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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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五十八話 疑惑

 今後のことを考えよう。

 まず、奴隷商を捕まえて殺す。いや、四肢を千切ってレギス商会に売り払う。これは確定だ。第一目標だ。最優先事項だ。


 そのために何をすべきか。

 無論、情報を集めなければならない。


 ただ、そのためにキリカを一人で走らせるのはもうできない。同じ轍を踏むわけにはいかない。

 今後、キリカを一人で行動させるのは控えるべきだ。少なくとも、奴隷商の影響力がちらついているうちは無理だ。何より俺が心配だ。


「これからは三人で行動しよう」


 朝、三人揃って湯を引っ被って、着替えて、とりあえずそうシオンとキリカにそう言った。二人とも是非もないようだった。特にシオンが。


「大丈夫だよ。あたし、今度はしくじらないから……」

「駄目です。少なくとも私かセイタさん、どちらかと一緒にいるようにしましょう」


 シオンは無理するキリカにそうまで言う始末だった。

 今までは俺とシオン、そしてキリカという風に別れていたが、もうキリカが俺達に気を使う必要はないのだ。なら、万一の時連絡がつかないキリカは俺かシオンと一緒にいた方がいい。当然の帰結だった。


 ただその場合においても、たとえばもしシオンが一人でいる時、後ろから襲われて意識を失ったりした場合は俺に『思念話』を送れない。やっぱり今後は常に三人一緒というのが穏当のように思えた。


「キリカが『思念話』を使えたらもっと安全なんだけどな」

「勘弁して。あたし魔法なんか習ったこともないのよ」


 盗賊一筋だったからな。まあ、これは仕方がない。

 しかし、何とかして使えないものだろうか? 魔法式も魔力も制御も外部に委託して、自分は魔法を使用するだけ。そういう風にはできないものか。


 たとえば……そう、携帯電話みたいな魔導具。俺直通だけに限定すれば、できなくもなさそうなんだが。


「遠隔地と通信するための魔導具って、あるよな」

「あるっていうのは聞いたことあるけど……結構大掛かりなものらしいわよ? それに結構な人数が魔力を注がないといけないって」


 キリカが言ったのは、魔王との戦争で同盟軍が使った通信器具のことだろう。前線と後方の連絡を繋ぐ魔導具で、魔軍も似たようなものを作っていたし、鹵獲したりもしていたらしい。


 これは主に砦、そして大きな駐屯地に置かれる、巨大な魔法式と魔導具の複合設備だ。固定されていて動かせず、起動には複数人の魔導師の魔力と制御を要する。

 通信範囲は百数十キロといったところか。使い勝手はさほどいいとは言えないが、早馬を出すよりよっぽど早く情報伝達できる。そのため戦争には特に不可欠なものだ。


 要するに、固定式かつ燃費が悪く、あまり遠くまで繋がらないが電線を必要としない電話ボックスみたいなものだろうか。軍単位で運用するなら、まあ問題はないだろう。


 これを個人レベルの性能にまで落とし込めれば、かなり有用だと思うのだが。


「ちょっと、そういうのも考えてみるか。魔導具屋みたいなものって、この町にはあるのかな?」

「多分、どこの町にも一つくらいあるわよ。商会で聞けば息のかかった所を斡旋してくれるんじゃない? それか、裏ギルド街でそういうのを探すとか」

「そうだな……とりあえず、前者で考えてみるか」


 裏街か。あまり今は行きたくないな。キリカは気にしてなさそうだけど、俺はまだちょっと気分が悪くなるし。

 まあ、すぐ行くことになるんだろうけど。それでも、できるだけの準備はしておきたいからな。


「でも、今日のところは休憩にしよう。というかまずキリカの服だよ」

「えっ、あたしは別にこれでも……」

「駄目です。服は女の武器って言ったの、キリカさんじゃないですか」


 サブリナでのやり取りの全く逆になっていた。それが微笑ましくて、ちょっと苦笑。

 何と言うか、シオンに余裕が出てきたというか、キリカを気遣うためにちょっと大人びた感じがするな。それも可愛いし、キリカのちょっと引け腰なところも悪くない。


 ……今度はちゃんと守ってやらないと。それも、二人とも、だ。


「ひとまず、朝飯だ。外に食べに行くぞ」


 折角いい天気なんだからな。

 何より、部屋にはまだちょっと情事の臭いが残っていた。



 ◇



 談笑しつつ、軽く朝食を取った。キリカがトーンダウンしている分、シオンがテンションを上げているように俺は思えた。

 途中から昨日のアレやソレの話になったので、俺は死んだような目になりながらサラダを貪っていた。とりあえず記憶に残っていることといえば、シオンの方が一応数回経験が多いので話をリードしていたことと、キリカがまだ少し痛いとか、何か入ってる感じが残っているとか言っていたことか。


