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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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八十四話 手応え

 矢が空気を裂いて、左目のこめかみを薙いでいった。見えてはいたもののその感触に気圧され、背筋にぞくりとしたものを覚える。

 それはそうとして、右手の慣れない剣の感触を確かめる。『氷刀』とは重量が、重心が、感触が違うそれに戸惑いつつ、しかし「今はこれが俺の得物だ」と自分に言い聞かせ、脇に引いて構えた。


「来るぞ」


 右後方からゆったりと出てくるローグの声。視線を返し、頷きながら、林の間に伸びる道を睨み返す。

 やがて見えてくる馬の影。聞こえてくる歓声と蹄の音。


「まず俺が魔法で足を止める。その後、一人ずつ潰していこう」

「いけるのか?」

「まあ……八割くらいは」

「充分だ」


 右手の剣を肩にかけ、左手の斧を提げてローグが頷いた。

 俺も、迫る盗賊どもに目を向け直し、深呼吸。

 そうして、籠手をはめた左手に魔力を集め始めた。



 ◇



 アロイスを発って二週間が過ぎた頃だったか。それまで平和に進んでいた俺達の商隊は、とうとう盗賊の標的となった。

 敵の数は八。全員が馬持ち。恐らくは待ち伏せていたところを偶然通りかかって、狙われてしまったということだろう。連中の目は宝を見付けた喜色に染まって、馬のケツを叩く音も声も弾んでいた。


 が、別に驚くべきことでもなかった。

 事前にウルルがその存在を嗅ぎ取ってくれていたからだ。


『これくらいなら半分は喰い殺してこれるが』

「腹壊すからやめといて」

『わかった』


 さてどうしたものかと、一応商隊の指揮を執る、一番前の馬車──つまり俺達の乗る馬車──の御者兼商人に報告してみた。

 が、これが取り合ってもらえなかった。


「狼の鼻だと? 信じられないね。あんた狼と話せるのか?」


 話せると言ったら、笑われた。イラッときたが、声を荒げても何にもならないので黙って腰を下ろした。


 この若い商人、なんでも今回が初めての商隊指揮だとかで、相当入れ込んでいるらしい。そのせいでぽっと出で妙に評価の高く、おまけに女連れの俺が気に食わないらしく、この二週間ちょくちょく白い目で見られてきた。


「あまり気にするな」

「してないよ」

「ならいいが」


 ある野営の夜、変な雰囲気を悟られて、ローグに心配されてしまった。だが俺は心が広いのでこれくらい何ともないのだ。


 というか何か、ほとんど関係ないが、フォーレスのロキノを思い出してしまった。比較対象がルウィンとはいえ子供とは、微笑ましいというか、何ともあの商人を低く見ているものだ、俺。

 いや、違うか。無意識にイラついてるな。ロキノにはイラついてなかったが、今はちょっと違うな。


 俺も子供だな。猛省。


「誰だって緊張するものだ。責任のある立場だからな」

「そう言われると何も言えないな」

「責任というなら、お前もそうだぞ」

「わかってる」


 既に前金だってもらってるわけだし、給料分は働くさ。

 問題ないさ。前の護衛依頼の時とは精神的な余裕が段違いなのだ。シオンを撫でていれば両頬叩かれたって笑顔を保てる。シオンを叩かれたら殺すが。


 まあそんなやり取りがあって、今に至る。

 で、差し迫った問題に耳を貸してもらえないのはさすがにどうかと思った。


「んなこと言って、連中に追い付かれたら……」


 と言おうとしたところで、後続馬車から悲鳴が上がった。

 馬車に矢が刺さったらしい。さらに丘の向こうから騎馬が見えたと。


 それからは早かった。おまけに変な方向へと事態が進んだ。

 商隊長の男──ブレンは慌てて商隊の速度を上げ、それから何を思ったか林への街道に曲がろうと提案してしまった。当然異を唱えられる人間もおらず、時間もなく、そのまま進んでしまう俺達。


 問題はすぐ露見した。林の道は状態が悪く、曲がっているために商隊の速度が上げられず、かえって盗賊の接近を許してしまったのだ。


「くそっ、どうして!?」

「どうしてもこうしても……」


 視界が悪くなれば逃げ切れると思ったのだろうか。一本道で迷う要素はないし、向こうは木々の間を縫って追えるのだから当然なのだが。


「このままじゃ追い付かれるわね」

「そのための俺達ってわけよ」


 馬車の中で腕を回し、準備運動しながらキリカと話した。


「馬車にはウルルについてもらって、後ろの連中は俺とローグと、あと他の連中で追っ払うか」

「それにしたってまずあの人にお伺いを立てないとね」

「わかってる」


 ブレンと話して、雑に作戦を話す。余裕がないので赤べこ状態と化した彼を放って、最後尾の馬車まで伝言していった。と言っても、俺達一行以外には二人しか護衛がいなかったのだが。


