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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
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七話 森を出て

 眠ろうとしたが眠れないまま、朝が来た。

 いや、実際にはまだ陽が昇らないうちに、部屋の外で足音がしたので動き出すことにしたのだ。


「早いな」


 起きていたのはレリクだった。俺は彼に促されるまま、まだ暗い集落の広場に出る。

 そこに、数名のルウィンの青年が荷物を持って待機していた。


「これは?」

「何もしない、とは言ったが、さすがに黙っていられる状況ではないという声が上がってな。ヒトの里に下りて事の次第を調べることになった」


 タニアの里の者も一緒にな、とレリクが続ける。どうやら、昨日マリウルがタニアに行った時点で話はついていたらしい。というよりは、タニアの者達が動くからそれに乗る形でこちらも動くということか。


 既に町に向かう者の選別は済んでいた。誰もフォーレスきっての狩人であり、戦士であり、魔導師だ。その中にはマリウルもいた。

 わずか五人という少数ではあるが、これが今フォーレスの出せる最大かつ最小戦力であるという。というのも、下手に数を出せば万一の時のための里の守りに影響が出るし、第一戦争をするわけではないのだから大人数で動くことはかえって危険だからだ。


 俺は察した。昨日レリクが「待て」と言ったのは、この偵察隊と一緒に行けということなのだ。

 俺を心配してのこと、ではないだろう。むしろ逆だ。ルウィン族が計画的に動くというのに、俺が勝手に突っ走って問題を大きくしたらマズい、そういうわけで同行させようとしたのだろう。やはり俺の監視も兼ねて。


 まあ、納得はできる。

 確かに俺は一人で行くつもりだったが、それはフォーレスの者が動けないからと思ったからだ。そうでないというのなら、行動をともにすることにも否はない。俺だって、彼らに迷惑はかけたくないからな。


「集まったな」


 レリクが号令をかけ、ルウィンの戦士達が傾聴する。レリクは堅苦しい挨拶や意気込みを語ったりなどはせず、端的に指示を出した。


「まずは、森の外に向かいタニアの者達と合流、その後のことは各々彼らと相談して決めるのだ。もしルーベンシュナウに入るとなれば、顔と身元を極力隠し、我々の意図を悟られぬように。流れ者として振る舞うのだ。問題があればすぐに伝令を走らせろ。何もなくとも十日のうちには戻ってくるように」

「承知しました」

「くれぐれも危険なことはするな。無事に帰ってくるのだぞ」

「はっ!」


 ルウィン族の若者達は揃いも揃って優男のくせに、そうやって張り上げる声がやけに勇ましく聞こえた。俺が女だったらもう、この中の誰に抱かれたって本望だわっ!てなってたんだろうか。冗談だが、まあそれくらい彼らのイメージが今までと違って見えたのだった。


 さて、俺はこれから彼らと同行するのだが、ウルルを置いていくことにした。

 というのも、ウルルに乗れば機動力は高くていいのだが、それではマリウル達と足並みが乱れてしまうのだ。

 さらに、どうせヒトの町──ルーベンシュナウにはウルルは連れ込めない。役に立つ機会がないのだ。というか、多分そんな機会はあってはならない。

 なので、ウルルは置いていく。フォーレスで子供達の相手をして待っててもらおう。


「みんなの言うことを聞くんだぞ。絶対に暴れたりなんかするな。何かあったらみんなを守れ。いいな?男同士の約束だ」

「オンッ!」


 俺の言うことに力強く頷くウルル。段々動作が人間臭くなっていってる気がするが、まあそれはそれで可愛いからいいか。


 正直、不安があった。俺とウルルが離れたら、繋がりが切れてウルルは元の狼に戻ってしまうのではないか、獣になってみんなに襲いかかったりするのではないか、と。

 だが、こうしてウルルと向き合うとそれは杞憂であると思えた。というのも、『掌握』による強制的な支配関係の繋がりはとうに切れているし、それ以外の魔力と精神の繋がりに関しても、切れたことで即ウルルの変貌になるわけではないと確信したからだ。


