10の中編
「ギルド、消失してますね」
正直、何とも言えない違和感と不気味さを覚えていた。
レベル10のギルドだ。今ギルドレベルは上限100を超えている。この低レベルで、団員全員キックして、ゲーム内通貨で取引ギルド販売なんてまず考えられない。
買う奴なんざまずいねえ。
次に浮かんだのは、ギルマスが愉快犯だった可能性。
私は確かめるべく、まずはみやるんさんに連絡を取ることにした。
が、フレンドリストからもみやるんさんは消えている。仕方ないので、過去のログを遡り、彼女のIDと名前を検索して、そこからフレンド申請を行った。
しばらくして、弾かれた。
フレンド申請を拒否されたのだ。
しかし、これで一つ分かったのは、
「……インしてるのか」
みやるんさんはゲームにインしている。
でも、フレンド申請を弾いた。
何かの事故なら、弾かないよな。
やっぱり、愉快犯だったのか。
しかし、数日接していて思ったのは、中身どう考えても中学生~いいところ高校生の女子だろうということだ。
みやるんさんはレベルが中途半端だった。カンストしている職は二つくらいで、あとはこれからという感じ。
愉快犯の使い捨てキャラにしてはキャラをかなり育成していたし、ゲーム内衣装――ゴスっぽいの――をあれこれやりくりして集めていた。
ゆるい中学生女子がアバターの着せ替えやおしゃれを楽しんでいるという感じだったのだ。
「コスの師匠を探し中です(ハート)」
って言ってたしな。
ただのライトユーザーとしか思えなかった。
ライトユーザーはこういう悪質な手口で人を騙して遊ぶような発想をしないと思う。
彼らはゲームをあまりにも『知り尽くしていない』。
この手の高度な嫌がらせを出来るとは到底思えなかった。
なんで気持ち悪いのか。
なんか、ちぐはぐなんだわ。
ギルドが突然消失という事態とみやるんさんがどうも結びつかない。
ただ、ありえないことではない。
ライトユーザーであるがために、
――飽きたかな
という可能性。
ギルド立ち上げて人を呼び込むって、ゲームをやりつくしているとかえってやりにくい。ライトだから簡単に立ち上げて、ギルド員を募集して、そして簡単に放棄した。
そんな可能性。
しかし、ついさっき一緒にパーティ組んでて、気づいたらギルド消失って、やっぱりどうもなあ。
私はどうにもしっくりこなくて、取りあえず連絡のつく参謀ハルカさんに手紙を出した。
内容はまあ、突然ギルド消失してるけど、なんか心あたりありませんか?って内容だ。
その後あれこれ闘技場でヒャッハーして一息ついていたら、フレンドチャットが鳴った。
ハルカさんだった。
「こんばんは。手紙ありがとう。ギルド本当に消失しているみたいだね。私もギルマス連絡とろうとしたけどフレ消されてた」
「みたいなんすわ」
私は他の元メンバーとはフレンドになっておらず、連絡がつかないので、ゆうとさんとハルカさんにしか声をかけることができていない旨伝え、
「みやるんさんは飽きちゃってギルドを解散したんですかね」
と聞いてみた。だろうね、と半ば同意を確信していたのだが、ハルカさんの見解は私の予想斜め上だった。
「んー、直前にゆうとさんとタラオさんとみやるんさんてパーティ組んでたんだよね」
「そうですね、解散してふとギルチャみたら、自分以外メンバー消えてギルド自体消失してたって感じす」
「みやるんさん様子どうだった?」
「どうって、普通でしたけど。何か気に障ることしたかなってゆうとさんとお互いに話してみたんすが、お互いに特に何もなかったよねってことで見解一致してるっすね」
「あーうん、あとパーティ組んでる時みやるんさん回線落ちたりしてた?」
「?」
会話の意図が読めない。私は記憶を辿ってみたが、みやるんさんが回線落ちをしていたというシーンはなかった。
「いや、落ちてなかったですよ」
「解散してギルド消失気づいたのはどのくらい?」
「10分~30分ですかね。気づいた、って感じであんまはっきりとは」
ゲームプレイしてると、時間の経過があいまいだったりするからなあ。
「そう。その間に回線落ちしてたかもしれないな」
考え込む様子のハルカさんに、「?」と尋ねると、
「乗っ取りされる時って、回線落ちするんだよね」
とこちらの予想はるか上の解答であった。
「乗っ取り!?」
「そう。乗っ取り。アカウントハック」
「は、はあ」
ハルカさんはつらつらとアカウントハックの手口、乗っ取りされる際の症状、その後の垢ハックユーザーの行動などについてタラオに説明してくれた。
「乗っ取ったらね、まずやるのはギルドを抜けて、フレンドを全部消すことなんだよ」
「あ」
みやるんさん、ギルド解散して、フレンドを全部削除しているっぽい。
「あ、でも、ギルマスがギルドを抜けるって」
「ギルマスが抜けると、自動ギルド解散だね」
「うあー…」
リアル私は背中を椅子にもたれ、うめき声をあげた。
あかん。
えー。
これあかんやつじゃない?
