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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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九十三話 それから

 いや髪の色とか違うでしょうに! 

 というツッコミを脳内で二百回くらいした頃、空が白み始めた。一人寝ずの長い夜が終わったのだ。中々の疲れがあった。


 あの後、ユリアさんは普通に寝た。元々疲れてはいたので、俺が頼みを聞いたら気が抜けたようにばたんきゅーしてしまった。それはもう、糸がぷっつり切れたかのような寝入り方だった。寝付きの悪い俺からしたら別の生き物にしか見えない。


 と、ユリアさんの意外な一面を見て異生物扱いする無礼は置いておいてだ。


 すぐにみんな起きる。起きたら、色々話さなければならない。

 相談せずに勝手に決めてしまった。毎度のことになりつつあるが、ちょっと勝手が過ぎると自分でも思う。多少は怒られるのを覚悟しないとな……


 そう思いつつ、俺は一つ欠伸をした。



 ◇



 結論から言うと、俺は二人に怒られなかった。

 キリカには「いつものことよね」と呆れられ、シオンに至っては何か少し嬉しそうだった。多分、俺の勝手が嬉しいわけではないだろう。自分と同年代の女の子を助けるということ、というか黙って見過ごさないで済んだことに安心しているのだ。


 しかし、それとは別に予想外のことがあった。

 ユリアさんが、エーリスに怒られたのだ。それもこっ酷く。


「何を考えているのです! 恩人の方々にそんな危険なことを頼むなんて!」

「申し訳ありません。ですが、他に方法がありませんでした」

「言い訳なんてしないで!」


 朝飯の時間帯だというのに、俺達三人衆は固まって壁に並んで事態を見守っていた。

 到底口を挟める雰囲気じゃなかった。無論飯を食いに行く雰囲気でも。


「私は大丈夫です! デューラー子爵がきっとお助けくださいます! それに、もう証拠を集めて黒幕を糾弾しているかも……!」

「お言葉ですが、お嬢様。全て希望的観測に過ぎません」

「そんなこと……だったら、だからって、無関係の人を我々の争いに巻き込んでもいいというの!?」


 幼いとはいえ、さすが貴族。教育のよさも相俟ってか、怒気の発散にもどこか雰囲気と覇気があり、自分に向けられたものでないとわかっていても、ついたじろいでしまう。シオンもそうだった。庶民の性というか、何というか。

