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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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六十話 反撃

 扉に『障撃』を張った、次の瞬間──何かが弾かれ、叩き付けられるような音が外から聞こえてきた。


「がぁっ!?」

「な、何だ!?」


 悲鳴。喚き声。それを聞きながら、扉を引いて開ける。

 そこにいたのは、床に転がる男一人と、その左右で混乱する男二人。

 あまりいい身分ではなさそうだ。擦り切れた服に、隠した口元。手には何やら錆び付いて尖った、お手頃サイズの凶器を持っている。


 覚悟していたから、大して驚きもしていなければ、怖れてもいなかった。

 むしろ、好都合だ。つい、笑いが零れてしまった。


「待ってたよ」


 二人が混乱した、コンマ数秒。その隙を突いて、俺は二人の襟元を掴んで引き寄せ、同時に床に転がった一人を踏み付けた。「ぐぇ」と足の下から悲鳴。


「ちょっと付き合ってもらおうか」


 言うと、答えを聞かず即座に『転移』を発動した。光が俺達四人を包む。

 行き先は町の外。誰もいない、夜の平原だ。

 そこで、たっぷり相手をしてやろう。



 ◇



 俺は冷静になった。

 冷静が最も残酷であると理解した。

 だから、今回の三人は全員生かしておく。少なくとも、今は。


 そうだ。全身を氷漬けにして、口だけしか動かなくするだけで済ませてやった。何と慈悲深いことだ。我ながら涙が出る。


 ──と、冗談はそこまでにしておいて。


「た、頼む! 助けてくれえぇぇ!」

「何でも喋るから! だからぁ!」


 喚く三人に向き直り、まず黙らせてから、尋問を始めることにした。


 まずは誰の差し金か? 三人は「知らない」と言った。

 嘘ではない。ただ、依頼主と会っていないわけではなかった。

 いい身なりだったみたいだが、今は薄汚れた小太りの男。そいつが、この三人に前金を渡し俺の部屋を襲うように指示したという。中の連中を、つまりは俺達を殺せばさらに払うと言って。


 この状況で、相手が誰かとわからない方がおかしい。

 奴隷商だ。三日経って、ようやく手を出してきたというわけだ。

 三人は、そいつの正体を知らなかった。それだけのことだ。


「何か、あ、焦ってるみたいだった……俺達が受けるのを渋ったら、すぐに前金の金額を上げて……」


 三人から聞いて、事実と判断。なるほど、向こうも焦ってる、か……


 ……ん? それなら、すぐ襲いに来るんじゃないか? 

