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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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九十四話 修羅

『後で聞くのを楽しみにしとくから。フフ……』


 数分前にキリカから言われた言葉を反芻しながら、屋根の上を歩いていた。

 股間が変な感じなのは、多分高所恐怖症のせいではないだろう。もっと違うものに恐怖している。以前の俺では到底味わえない状況とか、感情に。


 アレか。これが修羅場とかいう奴なのか。


「大丈夫……わかってくれるさ……シオンは俺に優しいからな……」


 何故シオンに逃げているのか自分でも意味不明である。生まれてこの方陥ったことのない状況に混乱してしまっている。


 いや、そもそも、大体、ユリアさんを名前で呼ぶから何だというのだ。この世界、姓を持たない人間なんてごまんといる。

 言い過ぎた。でも結構いる。そのはずだ。実際シオンにも姓がない。あったのかもしれないが、今はない。つまり人を名前で呼ぶのは珍しいことじゃない。大体俺達三人はそうやって呼び合ってるだろうに。


 いや、いや。問題の本質はそこではない。つまるところ「昨晩と今朝でどうして俺のユリアさんに対する呼び方が変わったのか」が重要なのだ。

 はっきり言って、キリカは「何か」あったと疑っている。エーリスの護衛依頼が昨晩秘密裏に俺とユリアさんの間で結ばれてしまったことは既に言ったが、それ以外にも、俺がユリアさんを名前で呼ぶくらい親密になる「何か」があったと、絶対そう思ってる。間違いない。疑われてる。


 露骨な言い方をすれば、俺がエーリスを護衛する代償にユリアさんの身体を要求し、いただいてしまったのではないかと。そう思っているのだ。


 鋭い。確かにそういう取り引きはあった。断ったが。

 しかしそれで納得できれば、女性の嫉妬などこの世には存在しない。男にはさぞかし生きやすい世界だろう。浮気も文化になろうものだ。


 当然、種を撒く義務のある貴族でもない俺に、そんなこと許されようはずもない。既に二人でもどうかと思っているのに、コレクション気分で女性を味わって回れるわけがない。実際俺は自制したのだ。褒めてくれ。


 ただやっぱり、それを理解してもらえるかはまた別問題である……


「でも逆に考えれば、嫉妬されるくらいキリカは俺のことを……」

『キリカさんが何ですか?』

「うわ! 何だシオンか……」


 思わず独り言が声と『思念話』で漏れていたのか。慌てて頬を叩き、気を引き締めてシオンに応じる。


「今度は何だ?」

『はい、そろそろ着くみたいなので、合流した方がいいかなって……』

「ああ、そうか、そうだな。わかった。キリカ……にも言っておく」

『? はい』


 ……怪しまれただろうか。いや、大丈夫だ。シオンならわかってくれる。優しいからな……


 とまあ、それは置いておいて。

 ひとまず道中、何もなかったことを安心しながら、俺は屋根から通りに飛び下りるのだった。



 ◇



 俺達が辿り着いたのは、王都の南西地区にある屋敷だった。

 はっきり言って、大して大きくない屋敷である。庭はあるが小さく、門番も一人。使用人は十を超えないだろう。失礼な物言いだが、庶民の家を数戸くっつけて、多少華やかにした程度のものだった。


 どうやらここが、穏健派である貴族の一人、デューラー子爵の邸宅らしい。


「ラングハルト公爵家が長女、エーリス・フィルディア・ゲオルグ・フォン・ラングハルトと申します。約束もなく突然の来訪でまことに申し訳ないのですが、どうかデューラー卿とお目通り願えませんでしょうか」


 丁寧かつしっかりした口調で、しかし身分の割に妙にへりくだりながらエーリスは名乗った。

 門番はそれを聞いて、一瞬何のことやらと首を傾げた。次いで、何かの悪戯かと思って俺達を追い払おうとした。

 多分エーリスの、貴族っぽくない格好も問題だったのだろう。俺が言い出しっぺな分、申し訳なさも一塩だった。かといって前の服も大して貴族っぽくはなかったのだが。


 そこでエーリスが取り出したのが、何やら華美な装飾の入った小剣である。それを見せられてなお、門番はわけがわからないというような顔をしていたが、エーリスは構わず言う。


「どうか、これをデューラー卿にお見せください。それで全てご理解いただけます。お願いします。どうか……」


 そこで騒ぎを聞きつけたのか、屋敷の中から執事らしき壮年の男性が出てきたのだが、彼はエーリスと、彼女の持つ小剣の装飾──ラングハルト家の家紋らしい──を見るや、顔色を変えて「どうか早く中へ!」と急かすのだった。


 成り行き上、俺達も屋敷の中に入ることになった。門番の男性と目が合ったが、未だに何が何だかわかっていないような様子で、少し笑えた。



 ◇



 流されるがまま十人も入れないだろう応接室に通された俺達は、程なくデューラー子爵と顔を合わせることとなった。


「申し訳なく存じ上げます、デューラー卿。突然、このような形で頼ることになってしまい……」

「そんなことは! とにかくエーリス様、ご無事で何より……」


 そう言うデューラー子爵は三十台前半の好青年といった感じで、こう言っては何だが、あまり「貴族」って感じがしなかった。

 爵位だけ見れば下から二番目だが、それ以上に雰囲気がらしくない。みすぼらしい格好をしてもなおオーラが違うエーリスと比べてしまうからそう感じるのだろうか。


 二人は座って向かい合い、互いの苦境と無事を喜び合いつつ、何やら近況について話し合っていた。面識はあるのか、話もスムーズに進む。

 俺達は、それを「聞いてていいのか?」と思いながら聞きつつ、所在なく立っているだけである。


 ……が、話に一区切りついたところで、エーリスが俺達の話を振った。


「……そうしたところで、この方達に助けていただいたのです」


 デューラー子爵が俺達に不思議なものを見るような目を向ける。確かに、俺は魔導師と剣士をちゃんぽんにしたような格好で、シオンはミニ魔女、キリカは普通だが、やっぱり貴族の家にはおいそれと入れないような服装と、統一感もなくぱっと見怪しい三人衆だった。