 ウルルは、既にただの狼ではない。

 俺との繋がりを得たせいで、ある種純粋な獣性を失いつつある。その分、情緒や感情が著しく発達した……いや、元々それはあったのかもしれない。ただ、それがここ最近の生活で強く前面に出るようになったのだ

 今のウルルにとってフォーレスの住人、特に子供達はかけがえのない友人だ。そのことが深く心に刻まれているのがわかる以上、心配はいらないだろう。


 それでももしも何かがあれば、レリクに後のことを頼むことにする。まあ、そのレリク自身がウルルの心を読み取って太鼓判を押しているのだが。


 とにかく、後顧の憂いはなくなった。ならばまごまごしている意味はない。

 そうして俺達は、フォーレスを出たのだった。


 ◇


 フォーレス、というよりルウィンの里は、基本的にどれも森の奥にある。普通に歩いて向かうなら森に入って一日以上はかかる。それも、迷うことがないという前提でだ。

 しかしそれはヒトであるならば、だ。


 ルウィン族は森の申し子だ。森の中であればその身のこなしは比肩する者はなく、また研ぎ澄まされた感覚と経験は道に迷うことなど許さない。ヒトなどよりよっぽど素早く、そして的確に森の中を進むことができる種族なのだ。


 俺は、そのルウィンの本気の一端に触れていた。

 最早隠す余裕がないほどに『超化』を使っている。地面を蹴って枝を蹴って、崖を駆け下り木々をすり抜ける。まるで自分の足で走るジェットコースターか何かだ。本当の生身であれば数十秒と経たずに置いてきぼりにされていただろう。


「これでもついてくるのか、お前は」

「置いていくつもりだったのかよっ?」


 マリウルと軽口を交わす。だが相手の顔を見る余裕は俺にはない。目の前に現われる木を避けるのに精一杯なのだ。


「そういうわけではないが、ただ単純に驚いてな」

「そうかい、俺はあんたらに驚いて、おあっ! ……るよっ!たくもう!」


 躓いた。だがすぐに転がって立て直す。丸っきり荷物を持っていなかったのが幸いだろう。でなければ今頃悲惨なことになっていた。

 マリウルはああ言ったが、一度離されたら待っていてはくれないだろう。俺なら追い付くことはできなくもないが、そんな無様な姿は晒したくないものだ。


 そんな風に俺は精神を擦り減らしながらマリウル達に追い縋り、やがて陽が天頂に昇ろうかとした頃、タニアから来た者達と合流したのだった。


 ◇


「何故ヒトがこんな所にいる?」


 合流して開口一番、タニアから来たルウィンの青年にそう問われた。

 まあ、これが普通の反応だよな、と思って説明をしようとすると、それを遮って援護射撃が飛んだ。

 マリウルと、タニアのヘイスだった。彼もまたタニアから来た五人に入っていたのだ。結構大きな怪我をしていたから大丈夫なのかと思ったが、そもそも俺が魔力を余計に使って『治癒』したのだった。『治癒』直後はまだ少し怪しかったのだが、どうやら集落に戻る頃にはすっかり復調していたらしい。


「このヒトならば信じられよう。フォーレスの者にも信用されているらしいし、邪悪なものも感じない。私の負傷を跡形もなく治してくれたのもこのヒトだ。力となってくれるなら心強いだろう」


 そう言って、四人の仲間を説得してくれるヘイス。まだ少し俺を怪しむ者もいたが、表立って敵意を向けてくるとかはないようだ。精々、迷惑にならないよう振る舞うこととしよう。