 こいつらみたいなごろつきはすぐ見付かる場所だろうし、三日も待つ必要があったのだろうか。


 隙を窺っていた……というのもなさそうだ。ここ三日、それとなく気を張っていたが、怪しい気配を感じたのは本当に今回が初めてだし。


 まあ……それは後で考えるか。


「それで? そいつとはどこで話をした?」


 答えは案の定、貧民街の一角だった。ただし、どこにでもありそうな路地裏の宿場であり、手掛かりになるかは怪しい。

 ただ、野郎がそこにいるってことは確定だ。

 もし万一奴隷商でなくても、そこに俺を殺したい奴がいるのは間違いない。


 あっさり喋ってくれたので、尋問はあっという間に終わってしまった。正直、拍子抜けだ。


 さて、じゃあ始末するか、と『氷刀』を出した時だった。

 三人が悲鳴を上げ、泣き叫ぶのを見て、ふと俺の中に何かが湧いた。

 同情心ではない。アイデアだ。正直今まで考えつかなかったことが間抜けに思えるくらい、下らない考えだった。


「……なあ。もしかして、仕事が済んだ後に残りの金を受け取る場所だとかは、決まってるのか?」

「あ、え、え……?」


 ひたひたと『氷刀』の刃を頬に当てると、男が唇を震わせながら「ああ」と答えた。

 それを聞いて、自分でもわかる嫌らしい笑みが浮かんだ。


「……ちょっと、そこに案内してもらえるかなあ?」



 ◇



 合計で、ほんの十分ほどの出来事だった。

 宿に『転移』で戻ると、シオンとキリカは俺がいなくなった空間に身を寄せて、抱き合うような形になっていた。これはこれで眼福……


 と、ふざけている場合ではない。罪悪感に苛まれつつ、二人の肩を揺する。

 可哀想だが、起きてもらう。今は緊急事態だ。


「んや……何ですかぁ……?」

「どうしたのセイタ……?」


 ぼーっとした声で尋ねてくる二人に、静かに言う。


「襲撃があった。ちょっと今から少し気を引き締めてくれ」


 俺がそう言うと、二人は三秒ほどぼーっと黙ってから、唐突に目を見開いて慌てふためき始めた。


「な、え、ちょ、え?」

「は、わわ、え、ええっ?」

「落ち着いてくれ。とりあえず今は大丈夫だから」


 俺がそうなだめると、二人はようやく混乱を収め、それから一度深呼吸をした。まさに息がぴったりだった。性格は真逆なのに。


「ふう……それで?」

「私達はどうすれば?」


 息の合った質問に、思わず苦笑が漏れたのだった。



 ◇



「俺達を死んだことにして、襲ってきた奴らを泳がせる。依頼主のとこまでな。そこでやってきたのをスパッ、と首をいただく寸法よ」


 実に単純明快な釣りだ。釣り針が大き過ぎる。

 だが、今回ばかりは上手くいくと思った。


「それ、大丈夫なの?」

「野郎は焦ってるみたいだからな。とにかく吉報が聞きたいだろ」


 つまり、俺達の死亡確認をしたいはずだ。そのために出張ってくる可能性は十二分にあった。


「連中を使い捨てにするって可能性もないわけじゃないけど……まあ、やってみる価値はあるだろ」

「そう……それで、今すぐってわけ?」

「ああ」


 これが明日とか明後日とかになると、普通に怪しまれる。何せ寝込みを襲ってくるだけの簡単なお仕事なのだ。行かせるのは今しかない。

 済ませてやる。終わらせてやるのだ。今夜中に。


「そういうわけだ。眠いかもしれんが、ちょっとだけ耐えてくれ」


 ここで二人を置いていくのは、あまり精神衛生上よくない。

 一緒に来てもらう必要があった。そばにいれば、俺が守れるからだ。


 二人は否もなく、素直に頷いて着替え始めてくれた。

 本当に、俺にはもったいないイイ子達だった。



 ◇



 早速襲撃者三人を氷から出し、町に連れて戻り、解放という名目で案内をさせ始めることにした。

 当然ながら、逃げないように言ってある。逃げたら殺すと。三人は怯えて頷いていた。恐怖の感情に真偽の概念はない。


 ただ、それだけでは不安なので、それぞれに『榴弾』を渡すことにした。

 変な動きをしたり、逃げたり、『榴弾』を捨てようとすれば、即座に爆破して殺してやるとにっこり言ってやった。効果のほどは平原で実証して見せたので、三人も委細承知である。


