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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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六十三話 痛み分け

 氷片が虚空を裂いて、加速していく。

 その最中に、自身を細長い矢の形状へと変化させていく。

 シオンの『氷矢』だ。展開の遅さを、発射と同時に魔法の構築を進めることで補っているようだった。


 自分で工夫したのか。だとしたら、大したものだ。

 今の俺に、それを賞賛する余裕がないのが惜しまれるが……


「あらっ」

「ぬ……」


 その『氷矢』が、アナイアの『障壁』とギリングの剣に弾かれる。

 魔法は悪くなかったが、こいつらの不意を突くには力不足だったか。計五発、全弾防がれてしまう。


「驚いた。こんな子まで魔法使えるのね」

「誰だ?」

「さあ。このセイタって子の知り合いらしいけど」


 キリカから得た情報に、シオンのこともあったのだろうか。アナイアはそんなことを言いながら、値踏みするようにシオン達を見た。

 二人を知られた。となると、こんな所で這い蹲ってる暇はない。


 このままでは二人が危険だ。アナイア、サルベール、ギリング。全員殺さなければ。絶対に逃してはいけない。

 だが、身体が熱い……! 天地が今にも引っ繰り返りそうだ……! 


「キリカさんっ! セイタさんを!」

「わ、わかった!」


 と、シオンが再度『氷矢』を展開しながら叫び、キリカが答えた。

 シオンの放つ『氷矢』に交えて小さなナイフを投げながら、キリカがアナイア達を避けてこちらに転がり込んでくる。


「ぐ……お、おい……!」

「大丈夫!? 怪我したの!?」


 二人の勝手を責めようとしても声が出ない。身体が動かない。押し切られてキリカに身体を支えられてしまう。


 情けない。こんな情けないことがあろうか。

 何より、二人に助けられて安心している自分が一番情けない。


「セイタがやられるなんてね……! 信じられないけど、今は逃げるわよ!」

「ま、待て……」

「待たない!」


 キリカが俺の肩を担ぎ、立たない足腰を無理矢理引き立たせる。

 それから、アナイア達に『氷矢』を撃ち続けているシオンを見た。俺もそちらを見て、鬼気迫る表情で両手を上げるシオンに息を飲む。


「歩け……ないわよね、これじゃ」

「ああ……すまん」

「謝らないでよ。だったら、セイタ! 『転移』は使える?」

「あ、ああ……宿に飛ぶくらいなら……」

「だって、シオン!」


 キリカが叫び、シオンが頷く。と同時に、シオンが両手をアナイア達から床に向け、バンと勢いよく叩いた。


 そこから、『凍結』が始まる。瞬く間に氷柱が立ちながら、アナイア達に迫る。それらも難なく防がれてはいたが、隙ができた。


「行きます!」


 その間隙を縫い、転げるようにシオンがこちらへ向かってくる。

 これがシオンか。俺は基本しか教えてなかったのに、ここまでやるのか。

 そんな風に、痛む頭で感心を覚える。


 それが、俺の隙だった。


「……逃がさん」


 それこそ、瞬く間だった。

 アナイアの後ろに隠れていたギリングの姿が、一瞬ぶれた。

 と、次の瞬間には、『凍結』でできた霧を裂いて、その黒い鎧姿は俺達の前に現われていた。


 走るシオンの、襟首を掴んで。


「うっ!?」

「シオン!?」


 キリカが声を上げる。同時に、空いた手でナイフをギリングに投げつけた。

 が、拳で難なく弾かれる。止まって見えるとでも言わんばかりの無造作振りだった。キリカが目を剥いていた。


「賢しい小娘だ……不相応な力に調子に乗ったか?」

「あぐ、う、セイタ、さん……キリカさん、逃げて……!」

「シオン……!」


 捕縛されるシオンが、俺達を案じてそんなことを言う。

 馬鹿な。そんなことできるわけがない。シオンを置いてなんて。


 キリカが唇を噛み、俺を見る。何だ、その目は。

 やめろ。言いたいことはわかる。けど、やめろ。そんなこと。

 ふざけるな。シオンを置いていけるわけがない。助けるんだ。


「セイタさん……!!」


 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。シオン、そんな顔をするな。

 動け。少しでいい。足、腕、頭。シオンを助けたら、どうなってもいい。

 だから、今だけ──


「う……オアァアァァァァッ!!!」


