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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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六十五話 賞金稼ぎ

「俺は赤毛をもらうぜ」

「じゃあ俺はちっこい方を」

「俺もだ」

「この変態共が!」

「ヒッヒッヒ!」


 欠伸が出るほど、見るからに駄目で下衆な男達だった。

 人数は八人。結構な数だ。殺傷力の低そうな凶器を後生大事に弄びながら、キリカとシオンを舌なめずりして見ている。


 が、そんな風にわざとらしく脅してみたところで、キリカはとにかくシオンすらも大して怯えさせられていなかった。


 何と言うか、シオンも逞しくなったものだ。成り行きだがギリングなんて野郎と事を構えた経験が幸いしているのか。無意識のうちに魔力を集め、攻撃態勢に移っているくらいだった。


「どうします?」

「あたし達でやろう。シオンは魔法で牽制して、その間に私が……」

「いや、待て」


 さっさと進めてしまおうとする二人を留め、前に出る。


「俺がやる。ちょっと肩慣らしさせてくれ」

「大丈夫なの?」

「まあな」


 俺も、一度死にかけたからか。

 相手が危ないかそうでないかが、前よりよくわかる気がした。嗅覚というか、観察力というか、第六感というか。そんなものの働きだ。


 それで感じたところによれば、こいつらに裏はない。

 アナイア達の仕込みというわけでもなさそうだ。別動隊がいるわけでもなければ、何か他意があるわけでもない。

 ただのつまらない追い剥ぎ、強姦魔だ。雑魚狩りというわけでもないが、リハビリには丁度いい相手だろう。


 ていうか、さすがにシオン達に八人も相手にさせられない。


「一応、後ろは注意しててくれ」

「わかりました」

「危なかったらすぐ呼んでよ?」

「おいゴラァ! 何イチャついてんだ!」


 悪いか。俺達はこういう仲なんだ。

 イラついた一人が、錆びたナイフを振り回して突っ込んでくる。陽の出ているうちに飲んでいたのか、千鳥足だ。もう一人後ろについている。


 とりあえずという気持ちで、前の奴のナイフを右手の『障撃』で弾きながら、返す刀で鳩尾に掌底を放った。


 その時だった。

 その後ろから迫ってきた奴が、突然横に吹っ飛んだのは。


「え?」


 俺とチンピラ共が、同時に変な声を上げる。

 吹っ飛び、地面を転がってぐったりしているチンピラを見る。

 そして、その反対側を見る。


 そこに、男が立っていた。


「……加勢がいるか?」


 低い声で言ったのは、煉瓦を右手に持った、三十前後の無精髭の男だ。

 背は百八十強。浅黒い肌で、引き締まった体を軽装備で包んでいる。

 その腰には剣と、武骨な手斧を差している。奇妙な得物の組み合わせだ。だが、それが妙に似合うワイルドさを男は備えていた。


 ──端的に言って、渋い。そして格好いい。

 そんな、月並みな感想しか出てこなかった。


「何だてめ……ゴァッ!?」


 闖入者に叫ぶチンピラの頭に、煉瓦が叩き付けられる。

 男が投げたのだ。躊躇いもなく、無造作なのに妙に高い精度だった。


「ふざけ……」

「オラァ!」

「はぶっ!?」


 男に気を取られ、余所見したチンピラに飛び蹴りをかました。数日前の不意を取った時の復讐だった。返す相手が違うが。


 男が俺を見て、怪訝な目をした。必要のない加勢をした、とでも思ったか。ただ、助けてくれたのは普通に嬉しかったので頭を下げる。


「あの、ところでどちらさん?」

「終わってからでいいだろ」

「あっ、そっすね」

「野郎ォア!!」


 既に三人やられていたチンピラ達だが、残り五人は逃げようとはしなかった。そのファイティングスピリッツには敬意を表しつつ、拳を受け止めお返しに鼻面を殴って潰してやる。


