七十話 対等以上
メリークリスマス(手遅れ)。
「まさか、また会うなんてね」
「死んだと思ったか? お互い様だな」
疲労半分、怒り半分のアナイアに言い返す。相変わらず鼻から上がフードで隠れて見えなかった。
アナイアが俺、そしてローグへと向けて、言う。
「お仲間まで用意しちゃって……そんなに私のことが忘れられないの?」
「まあな。きっちり片付けないと悪い夢を見そうだ」
「しつこい男は嫌われるわよ」
「問題ない俺もお前が嫌いだ」
殺したくなるほどな。
なので殺す。慈悲はない。
言い終わると同時に『雹撃』を放つ。氷の散弾が壁に、床に、天井に当たって細かい穴を穿っていく。
アナイアがそれを『障壁』で受け止めた。貫通弾はない。一発一発の氷片にそこまでの力はなかった。
だが、これでいい。釘付けにできた。
『超化』をかけた両足で床を蹴る。前に跳ぶ。
その勢いのまま、アナイアの『障壁』に殴りかかる。
「おぅらぁっ!!」
「なっ!?」
ほとんど『雹撃』の発射と同時に跳んだためか、アナイアの反応が間に合わない。咄嗟に『障壁』の強化に魔力を回すだけだ。
防御に回ったせいで足が止まった。悪手だな。
『障壁』に、氷漬けになった──いや、『氷鎧』の籠手を纏った俺の右拳が叩き付けられている。弾かれそうになるのを堪えながら、そのまま前へ。
「なんで止まらないのよ……!?」
アナイアが呻く。だが、当然のことだった。
俺の方がより多く魔力を込めているのだ。足に、腕に、全身に。
そうして膨大な魔力で、強引に『障壁』に干渉しながら、『超化』で踏ん張っている。それだけのことだ。
アナイアは防御のために足を止めた。足を止めた以上防御しなければならない。逃げようとして一瞬でも『障壁』が緩めば、俺が突き破ってくる。別の魔法を使う余裕もない。
悪循環だ。そうしてこのまま俺を止め続けても、やはりジリ貧である。
普通ならアナイアはこんな判断ミスをしていないだろう。奴については何も知らないが、それぐらい抜け目のない奴だと思っている。
恐らく、さっきの『榴弾』が多少の動揺を呼んだのだ。大した傷は付けられなかったろうが、全くの無駄ではなかったらしい。
よって、このまま行く。問題はない。今のところは。
「く……あぁぁぁぁっ!!」
「セイタッ! 右だ!!」
アナイアが咆哮したのと同時に、ローグが俺の名を呼んだ。
右。指示された方へ向く。
空気を切る音が、俺の後方から流れてくる。そしてそれが、俺の右から迫る「そいつ」に弾かれた。
ローグが叫びながら投げた手斧が、俺の死角から迫ったギリングを襲ったのだ。防御されはしたが、そのせいでギリングは、俺を狙おうと振り上げた一撃をふいにした。
間一髪だった。
「ぬ……オオォア!!」
振り下ろされるギリングの剣。俺はアナイアに向けていた魔力の全てを両手に込め、腕を交差させつつその一撃を受けた。
何かが砕ける高い音が盛大に響く。
が、別に骨か何かが砕けたわけではない。
俺の両腕の『氷鎧』だ。展開した氷の装甲が、砕かれながらもギリングの一撃を受け止めたのだ。
なお、俺の腕は合わせて発動した『障撃』のお陰で全くの無傷である。
「小僧ォォォ……!!」
「お? おこなの? おこなのか?」
眼前で呪われそうな低い声を受けつつ、からかう。
が、からかいつつ、考える。
この鎧野郎、今全く気配を見せなかった。どころではなく、この一撃に入るまで、まるで姿も形も見えなかった。
先の失敗から常時『障壁』を張るようにはしていたが、それでもローグに教えてもらわなかったらどうなってたか。
こいつのアンブッシュはやはり危険だ。アナイアとギリング、どちらを先に片付けるべきか……
「がら空きよ!」
と、今度は体勢を整えたアナイアが俺に向けて『氷槍』を放とうとする。