 そんな中で、キリカだけが平然と余所見していた。反権威主義か。


 と、その辺りでさすがに怒鳴り過ぎかと思い、また腹も減ってきたので、そろそろ止めようかと考えた。


「あのー、お嬢様? ユリアさんを叱るのはその辺で……」

「セイタさん!? 一体何を考えて……」

「いやだから、抑えてくださいよ。朝っぱらからうるさいって怒られちゃう」


 俺が話を逸らし気味にそう言うと、さすがに冷静になってか、エーリスは口を噤んで下を向いた。恥ずかしかったのかもしれない。


「……何を考えているんですか。危険なんですよ?」

「それは知っています」

「だったら、どうか私達のことは忘れて、何も知らないふりをして……」

「それは、嫌です」

「どうして!」

「うちのシオンより小さい子を見捨てるようなことはできないからです」


 突然名前が出て「私?」という風にシオンがこちらを見た。その肩を軽く叩いて、エーリスに向き直る。呆気に取られた、というか何も理解できてないような顔をしていた。


「い、意味がわかりません」

「別にいいです。これほとんど自己満足みたいなもんですから」

「自己満足?」

「そうです。というか、何かあってから後悔するのが嫌なんです」


 一晩宿を貸しただけだが、そこで話もしたし、情も移る。それを何事もないまま見送って、後で悲惨な結果だけを見せられたら、我慢ならない。

 だったら、関わってしまえと思うのだ。

 人助けというか、俺が嫌な思いをしないための、予防策。


 キリカを傷付けたり、シオンを死なせたり。何度か失敗してきたのだ。今度は間違いたくない。このままだと、似たようなことがきっと起こる。


 俺なら守れるだろうか? わからないが、刃物の五本や十本くらいなら防げるだろう。それで充分なことを祈る。


「一応、俺も魔導師やってます。多少なりとお役には立てるはずです」

「それは……知っています。ユリアから聞きましたから。でも、それでも……」

「じゃあこう言い換えましょう」


 俺は指を立てて言った。


「このままじゃお嬢様達が危険だ。お嬢様が捕まったらもらえるはずのお礼ももらえなくなる。その上遡って俺達の身まで危なくなるかもしれない。だったらお嬢様に手を貸して、危険の芽を摘んでもらって、お礼も上乗せしてもらった方が得だ。これならどうです?」

「私は、あなた方のことを漏らしたりは……」

「『かもしれない』ですよ。何にせよ俺はうっかり連中に喧嘩売っちゃったわけですしね。正直なところもう手遅れというか、お嬢様に手を貸すしかないというか」


 実際はそうでもなく、どこか遠くに逃げてしまえば問題ないのだろうが、それを言うのは野暮である。またそんな卑怯な真似はできない。


 俺達だけであればそうもしただろうが、エーリス達がいるのだ。


「とにかく手を貸させてください。言っちゃ何ですけど、そっちは手段を選んでる余裕も時間もないようですよ。ああ、別にこれをネタに強請ったりとかはしないんで、それだけは安心してください」

「そんなこと、思ってません」

「だったら決まりでしょ」


 強引に話を打ち切るように、パンパンと手を打つ。

 とにかく、動くならさっさとした方がいい。拙速は巧遅に勝るのだ。


「早速、今から動きましょう。とりあえずは……」


 と、何か言おうとしたところで、誰かの腹が鳴った。

 誰だ、と思ってうっかりデリカシーなく見回してしまったところ、エーリスが顔を伏せたのが見えた。

 ヤバい。貴族のお嬢様に恥をかかせた。ユリアさんがちょっと冷たい目で見てる。即座に目を逸らしたが、その先でシオンとキリカにも冷ややかな目を向けられる。逃げ場はない。詰んだ。


 進退窮まった俺は、誤魔化すように言うのだった。


「あ、朝飯にしましょうか……」



 ◇



 味気なく、水気もなく、量だけはある朝食を五人という大所帯で分け合った。馬車の旅に備えて補充した保存食の余りものである。


 はっきり言って貴族のお嬢様に食わせるにはみすぼらしいにも程がある飯ではあったが、エーリスは気にせずいつぞやのシオンみたいに食べていた。逃亡生活で胃袋を満たす余裕がなかったのだろう。それを思うと不憫だったが、見る光景としては小動物みたいで可愛かった。不謹慎なので当然何も言わないが。


「すいませんね、こんなものしかなくて」

「いえ、美味しいです」


 世辞のように聞こえたが、本当にそう思ってそうだった。腹が減ってれば何でも美味いと感じるアレだろうか。あんまりに腹に沁みたのか、ちょっと目元が潤んでいたのが不憫で、見て見ぬ振りをしておいた。それが正しいのかどうかはわからない。


 そうして腹ごしらえが済んだら、早速某貴族様の邸宅へ……は行かない。

 思い付きだが、エーリスとユリアさんを変装させることにした。そのために近くの古着屋に寄って、適当なフード付きのローブやらを二人分キリカに調達してもらった。王都を散策してもらっておいて本当に助かったと思った瞬間である。


「このようなものまで用意していただいて……」

「いや、あの、何て言うかみすぼらしくてすいません……」

「そ、そんなことありません!」


 慌てて否定していたが、名案だと思った割に俺の方は何か後悔していた。どう取り繕おうがエーリスの格好は普通にみすぼらしく、非常に不敬なことをしている気分だった。欺瞞工作としてはいいのだろうが。


