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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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八十三話 出立

「えー、流れで決めたようだけど、王都に向かおうかと思う」


 夜、宿で二人に告げる。特に反対はなかった。


「セイタがそう言うんなら」

「私も、セイタさんがそうするならついていきます」


 当然じゃん、という言い方であった。素直に嬉しい。嬉しいが、俺は「黙ってついてこい」ってタイプじゃないので、今後もお伺いは立てよう。


「それにしても、王都かぁ。久し振りね」

「キリカは行ったことあるのか?」

「昔、ちょっと寄ったことがある。父さんが生きていた頃ね」


 その頃からあちこち飛び回っていたのだろうか。何ともタフな人生だ。


「ここからだと結構かかるわね。馬車で早くて半月……足止めくらったら二十日以上かかるかも」

「サブリナからここまでの三か四倍くらいの距離か」

「王国の中心部だからね」


 この辺はまだ王国の北西部にあたる。そして俺が最初にいたミナスは王国の北端。四ヶ月近くこの世界にいるが、まだそれぐらいしか俺は動いちゃいないのだ。

 となると、王都なんて聞くと中々「くる」ものがある。ぶっちゃけ、子供っぽく楽しみですらある。


「どんな所なんでしょうか」


 シオンも俺に負けず劣らず結構うずうずしている感じだ。王都経験者のキリカを見る目に熱が籠もっている。


「その辺の町とそう変わらないわよ。多少広くて、人が多くて、建物の背が高くて王様がいるってだけ」

「結構違うと思うんだが」

「別にいいものじゃないわよ。悪くもないけど」


 何とも乾いた感想だった。ちょっと肩透かしを食らった気分。

 でも、だからといって目的地を変えるほどではないが。


「ほんじゃあひとまず、この宿を引き払うのと、出発の準備を進めるか」


 俺は、サンデル・マイスに行ってローランに王都行きを一応報告、ついでに荷馬車の護衛か何かを引き受けられないかを聞いてみる。

 シオンとキリカは必要物資の調達だ。実績があるし、サブリナの時みたいに任せておいていいだろう。


 そうだ。それとなく、ローグとかカズールにも報告しないと……



 ◇



「王都か」

「うん」


 翌日。昼前に商会に顔を出し、三日後の護衛依頼を引き受けた足で、そのままローグの宿に向かった。

 俺がアロイスを出る旨を伝えると、ローグは特に何も言わず頷いた。


「俺もそろそろ出ようと思っていた。用事も済んだことだしな」

「あ、もしかして俺達のお守りで足止めさせちゃったか」

「そういうわけでもないがな」


 ローグが茶を啜って言う。昼間から野郎二人でお茶とは何とも男子力の高い。


「ローグは、元はどこから?」

「お前達とは逆だな。南だ。王都よりも南の……町だ」


 ちょろっと話してくれた内容によると、ローグ……精確には彼の母親は、魔王領との境から王国の南に逃れてきたらしい。

 ローグは言わなかったが、その時には既に母親はローグを身籠っていたのだろう。そこにどんな事情があったのかは、聞くべきじゃない気がする。


 ……三十云年前の話か。掘り返すことでもないよな。


「ギリングを追って北に向かった。それまではずっと南のある町にいた。故郷ってわけじゃないが……そこに戻ることにする」

「そうか。じゃあ、ついでに俺の受けた商隊護衛についていかないか?」

「何?」


 馬車の旅はそう楽なものでもないが、一人で徒歩よりはよっぽどマシなものだ。商隊を守るという仕事の性質上、盗賊なんかの厄介事に出くわす可能性もあるが、ローグなら問題ないだろう。俺もいるし。


