七十六話 帰り道
終わりは誰の身にも突然来るものだ。
だが、今日は俺の番ではなかった。それだけだ。
それだけだが、それはとても大事なことだった。
◇
さっきの爆発に心配したためか。多頭竜の時みたいに泣きじゃくるシオンを宥め、ウルルとキリカに任せる。
そうして、ローグと一緒に焼けた土の上に転がる、黒焦げた鎧の残骸を見下ろした。いや、黒いのは元からだっただろうが。
「これが……ギリングか?」
ローグの問いに頷き、籠手の部分を持ち上げる。中から炭化した肉がずろんと落ちた。気味が悪かったが吐き気は抑える。
「死体のまま動きやがった。魔法だ。多分」
「魔法?」
「野郎の鎧に魔法式が仕込んであった。色々と多機能で便利そうな、な」
破壊されつつ、驚くべきことにまだ原型を保っているギリングの鎧を小突く。中身はグズグズだが、ガワは頑丈なものだ。繋ぎ合わせればまだ使えそうでもある。あまり気は進まないが。
「奴の妙な力はそれのせいか」
ローグは知らなかったが、不可解には思っていたそうだ。納得が早い。
確かに、常人離れした腕力のみならず、透明になったりしていたのだ。魔法でなくて何だという。しかし使っている素振りがなかったのが問題だ。
だが鎧の機能だとすれば話は簡単だ。というかそうとしか考えられない。
ローグは魔導具についての知識が薄い。だからそうだと言われればそうだと納得するしかないようだった。
ぶっちゃけ俺も同じだ。よくわからないのでそういうことにしておく。
「ところで」
「何だ」
どうしてももう一つ気になることがある。というか話したいことがあった。
シオン達にはグロ死体があるからという理由で下がってもらって、検分は俺達二人だけでやってる。このタイミングで聞くしかなかった。
「……アナイアは、魔人だった。ギリングも多分そうだ。あんたは……そのことを知ってたのか?」
「……」
ローグは驚かなかった。そのことにむしろ俺が驚いていた。
やっぱりか。そう思いながら、沈黙を保ちながら頷くローグを見ていた。
◇
また数日かけて、街道を北に進んだ。
アロイスへの帰路だ。身体は満身創痍、服もボロボロの帰り道だった。
だが、最もボロボロなのは病み上がりな俺ではなく、小デブだったろう。
「あ、歩けない……もう歩けない……」
「うるせえ歩けオラ腕千切って軽くしてやろうかオラ」
「ひぃぃっ!」
あの後、思い出したようにサルベールを回収しに監視塔に戻った。
うっかり忘れていたくらいなので、逃げられたと思いきや、半死半生で転がっていたので呆れながらとっ捕まえた。どうもアナイアの『障壁』の後ろで命だけは取り留めたらしいが、爆撃のせいで歩けない程度には深刻なダメージを負っていた。
担いだり馬車を借りるのも面倒なので、『治癒』して歩かせたわけだが。
まあ、歩かせてもウザかったのがアレだが。
「そういえば」
ひぃひぃ喘ぐサルベールのケツを蹴りながら、俺は『針儀』を出す。
俺が殴り飛ばした時にアナイアが落とした奴だ。どうもあの時に壊れてしまったらしい。水晶球が割れてすっかり用を為さなくなっていた。今度は完全に。
「おい小デブ。これ、元はてめえのだったみたいだな」
「あ……え……?」
見覚えがないようだった。というかよく思い出せないというべきか。
だが、シオンの方には見覚えがあったみたいだ。シオンの顔をはっきり認めた瞬間、呻いた。ウザいので殴っておく。
どうにもシオンが『針儀』とセットの奴隷だったのは確からしい。どこから売られてきたのかはサルベール自身よくわかってなかったらしいが。
「じゃ、じゃあお前が、私の支店を……」
「そうだよ。文句あるか」
「あるに決まっている! 貴様のせいで、私はこんな……!」
「うるせえボケ!」
「ほがっ!?」
むしゃくしゃしたので殴った。反省はしない。
元はと言えばこいつのせいだ。こいつがルウィン達を掻っ攫ったりするのが悪い。俺は友達を助けただけだ。文句は言わせない。
