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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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九十六話 共食い

 瞬時に、状況を判断した。

 外からの侵入者は三人。律儀に三つある窓をそれぞれ割って飛び込んできた。一様に黒いコートで身を包み、顔もフードとマスクで隠している。俺がよくやる怪しい格好そのままである。

 そしてその手には各々、小回りの利いて鋭そうな得物がズラリ……これで友好的な人種に見える奴がいたとしたら、逆に尊敬する。


 当然俺はそんな尊敬欲しくもないので、すぐさま連中を敵と断じた。


「この野郎が!」


 反射的に手近な椅子を掴み、飛び込んできたばかりの一人に放り投げた。体勢が崩れたままだったのでもろに命中。砕ける椅子共々壁に叩き付けられた。


 そこで別の一人に目が行く。これは俺が後方に置いてきたシオン達に近い。マズい。か弱い女性が四人もいる方だ。

 躊躇わず、全力で床を蹴った。踏み割った感じがある。別にいいか。俺の家でもあるまいし。


 敵に追い縋る。俺の方がずっと速い。迫る横面目掛けて拳を放り込んだ。その勢いのまま絡まって壁に突っ込んでしまう。

 凄い衝撃が全身に走った。痛ぇ。壁を壊してしまったらしい。賊がクッションになってなかったらもっと痛かったか。つまり野郎は潰れてミンチか、よくて重体だ。


「セイタさん!」


 シオンの声が聞こえる。右手を上げて応える。応えられたかどうかわからない。瓦礫を蹴飛ばして立ち上がった。

 数分前には食事とささやかな歓談が始まろうとしていた食堂が、酷く滅茶苦茶に荒れ果ててしまっていた。


「大丈夫、か、みんな」

「セイタさんこそ! 血が出てますよ!」

「血?」

「頭、頭」


 シオンとキリカに指摘され、こめかみと額の辺りを触ってみると、確かにぬらりとした感触が。うっかり割っちまったか。この程度ならすぐ治るけど。


 それはいいんだと手を上げつつ、残る一人を『探知』で探す……が、何も感じない。俺達一行と、子爵一行、その反応しかない。

 しかし闖入者の姿は、そこにあった。

 子爵と、もう一人怯える使用人の傍。黒いコート姿の不審者が、だらりと小剣を下げて値踏みするようにこちらを見ていた。


「……しくじったみたいだな、デューラー卿」

「な、そんな、私は……」

「言い訳は結構。後は強硬手段でやらせてもらう」


 男が平坦な声でそう言い、俺の方をしっかりと向き、剣を数度振った。

 異様な雰囲気だ。そうとしか思えない。隙の有無も実力の底もよくわからない。一目で「やる」とわかるローグとはまるで違う類いの人種だ。


 それ以上に不気味なのは、こいつらが『探知』に反応しないことだ。最近どうも役に立たないことが多い『探知』だが、こいつらも『隠蔽』を使っているのか。そんな感じはしないが、あるいはあの黒コートが『探知』を弾く魔導具なのかもしれない。三人とも反応がないからだ。


 と、そこで困った事案が発生。窓からさらに追加の不法侵入者が三人である。誰もお代わりなんか頼んじゃいねえってのに。


「これは何だ、何の騒ぎなんだ?」

「お前……知らない顔だが、間の悪い時に居合わせたな。運が悪いと思って、ここで全員死んでもらう」

「またそんな物騒な……」


 言い終わる前に、子爵の傍のリーダー格が手を上げた。それを合図に二人突っ込んでくる。せっかちにも程があるだろうに。


 のんびり屋の俺は女性陣の前に立ち、ゆっくりと『氷刀』を両手に構成する。間に合わないので刃渡りはさほど長くない。精々ダガーほどである。


「ハッ!」


 テーブルを飛び越え、意気込んでかかってきた一人目の攻撃を左で受け、刃に纏わせた『障撃』でそれを弾く。もう一人の攻撃は右で打ち落とす。

 そのまま、隙を作った二人の首に剣を突き刺そうとする……が、転がって避けられる。反応がいい。


 だったらこっちも大人げなくやろう。

 逃げたそいつらに魔力の手を伸ばす。『念動』だ。やはりコートが魔法効果を弾く性質を持っていたのか、『念動』を逸らされかけるが、構わず抵抗以上の魔力を流し込んで二人を掴む。


