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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.1 Induction
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六話 休日の終わり

 気付けば、フォーレスに身を置くようになってから一週間が経っていた。

 一週間である。七日である。なんとあっという間なことか。特に何もせず週が一回りしてしまって驚愕を隠せない。

 いや、何もしていないというのは違うか。


 二日目ぐらいから、フォーレス観光──まあ、人口百名ほどの集落なのでそれほど大した広さではないが──していた俺にルウィン達から話しかけてくるようになった。まあセーレが緩衝材となったからなのであろうが、それで幾分俺への警戒心も全体的に薄れたと思う。


 それでもって、俺が自分のことを魔導師だと説明すると、彼らはより食い付いた。何やら、俺みたいなヒトの若造が曲がりなりにも魔法を扱えるというのは珍しいことらしい。


 実際使ってみたら、相当驚かれた。

 手の平の上に小さな竜巻を作ってそこに燐火と氷晶を舞わせてみただけなのだが、同時に三つの魔法を展開できるのは稀有な才能がなければ到底できない、魔法に高い適性を持つルウィン族にしても、よくて二つの魔法を同時に扱える程度とのことだ。

 俺からすれば、取り留めもなく適当に考えて法式を組んでやっているだけなので、そこまで驚かれると逆に冷静になってしまう。こんなもん、実用性の欠片もない実験魔法以下の魔法だからな。


 そんな感じで俺はルウィン達と段々打ち解けていった。顔を合わせたら挨拶くらいはするようになり、仕事も手伝ってみた。農作業や狩りは魔法を使えば少なくとも足手まといになることはなかったし、こちらの勉強にもなった。ありがたいことだ。


 一方のウルルは、まあ子供達の相手をする毎日。遊んでやっているのか遊んでもらっているのかわからないが、どちらもしばらくは飽きる様子がなさそうだ。微笑ましいやら困った事やら。

 ついでにその縁で、俺は集落の子持ちの母親達とも親しくなっていった。言うまでもなくみなさん美人さんで、俺の心臓に悪いことこの上ない。嬉しいが。


 危ないからうちの子にその狼を近付かせないで!と言い出す人が意外にも皆無なのが驚くべきことだったが、どうも彼女達はウルルの大人しさを言われずとも理解しているようだ。ヒトの嘘が見抜けるのと同様、獣の心も読み取れるのだとか。要するに俺とウルルは揃って明け透けってことだな。それで変に疑われずに済むのだから助かるのだが。


 そうこうしてるうちに一週間が経ち、俺は余所者から客分と住人の間へと徐々に立場を変えていったのだった。


 ◇


「シェイル、聞きたいことがあるんだが」

「何だ?」

「弟さんが俺を親の敵のように見てくる。どうしてかわかるか?」


 夜。俺が置いてもらっている寝室で、俺はシェイルと向き合って小声で話していた。


「それは、セイタがセーレと仲がいいからだろうな」

「へ? それどういう……あっ、そういうことね」

「まあ、そういうこと」


 悪い顔をして頷き合う男二人。その話のタネとなっている少年のことは哀れだが、男というのはこういう話を玩具にして遊ぶのが大好きなのだ。存分に弄らせてもらおう。まあ実の兄がそんな悪行の片棒を担いでいるのはどうかと思うが。


「でもセーレはそんなこと考えてないだろ。俺はヒトだし。ロキノのそれは勘違いの筋違いってもんだ」

「関係ないんだろう。ただ目の前で仲良くされて気に入らないのさ」

「ロキノってそんなにセーレのことアレなの?」

「歳が近いからな。気になって仕方なかったんだろう、子供の頃からよくちょっかいをかけていたよ。向こうはあまりそういうことは考えてないようだが」

「まあ、子供にはありがちなパターンだなあ……」


 嫉妬、青春、片思い。要するにそんなところだ。俺の出る幕ではないな。ただ話のタネにして飯が美味い、それだけのこと。

 しかしそれでいちいちガンつけられるのは少々息苦しい。どうにかならんものか。


 ……ならんだろうな。俺がここを出ていってセーレが俺付きの案内をやめない限り、この状況は続くだろう。時間とともにフォーレスでの俺の立場は良化していっているが、ロキノからの悪感情は募るばかりだ。