言ってもいいが、タマが潰れる。勝者は絶対だ。俺が神様である。
「ほんとに奴隷だったのね、あんた」
「はい、そうだったみたい……です?」
シオンとキリカがちょっと間抜けな会話をしていた。確かにシオンはその時の記憶もないし、実感も湧かないのだろう。
右腕の奴隷印があっても、そうだろう。そういえば、あれも魔族絡みだったと疑ったこともあったか……
「おい小デブ、奴らが魔人だってことは知ってたか?」
サルベールは首を振った。知らなかったらしい。
アナイアを雇った経緯に関しては、ルーベンを逃げ出した後、どこぞの町に潜伏している時に護衛に雇ったという。能力は確かだったから、頼ってそのまま国外に出ようと思っていたとか。
多分、アナイアの方もサルベールの金や繋がりの伝手を利用しようとしていたのだろうと思う。目的のために。
そう……「魔王の力を探す」という目的だ。
「この話は終了! ほらキリキリ歩け!」
「そんな……あひっ!?」
勝手に切り上げ、小デブのケツを蹴り上げて進ませる。
理不尽であろうか。否、勝者として当然の権利である。
勝った者が正しいのだ。そして俺は勝った。なので正しいのは俺だ。
今回はそれでいいだろう。ひとまず、サルベールに関しては。
後のことは、後のことだ。
◇
「俺は魔力が嗅ぎ取れるだけじゃない。魔人の臭いがわかる」
アロイスまであと一日という晩、焚き火を突きながらローグと話した。
シオン達は眠っている。サルベールはウルルに見張ってもらってる。別にシオン達になら聞かれても問題ないとは思うのだが、俺も腹に抱えるものがある以上、二人で話した方がいいと思った。
まさかこのタイミングとは思わなかったが。
「随分奇特な体質……だな?」
「そう思うだろう」
当然、それだけで済ませられるものでもないと思うが。
そして、俺が内心そう思っているのもローグは織り込み済みだろうが。
「奇特と言うなら、お前のその魔力も大概だがな」
「俺は魔人じゃないからな」
「悪い、そんなつもりはなかった。話を逸らすみたいだったな」
まあ、別に気を悪くしちゃいないが。似たようなもんだし。
「どうして、俺が奴らを魔人と知っていると?」
「え? それは、えーっと……」
何と言うか、逆説的で当て推量な帰結だ。
ローグはギリングに恨みがあった。またその強さも知っていた。でなければあんな風に戦えるわけがない。加えて、魔力を嗅ぐ力もある。
となると、ギリングが魔人であるということまでわかっていそうなものだ。ぶっちゃけあそこまでいくと、もうただの人間とは思えないわけで。
俺がそう言うと、ローグは俯いた。どうした。
「……恨むか、俺を」
「え? どうして」
「お前に、そのことを言わなかったことだ」
それは、ギリング達が魔人ということか。それとも、自分が魔人の臭いがわかるということか。あるいはどちらもか。
しかし恨むとか責めるとか言われても、俺は相手が魔人であれ何であれ本気を出すしかなかったわけで、正直どうでもよかった。
先んじて言われても、俺のやることは変わらなかっただろう。そう考えるとローグを恨みようがない。その理由がない。
が、ローグには言えなかった理由があるみたいだ。
無理して聞き出したいとは思わなかったが、知りたいとは思った。
「ん? そういえば……」
ふと、魔王の知識に引っ掛かる部分があった。
確か、そうだ。魔人同士だと、その生来の魔力への適性の高さ故か、魔力の波長のようなもので同族かどうかがわかる……と。
待てよ。だとするなら……
「ローグ、あんたもしかして……」
「多分、お前の考えている通りで、半分合っている」
遮るようにローグが答えた。肯定した。
だが半分とは。疑問に思う俺に、顔を上げつつ、ローグが続けた。
「俺は半分、魔族の血を引いている」
22時にもう一話更新します。