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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.4 Conspiracy
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七十八話 清算

 お待たせいたしました。

 暗い通路を連なって歩く。

 例のアロイスの裏ギルド街、その地下街の一角だ。まともな人間のいないこの地域において、さらにまともでない人間すら寄り付かない場所だ。


 通路は狭く、暗く、息苦しい。加えて下がったり曲がったり、方向感覚を狂わせることこの上ない。俺などは既に半分迷いかけている。

 多分、前を行くローグもそうだろう。

 この町に来て俺と同じく日が浅いローグのこと、こんな場所には目を通したことはあっても潜り込んだことはないはずだ。


 頼りは、一番前のカズールである。精々頼らせてもらうほかない。


「こっちだ」


 カズールがそう言い、やや広まった空間に出て左への通路を指差す。

 俺とローグは一度立ち止まると、右への通路と前に伸びた階段を眺め、それから先行するカズールについていく。


 やがて、再び広めの空間に出た。

 通路の両脇に鉄格子がはめられている空間である。壁の松明のみが光源であるそこの空気は肌にまとわりつくようで気味が悪く、臭いは籠もって出ていく場所のないのか、鼻が曲がりそうだった。

 思わず顔を顰め、ローグと顔を合わせる。それからカズールを見て言った。


「とっとと済ませっぞ」


 カズールもまた好きな臭いではないのだろう、黙って通路を奥へ奥へと進む。

 途中、番人らしき厳つい男と目が合うが、無視しておく。

 そんな暇がないというのもそうだが、余裕もなかった。正直閉所続きで気が滅入りそうになっていたのだ。


 だが、それもすぐ終わるだろう。目的地はあと五歩の距離だ。

 そして──


「言われた通り、預かってやったぞ」


 カズールがそう言い、立ち止まってその牢の中を指し示す。

 俺はその前に立つと、中を見て頷いた。


 二日ぶりに見る、サルベールの憔悴した顔がそこにあった。



 ◇



「ナシをつけた」


 一仕事終えて休日モードに入った俺が、宿でシオンとキリカと一緒にグダグダしていると、そんな知らせが届いた。あれから一週間後のことだ。


 届けたのは、見知らぬ坊主だった。勝気そうな顔に、赤みの強い茶髪。歳は十三くらいか。目付きが悪い以外はキリッとした顔だった。

 名前はリッケ。聞くところによればこのリッケ、カズールの下で伝言やら雑用やらという小間使いみたいなことをやってるらしい。キリカも昔そんなことをしていたと言ったから、俺の理解は早かった。


 で、知らせというのは、カズールに預けたサルベールのことだ。

 もっと言うなら、サルベールを探しているレギス商会との話のことか。野郎の首を換金するための算段がついたということである。


 何か帰って来てから面倒臭くなって全部カズールに丸投げしてしまっていたが、纏まって何よりってところだ。手数料払って手打ちにしてもらおう。


「そういうわけだから、ちょっくらオハナシしてくるわ」


 シオン達にそう言い、部屋を後にした。

 正直、一時といえど別れるのは今までの経験上不安だらけではある。

 だが、そう思って連れていったところで先の砦での戦いがあったわけだ。もう同行と別行動のどちらが安全で正解なのかわかりゃしない。わからない以上選んだり悩んだりするだけ無駄だ。


 なのでまあ、今回は俺だけで行くことにした。何かあっても『思念話』と『転移』があるからいいだろうというわけだ。


「あたし達は行かなくていいの?」

「あんま楽しくもないだろうしな。交渉はカズールがやってくれそうだし」

「気を付けてくださいね、セイタさん」

「それはこっちが言いたかったことだがな」


 何かあった時のためにローグについてきてもらうことにしたから、俺の方には不安はない。まだ後を引いている毒の後遺症か、身体が少々気だるい感じはあったが、それも多少のことだ。九割快調なら問題はない。


「すぐ終わらせて来るからよ。そしたら今日は豪遊だ」


 そう。正直それが楽しみではあった。

 身内の恥がそれほど大問題なのか、レギス商会はトンズラこいたサルベールに多額の賞金をかけてくれた。そのお陰で、こちらの懐は数時間後には温まり過ぎるほどに温まる予定だ。


 カズールに手数料を払う必要もあるが、それでも稼ぎは大きかろう。アナイア達なんて想定外の問題に手を焼いたが、苦労が実を結んだわけだ。


 そんな気分で意気揚々と宿を出て、ローグと合流し、カズールの所に赴くまではよかった。その後の、暗く深い地下で野郎三人だっての暗夜行路がまた問題だったわけだが。


 まあ、何にせよだ。


「オラァ小デブ! お迎えが来たぞ!」

「ひぃっ!?」


 俺が鉄格子を蹴って怒鳴ると、中でサルベールが悲鳴を上げた。

 ろくなものを食ってないのか、それとも何も食ってないのか、サルベールは一週間前より目に見えてやつれていた。しかし健康的に痩せたわけではないので、引き締まったという印象には程遠く、また薄汚れてもいた。


