七十一話 装甲歩兵と化した僕
避ける、殴る、防御する、斬られる、修復する、撃たれる、防御する。
目に見えて、ひたすら戦闘が派手になった。俺は体積が増えた分被弾しやすくなり、その代わり防御力が格段に上がったせいで回避の時間を攻撃に割けるようにもなった。そのせいだろう。
滅茶苦茶である。俺の左腕の籠手は『雹撃』を放つための、右腕には『氷矢』を放つための砲口が追加されており、さっきからドバンドバンとひっきりなしに発砲している。
当然のこと弾は氷であり、氷は水だ。空気中から集めることでほぼ無限に撃ち続けることができる。
「オラオラオラァ! 動くんじゃねーよ楽にしてやるからよー!!」
「この……!」
「くっ、いい気にならないでよ!」
ギリングとアナイアに攻撃される。だが『障壁』と『障撃』の二段構えで楽々防御可能だ。振り払って高笑い。まるで魔王だ。魔王だけど。
余裕が出てきたせいでテンションが変になっている。自覚はある。こいつら相手に反省する気もないが。
しかし……このフルアーマー『氷鎧』にも弱点はある。
魔力消費だ。とにかく同時展開する魔法が多過ぎて、さらにそれらの相互干渉を抑え整合を取るためにさらに魔力を消耗する。
あまりにも多機能にし過ぎた。次からはもう少しシンプルにしよう。
あと、非常に冷たい。風邪引きそうだ。もう引いてるかもしれない。
とにかく、短期決戦向けの性能であるのは明らかだ。戦闘実証されたのはいい。
いいのだが、次に活かすためには今、アナイア達を倒さねば。
「そろそろ本気でいくぞ……!」
元々本気だが、わざとそんな風に言って拳をかち合わせる。
ローグが、ギリングの剣を受けて飛び退いたところだった。
「埒が開かん……!」
「難しいかやっぱ」
ローグが俺を見て怪訝な目をしてから、頷く。何だよ。カッコいいだろ。
それはとにかくだ。
今のところ俺達の間に致命的な戦局の乱れは起きていないが、中々仕留め切れないのも事実だった。原因はいくつか思い当たる。
最たるものが、俺達の連携がアナイア達に比べいまいちであることだ。
これは経験の差か。とにかく連中は切り替えが早く、こちらが狙いを定めるのをもう一人が割り込んできたりで絶妙なタイミングで外してくる。分断されても問題なく息を合わせてくるし、こちらはどうしてもそれに一歩遅れてしまう。
俺が巨大なアイスマンになったのも原因だろう。大柄になったせいでさすがに少し小回りが利かないことがある。その隙を突かれているのだ。
まあ、この『氷鎧』は解除しないがな。
何せギリングの剣を受けたら一発で終わりだ。そんな危険は犯さない。
「ぬ」
と思ってたら、ギリングがまた風景に溶けていく。『迷彩』を使ったか。
ローグは位置を察知できるが、俺からしたら全然わからない。またわかっていたとしても、見えないために一瞬反応が遅れるということもある。視覚というのは最も人間が頼る感覚であるからに。
「来るぞ! 構えろ!」
ローグが叫ぶ。面倒だ。攻撃される前に潰すか。しかしどうやって……
……そうか。視覚だ。
どうせ見えないのなら──こちらからも、もっと見えなくしてやる。
「ローグ! 俺の後ろに隠れろ!」
言うと同時に、『榴弾』を精製し右腕の籠手の射出口に装填。
即座に、アナイア目掛け発射した。
「またそれ!? 芸がないったら!」
さんざ射撃した後の、これまた投げまくった『榴弾』だ。悔しいがアナイアの言う通りワンパターンな戦法だろう。
だが、今回は少しだけ違うぞ。
アナイアの張った『障壁』に『榴弾』が着弾する。同時に起爆。
その爆発力は凄まじくとも、アナイアであれば今まで通り防げるだろう。
そうだ。防ぐまでなら簡単だ。
その爆発とともに、俺達の視界を覆い尽くす『白霧』が拡散した。
「なっ!?」
一瞬で、そのフロアが白く染まる。視界ゼロのホワイトアウトだ。
圧縮した『白霧』を、『榴弾』の内側に込めたのだ。これまた多重展開で魔力をごっそり持っていかれたが、発動は完璧だった。
お陰で何も見えない。酷い有り様だ。しかしギリングは元々見えないのだから、さほど問題はない。
加えて言うなら、ギリングもアナイアも俺も、『隠蔽』を使っているせいで有視界戦闘が前提となっているのだ。そこでこんな状況になれば……
「……セイタ!」
霧の中から、俺の『氷鎧』を叩くローグが現われる。
その視線が向けられた先に、俺はショルダータックルをかました。
「ウラァァァァァァァァァァァ!!!」
「ゴァッ!?」
何も見えないが、手応えがあった。呻き声が上がった。着弾である。
そこで終わらせない。我武者羅にその相手に掴みかかり、殴る。頭突く。反撃のつもりか剣が数度『氷鎧』に触れたが、カインカインと弾かれた。構わずブン殴り続ける。多分頭目掛けて拳を振り下ろし続ける。
やがて、壁にブチ当たった。ギリングの背中で壁が砕ける。
「ガアァアッ!! 貴様ァァァァ!!」
すると、俺の目の前に『迷彩』を解いたギリングが。同時に『隠蔽』も解いてしまったのか、今まで感じなかった気配、というよりむしろ存在感を目と鼻の先からビンビンに感じる。
何ということか。この異様な魔力の流れは。
わけがわからないが、とにかく何かおかしい。兜の隙間から血が流れるのもシュールだが、とにかくそれ以上に変だ。
ギリングの身体には、腕利きの魔導師をも超えるほどの量の魔力が流れており、しかもそれが複雑に絡み合い、折り重なる複合魔法式を形成しているのだ。その数、十か、もっとか。多過ぎて解読できない。
いや……これは、この反応は……鎧の隙間から見えている? 鎧に沿って展開している……というより、鎧に……
──そうか。わかったぞ。
ギリングが使っていた『隠蔽』、『迷彩』、多分『超化』と『障壁』。そして今使っているらしい『治癒』。
これは、この黒い鎧が持つ性能だ。機能だ。俺の『氷鎧』に似た発想の、しかしもっと高度な魔導具だ。
こいつの戦闘力の正体は──この鎧か!
