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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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七十五話 屍体

明 け ま し て お め で と う ご ざ い 茄 子 。

「なっ!?」


 慌て、飛び退いた。音の方とアナイアを視界に収められる位置へ。

 地面を削りながら減速。まずアナイアを見る。動きはない。ダメージが大き過ぎるせいだろうか。好都合だ。捨て置く。


 音の方に視線を移す。怖ろしいことに気配がなかった。ローグという可能性もなくはなかったが信じ難い。一体何が……


 ──と、「それ」が目に入る。

 暗い森の中に溶け込みつつも、異様な存在感を隠し切れずにいる、黒い姿。

 黒い、崩れた鎧。


「……ギリング、か?」


 自分で言ったことが信じられなかった。

 その鎧は、確かにギリングだった。間違えようがない。姿もさることながら、俺が壊した右腕も中身(ないぞう)が零れている腹もそのままだ。


 それは、まさに死体としか言いようのない姿だった。

 なのに、立っていた。まるでゾンビか何かのように。


「どうなって……」


 と、困惑した瞬間だった。

 ギリングがやにわに拳を振り上げながら突っ込んでくる。声もなく、前兆もない。突然のことに身体が一瞬固まる。

 だが、どうにも鋭さがない。馬鹿みたいに前に突っ込んでくるだけだ。


 後手に回りつつも、問題なくいなす。拳を『氷刀』で受けつつ、身体を入れ替えて突進を後ろに受け流す。

 ギリングは俺の受けによってあっさり体勢を崩し、地面を転がる。受け身する意志もないのか、顔から突っ込み兜の隙間から血を噴き出す。


 だが、すぐに立ち上がる。そうして振り返りざま、壊れた右腕を俺に振るってくる。しかし大振りなので、これも軽く受け流す。まだ来る。思わず飛び退く。ギリングが勝手に体勢を崩して転がった。


 ……なんだ、こいつは。

 これがさっきと同じギリングなのか。まるで酷い有り様だ。『超化』を使っているのは確かだが、それだけだ。戦術も糞もない。

 ダメージで身体が動かない? しかしその素振りは見せない。壊れた部分を無理に動かして、上手く機能してないせいで崩れている。それだけであって、痛がる様子もなければ負傷を庇う様子もない。


 ただ、突っ込んでくるだけ。何も考え無しに。


 ……訂正しよう。こいつはゾンビそのものだ。

 ゆらりと覚束ない足取りでこちらに向かってくる、その姿の生気のなさ。解けかけの『隠蔽』。それですら感じない生命力と気配。負傷を気にしないというか気付いてすらいないような有り様。

 これは死体だ。十中八九間違いない。少なくともギリングではない。

 こんな弱いのが、ギリングなはずがない。


「おいコラ! どうなってんだこいつぁ!」


 アナイアに向けて怒鳴るように聞く。少なからず、ギリングの様子にビビッて動転していたせいだろう。

 アナイアは酷薄に笑っていた。それがますます気味が悪かった。


「フ、フフ。驚いてる、みたいね」


 アナイアが、隙ありと見て『治癒』に回す魔力を増やしながら言った。

 当然だ。驚くに決まってる。こんなホラーなもん見せられて正気でいられるか。魔法は慣れたがオカルトは元から苦手でごめん被る。


 ……ん? 魔法? 

 思い当たる節があり、魔王の記憶を引き出しつつ魔力を目に集める。

 そうして、ギリングの身体を凝視する。精確には、その鎧を。


「ぬっ……」


 見えた。魔力の流れだ。装甲の奥に魔法式が。

 何かの魔法式が稼働している。攻撃をかわしながらでもはっきりとわかる。

 そして多分、俺の想像が正しければ、あの魔法は『屍操』だ。


 『屍操』は文字通り、死体を操る魔法だ。

 生命活動の停止した生物に魔力を流し込み、脳からの信号を代替させることで、五体を動かす。丸っきり死霊術師(ネクロマンサー)的な魔法である。


 それが、あの鎧から発動されている。

 それが、あの死体(ギリング)を動かしている。


「悪趣味な……」


 しかし、と思う。

 奴の魔力はさっき完全に途切れたはずでは。そもそも殺したのだから、魔力の供給がなくなってあのわけわからん鎧は魔法を使えないはず。


 考えられる可能性は……バッテリーか? 

 余剰分の魔力をプールさせておくための機構か何かしらがあの鎧にあって、着装者の死後はそれを使って勝手に発動するようになっている……とか? 


