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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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八十二話 目的地

 国立魔法研究所。

 名前通りの働きと役割を持つこれは、王都に存在しやはりその名の通りエーレンブラントの魔法と魔導師を大体統括している。

 併設された魔法学術院もまた、王国軍魔導兵部隊や各地のギルドにおいて活躍する魔導師を多く輩出しており、一端の魔導師としての栄達を目指す者にとってそこはまさに登竜門と呼ぶべき場所である。


 と、簡潔にジイさんの話をまとめてしまえばそのようなものだ。


「ま、食い詰め者も相当吐き出しとるんじゃがな」


 続けて語られる皮肉は中々にショッキングなものだった。

 放っておけば箸にも棒にもならない連中が、なまじ魔法の才能だけはあって、門戸だけは広い学術院の門を叩く。

 彼らは必然魔法の知識と技術を身に付けるものの、その後の働き口の確保がどうにも下手糞で路頭に迷ってしまう。


 で、行き着く先が犯罪組織の護衛だったり、盗賊だったりするわけだ。

 その人の人格を試してみたければ力を与えてみよとはリンカーンの言葉だが、与えてからではもう手遅れな感じがある。


「入学審査とかは……していらっしゃらないんですか?」

「そんなもん形骸化しとるよ。院長連中は軒並み頭が固いからな」

「はあ……」


 権威の硬直化した思考。何とも世知辛く、ありきたりな話である。

 が、まあそれは置いておいて。


 学術院と研究所。そこに行けば知識は得られる。知識を持つ人間がいる。未知の魔法毒の魔法式も解析が可能かもしれないということだ。


「なるほど、面白そうだな」

「ていうかセイタ、そこの出じゃなかったのね」

「え?」


 キリカはどうやら、俺が魔法学術院で魔法を学んだと思ったようだ。確かに、独学でここまで見に付けたとか誰かに師事したとかよりは、それが魔導師として真っ当な道筋だとは思う。まして魔王から力を押し付けられたとは、億に一人も思わないだろうし。