「あー、みやるんさん、ライトユーザーっぽかったですよね」
「ライトだね」
ハルカさん、超断定した。
「セキュリティトークンとか、絶対入れてないでしょうねえ」
「入れてないだろうね」
セキュリティトークン。
銀行とかでも採用されている、ガチセキュリティシステムである。
オンゲで使う場合、キーホルダータイプのものと、スマホなんかにアプリをダウンロードしていれるタイプがある。
オンゲにログインするときって、IDとパスワードを入れるよね。
これに、更にもう一つワンタイムパスワードというパスワードを入れて二重にパスワードをかけるものだ。
なぜワンタイム、というかというと、マジに一回こっきりしか使わないパスワードをトークンが毎10秒ごとに作成して、常にパスワードが変化するからだ。
いつも使っている決まったパスワードと、毎回変わるワンタイムパスワード。
運営もこれを様々な特典もつけて、ユーザーに導入するよう推奨してる。
なにしろ、アカウントハックというのは、日々手口がある意味単純化している。
単純ゆえに、かかると一本釣りだ。
キーロガーというウィルスで、キーボードに打ち込んでいる文字情報を読み取ったり、フィッシングサイトといって、公式サイトそっくりのサイトに誘導して、IDパスワードをユーザー自ら打ち込ませるなど、実に単純強力に盗み出してしまう手口だ。
しかしワンタイムパスワードは毎回変わる。
だから、これが破られるということは、本当に最終砦を崩されると言うことだ。
実をいうと、私もトークン入れてなかった。入れなきゃ入れなきゃと思うほどに、面倒くさくて入れてなかった。
この時、私は心底やべーと思った。
人のふりみてわがふり直せ。
人の垢ハック見て、我がセキュリティ見直せ。
マジやべーっす。ぱねーっす。
「乗っ取り業者は、ギルド脱退、フレ削除したら、所持品全部売りさばくまでが一連の流れだね」
「なるほど。今公式サイトのみやるんさんのマイページみてるんですけど、彼女ログアウト状態なんですよね。もし彼女がインしてたら」
「中身別人である可能性が高いね」
私は思わず、現実でも「OH」とうめくはめになった。
「インしてたら、私突撃してみるっす」
お前乗っ取りだろ、と。
「んー、業者に目をつけられると怖いよ」
「えっ」
「熟知してるからね」
何それこわい。
わけわからん高度なハッキングされたら、タラオ対抗できない。
一瞬悩んだものの、私はタイラントを楽しみ尽くすと決めていた。
ここでみやるんさん(別人)に話しかけないという手はない。
それじゃあ、楽しくない。
「怖いけど、突撃するっす」
「……結果報告してくれるとありがたいね」
「あい」
リアル神妙に頷いてしまった。
そしてタラオのみやるんさんマイページストーカー生活が幕を開けた。
インしてたら目の前に現れてやんよ!
本当ストーカー! 怖い!!