六十八話 追い付く
ここまで、指名手配されたアナイア達を追う冒険者を何人か見た。
街道で、宿場で。方々から出てきて賞金目当てだったり単純に警戒心からだったり、その反応や顔触れはまちまちだ。
「町の一角を潰したってんだろ? 放っておけねえなあ」
「一体首にいくらの値が付くかね」
話してみると何とまあ、あいつらは俺のせいでとんでもない奴らに仕立て上げられてしまっているらしい。負け組一般人なサルベールが少し哀れだ。
どっちにしろもうただの一般人じゃおれまい。行く先は破滅だ。それが俺の手によるものであれ、そうでないであれ。
さて、三日目の昼過ぎ。
俺達は比較的幅の広い街道の分かれ道に立って、右を向いていた。方角で示せば東だ。
『血の臭いが道を外れた』
ウルルがそう言った。見ている荒れ道の先にあるのは、丘と林だ。
「逃げ込んだのかな?」
「多分な」
俺の言葉にローグが頷き、荷物を肩にかけ直す。
彼の「勘」というか「嗅覚」も、ウルルと同じ方向を示しているようだ。そして俺も、魔力の残滓を感じてはいる。
「林から出ている魔力かもしれないけど」
「魔物がいるなら、そうだろうが」
アロイスの北にあるルンツェの森ほど、林は大きくない。
こういう場所には、魔物は生息しない。魔物は魔力が溜まる場所に住み、魔力が溜まる場所には色々な条件が必要だ。
坑道、洞窟、大穴のような閉鎖空間であることだったり、魔力を溜め込む、あるいは放出する性質を持つ鉱物が埋まっていたり、深い森で見通しが悪かったり……そういう場所でなければ、たとえ魔力の供給源になる「何か」──ルンツェの森の場合はあの多頭竜だったのだろう──があったとしても、その魔力が定着し切らない。そして魔物も住処にはできない。
なので、ここから魔力を感じるとすれば、森から出てきた者ではなく入っていった者が残したと考えるのが妥当だ。
ただ、疑問は残るが。
「わざわざ手掛かりを残して、罠か?」
「いや。普通はこんなもの感じられないだろう」
妙な鼻を持っているらしいローグが首を振る。どういうことだ。
「お前、わかってないのか? この魔力、相当気を張らないと感じ取れないほど微かなものだぞ」
「そうなの?」
試しに『探知』の使えるシオンに聞いてみる。首を振られた。わからないらしい。普通だとそんなものなのか。
「多分、この先に奴らがいる可能性が高い。だが、何もないとは考えない方がいいだろう。俺達が追っているとは知らないだろうが、警戒していないというのもあり得ないだろうからな」
ローグが言った。まあ、おおよそその通りだろう。
アロイスでやらかして、逃げて。これで自分達が追われていないと思ったら、相当頭が平和だ。いくらなんでもそんな馬鹿ではないだろう。
俺達も準備が必要だ。差し当たり作戦を考える必要がある。
ひとまずその場で、林を眺めつつ小休止を取ることにした。
◇
再三やっていることだが、彼我の戦力を比較しよう。
まず向こうは、魔導師と剣士。どちらも凄腕で、実力は未知数だ。
だがもっと問題なのは、俺の『探知』が効かないということである。姿が丸きり消えてなくなるわけではないが、戦闘に多大な影響が出るのは否めない。
「一対一で死角を潰すしかない」
最も陳腐な策だが、王道だ。
ローグはギリング、俺はアナイアを潰すことになった。適材適所だ。
と、そこでもう一つ課題が。
「お前がどれだけやれるのか、試させてくれ」
ローグが俺にそう言った。そういえば今まで勢いでここまで来たが、実力は互いに見せ合っていない。会った時の一悶着程度では「そこそこやる」くらいにしかわからなかっただろう。背中を任せ合うには少々足りない。
このままでは精々互いを盾にし合うだけだ。その場限りの共闘ならそれでもいいやと思ってしまうが、ローグとはそれなりに馬が合って付き合うことになった以上、そんなのは心苦しい。