「放ァァァせェェェェェェェェェ!!」
ギリングが俺に殴りかかり、展開した『障壁』で押し退けようとしてくる。それが駄目だとわかると、今度は空いた左手を俺に差し向けてきた。
そこに、魔力が集まっていく。同時に、鎧に刻まれた魔法式の一部が活性化を始める。『隠蔽』が解けたせいでよくわかるな。
落ち着いてる場合じゃない。防御を固めなければ。
思って『障壁』を展開した直後、腹を中心に強烈な衝撃が走った。
「がっ……!?」
『氷鎧』をも通して伝わってくる衝撃だった。ギリングの左手から放たれたのか。『氷鎧』の腹にひびが入るほどの一撃……
これは『衝波』か。空気を震わせて叩き付ける風に類する魔法だ。こんなものまで搭載されているのか。
だがな。
「てめぇこの野郎ォウア!!」
「ガハッ!?」
お返しに、ギリングの腹にも右拳を叩き込んでやった。
さらに、そうして押し付けた籠手から『氷矢』を連射。ゼロ距離射撃である。この場合のゼロ距離は誤用だが。
「オオォアァアアアアァァァァァ!?」
ギリングも『障壁』を張っているようだが、部分的に魔力解放し、その構成に干渉する。砕ける魔力の壁と光。そして鎧の装甲。
五秒と経たず、俺の『氷矢』はギリングの腹を貫通した。
「ガッ……」
「ギリング!?」
『白霧』の向こうからアナイアの声が聞こえる。何か察したか。
だが、直後硬質な音が響く。多分ローグだ。俺がギリングとよろしくやっている間に、向こうもやってくれていたようだ。助かる。
「き……さま……何だ……その、魔力は……」
ギリングが、兜の隙間からだらだらと血を流しながら言う。
言いながら、鎧が何か魔法を発動していた。『治癒』だった。装備した人間の怪我まで治してくれるらしい。便利なものだ。
だが、今やその『治癒』も俺が解放し流し込んでいる膨大な魔力のせいで掻き乱され、効果を発揮しない。
腹に穴を開けて直接触れることで、より強く相手の魔法に干渉することが可能になっていたのだ。おまけに『超化』も解除しといてやった。
「あり、得ない……ただの人間が、『我々』を上回る魔力、など……」
「あ? 『我々』だと?」
何やら、ギリングが気になることを言った。
最早腕から生える槍のようになっている『氷矢』で、突き破ったギリングの腹をぐちゃぐちゃと抉る。
悲鳴。どこか黒い壮快感を覚えながら、聞いた。いや、尋問か。
「『我々』ってのは何だぁ? お前ら、何かの組織なのか?」
「ふ、ガフッ……は、はハハ……そヴ、か……そういう、ことか……」
「おい答えろ」
勝手に納得するギリング。その右手がガクガクと剣を上げようとしたので、掴む手ごと握り潰した。
悲鳴。剣が落ちる。乾いた音がカランカランと響く。
また何か抵抗されても困るので──もう何もできないだろうが──顔に左拳を叩き込む。四発。五発。六発。
次に右手の『氷槍』も突き刺す。鎧が砕け、肉が裂け、臓物が千切れて血が噴き出す。とうとう貫通して向こうの壁まで刺さってしまったので止める。
「ハ、あが、あ……」
やり過ぎた。全然後悔してはいないが、自覚はあった。いつの間にやらギリングが息も絶え絶えだ。
どうしよう。この野郎に恨みがあるのは確かだが、ローグも恨みがあったはずだ。俺が勝手に殺しちまっていいものだろうか。
と、変な悩みを俺が抱えていると、ギリングが血をぶしゃぶしゃ噴き出しながら笑った。おいやめろ『氷鎧』が汚れるだろ。あと質問に答えろ。
「クク……見付け、た、ぞ……お前が、そうだったのだ、な……」
「だから、何のことだ?」
咳き込み、潰れた声で構わず笑うギリング。
その、今際の際に言った言葉が、俺の全身を凍らせた。
「お前が……『次の魔王』だったのだな……」