 とにかく、やってしまったものは仕方ないのだからこれでしばらく我慢してもらうしかない。全員のため、今回の事案はすぐに済ませよう。

 諸々の請求は、全て終わってからだ。



 ◇



 昼過ぎになった。

 今日の天気は曇り。空に白い雲が一面にかかり、あまりいい気分ではない。ところどころ雲が濃くなっているところを見ると、今にも雨が降り出しそうだ。

 ここからだとそんな空がよく見える。何せ遮るもののない、瓦屋根の上だからだ。


「さて……」


 視線を下に戻す。下方に、路地を歩く三人の姿が見える。

 三人というのは、エーリス、ユリアさん、シオンのことだ。残るキリカはどこにいるのかというと、もう少し先の少し広い通りで往来する人達に目を配ってもらっている。


 四人の位置を確かめながら、俺はとりあえずシオンに意識を向けた。


「シオン。何か変な感じはあるか?」

『はい、あ、いえ、ないです。今のところ』

「そうか、こっちも同じ感じだ。じゃあキリカは?」

『別に何もなし。今日は降りそうだから、人があまりいない。変なのいたらすぐに見付かりそうね』

「楽でいいな」


 言いつつ、屋根の端から次の建物の屋根に飛び移った。瓦を剥がさないように一応注意してのことだ。


 さて、何故俺達がこんな半別行動を取っているのかというと、ひとえに効率を考慮してのことであった。

 安全を考えれば、俺がエーリス達のすぐそばにいた方がいいように思える。何かあった時にすぐに対応できるからだ。

 その護衛案に待ったをかけたのが、キリカであった。


「女二人に男一人、って、明らかに護衛雇ったって感じじゃない?」


 言われて、確かにそうだと思った。神経質になり過ぎな気もするが、俺がいることで逆に目を引いてしまう可能性もなきにしもあらずである。

 ならばどうする、と思ったところで、キリカがこの布陣を考えついた。


「シオンも『探知』っての使えるんでしょ? だったら、妹か何かのフリして二人についてさ。怪しいの探してもらって、それを避けて……」

「それか、俺が先回りしてそいつらを片付けるか」


 物騒な物言いになってしまい、少しエーリスが怯えたのを覚えている。気まずいのを誤魔化すように、俺は提案した。


「だったら俺は上から見る。その方が全体がよく見えるし、何かあったら迂回の指示も出しやすい。こんな感じでどう?」

「いいと思うけど。じゃあ、私は先回りしてるわ」

「わかりました。頑張ります」


 シオンが少しプレッシャーに感じていたみたいだったが、結局そういう風に決まって、今に至るのだった。


 そもそも、シオンとキリカを今回のことに噛ませないという選択肢もあるにはあった。俺の独断で決めたことだし、とにかく危険なのは間違いないからだ。

 が、それを言ったら盛大に猛反発された。挙句、俺が一人で始末つけようとして死にかけた件のアレを穿り返され、ぐうの音も出なくなってしまった。


「絶対に役に立ちます。セイタさん一人ではもう行かせません」

「もう足手纏いにならないから。だから、除け者はやめて」


 アナイアの件はどうやら、三人共通のトラウマになってしまったらしかった。それを考えると俺も強く拒絶できない。

 万一何かあってから巻き込むとなると、そっちの方が危険だ。だったら最初から役割を決めて協力した方がいい。


 大丈夫だ。シオンは度胸が付いてきたし、キリカはそもそもこういうのが本業だった。屋根を伝いながら、俺は現状を正当化しようとずっとそんなことを考えていた。


 それでも何かあったら……その時は、構わず逃げよう。

 エーリスとユリアさんは……まあ、一緒に逃げるくらいならわけないか。


 そう思っていると、不意にキリカから通信が入ってきた。


『ところでさ、セイタ』

「何だ? 何かあったか?」

『いや、そういうのじゃなくて』

「ん?」

『……あんた、いつからあの人のこと名前で呼ぶようになったの?』


 問われ、誰のことを言っているのかを、またそのキリカの声にわずかに込められている感情を理解した瞬間、何故か背筋にぞくりとしたものを感じた。


 経験はないが……まるで、浮気がバレた時のような気分だった。

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