そういうわけで、ウォームアップを兼ねてローグと立ち会うことにした。
「本当に大丈夫ですか?」
「んー。まあ、身体は重くない。ちょっと疲れやすくなってるくらいか」
「気を抜いてザックリとかごめんよ?」
二人の心配をよそに、俺はローグと向き合った。
ローグの得物は長剣一本。やたら目立つ手斧は腰に差したままだ。使わないのか、後で使うのか。
「まずは軽くいく。寸止めするから心配するな」
「優しいんだな」
「そうでもない。だが、もしお前の力が足りないと思ったら……」
剣先で地面を突きつつ、ローグが続ける。
「……その時は、娘達を連れてアロイスに帰れ」
つまり、もう手出しは無用だと。
頼りにならない俺の力はいらない。後は全部自分がやると。
そういうことだろう。それはそうだ。足手纏いは邪魔なだけだ。
ローグなりの気遣いだ。言い方は固いが、カチンとはこなかった。
まあ、必要ないからな。
「いいよ。そういうことで」
笑って『氷刀』を構え、俺はローグに向き合った。
◇
結論から言うならば、互いに互いの腕を想像以上だと再確認した。
まず一本目。相当手を抜いたローグの一撃を俺が『氷刀』と『障撃』で跳ね返し、返す刀を突き付けてそれで終わった。
二本目。気持ちを改めたローグの剣速が八割増しになった。今度は俺が対応し切れず、『氷刀』をへし折られて終わった。
三本目。ローグの剣がさらに速度を増したので、俺は打ち合うのをやめて足で撹乱することにした。それでも時折追い付かれかけた。
なお、『氷矢』なんかの遠距離魔法を解禁したのもその三本目だ。中距離以遠の間合いを保ちながら攻撃を加える戦法も試してみた。が、ローグ相手では牽制程度にしかならなかった。
気付けば本気、というか躍起になって戦っていた。冷静ではあったし、殺すつもりこそなかったが、久し振りに戦ったので気分が昂ってしまった。
ローグが想像以上だったのだ。比べちゃ悪いがリース辺りとは比較にならない。魔力を嗅ぎ取れるという言葉も本当らしく、俺の魔法はことごとく発動の時点で軸をズラされてしまう。『超化』しても速度に対応される。振るう剣は重く、『障撃』がなければ弾かれてしまうくらいだった。
錯乱目的で『白霧』を使っても、勘がよ過ぎて不意打ちをかわされる。身体が利くから俺の拳や蹴りは当たらない。経験の差が歴然だった。
最終的に、痺れを切らして『氷刀』と手斧を投げ合い、互いに撃ち落とし合ったところでお開きになった。
「もうわかった、充分だ……」
「同感……」
柄にもなく、というほどではないが熱くなってしまった。濃密な試し合いだったせいか息が切れる。いや不調のせいか。
とにかく、もうわかった。はっきり、嫌というほどわかった。
ローグは強い。申し分なく強い。敵でなくてよかったと思う。
少なくとも対人戦用の戦法を使う限り、今の俺がローグを打ち倒すのは難しいだろう。殺すつもりで大規模魔法をバンバン放てば話は別だが、今度はそんなのを使うだけの溜めの時間が隙になる。
俺が未熟なのは疑いようのない事実だろう。
ただそれは別として、ローグは強い。そして頼りになる。
今はそれで充分だ。
「大変なのはこれからなのに体力使ってどうするのよ」
キリカのごもっともな感想が耳に痛い。
けど、男の子ってのはこういうものなのだ。どっちが強いとかそういうのが好きなのだ。我を失うくらいに、本能が希求するものなのだ。
悲しく美しい性なのだ。こればかりは女の身にはわかるまい。ローグとだけ理解し合うことにする。できているはずだ。多分。
とりあえず林の手前まで行って、夕刻まで休むことにした。いくら自分を納得させても、マジでやり合って疲れ果てたのは覆しようのない事実だった。
なお、ローグはすぐに呼吸を整えていた。
◇
陽が沈んだ林の中を、俺は一人歩いていた。
偵察である。たった一人で、と言うと語弊があるが。