 ただまあ、それでどうにかなってしまうほど俺も子供ではないのだよ。何せ魔王の力というアドバンテージがあるからな、余裕だけは一丁前というものだ。

 男のジェラシーなんぞ向けられたところで嬉しくはないが、まあ華麗にスルーしてやって反応を楽しんでやることにしよう。


 ◇


 ルウィンの狩人達が森の中を流れるように駆けていく。音もなく、風のように、緑がかった服が風景に紛れ込んで消えていく。


 俺はその後ろについていく。ついていくのが精一杯だ。魔力が漏れ出さない程度の『超化』は、それこそただの人間に毛が生えた程度の力しか俺に与えてくれない。森の意志が命と身体を授かった、と言われるほど森に慣れたルウィン族の身のこなしと比較すれば、それこそ俺は赤子が四つん這いするようなぎこちなさだったろう。


 だが、マリウルにはそれでも驚くべきことだったらしい。狩り場で立ち止まると、俺に振り返って呆れたような声を上げたのだった。


「ヒトとは思えんな」

「そうか?」

「ああ。何故ついてこられる?」

「背中が見えれば追い付ける。足が遅いなら魔法を使う。魔導師だからな」


 マリウルが溜め息を吐く。最初の時に比べれば随分態度が軟化したものだ。というかルウィンという種族は、基本的に最初のガードが固いだけで、あとは普通に接していればすぐ慣れるものらしい。

 全面的に排他的、という認識は改めた方がいいな。俺としては、そんな化かし合いなんぞを考えない純朴な感じが好ましかった。


「まあ、そんなのいいじゃん。で、いたのか獲物?」

「ああ。声を抑えて、行くぞ」


 俺は頷き、マリウルの後ろについて身を低めた。もう一人ルウィンの男がいたのだが、彼はここから別行動を取るようだ。俺達から離れていく。


 俺はマリウルの狩りに同行していた。足手まといにならないという条件でついていくことを許可してもらい、仕事を手伝わせてもらっているのだ。働かざる者食うべからずということである。

 ただウルルは子供達と遊んでいるので、ついてきていない。彼はあれでいいのだ。働いているのだ。そういうことになっている。なので、その分の食い扶持は俺がどうにかせんといかんのだ。


 それはとにかく。


 マリウル含め多くの狩りに慣れたルウィンは、魔法というわけではないが、感覚で獲物を探り当てることができる。人間よりよっぽど五感が鋭敏なのだ。あるいは、森の声でも聞いているのだろうか。


 獲物を見付けると、マリウルは俺がそうしたようにさりげなく魔法で風を操る。これで俺達は風下に立ったわけだが、目を凝らしていなければわからないくらいに、本当にさりげなかった。

 マリウル達は俺の魔法に驚いていたが、魔力量という点を除けば彼らの魔法も充分驚嘆に値する。所詮俺は、魔王の知識頼りでおっかなびっくり魔法を扱っているに過ぎない。

 百年以上からなる彼らの経験と、その遥か昔より培われてきた先祖の知識。今の俺が対抗できるわけがない。ただ、目標にはしたいとは思った。


 そのための、この狩りへの同行である。


「いたぞ」


 マリウルが小声で小さく合図。俺は茂みを掻き分けながらその隣に陣取る。

 木々の間の向こうに、本当に小さな影が見えた。

 距離はまだ相当あるが、マリウルがここで止まったということは、ここからやるということなのだろう。事実、弓を構え始めていた。


「待った」


 俺はそれを止めて、何かと反論される前に右手に意識を集中させる。


「少し練習させてくれ」


 身体の中に流れる魔力を、少しずつ指先から放出。温度変化の法式を経て、空気中の水蒸気を凍結させる。

 そうしてたちまち、俺の手の上で氷の矢が精製された。以前は『氷槍』と呼んでいた魔法だが、今は訓練を経て、ツララみたいだったのが次第に細く長く鋭いものが作れるようになってきている。『氷矢』と称するべきだろう。