「お前さん、本当に魔導師だったのか」

「そうだよ。でなきゃこんな店来ないだろ」

「こんな店で悪かったな」


 いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだが。

 頑固ジジイは扱いが難しいな。まだフランクに話せるだけこのジイさんは大分良心的だけど。


「それとついでにこっちの子も魔導師だ」

「へぁ?」

「何ィ? こんな娘が?」


 シオンの背を押してやると、ジイさんがまじまじとシオンを眺め出す。

 やってから三秒くらいで「これはセクハラ強要かもしれん」と後悔したので、くるりと体を入れ替えた。


「……嘘じゃないみたいじゃの」

「わかんのか?」

「見ればそいつの魔力の流れくらいわかる。歳の割に相当落ち付いた魔力をしておるの、その小娘は」


 褒められたのか褒められてないんだかよくわからない。とりあえず肯定的に受け取っておいてシオンの頭を撫でた。

 そして、思考を魔法研究所の方に移した。


「王都か……丁度いいかもな」

「行くの?」

「まあ、そろそろ町を移ってもいいかと思ってたし」


 アロイスに不満があるかと言えば、ないんだが、しかしここで骨を埋めるのに何も思うところがないかと言えば、そうでもない。


 そして、アナイア含め魔人の動向も気になる。

 奴らは俺を探している。アナイアの報告が届けば包囲網を敷かれるかもしれない。となると対抗手段は多くない。

 そうすると、王都に行くという選択肢が上がってくる。


 木を隠すなら森の中。人が多い場所の方が連中も仕掛け辛いだろうし、そもそも俺を見付けられないだろう。まず潜入もできないということもあり得る。

 悪くない選択肢だと思う。


「わかった。こっちに関してはそうしてみる」


 俺は剣の刃を拳骨で叩いて、ジイさんに言った。頷かれる。


「まあ、そうするのが妥当じゃろ。で、こっちの残骸は?」

「鎧はなぁ……使える部分も少なそうだし」


 多機能で便利そうだったのも昔の話だ。わずかに原型を留めている籠手の部分くらいしか機能しそうにない。


 そう思い、何となく左腕にそれをはめ込んでみた。

 その時だ。


「うぉ……なっ!?」


 突然、黒い籠手がビキンと音を立てて、拉げた。いや、変形した。細かい装甲が音を立て、配置を変え、俺の腕を締め上げ……違う、覆っていく。

 そうして、五秒とかからず、俺の左腕は籠手に覆われていた。

 サイズが合わず、わずかに余っていた部分もなく、ぴったりとあつらえたように俺の腕にはまっている。


「何じゃ、これは……」


 突然のことにジイさんが放心から回復し、俺の左腕を引っ張ってまじまじと検分し出す。俺もまた呆気に取られていたので、なすがままだ。


「これは……金属自体が魔導具になっておるのか? 魔力が流れると、つけたもんに合わせて形を変えるようになっておるのか……」

「んな、便利なもんが……」

「いや、違うか? おい、ちっと何か考えてみろ」

「は?」


 言われたことがわからず、ぽかんと口を開ける。


「じゃから、何かそいつに命令してみろ。魔力を流しながら、形を変えろとか何とか。何でもいいんじゃ」

「なにわけわかんないこと言って……」


 そう言った矢先、俺の左腕で変化が起きた。

 籠手が、精確には手の甲側の装甲がギチギチと軋みながら、鋭く伸びていく。何やら生物的で気味が悪い光景だ。


 そうして、できあがったものは……


「剣か?」

「剣じゃな」


 手の甲側から伸びる、虫の棘のような不気味な刃だった。


「どうなってんだ、これ」

「金属自体が魔導性を帯びておる。つけたもんの思う通りに形を変えられるようじゃな」

「そこまで便利なものだったとは……」

「その分、魔力を食うようじゃが」


 刃を引っ込めて、外れるよう籠手に命じてみた。するとなるほど、魔力を抜かれる感覚と同時に、手首側の装甲が解けてパッカリ外れてしまった。何ていい子だ。金属の塊のくせに。


「精錬時に魔力を流して作る、魔導鋼って奴じゃな。しかしそれにしたって、ここまで高度で複雑なもんは人間業じゃ作れんぞ」

「へー」

「へーじゃないわ。お前、どっからこんなもん持ってきた」

「いや、それはその……」


 死体から剥ぎ取ってきたなんて言ったら、気まずいどころの話じゃない。

 そもそもが魔人からパクッたものだと言ったら、どうなることか。


 まず、人類領に魔人がいるっていうのが問題だ。ローグみたいな例外はいるものの、大方の人間は魔人が潜り込んでいることを知らないはずで、そんなこと大々的に知れたら大事になる。


 うん。言えないなこれは。誤魔化しておこう。


「ちょっと遺跡からの拾い……もので」


 口から出まかせの適当をぶっこいといた。思い付きの割には上手かったと思う。



 ◇



 入手経路についての話はすぐに終わった。というか、ジイさんはそもそもそういうことはあまり気にしない性質のようだった。


 それより何より、物珍しい魔導具の現物に気を取られたというべきか。


「興味深いの……研究所の石頭どもにくれてやるのが勿体ない」

「いや、持ってくとは決まってないですよ?」

「じゃが持ってくんじゃろ?」


 いや、剣はともかく鎧は別にいいかなって。がさばるし、破片だらけだし。

 ただ、この籠手部分だけは欲しいかな。これだけなら邪魔にならないし、色々と使えそうだ。


「欲しいんなら、ジイさんにやるよ」

「何ィ!? お前何企んどる!?」

「企むって……」


 そういうつもりはないんだが。全く下心がないってわけでもないけど。


「代わりに、何か使えそうな魔導具見繕ってくれよ」

「物々交換というわけか」

「いや金は払うけど」


 そんなこんなで、何に使うかわからん品物の案内人を都合よく得たのであった。


 そこでまず俺達が欲しがったものは……


「遠くの人間と話できる魔導具ってないかな?」


 俺がそう切り出し、ジイさんが三十秒で持ってきた品物。それは、さっきちらっと目にした気がする腕輪だった。

 奇妙な刻印──恐らく魔法式──が刻印され、一つ小さな水晶球がはめこまれた、この店にしてはまともに見える部類の商品である。


「こいつが?」

「ああ。『遠話』が付呪されておる」


 『遠話』。『思念話』に似た魔法だが、これが飛ばすのは思念、思考ではなく声だ。

 この世界での軍の命令、情報伝達には欠かせない魔法であり、この『遠話』のために、補給線に沿って通信のための装置……魔導具が設置される。それくらいよく用いられる魔法である。