「あぎゃっ!」

「ヴォッ……がっ!?」


 謎の男もまた、チンピラのナイフの一撃を手首を掴み止めて、腹を蹴り上げくの字になったところを打ち下ろしたところだった。いいパンチだ。


 さらに男に迫るチンピラ。二人同時だ。さすがに危険か。

 と思ったら、そうでもなかった。男がそちらをちらりと見るや、その手がぶれるほどに素早く動く。


 剣を振るっていた。目にも留まらぬ速さだ。

 その刃が、チンピラ達の手を裂き、指を刎ね飛ばしていた。


「うぎゃぁぁっ!?」

「ひぃぃぃぃっ!!」


 叫び、転げるチンピラ。その時には既に剣は鞘に納まっていた。剣の代わりに無造作な蹴りで追い討ちをかける男。迷いがない。


 俺も、余所見しながらラスト一人をヤクザキックで向かい討つ。『超化』の脚力でフッ飛ばされたチンピラが、壁まで飛んで頭と背中を叩き付けられて転がった。


 そんなこんなで、わずか一分足らずの間に死屍累々となった路地裏。

 俺と男は所在なさげに見詰め合う。

 別に、恋が芽生えたりはしなかった。



 ◇



 陽が沈んだので、適当な店で夕食を取ることにした。久し振りに身体を動かしたので俺も腹が減って、買い置きの保存食じゃ物足りないと思ったためだ。


 その席には、さっき会った傭兵風の男もいた。

 助けられた礼ということで、飯を奢ることにしたのだ。


「別に、俺がやらなくても問題なさそうだったがな」

「いやあ、それとこれとは別で」


 確かに助けがなくても何とかなっただろう。ただ助けられたのは事実だ。礼はちゃんとしなくては。感謝だろうが復讐だろうがそれは同じだ。


 男は仏頂面を崩さずにいたが、不機嫌というわけではなさそうだ。

 元々そういう顔なのだろう。飯も普通に頼んだし、食っていた。

 それとなく地味なメニューを注文したのは、こちらの財布を気遣ってのことか。そういうところからも、悪い人間でないのが窺えた。


「遅れたけど、俺はセイタ。こっちの子がシオンで、そっちがキリカ」

「ローグだ」


 あっさりした自己紹介だった。過不足ない……というよりは不足気味か。

 これだけでは何なので、もう少しローグに話を振ってみる。


「あんた、随分やるみたいだけど、傭兵か何か?」

「ああ、いや……そうだった時期もあったがな。今は、賞金稼ぎみたいなもんだ」

「へえ……通りで強いわけだ」

「大したことはない。ケチで下らん商売だ」


 謙遜というか、本気でそう思ってそうな口振りだった。正直だな。


「俺も似たようなもんだな。この前ちょっとしくじったけど……」

「賞金稼ぎか? 素手で?」

「まさか。俺は一応魔導師だよ」

「魔導師?」


 ローグが眉を上げ、杯を口に付けたまま怪訝な顔で止まった。

 中身は多分エールだが、味が不味かったというわけではないだろう。


「そんな風には見えなかったが……」

「ああ、まあ、さっきは別に使わなくても何とかなるかなーって……」

「大した自信だ。だが……まあ、多分そうなんだろうな」


 一瞬、ローグの目が俺を値踏みするような色に変わった。

 それだけで、わかるもんなのか。やっぱり只者じゃなさそうだ。

 カッチブーだな。できる男ってのはこういうのを言うんだ。憧れちゃう。


 それからは、途切れない程度に会話を続けながら飯を食った。

 どこから来たとか、どこに宿を取ってるかとかだ。あまり踏み入らない程度の、他愛もない世間話。会ったばかりなんだし、それくらいの距離感で丁度いいと思った。


 うっかり口を滑らせて、シオンとキリカが俺とそういう関係だって話してしまった時は、お返しのようにローグも自分のことを話してくれた。

 なんと既婚者らしい。俺くらいの歳の頃には、もうハイハイを卒業した子供がいたと。凄いことだ。人生の先輩である。


 だが。


「もう、いないがな」

「え?」

「大分前に死んだよ。女房ともな」


 悪いことを聞いてしまった。気にするなとは言ってくれたが、それでも気まずい。ローグも話したことを少し後悔しているようだった。


 酒が入ったせいで口が緩んだのだろうか。とにかく、こういう話はもう止しておこう。

 ただし、「女は大事にしろ」という忠告だけはよく肝に銘じておく。大先輩の言うことだからな。干支一周分の。


 そんなこともあったが、まあ、ローグとは小一時間ほどで大分打ち解けた。

 キリカとシオンも、ローグの武骨だが率直なところは好ましいと思っているらしい。頼り甲斐がありそうというのか。俺にはない部分だ。


 悔しい。でも俺も憧れちゃうからわかっちゃう。

 ここにきて寝取りとか勘弁よ。まあ、ローグからしたらキリカもシオンも娘同様の年頃にしか見えてないようだったが。


 そんな風に粗方話し終わった後だった。

 ローグが、俺に首を傾けてふと聞いてきた。


「ところでセイタ」

「何?」

「ちょっと今、人……っつっても賞金首なんだが、探してんだ。聞いていいか」

「そりゃあ、まあ」


 と言っても、俺もこの町に来て二十日くらいだ。役に立てるかどうか……


「構わない」


 と言って、ローグがそいつの特徴を語り出す。

 上背はローグと同程度。体格も、屈強だが太過ぎはしない。

 だが何より特徴的なのは、黒い鎧に身を包んでいて……ん? 