「やれるのか?」

「まあ、頑張るよ」


 やや不安げなマリウルを横目に、空中に静止する『氷矢』に両手を添える。あとは撃ち放つだけだが、距離が距離だけにどうなることか。

 マリウルが矢をつがえた。いざという時のために、俺が『氷矢』を撃つと同時に獲物を射るつもりであろう。取り越し苦労であればいいが。


「じゃあ、いくぞ」


 俺はそう言って、意を決し『氷矢』に魔力を込めた。

 音もなく、冷気を纏う矢が一瞬で最高速に達する。同時に放たれたマリウルの矢を遥か後方に眺めるほどの速さだ。

 そうして、『氷矢』はコンマ数秒と経ず木々の間を飛んでいき……森に、嘶きが響いたのだった。


「当たったか?」

「だろうな。行くぞ」


 放った俺よりむしろマリウルの方が自信あり気に、立ち上がって走り出す。俺はそれについていく。

 百メートル弱は走っただろうか。俺が『氷矢』を飛ばした方向には、大きな雄のシカが倒れていた。ただし『氷矢』は刺さっていない。胸に一つ穴が開いているだけだ。


「あー、これは……」

「威力が高過ぎる。貫通してしまったのだろう」


 マリウルの分析に俺は頷く。遅れて、同行していたもう一人のルウィンが茂みから現われた。後詰めのために回り込んでいたが、必要なかったので合流したというわけだ。


「今回は運よく心臓を貫いていたがな。本来なら、刺さったままの方が走る邪魔になってよかったかもしれん」

「難しいなあ、調整っつーのも……」

「だが、この距離で当てるなら上出来だろう」


 褒められると悪い気はしない。ただ増長はしないようにしないとな。

 礼を言いつつ、俺はシカの傍らにしゃがみ、マリウルに問う。


「結構早く済んだけど、もう一頭くらい行けるか?」

「行けなくもないが……どちらにしろ一度戻る必要があるだろう。そいつの血抜きもしなければならないし」

「じゃあ、ここで別れるか?俺がこいつを担いで戻るよ」


『超化』で腕力を重点的にブーストしてしまえば、百キロからなるシカの運搬だってお手の物である。そういう雑用を今までもこなしてきたので、マリウルの俺を見る目に不安はない。むしろ『氷矢』で狩りを担当するより信頼を感じるというものだ。


「そうだな……ならセイタ、頼めるか……ん?」


 と、そこで、マリウルが顔色を変えて首を振った。じろりと、森の奥を見やる。何か緊張感のある面持ちだ。

 それが気になって、俺は『探知』を使うことにした。検索条件は「ヒト以上の魔力を持つ反応」である。


 すると……俺達三人から少し離れた距離に、一つだけ反応があった。

 反応は、マリウル達と大して変わらない。そして一週間前の賊どもとは明らかに違う。つまりルウィン族である可能性が高いということだ。ただ気になるのが、その反応が若干弱く、そしてふらついていること。