 が、それはあくまで軍隊、ないしは町規模に限っての話。

 個人間で使うにはあまりに範囲が狭く、また些細な要因で妨害されやすい。補助のための魔導具も高価という扱い辛い魔法である。


 身も蓋もない言い方をすれば、電報レベルでの遠隔通信技術までは確立されているが、携帯電話クラスまでは普及していないという感じだ。

 だというのに、こんな所でこんなものを見付けてしまうとは……運がいい。


 と思ったら、ジイさんが言った。


「が、こいつには問題がある」

「え? 何?」

「片方しかない」


 ジイさん曰く、この通信魔導具は一対で一つの魔導具。

 作られたその時から、対にならないと意味がないものだったという。


「もう片方は?」

「さあな。壊れたか失くしたか」

「そんなぞんざいな……」

「わしじゃない。どこぞの魔導師が使い物にならんと売り渡してきよったんだ」


 使い物にならないガラクタを、「魔導具だから」「何かに使えるかも」という理由で引き取ったらしい。それでそのまま死蔵されていたと。


 しかし、こいつは困ったな。せっかくキリカにも緊急時の連絡手段を渡せると思ったんだが……


「……ちょっと待てよ」


 腕輪を見下ろし、掲げて回転させながら、見る。

 外見ではない。その魔法式を見る。

 魔力の流れる経路が見える。その幾何学図形状の式を、魔王の知識と照らし合わせ、自分の中でも再現してみせ……


「……あ、これなら何とかなるかも」

『……あ、これなら何とかなるかも』


 と、俺の口と腕輪から出た俺の声がハモッてしまった。

 唖然とするキリカ、シオン、ジイさん、俺。最初に回復したのはジイさんだった。


「な、何をしよったんじゃ、お前」

「何って……魔法式を読んで、同期できれば俺自身がもう片方の代わりをできるかもって……」

「んなこと普通できるか!」


 怒られた。悪いことしてないのに。

 いや、怒られたわけでもないんだが。


 とにかく、問題はこれで解決だ。

 通信機自体に故障はなく、声を送信することはできる。ただ受信し返信する相手がいないのだが、これを新しく作るのは無理なので俺が代わりを務める。魔法式をコピーして解析すればできないことではなかった。

 元々、俺とキリカの間でだけ通信できればいいのだ。汎用性は必要ない。ただ使えればそれでいい。


 問題は魔導師でなくても使えるかどうかなのだが、これも解決した。水晶球が魔力を蓄積するコンデンサーになっており、外部から補充することで半永久的に使える仕組みになっているらしい。使用に関しても魔力で起動なんてことはなく、手首側にスイッチらしきものが付いていてそれで使える。


 テストしてみたが問題なかった。お買い上げ即決である。

 代金は元々ガラクタ扱いだったのを考慮して金貨二枚。ガラクタにしては高い気がするが、魔導具としては破格だ。たとえガラクタとはいえ。使えるのだから問題はない。


「というわけで、これはキリカ用な」

「いいの? こんな……」

「いいんだよ」


 これで何かあったらすぐ連絡がある。助けを求めてこられる。

 もう、あの時みたいな思いは懲り懲りだ。場所もわからない、声も聞けないなんてな。それに平時でも役に立つだろうし。


 その後、二つ三つ使えそうなものを適当に見繕ってもらって、言われるがままホイホイ買った。実にチョロい客であった。

 そうして帰ろうとした矢先、ジイさんに声をかけられる。


「お前さん、魔法研究所に……王都に行くんじゃろ」

「ああ、まあ……そのつもりだけど」

「だったら、王都でわしの息子も魔導具屋を開いておる。顔を出してみるといい。忌々しいが、ここよりは品も揃っとるじゃろ」


 吐き捨てるようなジイさんの声。しかしそもそもそんなことを言い出す辺り、本心でもないのだろう。喧嘩別れでもしたのだろうか。


「わかった。行ってよろしく言ってみる」

「よせ。わしの名前は出さんでいい」

「と言ってもなぁ」


 内心、そうしてほしいと思ってるように聞こえるのは俺の余計なお世話心だろうか。どうしたものか。


 ところで、ジイさんの名前はトマ・ヘイゲンと言った。

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