「さて、これからのことだが。タニアとしてはどう動くつもりか?」


 マリウルがフォーレス代表として話を切り出す。一歩引いた感じなのは、今回被害を受けたのがタニアであり、フォーレスはあくまでそれを助ける立場であるからだ。

 マリウルや俺達が彼らを差し置いて動くわけにはいかない。


「無論、攫われた者達を取り戻す……と言いたいところだが、正直それは難しいだろう……まずはルーベンシュナウに同胞がいるかどうかを確かめたい」

「まず間違いないとは思うがな……昨日の今日だし、他の町に運ぶ利点がない」

「何にしろ、できるだけ早くどうにかしてやりたい……」


 沈痛な面持ちで、タニアのルウィン達が語る。プッツンきているのかと思ったら想像以上に冷静で、俺は頼もしいと思うと同時に、酷く痛ましいと感じてしまった。


「とにかく、町に入って情報を集めるのは決定事項だ」


 ヘイスが言った。


「できることなら全員で探したいところだが、そうはいかないだろう。あんまり我々が固まって町に入ってしまうと絶対に怪しまれる。何せ向こうの狙っているルウィンなのだからな。四人か、最大でも五人……それも、別々に町に入り込む必要がある。忍び込まない限りはな」

「四人か……」


 ヘイスの言葉に、マリウルが唸りながら答える。


「であれば、二人ずつ人を出すか? 残りはここで待機して、伝令や補給とし……」

「いや、できれば我々で行かせてほしい。これはそもそも我々の問題であるし、我々の手でどうにかしたいのだ」

「ぬ……」


 マリウルはタニアの青年に反論できない。その心情が、覚悟と辛さが理解できてしまうからだろう。

 しかし俺は、だからこそ彼らだけで行かせてしまうことに危うさも覚える。多分、マリウルも同意見だ。

 何せ、タニアのルウィン達は同胞を攫われたのだ。果たして冷静でいられるかどうかわからない。踏み込み過ぎた結果さらなる悲劇を積み重ねる可能性だってある。

 そんな時のために、フォーレスからも何人か町に潜り込ませたいと思うのは必定だ。最悪、彼らを止める時のために。


 この相談は擦り合わせに苦労しそうな気がした。ただ、マリウルがヘイス達を宥め切るのは難しいだろう。道理も心情もヘイス達に追い風を吹かしている。


 ……と、そこではたと思い付く。


「……マリウル。ちょっといいか」

「む、何だ?」

「考えがある」


 俺はヘイスを除くタニア組四人の訝しむ視線を受けながら、端的に説明する。


「要するに、あからさまにルウィンが纏まって町に入ると、攫った連中に勘付かれるってことなんだろ。だったら忍び込んじまって、それからそれぞれ散らばって調べればいいってわけだ」

「いや、そんな、どうや……」

「『転移』を使う」


 俺を見ていた何人かが、ぎょっと顔色を変えた。なんか、変なこと言ったか俺?


「て、『転移』?」

「そんな魔法、誰が使え……」


 あ、そうか。

 ひと月使っていないからすっかり失念していた、というより考える機会がなかったから知らなかったことなのだが、どうやら『転移』は相当に高度な魔法であるらしい。

 多量の魔力と複雑な法式、それを制御する能力、空間移動に必要な演算能力。とにかく求められるものが多過ぎ、そのせいで使える者はこの世界でも数少なく、ルウィンにしたって例外ではないと。いやそもそも、『転移』なんて使える以前に法式や原理を知らない者が多数であると。


 だが、俺は使える。怪しまれたっていい。今はどうでもいい。とにかく使える。ならば使うのみだ。


「本当に一体何なんだ、お前は……というか、そんなものが使えるなら馬鹿正直に我々の後を走らず、ここに直行できたのではないか?」

「え? あ、それは無理だった」


 俺は説明する。この森の、特にフォーレス辺りまで深い場所だと、魔力が濃過ぎて『転移』みたいな精密な魔法は使えなくなってしまうのだ。全ては俺の力不足が原因である。

 ただ、森の外に出れば何とか『転移』は使えそうだった。特に条件さえ整えれば、以前魔王領から飛んだ時みたいなガバガバ『転移』ではなく、狙ったところに狂いなく飛ぶことも可能そうだ。


「まあ、信じてもらうしかないんだが、とにかく俺もあちらさんと一緒に町に入って、どこか人目のないところから『転移』を使って、こっちの居残り組を連れて町に入るってことでどうにかできそうではある」

