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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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九十五話 疑い癖

「ところで、上手くいき過ぎだと思わない?」


 ようやく言い争いに一段落ついて、疑われた仕返しのためにシオンを膝に乗せて弄って遊んでいたところ、キリカが不意にそんなことを言った。


「上手くいき過ぎ? 何が?」

「だから、お嬢様の護衛よ。今日は何もなかったし、このままならあたし達何もしないでお礼だけもらえるんでしょ?」

「楽な商売だな」

「それが怪しいのよ」


 ソファから身を乗り出し、さっきとは打って変わった真面目顔を向けてくるキリカ。俺も弛緩した気分を引き締めつつ、シオンを傍らに座らせ、三人で顔を寄せた。


「今さら何かあるってのか? キリカ」

「そうとは言い切れないけど……でもこういう、楽だとか美味しい仕事とか展開は、商売柄胡散臭く感じるのよ」

「それこそ疑い過ぎだろ」

「疑うのも仕事の内よ。父さん言ってた。六割上手くいけば仕事は上出来、逆に完璧な仕事をしたと思ったら、餌を掴まされてると思えって」


 餌があれば釣り針がある。その先には糸が、竿が、釣り人がいる。

 盗賊の考え方は俺にはよくわからない。しかし言われてみると、こちらも疑いたくなってしまうものだ。


「つまり……何だ? 誰かが俺達を釣ろうとしてるって?」

「本命はお嬢様でしょうけど、ね」


 つい小声になってしまう。使用人が足らないからか、俺達三人しかいない客間には不気味な静けさが漂っていて、まるで屋敷のここにしか人間がいないみたいだ。


 思わず唾を飲んでから、目を逸らしつつ言った。


「こ、怖いこと言うなよ。不安になってくるだろ。今も何か起きてんじゃないかってさ」

「『探知』には変な動きはありませんけど……」


 シオンの『探知』と俺の『探知』で答え合わせをすると、エーリスとユリアさんはやや離れた一室で一緒に休んでいるらしいことがわかった。それ以外の数少ない反応は使用人のものだろう。やはり特に異常はない。


 軽く息を吐いて立ち上がり、キリカの肩を叩く。


「警戒させといて何だけど、あまり気を張ると身体がもたないぞ。肩の力抜けよ」

「あたしは大丈夫よ。何かあったらセイタに守ってもらうし」

「お前ね……」

「まあ……考え過ぎだといいけど」


 まだどこか釈然としない面持ちのキリカの頭を撫でて、笑う。

 そうしていると、何やらメイドが部屋に入ってきて、俺達を夕食の席に案内すると言ったのだった。



 ◇



 ラングハルト公爵の一粒種が何とか無事に穏健派と合流できたことを祝っての、ささやかな夕食会とのことだった。

 何やらエーリスが俺の昨日の喧嘩やらの話を盛って妙な英雄に仕立て上げてしまったらしく、そんな功労者を放っておけるわけがないとデューラー子爵が変な気を回したようだ。あれよあれよといううちに卓に案内され、エーリス達と再会することとなった。


「セイタ様もどうか、ご同席ください」

「いや、いいですけど。テーブルマナーとかには期待しないでくださいよ。生まれが粗野なもので」

「気にしないでくれて構わない。堅苦しい食事は私も好まない」


 デューラー子爵はそう言って苦笑いを浮かべていた。まあいいんだけどね。人数分用意されてるというのにここまできて断れるわけもない。


 長いテーブルに六人で着く。女性陣が並んで向き合い、下座の俺は遠い上座のデューラー子爵と向かい合う形になる。離れてはいるが、何か話を振られないようにしておこう。何だかんだで相手が貴族だと緊張するしな。


「では」


 デューラー子爵が食前酒らしき鉄製の杯を掲げる。俺の杯には白い葡萄酒(ワイン)らしきものが入っているが、彼のも同じだろうか。明らかに子供なシオンとエーリスは多分違うものが出されているはずだ。


