは一人の時にしんさい。パーティー組んでる時は自分の用事しよったらあかんで。おじちゃんとの約束や」
とたたみかけた。
どう反応が来るか。
「うんわかった」
素直だった。
私は思わず、リアル小さく吹き出していた。
この子、やっぱりキッズだろうなあ。それかものすごいおじいちゃん。
悪い子ではない。
悪知恵の働く無礼な奴はゆるさねーが、単純で無礼な奴は嫌いじゃない。
ただし悪魔男、テメーは許さねー。直結厨の奴は切る。通報だ。
ヨアヒムくんはボス周回中もけっこうとんちんかんな発言や無礼なことをしまくったが、小学生キッズかおじいちゃんで単純素直と思えばそこまで腹も立たないのであった。
しかしヨアヒムくんはギルチャでもたまに猛威をふるっていた。
「スケさん。今どうして地球にいるの?」
と彼はある日ギルメンに質問した。
異界へのゲートというクエストで、地球に行くことができるのだが、スケさんはちょうど攻略中であったようだ。
「ああ、これはね」
と彼は親切丁寧に説明した。
このクエストは連続クエストで、ある町で町民から依頼を受け、芋づる式にどんどんクエストを消化していくことになる。
その最初の受注場所について、ヨアヒムくんは尋ねた。
「どこ!」
実に端的だ。
「ごめん、最初の方は忘れた」
スケさんはもう関連クエの終盤だ。最初のクエスト受注場所はうろおぼえのようだった。
しかしヨアヒムくんは止まらない。
「どこ!」
再び叫ぶ。
「どこだよ!」
かんしゃくを起こしている子どもそのものだった。私は――やっばり吹いていた。なんだこの予測を外さねー役者っぷりは。マジ天才か。スケさんはドン引きしておられる。
「どこだよgんm!」
ついに言語が崩壊した。スケさんが困っているのをみかねてではなく、私は私の欲望を満たすために横から言った。
「にほんごでおk」
スケさんが「w」とコメントした。
「まあそうあらぶりなさんな」
私はつい先日クエストをサブでやったばかりだったので、受注クエ場所を説明した。
「みたまよしずまりたまえ」
とついでに言っておいたら、
「どこの巫女さんですか」
とスケさんがギルドチャットに復帰された。
「巫女の外装データにしてますね」
たまたまである。
「いいね!」
そうかもな。スケさんの食いつきっぷりにまた私は爆笑していた。
同時に色々説明を続けたが、ヨアヒムくんは聞いているのかいないのか無言でギルドチャットから消えた。
十分ほどして、
「着いた」
とギルチャに到着報告が。一応聞いていたらしい。
その後無事最初のクエストはクリアしたと報告があった。お礼は言わない。もちろん私もお礼など期待していない。礼はヨアヒムくんの弾けぶりで相殺されている。
私はもう完全に面白がっていたので、彼が「次どこ」言うのに、誰も答えない中説明をした。
「次どこ!」とエクスクラメーションマークがついて荒ぶる前に誘導していく。
ヨアヒムくん、単純で無礼なクソガキッズ戦士。
しかし素直。嫌いではない。
彼が暴れるほどに私のゲーム生活は彩り潤うのである。
はっはっはっ!
ヨアヒムくんの話はこれで終わり。
んで、またもやあゆゆちゃんから「こんばんは」と挨拶があった。
ホンマ挨拶欠かさんまめな女やで。と私はもう最近感心しきりである。
「髪の色変わってる」
おお、気づいてくれたか。私は黒髪からほとんど変わらぬダークワインカラーに髪を染めかえていた。
「その色好き。きれい」
「ありがとう」
私も素直に礼を言った。
「黒と違って艶が出るのがいいよね」
「うんうん」
と女同士で盛り上がってみたが、
「ねね」
とあゆゆちゃんが何かまた言い出した。
「ふんっ」
何を言い出した。
「って、エルフ娘が言うと萌えるー」
きばって何が萌えるんじゃ。私には理解不能だった。
「言ってみてー」
「嫌じゃ」
私は断った。
「えー」
あゆゆちゃんは諦めきれないのかごちゃごちゃいう。適当にあしらっていると、
「もう!」
と言いやがった。
私は、はっとした。
何か心の琴線に触れる感覚。
女の子キャラに「もう!」と言われるとき、人は心に何かが芽生える。
「ソウメイさんに言ったら喜びそうやな」
「うん、喜んでたー」
ああ、事後ですか。でれでれになってるソウメイさんの顔が浮かんで消えた。消去するに限る。
「もう!」
とあゆゆちゃんは続けた。
「知らないっ」
更に続けた。
「ふんっ」
ぷいっと横を向く女の子の姿が見えた気がした。
カーン、と何かが音を立てる。
何これリアル女でも萌えてしまった。あゆゆ、ホンマ恐ろしい子。
ふんっ
とは、きばって言う時の台詞ではなかったのだ。
ガラガラと私の中で常識とか何か大切なものが崩壊して行く。
そして生まれ変わる。
「ああ、ふんって、しこを踏む時の声かと思ったけど、そっちだったのか」
「w」
草を生やされた。
あゆゆちゃんと私の脳内は、もう発想や構造自体が違ったのだ。
姫プレイ奥深し。
ていうか、しこをふんでる音とか考える時点で、私には無理。
私は仏のように再度悟りを入れたのだった。