「む? 一度町に入る理由は?」

「そうして一度行って、目にした場所じゃないと『転移』ができないんだ」


 俺のその説明は、間違ってもいるし正しくもある。

 精確に言うならば、狙った場所に『転移』するためには、上述した条件が必要だということだ。

 見たことない場所でも無理やり魔力を飛ばして、座標を決定し飛ぶこともできる。ただしそれは大まかな方向を決めてから、目を瞑ったまま思いっきり力任せに石を投げるようなものだ。

 石が落ちた場所に転移するわけだが、そんなことではどこに飛ぶかわかったものではない。たとえば、もし今ルーベンシュナウに当てずっぽうに飛ぶとして、『転移』した先が雑踏のど真ん中であったり、町の上空であったりすることが十分にあり得るというわけだ。

 そんな事態は避けたい。そして町の中に入ってそれが避けられるなら、入ってしまえばいいということである。


「絶対とは言わないが、九割九分いける。自信はある。やらせてくれ」

「ぬうう……確かに、我々も町に入れるならそれに越したことはないが……」


 マリウルは折れてくれた。正直、こんなところでまごついていられないと思ったのだろう。タニア組はそんな俺たちのやり取りに「正気か?」という目を向けていた。まあ、俺のことを知らなければそうなるわな。マリウル達ですら半信半疑なんだし。


「どっちにしたって俺はヒトだ。あまり目を付けられないと思うし、町に入るリスクはそこまで高くないだろ」

「……わかった、ここは任せよう」


 そうと決まれば、と俺達は森の外へと歩いていく。途中でやや開けた場所を見付け、町に入らない場合の待機場所とすることにした。

 ついでに、俺はそこに戻って来れるよう、『転移』用の簡単な法陣を描いた。

 人が五人入れる程度の円を描き、その中心に魔力を込めた右手を打ち付ける。本当に簡単なものだ。不安に思ってか、マリウルに問われる。


「それで大丈夫なのか? 魔方陣というのは、もっとこう……」

「ああ、いいんだ。目印になればいいってだけのことだから」

「目印? 確かに、その陣の中心に残留する魔力は目立つが」


 それがわかるならば問題はない。俺は頷き、答えた。

 これは魔力の『楔』とでもいうべきものだ。形はないが、霧散せずその場に留まり続ける。そして、俺はこの『楔』をある程度の距離までなら精確に感じ取れる。

 簡単なことだ。この『楔』の座標を『転移』の式に組み込めば俺はこの場所に過たず戻って来れる。逆に町の中に『楔』を打ち込めば、『転移』でそこ目掛け精確に飛べる。これで町に忍び込んでしまおうという魂胆なのだ。


 やったことはないが、できるという確信はある。聞いた話によればルーベンシュナウは森を出てすぐ目に入る距離にあるらしい。その程度なら、他の魔力はまだしも、俺自身のしかも特別高密度な『楔』の魔力は楽に嗅ぎ取れる。ならば問題はない。


「今はお前を信じることにしよう。だが、それとは別にこれを持っていけ」


 マリウルからそう言われ渡されたのは、くすんだ緑がかった外套といくらかの金だった。


「お前のその妙な服は目立つ。隠せ。それと金は町に入る時に使う」

「済まんね、無一文で。ていうか、何で金なんか持ってるんだ?集落では使ってないだろ」

「こんな時のためにな……」


 マリウル曰く、ルウィン達は基本的にヒトの貨幣を使用しないのだが、何かヒトとの間に問題事があった時のためにいくらか常備しているという。出所は森の近くのヒトの村で、狩った獲物を売って工面しているらしい。

 結局、金で片がつけばそれに越したことはない。今回は恐らく無理だろうが……


「悪いね。後で返すよ」

「ああ。イノシシ一頭にして返してもらう」


 正直、上手くことが進めば一人分の通行料でみんな町に入れるようになるのだから、このやり取りはおかしい気がするのだが……まあ、今は軽口を叩き合えるだけの関係になったと思うことにしておこう。


 俺は渋い顔で一時マリウル達と別れ、ヘイス達と行動をともにするのだった。

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