 子爵は唯一の男である俺を代表と見て──そしてそれはおおよそ正しい──声をかけてくる。


「なるほど。名を窺っても?」

「はい。俺……自分はセイタ。こっちはシオンとキリカ……です」

「そうか……エーリス様を無事送り届けてくれたこと、深く感謝する」


 聞くところによると、デューラー子爵含む穏健派も、例の事件の真相を追求しながら姿を眩ませたエーリスを探していたらしい。が、敵方諸共上手いこと撒かれてしまったとのこと。情報も錯綜し、一時は生存すら絶望的と思われていたらしい。


 一方で、ラングハルト公爵暗殺の黒幕の方はおおよそ見当が付いた。やはり主戦派、しかもその中でも極めて過激な一派の暗躍によるもので、なりふり構わないあまり王都の裏の犯罪組織とすら手を組んだという。


「あまりに捕まらないものだから、日に日に人員を増していっている。これ以上は王都に要らぬ混乱を呼ぶだろうが、それすらも構わないようだ」

「そこまでして……私を……」


 青くなったエーリスが俯き、膝に乗せた手をぎゅっと握る。どれだけの悪意と殺意を向けられているのか、そして自分がどれだけ危険な状況にあったのかを理解し、怖気を抱いたのだろうか。


 惨い話である。そもそも討伐軍の編成と出征を強行するために反対意見を封殺したはずなのに、どうして今や何の力もないエーリスまで狙われなければならないのか。穏健派の旗頭にされるという懸念はあるにしろ、そこまでする意味があるのか。


 こんな幼い子を、寄ってたかって追い立てて……


「……とにかく、もう一息です。あと少しで主戦派の逆賊を公の場に曝け出して、裁きを受けさせられることでしょう。それまでは、エーリス様もここにいていただければ安全かと」

「何もかも……感謝いたします」

「これもお父上との約束の内です」


 そんな風にして、ひとまず話はまとまった。エーリスとユリアさんはこの屋敷に匿ってもらう。数日中、遅くとも一週間以内には公爵暗殺の黒幕が挙がると思われるので、それと同時に王に謁見し、この件の裁定を取り持ってもらう。


 最終的には討伐軍の扱いについても波及するだろうが、それは俺達とは関係がないし口を挟める話でもない。勝手にやってもらうとしよう。

 俺がやることは、それまでの間エーリスとユリアさんの身辺警護をすること。これに尽きる。


 そんなわけで、俺達は客間の一室に通されたのだった。



 ◇



「だから、本当に何もなかったんです……」

「本当に?」

「誓います、誓って何もありませんでした……」

「あたし、知ってるのよ。あんたが押されると弱いってこと。そうやってあたしも受け入れてくれたものね。だったらもう一人くらい……」

「しないって!」


 曇り空の昼下がり、客間を貸し切った俺達は、くつろいでと言われたのに何故か殺伐とした家族会議めいたものを開いていた。

 いや、違う。これは弾劾裁判である。主にキリカが俺の不貞を糾弾する場だ。当然俺は何一つ悪いことなどしてないのだから濡れ衣もいいところなのだが、どうしてだか優しいはずのシオンも涼しい顔して助け船を出してくれない。四面楚歌であった。


「どうしてこんなに疑う!? 俺が何をした!? ユリアさんを名前で呼んだだけだろ! お前らのことも同じように呼んでるぞ!」

「つまりあの人もセイタと親しくなったわけね」

「意味深……」

「シオンまで!!」


 これは酷い包囲網だ。こんな風に二人に迫られるなんて思ってもいなかったし思いたくもなかった。いや「責められる」か。


「ユリアさん、確かに美人ですものね……」

「そう。しかも大人……」

「大人……大きい……色々と……」

「そう……大きい……」

「何を言ってるんだお前達は!」


 怒鳴って止めようとするも、まるで止まらない。二人で勝手に変な想像して、俺をどんどん矮小な存在に貶めていく。

 これで詰ってくれればまだ救われるのだが、どうしてか二人は申し訳なさそうな、慰めるような目で見てくる。やめろ。そんな目で見るな。男が腐る。


 そもそも問題は何だ。俺がユリアさんを名前で呼ぶようになったことか。それが一体何なんだ。誰か死ぬような問題でもあるまい。

 何となく距離感を感じる人だったから最初は姓で呼んでいただけなのだ。それが昨晩、諸々の事情で色々話し合ったりして、そんな中でユリアさんの方から「自分も名前で呼んでください」と言われただけなのだ。

 何やら生家といざこざがあったみたいで、自分の姓があまり好きでないらしい。しかし捨てるほど割り切れず、ディーツを名乗っているとのことだ。


 つまり俺は何も悪くない。悪くないったら悪くない。

 親しくなったという点は否定しないが、肌が触れたりなんかしてない。

 ……いや、少しくらいはあったか? 


「もうやめろ! 俺をこれ以上浮気者の軟派者にするのはやめてくれ!」


 悲鳴を上げて手を振り回し、説得にもならない説得を延々と続けて、ようやく収まった頃には空が暗くなっていた。


 痴情のもつれで暇を潰せるとは、いい身分だな。実際味わってみると、そんな風には全然思えなかったが。

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