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空気友は多いがフレンドは少ない。
それが私、タラオです。
そんな私にも、ログインすれば声をかけてくる面子がいる。
時にそれがクソめんどい。
え、何いってんのこいつ、と思われそうだが、めんどくせーものはめんどくせーんだよ。
一人で静かに集中したいときもある。
そんなときに、「狩りいかねー」「こんにちはー」「いまひまー?」と声かけられるのはまだしも、いちいち返事あいづちめんどくさい。
だから私はログアウト表示でゲームをすることが多い。
メインストーリーから始まる中核ゲームコンテンツは一人で静かに楽しむものと私は決めているのだ。
別に中身入りのプレイヤーで一緒にメインストーリー進めるのが邪道とは言わないが、私は一人で試行錯誤して進めたい派なのである。
万人には万人の楽しみ方があるのだ。否定するのがまさに邪道。
文句は言わせん。
しかしあらかたメインストーリーは押し進め、エンドコンテンツのレア武器防具アクセ強化に忙しい私は最近イン表示が多かった。
なので、しばらく疎遠にしていたかつての在籍ギルメンQチェロから突然声かけがあったのもゆえなきことではなかったのだ。
ログアウト表示に声掛けもくそもあったもんじゃねーが。
「ねねねねねねねね」
この挨拶、最近のキッズにはやってんの? Qチェロは親子そろってタイラントにインしているが、息子の方であることを聞いている。つまり、中身キッズである。
てか、たまに中身父親インして交代するの止めろ。いきなり賢いこと言い出してびびるわ。一度忘年会で、脳筋Qチェロが、
『本日はお忙しいところ皆さんお集まりいただき、誠にありがとうございます~中略~こうして皆さんと集えた喜びを祝して乾杯しましょう』
みたいなことを言い出した時は、リアル顎が落ちたね。
え、あのお馬鹿なQチェロが何か賢いこと言い出したー! みたいな。
あとで、「あ、あれ中身とーちゃんと交代してたの」と聞き、リアルorzポーズを取りたくなった。あの驚きと感動を返せよ。
なので本人にもその旨言ったら、いつものように「w」と草を生やされた。息子の方にも親父の方にもな。親子そろって草生やすなし。
それはともかく、あゆゆちゃんもよく、「ねねね」と言ってくる。
なので、キッズの間では、「ねねねねね」がはやっている、と私は思ったのである。
そして私は「ねねねねね」について深く思考したところ、これはいわゆるキッズたちの一種の照れ隠しではないかと推察するにいたった。
最近のキッズたちに特有の「照れ」というか「恥じらい」というか「協調」の文化土壌からくるものではないだろうか。
よーするに、名前呼びまでしていいのか分からない、微妙な距離感を計りかねて、「ねねねねね」とちょっと臆しつつキッズならではの人懐こさと無遠慮さが混然一体となってそうなった。
なんてどうでもいいことを私は延々考えて結論を出す。
つまり私は暇なのか。うん。
「今いいー?」
そういうわけで、私の返事は一瞬悩んだものの、
「なんや」
とこうなった。
気遣い? 脳筋キッズにいるかそんなもん。私もキッズとの付き合い方を学んでいて、彼等は虚礼を嫌うというか虚礼わかんねーから本質で付き合った方がよいと考えていた。
その方がスムーズなのだ。
「あのさあのさ、よかったらストーリー手伝って」
やはり一瞬悩んだが、
『俺、皆と比べてストーリーすごい遅れてるから』
とかつてQチェロが言っていたのを思い出し、私は答えた。
「ええぞ」
Qチェロ在籍のギルドは大人プレイヤーが多く、メインストーリーははるか昔に終了し、エンドコンテンツをやっている人が多い。
その中でQチェロが引け目を感じていたのかもしれぬ。
大人の方が要領が良くて当たり前だ。そして要領のいい大人は、メインストーリーも追加時に人が殺到しているのを見越して、さっさと現地で人を募って終わらせる。
今頃過密一桁サーバーの現地に行っても、誰もパーティを組みませんかと叫んでいる人など皆無であろう。
「あのね、次どこ行ったらいいのかわかんない」
「ほーん、どっからつまっとん。NPCになんか言われたやろ」
「うん、あのねー」
というわけでかくかくしかじか要領を得ない説明を聞き、私は言った。
「まあ、とりあえず現地いこうや」
「えっ」
私は断じて脳味噌筋肉族ではない。
というわけで、虚ろなる冥府の入口。
その前に立つ黒衣の男性プレイヤーに話しかけてみろと私は言った。
「そこのNPC、台詞変わってねーか」
「あ、本当だ。中入ってもいいって」
「うむ。行くぞ」
足を踏み入れると、どうやらムービーが始まった様子。
メインストーリーに入ったらしい。
やはり間違っていなかったようだ。