 ただ、そんなものを懐に抱えさせられるのだから、正気でいられるわけがない。普通に超ビビッていた。そんな三人をなだめながら「何やってんだ俺」とか思った。


 まあそんなこともあったが、囮捜査はつつがなく開始された。


 三人は既に貧民街に入っている。俺達はその後方数十メートルから『探知』と『隠蔽』を使い、尾行していた。


「大丈夫?」


 キリカが、金貨の入った袋の中を確かめながら聞いてくる。あの三人が受け取ったという前金だ。慰謝料代わりにいただいておくことにして、今はキリカに数えてもらっている。


「変な動きはないな。命令を聞く気はあるみたいだ」

「脅しが効いてるみたいね」

「まあな」


 逃げられて爆殺する羽目になったら、あっちは普通に死ぬし俺は手掛かりを失う。どっちも損をするだけだ。

 なのでちゃんと従ってほしい、そうすればウィンウィンだ。そう説明した。無論欺瞞この上ないが、こういう時は力がある奴が正しい。


 なので、俺が正しい。


「なんかちょっと気の毒ね」

「おい、こっちは被害者なんだぞ」

「そうだけどさ……」


 何故か、キリカの俺を見る目が「やれやれ」といった様子。何だよ。

 シオンに助けを求めるように目を向けたが、苦笑いを向けられた。だから何だよ。俺は悪くないぞ。喧嘩売られただけだ。


 釈然としない。だが、やることは変わらない。


 というわけで、このまま行く。

 十分ほど、ぐねぐねと路地を回った。暗がりに視線を巡らす。もし万一誰かが潜んでたら……と思ったが、そんなことはないようだ。


 そうして、変哲もない建物に三人が入っていくのを確認した。



 ◇



 二人には外の暗がりに隠れてもらい、俺は建物の周りをぐるりと回った。

 大して大きくはない。人の気配もない。どこにでもある、ボロボロの、老朽化して打ち捨てられた建物の一つだ。


 中を『探知』で探る。人の気配が、今入っていった三つと、元からいた一つ。

 確かに、言っていたことは正しかった。

 ならばよし。ここで『榴弾』を起爆するか。


 いや、さすがにそれはどうだ。あの野郎が奴隷商という確証がない。

 万一違ったらと思うと、怖い。確かめる必要がある。

 問答無用は確かめてからだ。


 壁の一部を『結界』で覆い、遮音する。そこに『練成』を使い、石の、木の組成を崩していく。

 すぐには壊れないように。ただしすぐに壊せるように。


 そうして、壁を蹴破った。


「なっ──」


 悲鳴。混乱。中にいた四人が一斉に俺の方を向いた。

 違うか。崩れた壁の土埃を、だ。

 奴らには俺が見えていない。俺は埃に隠れて見えない。そのはずだ。


 元いた一つ、俺が脅した三人とは別の反応目掛け、俺は跳んだ。


「ぶがっ!?」


 掴み、転がりながら、そいつを壁に投げ付ける。潰れた悲鳴が上がる。


「な、何だぁ!?」


 後ろから男達の怯えた声。そちらを首だけで振り返り、『念動』で持たせていた『榴弾』を引き寄せる。


「こいつか?」

「え……あ……」

「こいつかって聞いてるんだ。俺達を襲うのをお前らに依頼したのは」


 三人が赤べこのように首を縦に振った。当たりらしい。

 俺も頷き返し、再度小太りの男を見下ろす。年齢、体型、髪の薄さ……確かに、聞いた通りの外見に見える。


 こうも簡単にいくとはな。拍子抜けだ。

 もし仮にこいつが奴隷商──いや、元奴隷商でなくても、俺を襲うよう頼んだことには変わりない。お仕置きは確定だ。


 さて、じゃああの三人はどうするかだが……


「……行け。二度と俺達の前に顔を出すな」

「は、はいぃ!」


 奴らは仕事はこなした。だから、命だけは助けておく。

 一目散に逃げ出す三人の背に、溜め息を投げる。


 殺してもよかったが、奴らから漂う雰囲気は敗北感一色だった。万が一にもまた俺達を狙うなんてことはないだろう。


 それに何より、俺はこれから忙しいのだ。

 奴らにこれ以上煩わされたくはない。断じて、甘いわけではない。


「さて……」


 呟きながら、呻く小デブの前に立つ。

 ひいひいと息を吐き、ふらふらと立ち上がろうとするそいつの脇腹を蹴って転がす。


「あがぁっ!?」

「逃げんじゃねえよ」


 襟首を掴み、引き起こす。そうして柱にどんと押し付けた。小デブの腕が力なく垂れ下がる。


「きさ、貴様ぁ……何をするぅ……」

「それはこっちの台詞だ」


 男の首を押さえつつ、空いた右手の袖から出るように『氷刀』を形成する。

 それを男の目の前に突き付け、そいつの息が詰まるのを聞きながら、言った。


「先に仕掛けてきたのはお前だろう? それも二回も。いい加減、我慢の限界なんだよなぁ」

「な……じゃあ、貴様は、あの……!?」

「『あの』っていうのがどのなのかは知らねえけど、お前が殺したい奴だろうよ」


 そして、こっちも殺したい。

 殺してやりたいが、殺すより酷い目に遭わせられるからそうする。


「自分の首に賞金がかかってんのは知ってんだろ、ルーベン支店長さんよ。今からあんたをバラバラにして売っ払いに行ってやる」

「な……や、やめろ!」

「やめねえよ」


 これでレギス商会ルーベン支店は完全にお終いだ。めでたいな。

 恨みがある。因縁もだ。全部こいつが原因だ。ここで終わらせてやる。


 まずは、軽く指からでもいってやるか。そう思って、『氷刀』を構え──


「──ちょっと、待ってほしいわね」


 そこで、聞き慣れない声が飛んだ。

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