 そういう意図あっての提案だった。


「そこまで甘えるわけにはいかん」

「甘えてるってんなら俺の方だ。取り引きみたいなもんだろ。俺はあんたを頼りにしてるし、あんたも馬車である程度楽できると思うけど」

「しかしな」

「まあ、嫌だってんなら無理にとは言わないけど……」


 ローグはそのまま数秒腕を組んで考えてから、頷いた。頷いてくれた。

 正直、嬉しい。というか頼もしい。ウルルを男手としてカウントするにしても、手練は何人いたってありがたいものだ。


 それに、俺はまだローグから教えてほしいこともあるしな。


「じゃあ、三日後に。またよろしく」

「ああ」


 言葉少なげに、話をまとめて別れた。

 さて、キリカ達と合流するか……



 ◇



 それから三日は、今まで通り訓練とアロイス観光に費やした。

 必要物資をちょくちょく買い足しては、戯れにウィンドウショッピングに赴き、目に付いたものを買ったり買わなかったり。


 一番大きかった買い物は、今回は意外にも俺の分だった。

 多少の刀傷くらいなら防ぎそうな、厚い外套を新調した。その下には、薄いが鎖を仕込んだ革製の胸当てだ。

 一度刺されてほとほと懲りたので、最悪心臓だけは守ろうという腹積もりだった。まああの時みたいに後ろから刺されちゃ意味ないのだが、気持ちだ。


 加えて、武具店で適当な剣を仕入れた。

 これは、外套と併せて俺の見た目を剣士か何かに偽装するためだ。万一アナイアや魔人に手配されても、これならすぐにはバレないだろう。

 それと一緒に、頑丈そうで細いナイフを数本、剣よりは真面目に選んで仕入れたが……これの用途は、後のお楽しみだ。


 そうして、あっという間に時間は過ぎて、アロイスから離れる日が来た。



 ◇



 しかし、アロイスともさよならか。

 何だかんだひと月以上いたし、感慨深いものがある。商会と懇ろになったり、カズールにガンたれられたり、死にかけたり、ローグと一緒にドンパチしたり、何よりシオンとキリカの二人と懇ろになった町だ。


 馬車の中から遠ざかるアロイスの市壁を眺めながら、色々考えた。

 ぼーっと考えてると、思考がピンクな方に集約していくのは欲求不満のせいだろうか。いやそんなまさか。昨日だってちゃんと……


 げふんげふん、何でもない。何でもないぞ。

 誤魔化すように、まだ早朝でお眠なのか、肩に頭を寄せてくるシオンを撫でつつキリカに声をかけた。


「次の町まで一週間だっけ?」

「順調にいけば、そうね。その後が五日後、で、それから十日以内には王都……って流れかな」

「改めて聞くと長いな。間隔も開くし」

「そういう街道を進むからね。一番王都に早く着くのよ」


 王都はアロイスから見てほぼ南東に位置する。直線的に繋ごうとすると道中の町は少ない。その数少ない町がサンジェニとミクリアだ。


「行ったことあるか?」

「サンジェニにはね。大してアロイスなんかと変わりない町よ」

「そうか。まあどうせ一日しかいないしな」


 観光する必要もないし、暇もない。片手間ながら金もらって依頼を受けてる身だ。ちゃんとやらないとな。


「ローランのおっさんから色も付けてもらっちゃったし」

「あの人、セイタの扱い上手いよね」


 実績があると言って相場、というかサブリナ・アロイス間の時の二倍以上の日当、金貨一枚を出してくれることになった。このままいけば二十日後には金貨二十枚のお支払いが待っている。


 が、それでローラン、そしてサンデル・マイス商会が損をしているかと言えば、実はそうでもない。

 俺を雇った分、護衛の人件費を削っているのだ。見たところ、三人は少ない。丁度シオン、キリカ、ローグがそこに収まってる感じだ。


 シオンとキリカはとにかく、ローグも俺の客分扱いで護衛ではない。つまり護衛の報酬は出ない。そういう話になっている。

 ローグ自身はアシと飯代が浮いただけでいいと思っているようだが、ローランは何かあれば俺が話をつけて、金を出すよう期待しているはずだ。そこまで含めての日当金貨一枚のはずである。