 それでなんとなく事情を理解した俺は、「おい」とマリウルに声をかける。


「近くに、お仲間がいるんだろ」

「何? わかるのか?」

「まあ、『探知』でな。ついでに、怪我してるかもしれない。だろ?」

「あ、ああ。妙な血のような臭いが流れてきている」


 臭いでわかるのか。ルウィンの鼻も大概だな。まるで森の中のサメみたいだ。

 と、今はそれどころじゃないな。


「とにかく、行こう」


 俺に促されるまま、マリウルは頷く。そして俺達は、シカをもう一人の男に任せ、怪我人と思しき反応めがけ走り出したのだった。


 ◇


 そのルウィンの男は、足と肩から血を流し、満身創痍の様子で森を進んでいた。

 息は荒く、視線も泳いでいる。引き摺る右足が今にも石に躓き、倒れたらもう立ち上がれないのではないかと思われた。


「おい、大丈夫か!」


 そんな彼の前に慌てて躍り出て、抱き留めるマリウル。男は「ああっ」と気が抜けたような安堵の声を上げ、膝から崩れ落ちる。


「お、お前は……」

「フォーレスのマリウル。カルレンの息子、マリウル・エスウィンだ。狩りの最中に偶然気配を感じたのだが、これは一体どうしたことだ?」

「それは……ヒッ、ヒト!?」


 と、男が俺を視界に収めるなり恐怖と怒りの視線を向けてくる。なんか新鮮、だけど別に嬉しくない。むしろ当然ながら悲しい。


「大丈夫だ! こいつは我々の集落の客人、危害を加えることはない!」

「そう、そうだよ。安心してくれ」


 マリウルのフォローに乗っかるものの、男は疑いの目を向けたまま。

 と、なるとだ。そんな疑いは実力行使でどうにかするしかないな。


「ちょっと失敬」


 一応断りを入れつつ、俺は左手に魔力を込め、式を組む。するとたちまち、拳の中で魔力が暖かい黄の光を放ち始めた。


「な、何をす……」

「痛いの痛いの、飛んでけオラァ!」


 困惑の声は無視して、俺は男にコップの水をぶっかけるような動作で『治癒』の魔法を行使。身体に光が纏わりついた男は悲鳴を上げかけたが、すぐに痛みが引いたと見え、光が消えるや呆然と自分の身体を見回すのだった。


「な、き、傷が……」

「おい……セイタ、これはどういうことだ?」

「え? いや、ただの『治癒』魔法だけど……」

「こんな強力な『治癒』があるか! まったく、本当に一体何なんだお前は……」


 なんか驚かれて呆れられた。何だと言われても、魔王ですとしか答えようがない。

 まあ、言わないけどね。


「それよりほら、マリウル。その人も大分楽になったと思うし、事情聞いてくれ」

「あ?ああ……」


 俺はそう言い、マリウルの背後に回る。男は困惑の目を俺に向けつつも、マリウルに事情を聞かれ、ぽつぽつと語り始めるのだった。


 ◇


「ヒトだ。森に入り込んだヒトに、集落の子供が攫われた」


 男の言葉に、俺とマリウルは息を飲み、目を合わせる。男は続けた。


「私は止めようとして、殺されかけて、崖の下に落ちた。敵わなかった。五人ほどだったが、奴らは戦うことに手慣れていて……くそっ!」

「落ち着くんだ。そいつらとは、いつ出逢った?」

「すまん……結構前だ。恐らくもう、近くにはいないだろう。奴らの狙いは私ではなかったらしい……そう言っていた」


 男は歯軋りとともに答える。苦しげな表情にこちらまで苦々しい気分だ。

 俺も聞きたいことはあったが、ここはマリウルに任せよう。目配せすると、マリウルは頷いて質問を続けた。


「名前は? お前の集落はどこだ?」

「私はヘイス。タニアから来た。ここから北の……」

「ああ、タニアならわかる。今から送ろう」

「ま、待ってくれ! 仲間が……シェアナとルースが……!」

「今は無事だったお前を送るのが先だ! お前がタニアにこのことを報告するんだ!」

「あ、う……わかった……」


 マリウルに説得されたヘイスを眺めつつ、俺は再度『探知』を発動してみた。

 が、反応はない。ヘイスの言う通りだろう。賊はもう目的を果たし、ヘイスの追跡をやめたのだ。でなければ怪我をしているヘイスが追い付かれない理由がない。


「セイタ」

「ん? 何だ?」


 不意に声をかけられ、俺はマリウルに向き直った。マリウルが言う。


「私はヘイスをタニアに送り、話を聞いてくる。お前はフォーレスに戻り、このことを長に報告してくれ。緊急だ」

「一人で大丈夫なのか?もしかしたらそいつらがまだ近くにいるかも……」

「私は大丈夫だ。それよりお前が心配だ」

「それこそ心配するなよ。わかった、すぐ戻る。ついでにシカを抱えてな」

「頼んだぞ。それと……済まないな」


 何に謝ったのかわからないが、俺は「いいよ」と適当に答えて踵を返した。

 地面を蹴る。マリウル達を背にして、森の中を駆ける。この上ない疾走感があった。


 だが……それ以上に、俺の中には気持ち悪いムカムカが渦巻いていたのだった。


 ◇


 シカを任せたルウィンの男──レストという名らしい──と合流し、俺はフォーレスへと急ぎ戻り、レリクを捕まえ狩りに行った先であったことを説明した。

 レリクは顔を顰め、俺に「わかった」と言うと、何人かの男達を集めて家へと入っていった。何か話し合うのだろうが、俺は呼ばれていないし聞き耳を立てるつもりもない。気もそぞろにウルルを観察することにする。


