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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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六十九話 砦

「臭いな」

「だろ?」


 野営場所に戻り、ローグと合流し、二言三言で話は纏まった。

 俺が見付けたあの砦。あそこにアタリを付けて襲撃をかける。

 実に簡単、簡潔な決定だった。意義を挟む余裕はない。

 挟む可能性のある二人は、既にウルルを枕に寝入ってしまっていた。


「問題は、いつやるかということだ」

「今からってのは?」


 俺の無謀な提案に、当然ローグは首を振った。

 さすがに突然過ぎる。用意もない。色々と煮詰める必要があった。

 行くのは明日の夜だ。人間というのは太陽が沈んだら休まないといけない生き物だからな。アナイア達もそういう本能からは逃れられまい。

 何より俺とローグは休まなければならない。昼に無駄な体力を使った後なのだ。動けるには動けるが、できるだけ万全にして挑みたい。


 そんなわけで。

 俺とローグは朝が来るまで打ち合わせ、シオン達が起きるとこれからのことを話して交替で寝入った。

 ウルルは寝てるのか寝てないのかわからんかった。



 ◇



「じゃあ行きますか」


 また陽が沈んだ。陽が昇ればアロイスを出て五日目だ。

 そうなる前に済ませたい。俺とローグは準備を済ませ、林に入っていく。

 シオン達には『隠蔽』かけて林に隠れてもらうことにした。『楔』を打って万一の時には飛べるようにしておく。


 実質二人だ。だが向こうも二人だ。不足はない。


「他の冒険者は奴らを見付けられなかったようだな。というか、ギリング達が追手から逃れてここに逃げ込んだというべきか」


 ローグが推察する。当初の予定では他の賞金稼ぎなんかを盾にして連中を仕留める腹積もりだったが、こうなっては仕方ない。

 包囲体制は一応、役に立ったのだ。これ以上求めるのは酷だろう。


 この林に馬車の入る余裕はない。アナイア達は馬車を乗り捨てたのだろう。つまり逃げる足がもうない。

 ここでほとぼりが冷めるのを待つつもりだったのだろうが、それは間違いだったことを思い知らせてやる。袋の鼠じゃ。


 意気込んでずんずん進んでいった。砦はすぐだった。


「ここか……」

「怪しいだろ。何の砦だったんだろうな」


 ここは魔王領とは離れている。魔軍との戦争に備えたものとは思えない。

 となると、数百年前の魔軍の大陸での拡散か、あるいは魔王(ヴォルゼア)の台頭以前に起源を持つものだろうか? それほど昔のものとは思えないが……いやまあ、廃墟の年代なんて俺にわかるわけもないが。


「今はいい。それより、どう攻めるかだ」

「そうだなあ……」


 反響型の『探知』で内部を探る、ということはできない。そんなもの使ったら俺達の接近がバレるからだ。一撃加えるまでは姿は隠したい。

 馬鹿正直に壁を潜って中に入って、となると罠があるかもしれない。わざわざ引っかかってやるのも癪だ。やはり隠れるべきか。


「外からブッ壊す手もなくはないけど」

「やめておこう」


 即答された。当然か。

 ローグが溜め息混じりに言った。


「仕方ない。俺は正面から行こう」

「大丈夫なのか?」

「罠くらいならわかる。こういうのは慣れている」


 魔法であろうが非魔法であろうが、罠は効かないとローグは言い切った。信じよう。信じるしかない。


 さて、では俺は別のルートから行くか。裏だ。裏というか、壁か。


 『重力鉤』を早速起動する。壁に手をかけると、そこに手首から先を引き寄せられる感覚を得る。この「手首から先」という極限られた部分だけが、壁に向かう別の重力の支配下にあり、引き寄せられているのだ。