 酒は苦手だが、この期に及んで遠慮しても失礼だ。量もさほどではないし、覚悟して煽──


「……ん?」


 と、杯に口を付けようとしたその時、「何か」が見えた。

 見えたというよりは、感じたと言った方が正しいか。透明度の高い、不純物など一切入っていないはずの白ワインに、妙な違和感を覚えた。


 ぴりぴりしたものを感じる。よくわからないが、何かがある。視覚でも嗅覚でもなく、第六感のようなものが、「何かが入っている」と警告して憚らない。


 疑い過ぎか? そう考えて無視することもできただろう。

 ──反応したのが俺の頼りない霊的感覚で、魔力じゃなかったらな。


「シオン、キリカ、待て」


 俺の声と同時に二人の杯の動きが止まる。同時に、杯を持った右手に遠慮なく多量の魔力を流した。

 ワインに波紋が立つ。と、その透明な液体の内側に、ぼんやりと輝く細かい光の粒子がいくつも現われた。ルミノール反応のように、俺の魔力によって強制的に浮き彫りにされた魔力の残滓だ。


「な……」


 俺の杯の光を見て、デューラー子爵が驚き、固まり、青白くなっていた。

 何だ? その「バレた」みたいな表情は。


「セイタ様、何をして……」

「お嬢様達も飲まない方がいいですよ。何か入ってる」

「えっ」

「な、何を!?」


 俺が言うと、デューラー子爵が明らかな動揺を見せて叫んだ。その時点で大分怪しく、俺の中での彼の立場を改める必要があった。

 証拠は挙がってる。知りたいのは、意図するところだ。


「魔力の残り滓が見える。何か細工をした後だ。魔法毒か、それとも『溶解』で何かを混ぜたのか……とにかく、身体によくはなさそうですね」


 確証はないが、俺は疑うことに決めた。言い掛かりに近い俺の振る舞いに動けなくなっているデューラー子爵の隙を突いて、その目の前に置かれている杯にテーブル伝いに魔力を送り込んだ。

 ビシリ、と木の軋む音がしたが、杯は光らなかった。中身は何も細工されていないということである。


 これで決まりだった。態度と認識を改めよう。

 俺はもう客ではないし、ここも安全ではない。

 そして子爵は──「クロ」だ。


「……これはどういうことか、説明してもらおうか」



 ◇



「な、何を言っているんだ! 何のことか、一体、私は……」


 子爵は何やら言い訳を口にしようとしているが、態度でバレバレだ。この男には「俺達をハメた」という意識がある。それを隠し切れていない。腹芸の苦手な性格なのだろう。普段だったら微笑ましく感じるものだが、今は状況が違う。


 シオンとキリカに合図する。二人は頷き、俺の近くに寄る。それを見て使用人達が動揺していたが、気にしない。

 剣は客間に置いてきた。籠手もだ。しかし元々俺は武器を必要としていなかった。不意打ち便りの貴族などどうということもない。拳を鳴らしながら冷たくそう思った。


 冷静だ。俺は冷静だ。やるべきことはわかっている。


「とりあえず、頭に直接聞いてみるか」

「な、何をする気だ……」

「尋問かな」

「ま、待ってください!」


 一歩進んだ俺の前に、エーリスが立ち塞がる。


「何を言って……何が起こっているのか、わかりません! セイタ様、お待ちを! 落ち着いてください!」

「俺は落ち着いてますよお嬢様。落ち着いてないのは裏切り者の子爵の方だ」

「そんな、デューラー卿が、そんなこと……」

「言い掛かりだ! 何を根拠にそんな……」

「だったらこの中に何を入れたか言ってもらおうか。それとも自分で飲むか? 塩か砂糖だったなら深く陳謝するよ」


 無論そんなそずはない。嫌がらせで魔法を使ってまで異物混入する馬鹿など。あるいはお笑いの天才か。


 現実は下らない裏切り者の陰謀でしかない。十中八九間違いはない。

 現に今、俺が掲げて見せた杯を嫌そうに眺める子爵がいる。顔色で何か思うところがあるのは明白だ。

 もう話すのも無駄だと思い、エーリスを押し退け進む俺の前に、使用人が突っかかって来る。


「ぶ、無礼な! お館様に何をする気……」

「うるせぇ」

「がっ!?」


 そいつを突き飛ばす。軽く押しただけで壁に叩き付けられ凄い音が出た。

 子爵の「ひっ」という声を聞いて、さすがにやり過ぎたかと思う。しかし考えてみればここの屋敷の人間はみなグル、敵と考えるのが妥当である。死なずに済んだだけで感謝してほしいくらいだ。


 まあ、最後まで生きていられるかわからないけど。


「き、貴様、こんな……」

「悪いけど、貴族を脅すのは初めてじゃないんでね。全然怖くないよ。さっさと全部吐くか痛い目見るか、選ん……」


 俺が言いかけたまさにその時、左の壁側から窓の割れるけたたましい音が、食堂に響いたのだった。

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