 叫びながら、魔力を身体の中で爆発させる。魔王の魔力を全身に解き放ち、それで毒の影響を押し流す。


「なっ……動くな! この娘が……」


 ギリングが声を上げたか。聞く気はないが。


 急速に軽くなった身体で、キリカを後方に押し退けた。気遣う余裕がない。何秒もつかもわからない。

 『超化』で床を蹴り、弾け飛ばしながら、同時に溢れる魔力を周囲に撒き散らし、無理矢理『転移』を発動する。


 ──普段の『転移』を無線伝達とするなら、これは有線伝達の『転移』だ。

 撒き散らされた俺の魔力のせいで、今この一瞬に限って、この半径数メートルの空間は巨大な『楔』のような状態になっていた。


 それを、使う。

 飛んだ先は、数メートル先──ギリングの後方だ。


「えっ──」


 アナイアの驚愕の声が聞こえた。ギリングの方は完全に俺を見失っていたか、その背には何も反応がない。

 そこに、『転移』を通してなお死なずに残る勢いのまま、蹴りをくれる。


「がおらぁッ!!」

「ぐぁっ!?」


 二秒前に俺がいた方向へ吹き飛ぶギリング。その手が、突然の衝撃に耐え切れなかったか、シオンを放した。


 ──逃すわけがない。床を蹴り、手を伸ばし、その小柄な体躯を抱き留める。


「ひっ!?」


 シオンの悲鳴を聞きながら、さらに『転移』。

 次の瞬間には、俺達は尻餅をついたキリカの後ろを転がっていた。


「く、お……貴様……!」

「ギリング! 何しているの、早く!」

「セイタ!?」

「セイタさん!?」


 キリカが俺を振り向き、シオンとアナイアが声を上げ、ギリングがわなわなと震えながら立ち上がる。

 俺は──キリカを引き寄せ、波のように再び打ち返してくる痺れと痛みを感じつつ、二つの魔法を発動させていた。


 一つは『転移』。当然ながら、宿の『楔』へと飛ぶためだ。

 そして、もう一つは──


「……挽肉になれ、クソ野郎ども……」


 左手の赤い魔力を、床に叩き付けながら、呟く。

 同時に、魔法式がそこから床、壁、天井へと浸食していく。無数の円形陣の連なりが、幾何学模様を作っていく。

 それを見て、アナイアが怪訝な表情を浮かべた。


「何を……!?」


 答える気はない。どうせ、すぐにわかる。


 使うのは『榴弾』──いや、『爆轟』の魔法式だ。

 元々、『榴弾』は固体に『爆轟』を添加することで完成する魔導具のような曖昧な魔法だった。

 それを、有り余る魔力で建物に使うとなると……


 ……効果を見届けられないのは、少し癪か。


「起爆……!」


 瞬間、周囲から轟音と衝撃が響き、連なり、俺達全員を包む。

 それらに押し潰される寸前に、『転移』を発動。光の中で、俺はシオンとキリカを無我夢中で抱き寄せながら、迫りくる毒の苦痛に叫んだ。


 そして、その中で……とうとう耐え切れず、意識を手放した。



 ◇



 ……暗い。

 暗闇の中で、何か、大きく不気味な音が響いている。

 不規則に、荒々しく……なのに、弱々しく。

 悲鳴を上げるように……亀裂が入るような音で。

 それが、俺の心臓の鼓動だと気付いたのは……目覚める直前だった。


「う……」


 自分の呻き声に違和感を覚えながら、俺は重い瞼を開けた。

 像も、色彩も、全てひっくるめて、視界が酷く歪んでいるように見えた。

 暗い部屋の中にいるはずなのに、そう感じない。かといって、よく見えるというわけでも全然ない。目が用をなさなくなっていた。


 そして、それは全身余すところなく同じだった。


「く……そ……」


 全身が、酷く痺れ、痛み、重い。

 指一本も満足に動かせない、苦痛の拘束具を纏わされているみたいだった。少しでも動けば、そこから全身に、張り詰めた糸を弾くように痺れが走る。


 あまりの苦しさに涙が出てくる。情けないとは思いつつも、耐えられなかった。

 くそ……まさか、毒なんかでこんな……


「……セイタさん?」


 暗い部屋の中に、シオンの声がぽつんと響いた、気がした。

 それすらも変な感じに聞こえる。聴覚までやられたか。どれだけ効果の幅が広い毒だったんだ、クソッタレ。


「シ、オン……いるのか……?」

「は……はい! キリカさんもいます、無事です!」

「そうか……」


 無事なのはいいが、少し声を抑えてくれると頭が痛くなくていいんだが。

 まあ、いいか。


「じゃあ、ここは……宿か」

「はい」


 そうか。よくよく考えたらベッドに寝ているし。身体は痛いが、毛布が温かいし柔らかいし。

 戻って来れたか……なら、ひとまず安心か……


 ……安心? 本当にそうか? 