 これが本来の地面へ向かう重力より強ければ、俺はその場に留まれる。この重力の鉤爪を両手交互に引っ掛けながら登るわけだ。


 登れる、登れる。わずかな窪みに指をかける必要もない。フリークライマー涙目の魔法だ。たとえ壁面と垂直になるほどオーバーハングしてても問題ないだろう。これで両足爪先にも『重力鉤』を発動すれば、気分はさながらNYの隣人な蜘蛛男だ。


 さて調子に乗ったところで、壊れた外壁から崩れかけの監視塔に飛び移って、登り始める。

 てっぺんまで上がって一休みする。『超化』と『重力鉤』で疲れる要素はわずかにもなかったが、うっかり後ろを見てしまったために心臓が縮まった。そのための休憩だ。高所恐怖症だったのだろうか、俺は。


「さて、どこに隠れてやがるかな……」


 砦の崩壊は酷いものだ。辛うじてこの監視塔だけが形を保っているくらいで、後は壁に門も残っていないし倉庫や建物も崩れている。

 仮に地下があったとして、そこも崩落しているだろう。なので奴らがいるとしたらここだ。


 ……今になって緊張してきた。まさかここまで来ていないとかは……

 いや、ローグの勘もここだって言ってたし。きっとここのはずだ。多分。信じよう。願おう。


 願いながら、屋上から階段を下りていく。

 そして、無駄だと思っていた『探知』にわずかな反応を感じて立ち止まる。

 腐った木の扉の前だった。



 ◇



 当たりを引いたか。

 そう思いながら、一層『隠蔽』を強めてしゃがみ込み、壁に引っ付く。ステルスといえばこの格好である。今さら心臓が跳ねてきた。


 中から声が聞こえる。言い争い、というか怒鳴り声だ。抑えてはいるが……いや、抑えられているのか? 魔法で。


 耳に意識を集中させ、中を探る……


「……逃げ……も……」

「みな……け……」

「……置……」


 うん、聞こえん。わからん。

 だが、胡散臭い奴らが中にいるのはわかる。そういう雰囲気だ。

 そしてその胡散臭い奴らっていうのは、アナイアのことに相違ない。そう思うことにする。確定だ。決め付けだ。


 なのでさっさとおっ始めることにしよう。

 魔力反響型の『探知』で室内を叩く。部屋の構造を大方把握。生物の反応も一つ。同時に周辺の石材を使い、『榴弾』を作る。両手に二つずつ。中を滅茶苦茶にするには充分な量だ。

 中で動きがあった。俺が魔法を使ったのを感知されたか。


 だが遅い。

 扉を壊しながら、中に『榴弾』をポイポイする。即座に入口から飛び退き、耳を塞いで起爆。

 轟音と衝撃が石壁を揺らし、長年の埃を辺りから叩き落とす。一気に煙くなった。口元を押さえて部屋の中に転がり込む。


 凄まじい有り様になっていた。煙と埃で何も見えねえ。

 その中で、咳き込み悲鳴を上げる男がいた。


「な、何がぁ! ウェッ、ゲホッ! オエェッホ!」

「ちょっと、サルベール様! お静かに! まったくもう!」


 サルベールと言ったな。当たりか。

 アナイアの声はこんな状況でも余裕がありそうだった。『榴弾』の爆発は『障壁』で防がれたか。さすがにやる。


 と、その時。

 斜め後ろで、ほんのわずか、擦れるような足音が聞こえた。


「ヌッ……!」


 それとほぼ同時、俺の背に衝撃が走……らなかった。

 代わりに、展開していた『障壁』に手応え。振り返ってみると、そこには見覚えのある長剣が。そして、煙を切り裂いて現われる黒い鎧が。


 ギリングである。実に一週間振りか。復讐相手を見付けて心がぴょんぴょんする。俺の恨みは海よりも深いようだ。


「貴様っ……! 何故ここに……!」

「お前のことが好きだったんだよ」


 殺したくなるくらいにな。というわけで、死ね! 