「お前、何か人間が変わってないか?」


 カズールに妙な目で見られた。何だ。何か悪いことしたか。

 変わったというか、サルベールには苦労させられたからな。多少キレないとやってられないというだけのことだ。他意はない。


「俺は必要だったのか?」


 ローグにも呆れられた。いや、出番があるとしたらこれからですから。

 鬱憤を粗方吐き散らした俺は、牢から出されたサルベールのケツを蹴って、カズールがセッティングしたというレギス商会との取り引き場所へと向かった。



 ◇



 人の少ない地下道を進んでいく。既に方向感覚が大分怪しい。

 案内のカズールが一番前、その後ろにサルベール、ケツを蹴る俺、そしてローグと続く。相変わらずムサい百鬼夜行だ。


 だがそれは五分も続かなかった。曲がりくねった末の到着だから、直線距離にすれば本当に大したことないだろう。

 その部屋、というか広間のような空間に、男が三人立っていた。


「遅れたか」

「いえ、我々も来たばかりで」


 まるでデートの待ち合わせをするカップルのようなやり取りだ。それをやらかしているのがカズールと先方の一人というのが笑えるが。


 そんな感じで多少不自然なくらい丁寧に答えたのは、金髪で片眼鏡(モノクル)をした細長い男だった。

 何と言うか、一言で表せば胡散臭い。言葉遣いが、雰囲気が胡散臭い。それなりに整っていて、年齢を瞬時に判別させない顔立ちがそもそも胡散臭い。整っている身なりもファッションのような片眼鏡(モノクル)も胡散臭い。


 とにかく、両脇に控えるいかにも護衛といったゴツいの二人に比べると、格段に胡散臭い男だった。

 こいつが、俺達がサルベールを引き渡すべきレギス商会の人間なのだ。


「ほう……なるほど。確かにサルベール殿だ」

「お、お前、ジュストか……」


 サルベールにジュストと呼ばれた男は、くすくす笑いながら顎に手を置き、やつれて汚くなったサルベールの顔を覗き込んだ。


「またお会いできて嬉しいですよ、サルベール殿。あなたが出奔されてから残務処理やら資金繰りで方々が頭を抱えましてね。しかし、これでどうにか我々も枕を高くして眠れそうだ」

「ぐっ、うっ……」


 ジュストの飄々とした態度に、既に追い込まれ済みのサルベールが死にそうな声で呻く。さっさと終わらせたいとは思っていたが、少し面白いので黙って見る。


「まったく、自分の失敗の責任くらい自分で取ってくれないと困りますよ」

「ち、違う! あれは私の責任ではない! あれは賊が……」

「言い訳ですか見苦しい。汚い。煩わしい」

「な……」


 妙にテンポのいいジュストの罵倒がサルベールを叩く。無表情で言うものだから何故かこっちまで圧倒されてしまう。


「どっちにしろあなたが商会に損害を出したのは事実だ。結果責任ですよ、持ち逃げした資産の居場所も全部吐いてもらいますからね。あ、それと、別居中のご家族の方は借金のカタということで既に処理させてもらいました」

「な……」

「せっかくですので、ご子息とご息女は我々の商品にさせていただきました。あなたに似ないので中々高値で売却できそうですね。まあ、あなたの出した損失の補填には遠く足りませんが」

「貴様、貴様ぁぁ!」

「何かご不満が?」


 本気でそう思っているような口振りでジュストが言う。何故声を荒げられたのか本気でわからないというような困り顔だ。


 これは、何と言うか……役者が違う。

 人間を売り物にするっていうのは、こういう奴でないとできないのだろうか。言わなくてもいいことを酷く冷徹に言ってくれたものだ。お陰でサルベールだけでなく俺まで少し心が痛い。


 言ってみれば、サルベールの家族は俺が滅茶苦茶にしたようなものだ。

 まさかこいつにそんなんいるわけないと思ってたから、少し驚きだ。そんでもってかなり気まずい。

 俺のせいで、特に罪のない子供が奴隷に……


 ……いや、考えても詮無いことだ。

 確かに俺のせいでサルベールの家族は地獄を見たのだろう。だが、俺がそうしなければ友達になったルウィン達が奴隷として捕らえられ、売られていた。それは今も続いていたかもしれない。


 ルウィン達の味方をしたことを悔やんではいない。悔やんではいけない。

 自分を正当化するための都合のいい考え方かもしれない。しかし悩んだところでしょうがない。結果はもう出たのだ。


 こんな気まずいことは考えるのをやめよう。そう思い、何となく部屋の隅に視線を逸らした。

 その時、サルベールが半狂乱になって俺を指差した。


「私じゃない! こいつだ! 私の支店を滅茶苦茶にしたのは、商会に泥を塗ったのは、こいつだぁぁぁぁぁっ!!」

「ほァたぁっ!!」

「ぎゃぶっ!?」


 突然のカミングアウトに、思わず反射でサルベールを蹴り飛ばしていた。

 悲鳴を上げて吹っ飛ぶサルベール。呆気に取られて俺を見るカズールとローグ。固まっているジュスト。


 俺に視線が集まる。その状況に引き攣った笑みが出てくるのを堪えながら、俺は何もなかったように手を払い、言った。


「じゃあ、取り引きを始めましょうか」

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