アバズレめ、舐めた真似を。そう思い、心中で舌打ちしながら、そちらにちらりと目を向けた時だ。
アナイアの目の色が、視線が変わる。と同時に、慌てたように飛び退きながら『障壁』を張っていた。
「おあぁぁぁ!!」
そこに斬り込んできたのがローグだった。長剣の刃が魔力の壁を、光を弾かせながら滑る。アナイアは目を剥いて、斬りかかってきた相手に毒づく。
「こっちは間の悪い男ね……!」
「口の減らん女のようだな……」
ローグの声は、冷淡で冷静だった。この上ない心強さを感じる。
だが、このまま乱戦に入るのは危険だ。そう思い、ギリングの剣を弾きながら、後方に跳んだ。ローグもそれに続く。
ギリングも追っては来ず、数歩引いてアナイアの斜め前に立つ。
その視線が、ローグに向いた。
◇
「……これは。どこかで見たような顔だな」
ギリングが剣を握る手を改めながら、低い声で言った。ローグはそれを受け、唾を吐きながら剣を肩にかける。
「覚えているのか。忘れてると思ったぞ」
「ふん」
ギリングの小馬鹿にしたような声。ローグの目が不快感で細くなる。
「ここ何年も、私にかかってくる者はお前達二人以外にいなかったものでな」
「狙われる理由がわからねえか?」
「わからんな」
ローグの問いに、やはりギリングは淡々と答える。会ったこともあるが、因縁めいたものを感じているのはローグだけのようだった。
それが、ローグの逆鱗に触れたか。
がん、と床を蹴って、ローグが駆けた。
次の瞬間、刃が交錯し固い音が響く。×の字に噛み合ったローグとギリングの剣。火花すら散る勢いだった。
やっぱり、二人ともイカれた剣の腕だ。『超化』で動体視力を強化していてもギリギリ見えるくらいだった。
剣圧も凄まじい。折れたような音だった。何故折れない。
「がぁっ!」
「ぬぁっ!」
同時に吼え、二人が二合、三合と打ち合い、同時に離れる。
コンマ数秒のやり取りだ。怖ろしいことにどちらも受けていない。攻めにいった剣で相手の攻撃を撃ち落としていた。
これがローグの本気か。接近戦で敵う気がしない。
だが……
「どうした? 鈍いぞ?」
「くっ……」
ギリングが嘲笑うような声を上げて、ローグがそれに応えられない。
ほとんど互角に見えたのだが、違うのか。わずかに、あるいは明らかにギリングの方が上回っていたというのか。
何がだ? 剣の速度か? 攻撃の重さか?
わからない。俺は残念ながら剣の素人だ。
「引いて、ギリング……!」
そうしていると、今度はアナイアがギリングの背から声を上げる。
その指示にギリングが従うや、交替で前に出たアナイアが手を振るう。
その手に、炎の塊が纏わり付いているのを見て、俺は青褪めた。
「ローグ!」
叫びながらローグを押し退け、俺も前に出た。
アナイアの腕が振るわれる動作に伴い、巨大な炎の蛇が鞭のようにこちらを叩いてくるところだった。
「クソが!」
『障壁』を広めに展開。撫でるような炎の奔流を魔力の壁が辛うじて押し退け、火傷しない程度の熱風のみが俺達に伝わってくる。
クソ女め。ローグとギリングのやり合いの後ろで準備していたな。
つい見入って、ぼーっとしていた。失態だ。受けに回った。俺は守るのは下手なのだから攻めなきゃ意味がない。
だが、このままだとさらに滅茶苦茶なことになる。誤爆が怖い。
どうするか……
「目障りな……」
ギリングが、炎の弾ける音の向こうで呟いた。
次の瞬間だ。
その姿が、端から消え失せるようにして霧散するのを見て、俺は言葉を失った。
「な、なん……!?」
いなくなった。そうとしか思えなかった。
すーっと消えていったのだ。まるで融け込むみたいに。
『転移』か、と思った。だが違う。そんな膨大な魔力の流れは見えなかった。いくら『隠蔽』していてもそれくらい直に見ればわかる。
では、一体何が?