 そうしているうちにセーレが来て、何かあったかと尋ねられたが、適当に誤魔化す。すると今度は木の実を取りに行くから付き合ってと言われ、慌てて止めておいた。思いっきり怪しまれたが、仕方ない。だんまりを決め込むことにする。ロキノの視線が時折刺さってた気がするが、これも無視だ。


 そうして、陽が沈み始めた頃だろうか。渋い顔のマリウルが戻って来て、同時に、レリクも家から出てきたのだった。


「報告はしといたぞ」

「済まん。こちらも話を聞いてきた」

「あちらさんはどうするんだ?仲間を助けに行くのか?」

「どうだろうな。我々もよその心配をしている場合ではないかもしれない」


 神妙な面持ちで言ったマリウルに、レリクが近付いてくる。


「よく戻った、マリウル」

「いえ、大したことは」

「戻ってきたばかりで済まないが、少しみなを集めてはくれぬか。話すべきことがある。それと、まだ戻って来ていない者がいるかどうかも確かめさせてくれ」

「わかりました」


 疲れた様子もなくレリクの言葉に従うマリウル。と、そんな様子をどこかから見ていたのか、セーレが俺に近付いてくる。


「何かあったの? 変よ、マリウルもセイタも」

「まあ……なかったというと嘘になるけど……」

「セーレ、今から話すことがある。みなと一緒に聞きなさい」

「えっ、は、はい……」


 レリクからの援護射撃に、セーレは大人しく引き下がった。

 ありがたいことだ。今は、面倒臭そうなことはレリクに任せることにしよう。


 ◇


 その時、その場で集められるだけの住民を集めて、レリクはマリウルと俺達が遭遇した事件について話した。

 ヒトの賊による、別の集落の同胞の拉致。ここ近年問題となっていることでもある。しかしだからといって反応が鈍化するわけでもなく、話を聞いた彼らは警戒心と嫌悪を露わにしていた。それが俺にまで向けられないことを望むばかりだ。

 レリクは集落の周りの警戒を厳にし、下手に出歩かないよう忠告した。みながそれに頷き、家族に欠けがいないかを確かめに戻る。

 そうして、その日の集会は、陽が沈むと同時に終わったのだった。


 その夜。レリク達とやや神妙な面持ちで夕食を終えた俺は、部屋でウルルと顔を突き合わせて、何か取り留めもなく考えていた。

 そこに、レリクが現われる。


「どうしたのだ。そのような顔をして」

「いや、別に……」


 俺は誤魔化すが、レリクは腕を組んで動こうとしない。何でもないなんてことがないとういうのを悟られてしまったのだろう。俺は溜め息を吐いて向き直る。


「……襲われた男が、相手は五人くらい、って言ってた。俺がセーレを助けた時も、取り逃した奴が五人いたんだ」

「偶然であろう」

「そうかもしれないし、そうじゃないのかも」

「考え過ぎだ。お前には非はないどころか、我々の恩人なのだぞ。そのようなことで気を煩わせる必要はない」


 レリクはそう言う。実にシンプルで、合理的な理屈だ。きっと正しいことを言っているのだろう。俺にはわかる。

 ただ、俺はヒトだ。ヒトっていうのは理不尽で、非合理なものの考え方をする。小賢しい一方で、愚かだ。ルウィンみたいに整然とした思考は持てない。


 だから、割り切ることができない。いつまでも引き摺る。

 忘れるためには、行動するしかない。そういう生き物なのだ、ヒトは。


「……攫われたルウィン族、取り戻しに行くのか?」

「そうしたくはあるが、フォーレスにもその余裕は恐らくない。ヒトの侵入は増え続けている。非情なようだが、これは個々の集落で解決するしかない」

「そうか」


 言っていることはわかる。レリクはここの長で、みなを守る義務がある。義憤に任せてよそを助けて、その間にフォーレスが危険に陥ったら、それこそ目も当てられないのだから。

 ただし、だ。

 それを割り切れない、そして立場を持たない者もいる。そいつならば、こんな状況でも動くことが可能じゃないのか。危険を顧みる必要も、誰にも縛られることなく、できることをただやれるのではないか。