 最大強度で『障壁』を展開しながら、『榴弾』を作った端から周囲で炸裂させまくる。たちまち視界が光と煙に覆われ、耳朶を轟音が叩いて全ての感覚が麻痺した。


 ──デカい音がしたら合図だ。ローグとそう約束し合った。

 来るだろうか。いつだ? 五秒か? 十秒後か? 


 右手に『氷刀』を構えて、身を低くする。

 大丈夫だ。落ち付け。『障壁』があれば問題はない。全面展開は魔力を食うが、俺ならば問題ない。

 ここなら町中とは違って大火力を発揮できる。ローグと合流するまでできるだけ撹乱してダメージを与えてやる。


 しかし何も見えないな。これでは効果があるのやら……


「むっ」


 魔力の乱れを感知する。慌ててその場を飛び退く。

 俺の立っていた位置に、無造作に石槍が突き立つ。見えないはずだが、構わずアナイアが目暗滅法『練成』を使ったか。


 再度『榴弾』を四個精製。二個を前方に投げ、もう二個を後方──監視等の壁目掛けて投擲する。

 それらを同時に起爆。全身を覆った『障壁』で衝撃を受け止め、走る。

 爆破を受けて綻んだ壁面が見えた。そこ目掛け、蹴りをくれる。


「オラァッ!!」


 老朽化した上にひびの入った壁は、俺の『超化』キックに耐えられず崩壊する。その穴から飛び出て、『重力鉤』で壁に手を引っ掛ける。


 一時離脱だ。さすがにあそこまで滅茶苦茶になると不意を撃たれる可能性が高い。今度は慎重にいくと決めたのだ。


 さて、次の手はどうするか……

 まず、ローグと合流すべきだ。どこにいるか。気配が薄く、わからない。


 しかしこの砦、まともに形が残っているのがこの監視塔の一角だけというのは火を見るより明らかだ。何か探しに来るとしたらここしかない。

 そう思い、壁面を滑り下りて銃眼を壊し広げ、再び塔の中に入った。


 そうしたところで、階下から駆け上がってくるローグと合流した。



 ◇



「今の音は何だ!?」

「すまん、俺だ。連中を見付けたから先におっ始めちゃった」


 てへぺろしながら、また『榴弾』を精製。同時にこの魔法についてローグに軽く説明する

 『榴弾』は物質的には石や土の塊でしかない。内側の空洞に『爆轟』の魔法式が組み込まれているだけだ。俺の設定した波長の魔力で点火するわけで、暴発の可能性はほぼ皆無である。


 と、昨晩の打ち合わせでも言ったことを一応確認し、『榴弾』を差し出した。


「使うか?」

「いや……遠慮しておこう」


 ローグがやや表情を険しくしながら答えた。

 そうか。まあ、信用できないだろうな。

 合流した以上、誤爆の可能性も出てくる。この四発で最後にしよう。

 それから先は、また別の戦法を考えてある。問題はない。そうさ。


「……来るぞ!」


 ローグが剣と手斧を構え、上階への階段を睨む。

 それと同時に、俺はそちら目掛け、『榴弾』を全弾投擲していた。

 ローグと共に壁に隠れる。次の瞬間、塔を揺らす轟音が響いた。


「何て魔法だ……!」


 ローグが呻く。悪いね。

 階段の踊り場付近に巻き上がる煙の中から、悲鳴と咳が聞こえてくる。あれは十中八九サルベールだろう。『探知』にも一人分の気配を感じる。


 そして、数秒の後、その煙の中から人影がぬっと出てくる。


「……やってくれたわね……服が汚れたじゃない……」


 くたびれた声で煙を手で払う、アナイアだった。

活動報告にも書かせていただいたのですが、書き溜めが完全に切れたので今後の連日投稿は控えさせていただきます。

終盤も終盤なので、できればあまりペースを落とさずいきたいのですが、とりあえず年が明けるまでに三章終了を目標に頑張りたいと思います。


今しばらくお付き合いください。失礼しました。

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