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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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七十四話 知られた

 アナイアの身体が宙を舞う。

 枝をへし折り、森の奥へと飛んでいく。飛散した血の飛沫が辺りに散る。


 やったか。ついうっかり自分からフラグを立てていく。

 しかし、それくらいの渾身の一撃だった。腹筋を突き破るか、少なくとも内臓くらいは破裂させてそうな手応えだ。


 女にやることではない? そういう意見もわからないでもないが。

 こういう時、「男女平等」というのはいい言葉だな。


「シオン、大丈夫か?」

「は、い」


 振り返り、俺にとてとてと歩いてくるシオンの頭を撫でる。

 傷はない。無事なようだ。よかった、本当に。

 抱き締めてやりたかったが、今はまだやることがある。

 肩を叩いて、キリカとウルルを指す。それで、大体察したようだった。


「二人、頼むわ。『治癒』してやってくれ」

「はい、わかりました」

「……悪かったな。俺のせいで、みんな危ない目に……」

「そんなことありません」


 シオンはそう言ってくれるが、俺はそうは思わない。

 これは、やっぱり俺の責任だ。始末をつけなければ。

 ローグに目を向ける。何も言わず頷いてくれる。ここは任せよう。

 吹っ飛んでいったアナイアに向けて、歩を進めた。


 草木を分けて進む。進んでいくうちに、妙なことに気が付いた。

 『探知』に、アナイアのものらしき反応があるのだ。どうやら『隠蔽』を使っていないか、使えない状態にあるらしい。


 しかし反応がある以上、死んではいない。かといって動いてもいない。

 相当の深手を負わせられたのは確かだろう。魔力の量自体は多く感じるものの、生命力の反応が大分揺れている。動けないのか。


 答えはすぐ目の前に現われた。木にもたれ、どうにか立つアナイアだ。

 腹を押さえ、口から大量の血を流している。それが胸にもかかり、ローブも辺りの地面も凄まじい有り様だった。立っていられるのは『治癒』を使っているからだろう。しかし回復が間に合っていない。


 と、そこまではいい。

 俺が驚いたのは、そこから。アナイアの露わになった容貌だった。


 その女は、二十五歳頃に見える美貌に、銀色の長髪と紅い瞳をしていた。


「てめえ……その目は」

「フ、フ……なあに? 初めて見た……?」


 確かに、初めて見た。そんな自然でない瞳の色は。

 だが、知っている。知識がある。魔王(ヴォルゼア)の記憶が知っている。

 そしてこの仮説を正しいとするなら、アナイアの異常な魔法の腕、一流魔導師以上の妙な魔力量にも、恐らく説明がつく。


 そうだ。こいつは、この女は……


「魔人、か」


 呟くように言うと、アナイアは答える代わりに、血に濡れた唇で笑みを作った。



 ◇



 魔人。魔王領に住み魔王の支配下にある人間のことを、そう呼ぶ。

 立場だけでない。生物学的にも、彼らは「普通」の人間とは一線を画す。


 元々魔力の濃度が濃い「魔力汚染地帯」とでも呼ぶべき場所の多かった大陸北部、そこで膨大な魔力に晒されて体質を変化させた者達、あるいはそんな者の血を引く者。それが魔人である。

 彼らは生来、ただの人間が鍛練で到達し得る以上の魔法と魔力への適性を持ち、誰も彼もが一流以上の魔導師の素質を持って生まれてくるのだ。


 人口という点で見れば圧倒的に人類領に劣る魔軍が戦えたのは、多頭竜(ハイドラ)を初めとする魔物だけではなく、彼ら魔人の存在によるところが大きい。

 何となれば、皆兵だって可能なのだ。大した訓練を積まずとも、戦場に出せる程度の魔導兵にはなる。人間のただの歩兵にはそれでも脅威だ。


 人類領では、そんな彼らの力を、そして彼らに共通するその異様な容貌、特に血のような色をした瞳が怖れられ、忌避された。


 アナイアは、紛れもなくそんな魔人だった。

 確かに、この人類領にいるはずのない魔人だった。

 だが、現実としていた。いるのだ。


「なんで、魔人がこんなところにいる?」


 当然の疑問だった。知りたいが故に、殺意が引っ込んでしまっていた。

 考えるとするなら、偵察か。

 人類領の情勢を知るために、魔軍が魔人を送り込む。あり得ることだ。もしかしたらサルベールに雇われたのもその一環だったのかもしれない。


 アナイアは答えない。咳き込み、血を吐きながら、『治癒』を続けている。しかし回復が遅い。『隠蔽』に回す魔力すら使ってこれなのだ。やはりさっきの一発が内臓に効いていると見える。

