10の前編
ワイ、タラオ。
ギルドをまた抜けた。
半日ほど悩んだが、たかがオンゲ。されどオンゲ。
そのギルドが自分に合わないな、と思ったら我慢している必要も義務も責任もない。
お互いによろしくない。
あれこれ言って抜ける抜ける詐欺をするのはこのタラオが最もやるも聞くも胸糞とするところ。
フレンドもギルドも嫌だと思えば、さっさと切るに限る。
オンゲは人とのつながりが希薄ゆえに、つないだ手を放してしまえばそれまで、そこが良くも悪くもある。
勢いで「ギルド抜けます。今までありがとう」とギルチャで言って抜けたため、その時その場にいなかった人々から無数のメールをいただいてしまった。
わりに簡単に考えていたが、長くいたギルドだけに、惜しんでくれる人がいるのは誠にありがたいことである。
心配するもの、これまでのお礼を言うもの、色々であるが、理由を尋ねてくるものもあった。
簡単に言えば、ギルマスと合わなかった。
ギルドというのは、つきつめていけばギルドマスター個人の私物である。ギルド員も協力してギルドの経験値をあげていくが、メンバーを追い出す最終的な絶対権利はギルマスが握っているし、やろうと思えばいつでもギルド員を全員キックすることすら極論としてできる。
つまり、ギルドは究極的にはギルドマスター個人の私物なんである。
ギルマス悪い人じゃないんだが、どうも合わなかった。
後にあるメンバーから、ギルマスが皆に謝っていた、と言われた。
え、なんで、と私はタイピングの手を止めた。
「タラオさんが抜けたのは自分のせいだって。皆に謝っていたよ」
「気にせんでいいのになあ。ギルドはギルマスの私物なんで、マスターと考えが合わなければ流れるだけやん。
それがオンゲじゃあないか」
フレンドチャットで深刻気に聞いて来た人には、そう言って返すと、そうかあ、と気の抜けた様子だった。
私はむしろ、ギルマスが皆に謝っていた、と情報を流してきた元ギルメンに対してちょっと壁を感じてしまう始末であった。
親切心や心配してくれたんだろうが、うーん、心の距離を二、三歩ほど開け気味になってしまう。
まあ教えてくれてありがたいし、ゲスなダークサイドタラオにとって溜飲の下がるところもあるけれど、どっちが悪いって話じゃなくて、考え方が合わなかっただけだからね。
ギルマスはあんまりギルチャがにぎやかなの好きじゃないみたいだったらしい。
確かにうるさいよねえ、色々作業してると。
私も二股三股でギルド以外のチャットルームに参加が増えるにつれ、「うるせーっ」ってなることも後に増えてきたので、ギルマスの気持ちもその後に理解した。
チャット切ればいいだろって人もいるだろうけど、それも毎回手間じゃん。
反面、私はほっとくと延々タイピングしてるタイプで、人が喋ると会話を全部拾い、更に一人でずっとしゃべっている。相手してくれる人がいるとき限定だが。さすがにエア会話1時間続けるのは無理だ。
で、これはお互いあかんな、って抜けた。ドミノ倒しの最期の一押しは、たまたま一日静かにしていたところ、ギルマスの「今日はギルチャが静かでいいね」という言葉だったわけだが、これもギルマスが悪いわけじゃないからね。
本当、どっちが悪いって話じゃないんだよな。
考え方の違いだ。
私より周りが深刻になってしまって、ちょっと困ってしまったオチである。
んで、私はギルドを流れて今度は弱小ギルドに入った。昨日できました! とかいう感じのほかほかできたてギルドである。
往来で呼び込みをやっていたので、呼び込み型は人物考査もなく危険人物かどうかも分からない有象無象に対して股ががばがばで危険と言われるものの、ついついふらーっと入ってしまった。
できたて、というのは琴線に触れた。
なんつーか、レベル上げよ。
1レベルから育てていく。
これってゲーマー魂に火をつけませんか。
育てる楽しみっていうかさ。
これから毎日レベルを上げようぜ。
初期メンバーは、ギルマスの人間女のみやるんさん。
「ん~、よろしくね~」
なんつーかゆるい。職業レベルもまばらだ。ライトユーザーの香りがする。
前ギルドのギルマスが、複数コントローラー使いの複アカ主婦だっただけに、新鮮だ。
次に、エルフ娘のハルカさん。
「あ、さっそくギルクエほとんどすんでますね」
ギルドクエスト一覧を開いて、済マークだらけに驚いたところ、
「ギルクエは苦にならないから」
とさらりと流した。クール。なんつーかクールだ。廃人のかほりがする。
その次に、人間男のゆうとさん。出戻り組らしい。
「出戻りなんでね、これからゆっくり楽しみたいと思ってるんだ」
優しそうだし、人間性豊かそうだな。ひねたプレイヤーは飽きて来ると、ゲームを「やることない」「つまらない」「運営クソ」「緩和ゆとり乙」などとけなしだすから、純粋にコンテンツを楽しんでいる人っていうのは、中々貴重だ。
飛び込みで適当に入ったが、ゆるいライトユーザーみやるんさんに、クールでしっかりした参謀タイプのハルカさん、ゲームを楽しんでいる出戻り組のゆうとさん、と中々いいメンバーで、ギルクエも知らない間に消化されている。
「この四人が初期メンバーですね。みんなでギルドを育てていきましょう!」
みやるんさん、ゆるそーなわりに、なかなか言葉がうまい。なんつーか、リーダーっぽい。ギルマスって隙があってこそ、って最近思ったりもする。なんか頼りない感じがタラオの心をくすぐるぅ!
ワイのライトサイドに火が点いた。ダークタラオよ、去れ。
ああ、みやるんさんを支えたい。
お、これ当たり引いたんじゃね? お、お?
ギルドを一から育てる初期メンバーってのも燃えるよね。
と思っていた時がありました。
ギルドが10レベを超えたあたりだろうか。
ふとチャット欄を開いて、私は時を止めた。
よう事態が呑み込めんかったのである。
ギルドチャット欄には、ギルドメンバーアイコンがずらっと並んでいるはずなのに、一人もいなかった。
「……?」
タブをみてみると、そこにはギルド名が記載されているはずが、何も記載されておらず、自分はギルドに参加していないことになっていた。
「????」
しばし考え、追放されたかな、と可能性が浮かぶ。しかし妙な違和感がまとわりついた。
キックされるにも、前兆というものがあるだろう。
何もない。
ついさっきパーティを組んだばかりの元ギルドメンバーにフレンドチャットを飛ばした。
「あの、気づいたらギルド追い出されてたんですけど、ゆうとさんはどうなってます?」
「え? あれ? おかしいな。僕も……」
我々は沈黙した。連絡がつく元ギルド員はあと一人。今はログアウトしている。他のメンバーともフレンドになっていなかったのが今更悔やまれる。連絡なんて、ギルドチャットでするから、わざわざフレンドになっていなかった。その内、と思っていたのだ。
今は悔やんでも仕方ない。
しかし、二人も同時にキックされるだろうか。
不意に思いついて、私はタイラントの街角のあちこちに置いてあるコンソールから現存するギルドリストを開いた。これは人名やギルド名で検索できる。人名やプロフィールは公開拒否で非表示にできるが、ギルドは公開拒否できない。
存在するギルドは必ず検索結果表示される。
ギルド名、『ラビット★ハウス』。検索結果――ゼロ件。
「ギルド、消失してますね」
薄気味の悪さが背中を走り抜けた。