 少なくとも、アナイア達の死体を確かめるまではそうはいかないんじゃないか? 奴らが完全に潰れたか、挽肉になっているのを確かめなきゃ……


 確かに、建物丸ごと使った渾身の『榴弾』だったが……それで殺せるような奴らじゃなかったような気がしてならない。

 サルベールはまあ、文句なしで死ぬだろうが。


 しかし……いや、無理だ。頭が痛くて考えられない。

 駄目だ。今は、部屋に張った『探知』と『結界』を強化するくらいしか……


 ……と、そんなことを考える俺の視界に、シオンとキリカが現われる。


「大丈夫……?」


 キリカが燭台を掲げ、それを脇のテーブルに置きながら尋ねる。俺は頷きつつ、溜め息を吐いて、震える声で言った。


「悪い……今度は俺がしくじった……」

「そんなこと……」

「格好つかねえな……」


 軽口を叩くと、キリカの目がぐっと細くなり、眉が吊り上がった。怒っている顔だ。目もおかしくなっている今だが、俺にはわかる。


 が、それ以上の追及はなく、キリカはすぐにしおらしげに顔を伏せる。助かったと喜ぶべきか、元気ないのを嘆くべきか。


「……あんた、どうしたのよ。少し目を放したら血だらけになってるし、すっかり弱ってて……」

「さあ……よくわからんが、毒を盛られたらしいな」

「毒……!?」


 二人がぎょっと青褪めながら、声を合わせた。

 これは、心臓を刺されたことまでは言わない方がいいか……


「ああ……今は、魔力で『活性』させて、無理矢理抵抗力つけてる……小康状態ってところだな……」

「な、それって、大丈夫なの?」

「まあ……死にゃしないだろうけど」


 強がりではない。解毒の魔法はある。その名もズバリ『解毒』だ。

 ただ、やはりこれは『凍結』だの『爆轟』だのといった魔法とはどうにも扱いが違って、難しいらしい。

 体内の毒素を操作するわけだからな。ぶっ放して終わりな魔法なんかとは違う。それだけ繊細で複雑な魔法なんだろう。


 そして、難しいのはそれだけが理由ではない。

 魔王(ヴォルゼア)の知識には、『解毒』に関するものがほとんどなかったのだ。ノウハウがないというか、経験がないというか、古いというか。


 恐らくは人間やめて毒なんかどうでもよくなってしまったからだろう。一応使えはしたらしいが、門外漢も同然だったようだ。


 そういうわけで、俺がパッと使うのも難しい。じっくり腰を落ち着けて、何日かかけて毒の成分を解読して……『解毒』はそれからか? 


「そういうわけで……しばらく迷惑かける」

「迷惑なことなんてありません!」

「そうよ。二度目だもん。今さらどうってことないわ」

「そうだったな……」


 そういえば、アロイスに来た時も似たようなことがあったか。本当に、二人には迷惑かけてばかりだ。

 今度は、動けるまでどれくらいかかるか……


 ……刺された場所も悪かったのかもな。何せ、普通は一発即死の心臓だ。

 どうやら『超化』で生命力も増していたから、一撃死は免れたらしいが……これが首だったらと思うと、もう笑うしかない。笑えないが。


 ただ、それでも心臓に毒を流されたのはまずかった。

 何せ、全身に血を流すポンプなわけだ。そんなところを刺されたせいで、一緒に毒まで回ってしまったのだろう。

 そのせいで俺の身体はこんな有り様だ。多分神経毒とかそんな感じだろうけど……本当、どうして生きているのか自分でも不思議なくらいだ。


「……うっ……」


 ……そうか。俺、死ぬとこだったのか。

 何か、何だろう。そう考えると、怖くなってきた。

 泣けてくる。二人の前で情けないとわかっているけど、涙が止まらない。


 思わず、顔を横に逸らそうとした。

 だが、そうやって震える俺の目の前に、シオンの顔がひょいと現われる。


「セイタさん……泣いているんですか?」

「え、いや、その……」


 ええ、まあ、はい。そうです。泣いてました。

 幻滅しましたか。失望しましたか。そうなんです。借り物の魔力で強気に振る舞ってるけど、一皮剥けば実態はこんなものなんです。


 死ぬのは怖いです。自分が可愛いです。こんな情けない自分でも可愛いんです。そういう臆病者が俺なんです。

 本当なら、シオンとキリカに指一本すら触れることだってできないような、無価値で駄目駄目な軟弱野郎なんです……


 心身が弱ってて、そんなことを思う。半ば本心で。

 駄目だ。気丈にならなければ。誰も慰めてくれないんだ。弱い奴は食われる。ここはそういう世界なんだって、わかってるじゃないか……


 ──でも、なのに。


「……大丈夫です」


 シオンが、そう言って俺の手を握る。

 痛みと痺れが走ったが、それ以上に温かくて、優しかった。

 さらには、その手から「何か」が伝わってくる。

 これは……


「……『治癒』、か?」

「はい」


 シオンは、教えたばかりの『治癒』を俺に使ってくれていた。

 元々、外傷を治すための魔法だ。毒には根本的な効力を持ってはいない……が、それでも苦痛は引くし、何より心が休まる。


 シオンが、酷く優しい。

 それのせいで、俺はさらに泣きそうになった。


「大丈夫です。私達がついています」

「そうよ。今度はあたし達が守ってあげる」

「でも俺、なんか、自分が情けなくて……」


 唇が震えてしまう。痛みとか苦しみとかどうでもいいほど、情けなかった。

 シオンの『治癒』で痛みが和らいでいるからこそ、一層そう思ってしまう。


 そんな俺の手を握って、黙って慰めてくれる二人。

 惨めだったが、そんな惨めさすら慰めてくれる気がして。


 ……そうして、気が付いたら俺は、再び眠りに落ちていた。

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