「なっ!?」

「ぐっ!」


 動きの止まった二人を左右から引き寄せる。今度は逃がさない。ラリアット気味に両手の『氷刀』をそれぞれの首に叩き込んだ。肉を引き裂き骨に当たる嫌な感触が伝わってくる。


「くっ、この魔導師!?」


 残る一人……いや、先に椅子でノックアウトしたと思っていた奴も合わせて二人が、警戒しつつもこちらに向かってくる。蹴り倒されたテーブルから毒杯──多分だが──が中身を撒き散らしつつ飛んだ。


「ハァァッ!」


 即座に距離を詰めての一撃が襲い来る。速い。魔法も反撃も間に合わず二刀で受ける。別方向からも攻撃。捌き切れず一歩退く。


 と、そこに後方からの『氷矢』が飛び、追い縋ろうとした敵の一人に突き刺さった。


「セイタさん! 今!」

「おい馬鹿シオンお前……!」


 窘めようとするのを止めて、もう一人を睨む。突き込んでくる一撃。一撃程度なら造作もなく見える。捌ける。『超化』の前ではダンゴムシも同然だ。

 身体をかわし、右手で突きを腕ごと払い、左の『氷刀』で男を刺す。苦悶の声。構わず引き抜き、今度は両方の『氷刀』を突進気味に突き刺した。


 倒れる男に刺したまま、『氷刀』は抜かない。そのままシオンに攻撃され、怯み呻いていた最後の奴を殴り倒す。それでもまだ瞳の中の敵意が消えていなかったので、反射的にその頭を踏み潰していた。


 そうして空手になった俺は女性陣を見、それから子爵とリーダー野郎に顔を向けた。


「終わりか? ……これでもう」

「……驚いた。こんなのがいるなどとは」


 何だよ「こんなの」って。失礼だな。敵から礼を尽くされても困るんだが。


「楽に始末がつくと思ったが、これじゃ台無しだな。一体どうしてくれるんだ、デューラー卿」

「わ、私!?」

「そちらの責任でなくて何だと?」


 やっぱりグルで敵じゃないか、とそれはさておき。

 このリーダー、想定外の事態と被害を見てもどうも余裕だ。部下らしき連中が軒並み殺されたっていうのに何とも思ってないし、それをやらかした俺を怖がってもいない。あくまで仕事中にトラブルが起きた、その程度のことにしか捉えてないように見える。


 つまるところ、冷徹に計算できる殺し屋だ。下手な実力とか権力とかよりも、そういう冷静さの方が厄介な気がする。無論、実力もあるのだろうが。


「仕方ない……こちらの駒も打ち止めだし、一旦退かせてもらうか」

「おい待てこの変態野郎。行かせると思ってんのか」

「許可を取る必要はない」


 そう言うと、リーダーは何とも無造作に俺に背を向ける。

 逃がすか。そう思って、俺は一歩踏み出そうとした。

 その時だ。


「……が、その前に一つだけでも済ませておくか」


 そう言って、男は横目に通り過ぎながら、子爵の胸を刺したのだった。



 ◇



 誰かの悲鳴が上がろうとした瞬間に、全てが掻き消され、真っ白く染まった。俺の頭の中も、一瞬完全に硬直した。

 何があったかというと、爆音と閃光が弾けたのだ。恐らくは野郎が子爵を刺したのと同時。俺達が驚き、固まった隙を狙い、奴が閃光手榴弾(フラッシュバン)のような魔導具か何かを使った。おおよそそんな感じのはずだ。