「そういうわけで、頼めるかな」

「身体が鈍ってきた頃だからな。丁度いい」


 事もなげにそう言ってのけるローグの頼もしさよ。まさに千人力である。

 話がまとまったので、俺達は揃って疾走する馬車から飛び下りた。冷静に考えると危険極まりない行為だったが、特に何も思わなかった辺り俺も大分キてるかもしれない。


 そうして盗賊どもを迎え撃って、今に至る。


 まず『氷矢』を乱れ撃って、馬の足を止めた。何本か刺さって申し訳なかった──無論馬に、である──が、そこは心を鬼にして撃ちまくる。

 やがて馬から転げ落ちた盗賊どもが、俺の魔法に警戒しながら走って襲いかかってくる。矢も飛んできた。それを『障壁』で防ぎつつ、フードを被り、この二週間素振りにしか用いてこなかった剣を構える。


 まず一人。袈裟斬りをかわし、お返しに首に刃を叩き込む。剣術も何もなく力任せに振るった剣が、鎖骨を砕いて身体に滑り込んだ。

 そいつを蹴って剣を抜きつつ、次の相手へ。今度は斬りかかられる前に飛び込んで、膝に蹴りを叩き込む。バランスを崩して転がる盗賊の胸目掛け、地面に縫い付けるように刃を差し込んだ。


 矢が飛んでくる。回避が間に合わなそうだったので、籠手でそれを弾いた。

 固く軽い音が響く。衝撃はほとんどない。傷が付いた様子もない。よし。

 跳んで、弓を持った奴に迫った。頭上から剣を叩き込んだが、これは慌てて回避されてしまった。大振り過ぎたか。


 弓を捨てられ、剣を抜かれる。斬りかかってくる。

 大丈夫だ。見える。攻撃を剣で弾いて受け流す。一歩踏み込む。

 そこで差し出したのは、右手の剣でなく、左手の籠手だ。

 いや、正しくはそこに仕込まれた「もの」だ。

 瞬間、手の甲側で装甲が展開し、そこから勢いよく刃が飛び出す。それをそのまま盗賊の首に突き込み、引き抜く。傷口から盛大に血が噴き出した。


 これは、武具店で仕入れたナイフだ。ギリングの遺品である籠手が俺の思う通りに形を変えると聞いて、俺は何となく、ここに武器か何かを隠して仕込めるのではないかと思い立った。

 実際、できた。装甲が刃を噛んで、固定し、俺の意志と魔力で飛び出すように作り変えられたのだ。


 ……だが、手首から直接飛び出している刃だから、刺した感触がもろに伝わってくるのが少し嫌な気分だ。

 殺しならもう飽きるほどやっていることだが……


「おい、危ないぞ!」


 突然、ローグから声がかかる。振り返った先で、頭に手斧が刺さった盗賊が地面に転がった。俺に向かって来ていたのだろう。


「わ、悪い」

「謝っている暇があったら片付けろ」

「ああ」


 気を取り直し、残った敵に向き直る。『探知』で位置を確認する。

 残りは三人。大丈夫だ。やれる。もう不意を突かれる人数でもない。

 剣を振り回し、刃の血を飛ばしながら、一番近い敵に向いた。



 ◇



 それから一分と経たず、戦闘は終わった。

 殺した盗賊はきっちり八人。取りこぼしはない。馬は二頭が死んだ。一頭だけ無傷でその場に残っていた。後は逃げたか。

 走って商隊の馬車を追った。途中で降りたらしい他の護衛にも会って、「もう終わった」と言ったらぽかんとした顔をされた。そりゃそうか。


「仕事を取っちまったか」

「出来高でもないし、構わんだろ」

「まあ、そうかな」


 残った馬はローグに乗ってもらい、また走って商隊を追いかける。『思念話』と『遠話』でシオンとキリカに無事の報告。ついでに速度を落としてもらうよう言ってくれと頼んでみる。通信魔導具の方も調子はよさそうだ。


 が、どうにもブレンがテンパってて話にならない。あまりにあっさり終わってしまったので、「盗賊は片付けた」なんて信じられないらしい。

 仕方なく、ローグに早駆けしてもらってようやく事なきを得た。商隊には特に被害はなかった。強いて言うなら馬車に矢が数本刺さっていたくらいか。


「お疲れ様」

「大丈夫でしたか?」

「まあね。ちょっと汚れちまったけど」


 そんな風に言い合って、合流して、その時はそれで終わった。

 盗賊に襲われるなんてことくらいじゃ、もう動揺すらしなかった。ただ新しい武器と戦法にどの程度手応えがあるか、を確かめるくらいだった。


 ……人を殺しておいて、練習気分も如何なものだと思うけどな。

 いや、やめよう。今日だってそれで隙を作ったくらいだ。深く考えるのはよくないし、今さらっていうものだ。


 俺が生き残った。それで充分だ。それでいい。

 シオン達の所に帰ってこられた。それが一番大事なことだ。



 ◇



 結局、襲撃はその一回だけで、以後は特に何も問題は起きなかった。

 一度だけ馬車に故障が起きもしたが、それは修理用の部品もあったのでどうにかなった。ブレンも盗賊騒ぎがあってからは俺に変な目を向けることもなくなった。というよりそれまで以上に余裕がなくなったらしかった。


 馬車の旅は順調で、また想像より暇を持て余すこともなかった。キリカと話していれば退屈しないし、シオンを愛でていると思考が停止した。変わり映えのしない平原の風景も、見ていると心が和むものだった。


 そうして、あっという間に一週間が過ぎて、王都の白く高い市壁が見えてくるのだった。

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