 それはそれで、文句なしに趣味が悪い。鎧に動かされる死体なんて。

 どうせ本人は死んでるのだから、問題ないとも言えるが。


「どんだけ多機能なんだよ!」


 キレつつ、故ギリングの頭目掛けて後ろ飛び回し蹴り。また血がぶしゃっと噴き出て気持ち悪いことこの上ない。それでまだ動くのだから性質が悪い。


「その様子じゃ、からくりに気付いたようね」


 そこに飛んでくる、アナイアの声。思わず横槍を警戒し『障壁』を張る。

 だが、何も来ない。アナイアは引いた位置から俺とギリングのやり合いを見たまま、黙って魔力を溜め、『治癒』を続けている。


 攻撃してくる意志はない。何となくそう思った。


「てめぇ! 大人しくしてろ! すぐブッ殺してやる!」

「無理よ。あたしは逃げさせてもらうわ」


 何? と聞き返そうとした一瞬の隙に飛んでくるギリングの拳。

 受ける。体勢を崩す。タイミングが合わない。アナイアに向かえない。


「このクソ女、死体に任せて高見の見物か……!」

「あなたが殺したんでしょう。このろくでなし」


 どっちがだ、クソッタレ。

 しかし、思うところがないわけではないようだ。ちらりと見たアナイアのギリングに向ける視線に、複雑を通り越してぐちゃぐちゃしたものを感じた。


「仇は討ちたいけれど……今の私では無理。だから……」


 言って、アナイアが血に濡れた右手をこちらに向けてくる。

 そこに展開される赤く光る魔法式を見て、身体が強張る。


 いかん。あれは『爆閃』だ。

 魔力の残量が大したことないから威力は制限されるだろうが、それでも相当の被害が出よう。それがこちらに向けられている。


 仲間(ギリング)ごと吹っ飛ばす気か。正気か。

 いや、もう死んでるんだしそんなのただの感傷ってのはわかってるけど。


 クソッタレ。ギリングが邪魔してアナイアを止められない。


「……ごめんなさい。さよなら、ギリング……」


 どこか寂しげな声が、鎧の金属音に紛れて聞こえた直後。

 俺達の直上で、光と熱と音が爆発した。



 ◇



「……さん! ……イタさん……!」


 声が聞こえた。耳がおかしい。ガンガンと響いてくる。

 耳障りではない。それだけが救いだった。


 目を開けられないまま、身体を逆にする。焦げ臭い空気を吸い、咳き込む。

 うつ伏せになり、地面に手を触れる。熱い。抉れた地面の感触。


 肘には力が入る。膝には微妙だ。立てるだろうか。多分。

 腕を伸ばし、地面から手を離し、立ち上がった。

 身体が揺れる。思わず転びそうになりながら、何かに寄りかかった。

 重い瞼を開け、霞む目でそれを見る。木だった。へし折れ、抉れた木だ。


 それから、ようやく周りを見た。

 浅いすり鉢状の中心から見回し、見上げる光景が広がっていた。

 地面が抉れ、木々がへし折れ、焼けた空間だ。赤熱した土も、白く細く立ち昇る煙すら見える。


 記憶を手繰り寄せ、何が起きたかを思い出す。

 そうだ、『爆閃』だ。アナイアの『爆閃』を食らったのだ。

 さすがに、ふざけた威力だ。受けてみて初めてそれがわかる。爆心地はまるで異世界だった。


 咄嗟に十層の『障壁』を張ってようやくこれだ。たとえ威力が不十分だったとしても、まともに食らえば蒸発していたところである。

 魔人……やはり、魔王の記憶通りの危険な存在だな。

 というか、アナイアか。魔人の中でも、あれは相当のものだ。そう思いたい。あんなのがゴロゴロしてるとは思いたくない。


 ……そういえば、正体バレたな。これからどうするか……


「セイタさん!!」

「セイタ!!」


 声。シオンとキリカの声が聞こえた。

 弱った鼓膜を叩かれて頭痛に呻きながら、そちらを振り返る。焼け野原の向こうにシオン達の姿が見えた。木々が邪魔しなくなってよく見える。


 ──まあ、いいか。

 とりあえず終わった。アナイアに止めは刺し損ねたけど、勝った。

 ギリングは倒した。痛み分け以上の結果にはなった。まさかあれだけ痛め付けてアナイアが昨日の今日でやってくるわけはない。ないはず……だ。


 当面の危機は去った。そう思わないとやってられない。

 さすがに疲れた。魔力も残り三割あるかないかだ。これ以上暴れるのはもう無理だ。ごめん被る。


 全身の汚れを払いながら、諦め気味な達成感を覚えつつ、俺は手を振った。

思うところがあったので、21時にもう一話更新します。

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