 顔も兜で隠れていて、くぐもった喋り方をして……ん? 


「そいつの名前が……」

「……ギリング?」


 先んじて言ってしまった俺を見て、ローグが固まる。俺も固まる。

 さっきとは別の気まずさが、俺達四人の間に流れていた。



 ◇



「ギリングを知っているのか?」

「知っている……というか、会ったというか」

「どこでだ?」

「この町で」

「いつ?」

「何日か前……」


 ついでに、うっかり殺し合いになって殺されかけたということも話しておいた。見るからに聞くからにローグがギリングの敵だったので、先んじて言っておいた方がゴタゴタが少ないと思ったのだ。


 ギリングの強さを知っているのか、ローグは俺を見て眉を顰めていた。


「よく生きていたな」

「いや、死にかけたよ」


 胸を刺されて、毒を盛られて、この世界に来て以来の踏んだり蹴ったりだ。後半は言わなかったが、前半は傷を見せて納得してもらった。なお、胸の傷口はまだ引き攣れと変色が残っている。


「というか、あいつ賞金首だったのか……」

「ああ。公には手配されてないがな」

「どゆこと?」


 ローグ曰く、ギリングという鎧男はその目立つ姿にも関わらず、ほとんど人前に姿を見せず神出鬼没だと言う。

 ただ方々において諸々の殺人事件に関与しているとほぼ確信レベルで疑われていて、それで賞金がかけられている。ローグはそれを追っているらしい。


 つまり、ローグはギリングの敵だ。

 ギリングの敵は、俺の味方だ。楽観的に見ればな。


「奴にはちょっとした恨みがある」


 ローグがそう言った。それ以上は言わなかったが、必要なかった。

 恨みか。それならば俺も同じだ。

 一割か五分ほど、ローグがギリングの仲間であることを疑ったが、そんな警戒も解く。向こうも実際のところこちらを窺っていたようだ。ギリングのことを知っている俺を。


 お互い様ということか。だが、もうそれはいいだろう。


「それで……ギリングってどんな奴なんだ?」

「……それを知ってどうする?」

「え? どうって……」


 そんなの、決まってる。

 復讐である。お礼参りである。奴の頭を脊髄ごと引っこ抜いてやるのだ。ついでにアナイアもブッ殺す。


 俺は根に持つタイプだ。胸を刺されたら頭を叩き潰し返してやらないと我慢ならない。わだかまりはさっさと解消しないと。

 それだけではない。奴らの生死は俺達の安否にも関わる。実際今だって絶対安全とは言い切れない。むしろ三日も経ってることを考えると、いつ襲われてもおかしくないというくらいだ。


 そう言うとローグが首を振った。


「悪いことは言わん。町を出ろ。その方が穏当だ」


 そう言われ、俺は内心反感を覚える。

 一度は考えた選択肢を他人から突き付けられる。どちらにしろ同じなのだが、これはこれであまりいい気分ではない。我ながら難儀な性格だ。


 ローグが俺を気遣って言っているのはわかる。年長者として若造の無謀と短気に釘を刺しているのだ。


 わかっている。わかっているのだが……

 冷静に考え直してから、やっぱりと俺も首を振る。


「ここでカタを付けないと面倒なことになりそうだ。奴はやる」

「やめておけ。お前がどれだけやれるのか知らんが、奴は危険だ」

「そんなのわかってる」


 体感済みだ。不意打ち気味だったがな。

 しかし、面と向かって真っ向勝負となればわからない。いや、分はある……かもしれない。多分。きっと。


 そうだ、一対一であれば……

 ……そうか。だったら……


「──俺に、あんたがギリングを狩る手伝いをさせてくれないか?」


 渡りに船と、俺は出逢って数時間の男に縋ったのだった。

 急展開にシオンとキリカが呆然としていた。当然、ローグも。

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