 なお、そのローグは商隊最後尾、六台目の馬車に乗っている。一方の俺達は最前だ。丁度アロイスに来た時の俺達とリースの位置関係だな。


「まあ、何事もなきゃ万々歳なんだけど」

「さすがに多頭竜(ハイドラ)みたいなことはもうないでしょ。大規模な魔物の生息域は通らないはずだし」

「じゃあ問題は盗賊くらいか……」

「あんたならそれも問題にならないと思うけど」


 いやいや、油断はよくないよ。気を張り過ぎても詮無いけど。

 そう思ってると、キリカがふん、と鼻を鳴らした。


「あたしが心配なのは、あんたがまた変な態度取らないかってことね」

「え? 何?」

「忘れたの? サブリナから馬車で出た時のこと」


 えーっと、何が……あった……

 ……あ。あー……思い出したくないこと思い出させやがって。

 顔を隠す。隠さざるを得ない。こっ恥ずかしい。あれは恥の記憶だ。


「どうしたのよ」

「いや、その、思い出しまして。恥ずかしいというか、申し訳ないというか」

「何よそれ。今さらだけど、なんであの時突然変になったの?」


 今さらなら話さなくてもいいんじゃないかなー、って思っちゃうんだけど。

 いや、でもあれは一方的に俺が悪いことだし、抱え過ぎてもって気もするし。話して、謝っておくべきだろうか。


 ……うん。そうしておこう。キリカには話しておこう。

 シオンには……ね、寝てるしいいか。


「えっとですね、その、あの時は……」


 馬車に揺られながら、包み隠さず話した。

 まず俺が『夢創』という夢を操れる魔法を使えること。

 それが、あの日サブリナを出立する前日の夜、暴発してしまったこと。

 そこで見た夢に、シオンとキリカが登場したこと。

 そしてその夢が、欲求不満な男の淫らな妄想そのままなものだったこと。

 それがあまりにあまりにもな内容だったため、気まずくなってその後しばらく、二人に素っ気ない態度を取ってしまったこと。


 全部言ったら、キリカに笑われた。盛大に笑われた。


「そんな夢くらいで……くくっ」


 実際に現実でやることやった後だから、キリカにとっては笑い事でしかなかった。その時の俺にとってはそれじゃ済まないことだったんだけど。

 ただまあ、キリカはそれで済ませてくれた。俺のアホな夢に関しては許してくれた。


「それって、セイタがあたし達にそういう気持ちがあったってことでしょ」

「まあ、そうだろうな」

「女として見られていたってことなら、むしろ自信になるし、嬉しいことよ。多分シオンもそう思ってるはず」


 そういうものなのだろうか。女として……ね。

 それでも、シオンにわざわざ言う気にはならないけどな。


「変なことに気を遣うのね」

「そういうことに関しては繊細な故郷で育ったんだよ」


 会ったばかりの女に軽々と色目を使う、欲情する。そういう浅薄な下半身男を嫌い、軽蔑するのが日本人、いや、非リアというものだ。

 我々は現実の女性に触れてはならない。触れ得ない存在として遠目に眺め、敬遠し、自制し、耐え忍び、うっかり妊娠させて破滅するような下半身男を嘲笑って、どうにもならない無聊を慰める。そうして自尊心を保つ生き物だったのだ。


 今までは。


 幸運なことに俺は女を知ってしまった。シオンとキリカに教えてもらってしまった。責任を取らなければと思わせてくれた。

 今までと一緒ではいられない。無責任を笑われる方の立場に回ってしまったのだ。難しいことだが、充実も感じる。


 リア充となったのだ。しかし充たされることに甘えるだけでなく、今まで以上に己を戒めねばならない。でなければたちまち破滅である。


 そう思い詰める俺を見て、キリカは平和そうに笑っていた。

 なんだかなあ……いや、いいんだけど。


 ……うん、いい。女の子が笑っているのは、いい。

 キリカに苦笑を返しつつ、寝息を立てるシオンの髪を撫でた。柔らかくて、いい匂いがした。


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