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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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八十八話 短気は損気

「おがっパ!?」


 デカブツが床にべしゃりと潰れる。床板が砕ける。殴った右手に感触が残っていた。それ以上に髪から垂れる汁の方が気になったが。


 視線を回すと、偶然女性と目が合った。碧眼が驚きで見開かれている。

 言語化するなら「誰この人?」って感じだ。まあ彼女からしたら突然出てきたようなものだからな。俺だって突然で面喰っている。


 それ以上に、プッツンきてるのだが。


「なん、何だてめぇ!?」


 残ったもう一人、シケた見た目の小悪党が俺に怒鳴る。それをポタポタ垂れるスープ越しに見る、屈辱。

 むしろ俺が問いたい。これは何のつもりだ、と。


「あのさぁ」

「ああ!?」

「これ、わかる? ねえ、これ」


 俺はスープで化粧した顔面を指差して言う。男がペッと唾を吐いた。


「知るか! 何だそのマヌケ面」

「んだとォォお前らのせいだろうがよォォ!!」

「あッバ!?」


 怒りのあまり勢い余って余所見気味に男を殴打する。その身体が運よく他のテーブルでなく柱に吹っ飛び、後頭部を叩き付けた男がズルズルと落ちる。


 しかし、その前に襟を掴んで引き起こした。


「あのさぁ、お前さぁ、人にぶつかっといて、服とか顔とか汚しといてさぁ、何もないわけ? そういうのってさぁ、いいと思ってんの? なぁ」

「は、は? な、そん、知らな……」

「知らないじゃねぇよお前それで済むと思ってんのかオルァァァ!!」

「ぶぎゃぁっ!!」


 柱に叩きつけて、顔面に拳を叩き込む。籠手をはめた左手じゃないのがせめてもの優しさであることに留意したい。

 が、そもそも俺を突き飛ばしスープパスタに顔をイントゥさせてくれたのはそこに転がってるデカブツなわけで、これは半ば八つ当たりである。


 まあ、いいか。連帯責任というのはこういう時のためにある言葉だ。


「なあ、この一張羅気に入ってたんだよなぁ。クリーニング代とか出してくれんのか。飯だってよぉ、今から食うの楽しみだったのに、顔とか、全身ベチャベチャんなって、台無しなんだよ。わかってんのか、なぁ」

「く、くりーにんぐって何……」

「口答えしてんじゃねぇよオラァン!!」

「ひぎゃっ!! やめえぇぇぇぇ!!」


 完全に言い掛かりであることは自分でもわかっているのだが、追及を止める気はなかった。

 そもそもこいつらが悪い。俺を突き飛ばしといて、それを気にもかけないのが悪い。俺はそういう、他人を省みないジョックな態度が好きではない。むしろ嫌悪している。いや憎悪している。

 そうして虚仮にされて、泣き寝入りするのも嫌だ。だがそうせざるを得ない。下手な反抗は手酷く踏み潰される。理不尽の基本構造である。


 今までの俺の人生は多分、そんな典型的ナードだったのだ。

 しかし今は違う。理不尽に抗っていい。むしろ理不尽を強いていい。

 何故なら俺は魔王だからだ。


 だからってやることが苛めっ子苛めレベルなのは、さすがにどうかと思うが。

 でも止めない。


「とりあえず迷惑料でももらおうかな」


 因縁つけて、男達から金を巻き上げた。あまり騒ぎ過ぎると──既に手遅れな気もしたが──俺も追い出されるかもしれないので、手早く済ませる。

 カツアゲが済んだら、鼻血をだくだくと噴いて白目剥いてるデカブツを店の外まで引き摺っていき、放り捨てる。足腰立たない鼠野郎も同様である。

 最後に、変な色気出して報復とか考えないように釘を刺す。具体的には籠手のナイフをちらつかせて脅した。目玉の数センチ前に突きつけたら、快くブンブンと頸椎が壊れそうなくらい頷いてくれた。


「まあ、俺もちょっと頭に血が昇ってたよ。これでチャラにしような」

「は、はいはい、はい、はい」


 欺瞞である。その自覚はあった。


 そうして騒動を解決して、テーブルに戻ると、キリカから溜め息を吐かれると同時に、黒髪の女性から何やら頭を下げられたのだった。



 ◇



「ユリア・ディーツと申します。先程はありがとうございました」

「別に助けたつもりはないけど……」


 店員から手拭いを貸してもらい、顔と頭を拭きながら返した。謙遜ではなく本気で個人的感情からの直情的行動であった。

 が、美人からお礼を言われて悪い気分はしないものである。営業スマイルをユリアさんと、もう一人の少女に向ける。


「そっちの子は、怪我はない?」

「……はい。ユリアを、ありがとうございます」


 小さな声である。だが声が出ないとかそういうのではなく、努めて小さく答えているように聞こえた。根はしっかりしてそうだ。

 フードを被ってはいるものの、顔もこちらに向けている。その影の中から、茶色い瞳が俺の方を値踏みするように覗いてくる。さっきチラッと見た感じではシオンと同年代かそれより下といった感じだったが、何ともそれっぽくない目である。


 ……お嬢様、ってユリアさんは言いかけたな。こんな目をするのはそれが理由か? まず人を値踏みするように、という教育なのか? 