 そうだ。俺はレリクにとってもルウィン族にとっても余所者、精々がただの客人。守られる道理もなければ、彼らの言葉に従う必要もない。


 そうしなければならない気がするのだ。理由も義理も全然足りないが、それでも動く。それで動けてしまうのが、非合理で愚かなヒトというものだ。


「俺が町に行ってくる。攫われた奴らを探して来る」

「何を言っている。これは我々の問題だ。お前には関係が……」

「関係あるとかないとかじゃなくて、そうしないと気が済まないんだよ。昼からずっと腹が立って仕方がないんだ」


 早口で述べ、俺はレリクの深緑の瞳を見た。困惑の色がそこに浮かんでいる。


「何故だ?どうしてヒトであるお前がそんなことをする必要がある?」

「さあね。俺はやりたいようにやるだけだ。このままじゃ後味が悪い。もっとも、監視しているあんたからすれば俺が自由にやるのは気に入らないだろうけど」


 レリクは苦いものを噛んだような目で俺を見た。

 客人を歓迎するという名目で俺をフォーレスに置き、自分達に不都合がない相手かを確かめる。そうであることを俺に知られるのは向こうとしても想定内であっただろうが、実際に俺の口から明かされればいい気分ではないだろう。

 それはわかっている。だから、俺はわかっていても何も言わず、のんべんだらりとさせてもらっていたのだ。そうしてる間に、ここのルウィン族とは少なからず友好を結べたとは思う。それは俺の勘違いではないと信じたい。


 だから、やれることをやりたい。今度のことはフォーレスが直接被害を被ったわけではないけど、ルウィン族全体からしたら絶対に看過できない事態なのは明らかだ。だというのに、ルウィン族は迂闊に抵抗もできず、泣き寝入りする羽目になっている。


 彼らの総数は多くはなく、そして騙し合いが上手くない。下手に仲間を助けようと賊どもを追えばミイラ取りがミイラになってしまう。まして、ヒトの町まで助けに行くことなど言語道断だ。そこではもうヒトの法の下であり、ルウィンの道理や正義は通用しない。


 ならば、俺が行く。

 俺はルウィンではない。しがらみもなければ、耐える理由もない。

 そして俺にはその力がある。この世界からすれば忌々しい魔王の力が。

 何にしろ使えるものは使うべきだ。そうだ、それで友人が助けられるなら、何も迷う必要はない。


「悪いけど、俺は行くよ」

「……一人でか?」

「ああ。信じられないかもしれないけど、あんた達の悪いようには絶対しない。それは約束する」

「わかっている。確かにお前はそういうヒトだろう」

「信じるのか?」

「我々の目は誤魔化せん。お前が直情的なお人好しだということはここの者達には既に割れている」

「褒められてるのかそうでないのかわからないな」

「お前がそういうヒトでなければ、引き留めなどしなかったさ」

「褒められてるということにしておくよ」


 呆れ声のレリクを見ながら、ウルルの顎を撫でる。子犬のように大人しく、唸り声一つ上げない。俺以上に冷静で、弁えている。

 そう。そんなウルルですら、敵意を剥き出しにした奴らなのだ。野放しにはできない。ヒトとして、してはいけない。

 言い訳っぽくはあるがな。何にしたって、理由は必要だ。しょうもなくてもな。


「待て」


 レリクが言う。


「今は待て。朝を待つんだ」

「夜の森は危険だからってか?」

「違う。いや、それもあるが……今は待て。私はお前を止められないから、これは頼みだ」

「頼み……」


 言葉は低姿勢だが、レリクには有無を言わせない雰囲気があった。俺はそれを否と跳ね除けられない。

 互いに力の差はわかっている。だがそれがこの場の意志を決定付けるわけではない。俺は単純にレリクの人生の厚みと自分の薄っぺらさを比べ、気圧されていたのだった。

 頷くしかなかった。少なくとも、今は。


「……わかったよ。行くのは朝にする」

「そうか。話を聞いてくれて感謝する」


 感謝か。それはそれで、なんか変な感じだな。

 まあ、いいか。


 レリクが部屋を出ていき、俺はウルルと二人きりになる。

 嘘を言ったつもりはない。今夜のところは、大人しく従うことにしよう。

 どうせ、すぐに町に向かうことになるんだから。

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