林の外にはシオン、キリカ、ウルルを置いている。ウルルに二人を任せ、俺とローグは手分けしてアナイア達の足跡を追っているのだ。
分かれて大丈夫なのか、と聞かれると、まあ不安がないわけでもない。
だが、そこまで致命的なものでもない。今度は油断しないからだ。
常に『障壁』を展開している。無駄だとは思うが『探知』もだ。
そして、一番大事なのが『隠蔽』だ。
アナイア達も多分『探知』が使える。使えると考えて動くべきだ。
だが、連中の探知もまた俺と同様『隠蔽』を看破できない。その可能性は高い。アナイアが、シオン達が自分達から出てくるまで見付けられなかったのもそれが原因だろう。
要するに俺達は、互いに互いの位置がわからない。
これからは完全に有視界での戦いになる。『隠蔽』は解くことはできない。
問題は『隠蔽』、というより魔法が使えないローグ……だったが、彼は彼で『隠蔽』に劣らない能力を持っていた。
気配を消すではなく、周囲に融け込めるのだ。繰り返すようだがまるで獣か何かである。ゲリラというかアサシンというか、今の俺にもどの位置にいるのかよくわからない。半径一キロにはいるらしいのだが。
……どうも、魔法を使えないという割に奇怪な能力だ。訓練してないだけで、無意識に魔法を使っているような節がある。
そういう人間もいないではないらしいが……だったら、惜しい才能だ。勿体ない。ただの傭兵だの賞金稼ぎで終わる人間じゃない。
俺みたいなのが何を上から目線に、というものだが。
まあ、今はどうでもいいことか。
大事なのは、俺達が手分けできるということだ。
林を登っていく。ここいらはなだらかな丘になっている。古く、使われなくなったらしい歩道と獣道が交差している。
木を登り、枝を伝っていく。身体の慣らし運転だ。使っているのかいないのかという微妙な『超化』で、自然な身体の使い方を練習する。
ローグとやった腕試しで、俺の弱点が浮き彫りになった。
元々色々問題はあるが、特に目立つのは俺の俺自身の操縦の粗さだ。
魔力、魔法、戦法、あと考え方か。常在戦場。その意識が足らない。まだ甘い。だから不覚を取る。成長できない。
やれることからやる。林を飛び回るのはその訓練の一環だ。
枝を掴み、身体を振って次の枝へ。そして身体を引き上げて、また跳ぶ。
木が眼前に迫る。だが焦らず、自然に手に魔力を込めた。
使う魔法は『重操』。名前は重力操作の略である。
手から放出する魔力が、対象物に魔法式を展開する。そこに重力場が展開する。俺の手はそこに引き寄せられるという寸法だ。
簡単に言うならば、俺の手が何にでも引っ付く吸盤になるようなものだ。原理的には違うのだが。
これに『念動』を加えて安定性を高めることで、特にクライミングに特化する魔法になる。『重力鉤』とでも名付けるか。
これを使えば、どこにでも登れる。忍び込みたい放題だ。しかし行動の自由度が増すのはいいが、どんどん小物っぽくなってるな。
まあいいさ。小物っぽくなれば目立つこともなくなる。下手に目立つのが一番マズい。
果てさて。
林が森になるくらいに深くなり、木々の間から平原が見下ろせるくらいになった。高さはさほどでもないが、裾野が妙に長い。面倒だな。
うーん。もうそろそろ戻るか?
とりあえずローグと合流して、もう一度打ち合わせを……
「ん?」
振り返って、ふと、妙なものが目に入った。
木の枝の間から、ちらりと覗く灰色の……構造物? 石壁か?
枝を伝い、そちらに向かう。そうして伝っていく木々がなくなり、その姿が俺の目の前に姿を現す。
それは、砦だった。
何十年、あるいはそれ以上昔に打ち捨てられ、廃墟と化した砦だった。
少し前はCoDっぽいことをやってましたが今回はアサシンクリードっぽいことをしています。
どんどんファンタジーっぽくなくなっていく気が……