さて、ここからは迷宮扱い。めちゃくちゃ仕掛けが多くて、一本道でボスまで辿り着ける仕様ではない。
「おい、私が先行していいんか。後からついてこか?」
「俺、道分かんない」
「ほな先いこか?」
「うん」
ええんか。ま、人のプレイスタイルにケチつけねーし、Qチェロがそれでいいならかまわんが。
しかし道が複雑だ。私は迷いつつ、虎の子の攻略サイトでMAPを確認しつつ、最短距離で進んだ。
てかワープ装置多すぎ。隠し扉とか酷い。解放のためのクイズも鬼。これ初見じゃ無理。
ほぼボス直前まで辿り着いた時には、すでに休日の昼に差し掛かっていた。
「おなか減った~」
「せやな。ここでいったん昼休憩するか?」
「うーん、でも落ちても大丈夫かな」
「またこっから再開されるけど、断言はしかねるのう」
「もっかいここまでこないといけなくなるほうが怖いから、いこっ」
「おう」
というわけで、そのまま続行、ボスまで辿り着いた。
ムービーが始まり、ストーリー進行上出て来る英雄枠NPCがピンチに陥ってるところに、間一髪で間に合ったところだった。
「Qチェロ、すまない!」
と、英雄NPCアーク王子が膝をついて態勢を崩したまま礼を言う。彼の薄汚れたマントが床を払い、
「ともに戦ってくれるか!?」
いいえの選択などない。
パリーン、とガラスの砕ける音がして、画面に亀裂が走り、無数の破片と砕けた。
その砕けた向こう側に広がる位相空間に、おぞましい怪物が咆哮を上げる。
戦闘が始まったのだ。
位相空間に転送され、処理激重に耐えつつ、フレンドサポートと呼ばれる他プレイヤーが登録したNPCとともに戦う。
ちなみにQチェロは僧侶だ。なんかレベル上げしたいらしく、中途半端な装備と中途半端なレベル。
文句? 別にねーす。
元々レベルキャップ解放されてずいぶん経つ今では、カンスト組など当時の適正レベルをはるかに超えてしまっているだろう。
そして我らは辛勝した。
やべー場面は何度もあった。
それすらもスパイス。
何よりのスパイスは、
「やったー!」
Qチェロのこの歓声かね。
私は互いにねぎらい合った後、
「ほな昼やし解散すっか」
と言った。最短距離でも結構時間がかかった。Qチェロが言う。
「ねね、この後も暇ならストーリー手伝って」
私は答えた。
「暇じゃねー。れべあげするし」
「w」
ボス戦だけならともかく、迷宮から全部つき合うほど私は暇ではない。甘やかすと関係上よくねーからな。
手伝いが義理や苦痛になってはお互いよろしくないという考えだ。
私はキッズ相手には、無理な時は無理とはっきり言うことにしていた。虚礼通じねーから、こいつら。
その後どうなったかって?
「ねねねねね」
あゆゆ2号かよ、と思いつつ、
「なんや」
「闘技場一回だけやろー!」
「ええで」
何にも変わっていない。
加われば、すでに他に2名悪魔族男のリーツ、巨人族のまさお、というメンバーがいた。まさお。どっかて見た事がある。あ、以前も何回か闘技場誘いの時にいたメンバーだな。
「よろしくおねがいします」
とチャットであいさつするかたわら、フレンドチャットでQチェロが話しかけてくる。
「あのね、まさおがタラオっちとフレンドになりたいってー」
私はこう答えた。
「ほーん」
フレになりたきゃ自分から言いんさい。このような遠慮の仕方やシャイなところ。まさおというリアル実名っぽい名前からして、Qチェロと同年代か、リアルフレンドであろうと想像が一瞬でかけめぐる。
キッズどもはよく自分の実名をひらがなでつけたり、「ゴ〇クウ」や「ル〇フィ」や「カカ〇ロット」などアニメ漫画のキャラクター名をつけるのだ。
私は何度「キリ〇ト」さんとすれ違ったか分からない。何人「キリ〇ト」さんいるんだよ。ぱねー。マジ草生えるわ。あっはっはっ。
ではなくて、そう、変にシャイなのだ、キッズどもは。
変にシャイで変に無神経なのが彼らだ。
私はそういう彼らに時々「おいw」と思うが、けっこう好きだ。
かわいいとも少し違う。
うん、好き、が一番近いかな。
大人にはない付き合いやすさとかわいげや素直さを感じる。
総じてキッズ、と言うよりない。
リアルでは絶対につきあうこともない彼らと交友し、彼らと遊ぶことができるのは、オンゲならではだ。
オンゲーの楽しさは色々あるが、この一期一会が大きな要素であると思う。
会うこともなかった人々と、一緒に冒険できるんだ。すごいね。
時にうざったく、時に頼もしい連中だ。
ま、よーするに、私はタイラントもタイラントの世界に生きるプレイヤー(彼ら)も、好きってことだ。
闘技場の結果? 負けたよ。
私は嘆きと悲しみと怒りの声を上げた。
「ぶるすこふぁー」
悪魔男のリーツが応えた。
「モルスァー」
「!」
友情が芽生えた。
んで、その日もあゆゆちゃんが話しかけてきた。
「ねね」
「w」
思わず草を生やした。今度こそ以上。