 動けないのだろう。強気になって、出した『氷刀』を向けながら歩み寄る。


「言えこの野郎。殺されたいか」

「どうせ……殺すくせに」


 そうだよ。でも今すぐってのはさすがに嫌だろ。

 だって、あり得なくておかしいことなのだ。知らねばならない。

 魔王(ヴォルゼア)がくたばったのに、魔人が人類領で暗躍している。そんな危険なことがあってたまるか。


 アナイアは口元の血を拭いながら、光を失った目で俺を見、答えた。


「探しているのよ……魔王の力を」


 それは、ある程度予想通りの答えだった。



 ◇



 アナイアは俺の知りたいことに端的に答えた。

 自分、そしてギリングは魔人だということ。

 自分達のような魔人が何人も人類領に潜り込んでいること。

 その目的は、かつては人類に対する裏工作だったが、今は異なっていること。


 変わった目的とは、探し物。

 探しているのは、魔王の力。どういった経緯かはわからないが、ヴォルゼアは死の直前に誰かに自身の力を明け渡していることがわかった。そうしてどこかへ失われた力を、魔王領へ取り戻すこと。それが今のアナイア達の目的だ。


 つまりは、今の魔王を探しているということ。

 俺を、探しているということだ。


 嘘でないことはすぐにわかった。アナイアはそんなことを言える状況でも、状態でもなかった。ギリングの死に際の言葉とも一致していた。

 疑いようもなく、真実だった。


「ようやく、見付けたと思ったのに」


 アナイアのその言葉に、心臓が跳ねる。

 俺が何か言う前に、続ける。


「まさか、ここまでされてわからないとでも思ったわけ?」

「何のことだ」

「今さらとぼけないでよ……あなたなんでしょう? 魔王は」


 反射的に、『氷刀』をさらに突き込んでいた。黙らせようと、その刃がアナイアの首筋に浅い傷を付ける。

 だが、アナイアはもうとっくに覚悟しているのか、俺のそんな脅しにまるで反応せず、薄く笑っているばかりだった。こいつ。


「あのふざけた魔力、変な魔法をいくつも見れば、嫌でもわかるわ……私達と競り合ってまだ余力があるなんてのが、そもそもおかしいのよ」

「お前らに勝てる人間の魔導師だっているだろうよ」

「いるかもね。でも、あなたの魔法は未熟……魔力量だけが不釣り合いに多い。それがおかしいのよ」


 それに、と付け加える。


「……本気を出した時のあなたから見える、異常な魔力の流れ。それが、私達にとても近いものだった……それで、確信したわ」


 魔力は遺伝子のようなものだ。

 個体差がある。誤魔化しの利かない部分がある。それを読まれたのか。それを読めるのか。こいつら魔人は。

 あるいは、俺がうっかり魔力を解放して見せた、その迂闊さかもしれない。


 とにもかくにも、だ。

 俺はこの世界に来て、初めて、正体を知られた。

 それが、どれだけ危険なことか。


 思考が一瞬で駆け廻る。不安と警戒が筋肉を引き締める。

 何をしなければならないか、その答えはすぐに出た。

 『氷刀』を引く。振り被る。狙いをアナイアの首に定める。


 まだ聞き出さなければならないことはいくつもあるかもしれない。長い目で見ればもしかしたら生かしておくべきなのかもしれない。

 それでも、差し迫った危険は見過ごせない。

 ╽こいつ(アナイア)は殺さなければならない。


 そう腹を決めて、『氷刀』を振る──


 ──瞬間。後ろで、パキンと木を踏み折るような音が聞こえた。

Q.年内に終われましたか…?

A.終われませんでした…(小声)

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