「セイタ!」
今度はローグの声。片目だけでそちらを見る。
「奴はいる! 近くに! 注意しろっ!」
そう言った。何だ。どういうことだ。
いないじゃないか。現に消えたんだぞ。気配だけでなく姿まで。
こんなの、どう注意しろってんだ。わけがわからないぞ。
……待てよ。姿?
そういえば、そんな魔法もあったような……
「……左だ!」
ローグが叫び、俺に駆けてくる。
何をしているのか。何をする気なのか。どうして俺の方へ。
わかったぞ。もうわかった。必要ない。
左手の『氷鎧』を、『雹撃』に変換してぶっ放す。
ローグの言った、左方向へ。
「ガッ!?」
虚空に着弾。虚空から呻き声。
霜柱が何もない空間に白く張り詰め、その形を、腕の形を露わにしていく。
それは、ギリングの鎧の腕の形をしていた。
「透明にまでなれるのか、コイツ……!!」
言った瞬間、ギリングの姿が忽然と俺の目の前に現われ、腕に張った俺の氷を振り払った。
間違いない。この鎧野郎、擬態の力を持っている。あるいは魔法か。
そういう魔法がある。光を曲げ、自分の姿を風景に溶け込ませる魔法だ。
『迷彩』と言ったか。そのままな名前だ。『隠蔽』と同時に使うことで、まさに今のように無色透明の空気のようになれる。その手に刃を持ったまま。
だが……ローグはどういう理屈か、それすらも感知できるというのか。
いや、元々ギリングの『隠蔽』はローグには通用しないらしい。だとしたら少しばかり透明になったところで、何の意味もないか。
何にせよ、ナイスプレーだ。
「助かったぜオラァ!」
「ぐぬっ!?」
ギリングに突っかかり右手の『氷鎧』で殴りかかる。
剣で受け止められたが、無駄だよ。『障撃』を張った『氷鎧』に刃は喰い込まない。多少破損しても修復可能だ。
つまり俺に毒は届かない。今度こそ、完全に封殺してやる。
さらには、だ。
「見とけよ……!」
拳と『雹撃』でギリングへの追撃を放ちながら、魔力と水分を全身の周囲に集め、『凍結』させていく。
すぐに俺の全身に霜が付き、氷が張り、服越しに体温を奪っていく。
容赦のない冷気。冷たくて割れそうだ。我慢しろ。
「き、貴様……」
「何よ、その格好は!?」
二人からの突っ込みが入る。丁度、追撃と同時に展開していた魔法が完成したところだった。
その時、俺は、氷の中にいた。否、氷の鎧を纏っていた。
完全なる『氷鎧』だ。フルアーマー『氷鎧』である。爪先から頭の天辺まで、細かく折り重なる無数の氷の装甲で覆ったのだ。
既に開発当初のチンケな鎧姿ではない。この数日、そしてそれ以前の療養期間、暇があれば改良とリデザイン、マイナーチェンジを繰り返し、今や全高二メートルを超える小型の人型装甲ビークルの如き別物な威容へと変貌している。
はずだ。
残念ながら、当の使用者である俺からはその雄姿を見ることができない。多少高くなった目線と凍えるような寒さと刺さるような冷たさだけが、『氷鎧』の実感を与えてくれているだけに留まっている。
しかし。とにかく生まれ変わった。
全身余すところなく多層装甲化し、弱点はない。
『障撃』を完備し、大量の氷を纏うことで氷魔法の発動も容易。
仮に破損したところで、修復も容易。機動性も『超化』で補うことが可能。
完璧である。鉄壁である。無敵である。
そして何より、機能的に纏められたフォルムがふつくしい。
多分な! 見えないけど!
「テキセイハンノウヲカンチ。ハイジョシマス」
ついふざけてしまった。この三秒だけ勘弁してくれ。
なおアナイア達の反応は『隠蔽』のせいで別に感じなかった模様。
構わず、ギリングに殴りかかることにした。
とりあえず二話だけ書き終わりました。
次話、明日20時投稿予定です。