 踏み入る気はないけど。というか、そんなお嬢様ならどうしてこんな大衆食堂にいるんだって話だな。


「いきなり暴れ出すから何かと思ったわよ」

「びっくりしました」

「ごめん。つい」

「ついって……」


 仕方ない。発作のようなものだ。俺だっていつもこんなじゃない。

 だが、何となくわかったのだが、俺は結構短気らしい。ふとした拍子で割と簡単に堪忍袋の緒が切れるのだ。

 スイッチは「横暴」だとか「理不尽」だとかか。正義感ではないが、単純にそういったものが琴線に痛く響くのである。それが我慢できない。

 悪いのは、それを怒りに留めておけず発散してしまうことだ。

 これも一応状況は考えているが、明らかに相手が悪者と見ると普通に手が出る、足が出る。なまじ魔王の力がある分、抑制する必要がなく、屈辱や憤りを感じたら即倍返しだ。いや十八倍返しくらいか。大体死ぬ。


 今回の理由は、まあ、一張羅と顔面が思いっきり汚れたことなんだが。


「帰ったら風呂だな」

「それいつもじゃない?」

「そうなんだけどな。うひゃあベトベト」


 言いながら、せっかくの飯を掻き込む。若干温くなってしまっていたが、さすがに王都の飯だけあって美味い。ついでに久し振りの麺類だ。日本にいた頃に食ったものとは色々と違うものがあるが、美味い。美味いしか言えないとコメンテーターとして失格なのだが、だからといって問題があるわけではない。


 キリカも自分の料理に手を付けようとしていた。と、その時。


「あの……」


 シオンが、おずおずと手を上げる。何事かと、俺とキリカ、ついでにユリアさんとお嬢様がそちらに目を向ける。一挙に四人の視線を集めて、シオンが戸惑いに「あうう」と声を上げた。


「どうした?」

「あの、その、つい今、驚いて『探知』を使っちゃったんですけど……」

「ん?」


 確かに、そういう癖をつけろとシオンに教えてはいた。何かの拍子に気を張れ、警戒しろ、と。シオン自身の身を守るためだ。

 さっきも、そうしてしまったのだろう。主に俺がきっかけで。問題はない。そう教えていたのは俺だし、ちゃんと実行しているのだから。


 では、それが何だ。


「何か、妙な動きが周りに……」

「え?」

「どういうこと、シオン?」


 キリカが問い直し、シオンが戸惑いつつ指を周りに指す。


「変な人の流れが……こっちに集まって来てる気がするんです。同じ間隔で、ゆっくり……多分、三方向からだと思うんですけど」

「え、何それは……あっ」


 本当だ。『探知』を使ってみたら、シオンが言う通りの動きを感じる。

 違和感、というレベルでしかない。だが、確かに三つほど、奇妙に統制が取れたような動きが見える。

 そのうちのいくつかからは、他とは違う反応を感じる──魔力だ。


 これは……魔導師か? 


「よくわかったな。結構人が多いのに」

「はい、何となく……目印みたいなものを感じたので」

「魔導師の反応か」


 シオンの『探知』できる距離はそう遠くない。魔力相応といったところだ。その分制御が上手いので、精度は高い。だからわかったのだろう。


 それはそうとして、何だってそんな魔導師様とその他御一行様が? 

 と、顔を何となく巡らすと、ユリアさんと目が合った。


 その顔が、何故か強張り青白くなっていた。


「あの、どうしたんです?」

「え、いえ、その」


 理知的な見た目に似合わない動揺のまま、言い澱むユリアさん。お嬢様も顔を伏せ、固まっている。


 ……な、何だこれ。何か悪いことしたか、俺。


「その、先程はありがとうございました。私どもは、これで」


 何やら慌てて、料理を半分も皿に残したまま、席を立とうとするユリアさん達。見るからに不自然だ。しかし止めるのもどうかと思う。

 そう思っている矢先、『探知』した反応に動きが。


 急に走り出したのだ。三団体一緒に、この食堂目掛けて。

 一つは入り口の方。二つは、それぞれ窓の方へ。


「なん──」


 言いかけたその時、それぞれの方向から白煙が噴き上がった。

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