 音と光の暴力とも言える爆裂はわずか一秒。それでも隙は充分。俺は霞む視界を魔力で無理矢理治すも、どうにか見えたのは窓の外にちらりとはためくコートの端だけだった。


「クソ野郎! 待ちやがれオラァ!!」


 走ろうとしたが、平衡感覚まで狂っていた。思わず盛大に転倒し、それでも構わず立ち上がり、転げるように割れた窓から庭に飛び出た。

 しかし、そこにはもう奴の姿はない。当然『探知』にも反応しない。

 完全に見失った。負けだ。俺の。


「クソ野郎……次会ったらブッ殺してやる」


 何故だか湧いてきた猛烈な敵意を飲み込みつつ、窓から屋敷の中に戻る。

 そこで、悲鳴を上げて集まる使用人達とその後ろのシオン達を見て、思い出した。そうだ。デューラー卿が刺されたのだ。


「ああっ、お館様、どうしてこんな……」


 使用人が悲壮な顔をして、傷から溢れる血を押さえて止めようとしている。しかし、止められない。心臓を刺されたか、口からも血泡がゴボゴボと音を立てて出続けている。このままでは遠からず死ぬだろう。遅くとも三分以内には。


 それを表現し難い感情を抱きつつ、見下ろすエーリス。一番前にいたため、彼女に目がいった。何となく声をかける。


「大丈夫ですか?」

「え……ええ。私は大丈夫……です」


 とてもそうは思えない。確かに無傷ではあったが、確実に被害を被ってはいる。

 突然のことで忘れかけていたが、彼女は裏切られたのだ。知り合いで、同志であるはずのデューラーに。思いがけない形で報いを受けたが、それで彼女の気が晴れようはずもない。状況は何もよくなっていないのだ。


「とにかく……ここを出ましょう。隠れてどうにか……これからのことを考えて。これじゃ、他の貴族に頼るのも難しそうですかね」

「はい……恐らくは」


 答えたのはユリアさんだった。動揺してはいたが、彼女はエーリスより持ち直しが早かった。エーリスはなおも、倒れて死にゆくデューラーを見下ろしている。今は失望より疑念の方が強いように思える。やはり混乱しているのか。


「お嬢様、ほら、早く」

「え……あ、あの」


 と、エーリスが俺に視線を向けてくる。

 何か迷いつつも、しかし強く懇願するような、そんな目だ。

 ……それが望み、意味するところをわからないほど、俺も鈍感ではない。

 しかし……


「どうしたんです? 逃げますよ、早く」

「ま、待って……ください! あの、セイタ様!」

「……何です?」

「デューラー卿を、彼を、彼の命をお救いすることはできないでしょうか!?」


 やっぱりか。何となく予想していたことを言われ、思わず溜め息が出た。

 俺には、そんなつもりはなかったからだ。

 そんな時間はなさそうだが、一応問う。


「どうしてです?」

「え……?」

「そいつはお嬢様を裏切って、売って、勝手に使い捨てられた。そんなのを助けてどうするんです?」

「き、貴様! お館様は、そのような、そのようなッ……!!」

「共犯は黙ってろよなぁ」


 口を挟んで突っかかってきた使用人を突き飛ばし返す。壁まで転がって頭を打ってぐったりしていた。そのままちょっと眠ってろ。


「……で、助けてどうするんです? 意味あるんですか?」

「い、意味は……」

「……意味はあります」


 と、今度はユリアさんが続いた。これを止めることは当然しない。一歩前に出てきた彼女の目を見て、話を聞く。


「このような事態になった、その経緯を聞けます。穏健派貴族や、今の状況がどうなってるのか、子爵の口から聞ける……いえ、聞かねばなりません。これからどう動くかを決めるためにも」

「……まあ、それはそうですね」


 一理ある。情報源をむざむざ死なせるのも勿体ないし、死ぬのは口を割らせてからでも遅くない。あまり気は乗らないが。


「それで、セイタ様。そのようなことは可能なのでしょうか?」

「まあ、できますよ。『治癒』使えますし」

「本当ですか! お、お願いします!」


 エーリスに詰め寄られる。可憐な少女の必死な表情というものは何ともそそるものがあるな。上目遣いというのが何とも犯罪的だ。

 と、ふざけるのは大概にして。


 もう一分かそこらで息も止まろうかというデューラーに目を向け、気が進まないながらも、俺は『治癒』の式を組んだ右手を向けた。

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