 ……一応、『治癒』はかけたんだがな。


「女の子がそういう話しないの! まだ朝っぱらでしょうが!」


 俺がそう言うと、二人は不満げに「じゃあ夜ならいいのか」と聞いてきた。

 いや、駄目です。いくら小声でも、駄目なものは駄目です。

 そうやって打ち切って、さっさと古着屋に向かうことにした。


 古着屋では、キリカはできるだけ前のと似たものを選んでいた。少々お高くついてしまったが、今の俺はそれなりにリッチ。そして宵越しの金は女の子に注ぎ込むことにしているので何の問題もなかった。


 ついでに、二人とも下着を新調していた。当然どんなのか俺は見ていない。見ていないのだが、二人とも「今夜見せてあげる」と嬉しそうに言っていた。いや、そんな、別に俺は期待なんかしていないんだからねっ。


 でも、見せてくれるというのなら汚いもの怖いもの以外は大体見させてもらいます。はい、本当は期待していました。白状します。


 そんなこんなで服の新調もすぐに済んだ。昼前のことだった。


「情報収集行く?」

「いや、今日は休みっつったろ。行くにしても貧民街は行かせないからな」

「でも、あたしは行きたい所ないし……」


 宿に戻る? と聞かれたがノーと言っておいた。部屋でだらだらしていると必然そういう空気になって爛れた生活、いや性活になりそうなので、勘弁願いたい。少なくとも夜まで待とう。


「ウルルの様子を見に行って……あとは、適当にぶらぶらするか。散策できるうちにしておこう。何か面白い話があるかもしれないし」


 そういうわけで、まず手土産の肉を買って商会に行くことにした。

 相変わらず庭でのんびりしていたウルルだが、キリカの元気な様子を見ると多少思うところがあったのか、顔を寄せて鼻を鳴らしていた。キリカも少々驚いていたが、満更でもない様子で撫で返している。


 それを微笑ましく眺めつつ、ローランを見付けて魔導具屋のことについてそれとなく尋ねてみた。


「はい、確かに我が商会にも、付き合いのある魔導具屋は何店舗かあります」

「できるだけ信用できて、いいものを扱ってるとこを紹介してくれませんか? ちょっと入り用なものがありまして」

「なるほど。それでしたら……」


 と、紹介してもらったのは、俺達の宿の東の魔導具屋だった。

 簡単な地図をもらって位置を確かめる。もうほぼ町の外周部といった場所だった。やはり一般人が利用するような場所じゃないからだろうか。


 ただ、そう遠くはない。近いうち行ってみてもよさそうだ。

 ローランに礼を言い、ウルルに挨拶してから、俺達は商会を後にした。



 ◇



 昼食を取り、しばらく川沿いで休憩することにした。気温は高くないが、日差しが通っていてそれほど寒くは感じなかった。


「なんか眠くなってきちゃうな」

「膝お貸ししましょうか?」


 冗談めかしてシオンがそんなことを言うので、ちょっと魅力的に感じつつも断っておいた。

 すると何やら口惜しそうな顔をしていたが……まさか本気だったのか? しかし人目がある所でそういうのは……ねえ? 


「で、これからどうする?」


 ちょっとジトッとした目で、キリカが言ってくる。

 さて、どうするか。やるべきことは決まっているが、今日はキリカのために休憩して、準備に努めようと思っていたのだ。

 準備って何の準備だってなるんだが……まあ、色々だな。


 ……いや、一つ確かめたいことがあったな。行ってみるか……? 


「キリカ」

「何?」

「ちょっと、カズールの所に行きたい。案内……大丈夫か?」


 一瞬、キリカの表情が強張った……ように見えた。

 気のせいではないだろう。あまりいい気分じゃないはずだ。昨日の今日であの地区は……な。


 だが、早いうちに確かめたいことがある。休憩とは言ったものの、これくらいの準備はしなければならない。

 もっと荒っぽいことになる。その前に、できるだけのことはしたい。


「……わかったわ。行きましょう」

「ああ、ありがとう」

「それで……その」

「ん?」

「……守ってね?」


 キリカが小声で言う。

 俺はその肩を叩き、「当然」と答えた。


 そうだ。今度こそ、な。



 ◇



 貧民街を抜けて、地下街へ。

 そして、その一角の倉庫、カズールの根城へ。

 一時間もかからない行程だったが、その間俺の神経はぴりぴりと尖り続けていた。


 それは、この場所だからという理由だけでもないだろう。

 これから会う相手──カズールも原因の一つだ。


「ん? 何だ、お前らか……」


 禿頭の強面が、木箱の山の向こうからこちらを振り返る。一目見て腰の抜けそうな雰囲気だ。

 だが、今日の俺は前とはちと違う。

 開き直った足取りでカズールへと進み、憮然とした表情を作って尋ねる。


「聞きたいことがある」

「何だ? 金の件はもう済んだだろ。それとも例の奴隷商のことか?」

「まあ、そうだ」


 キリカはあれからちょくちょく、カズールの元でその件の情報を集めていた。この男はこの辺りでそれなりに顔が利くらしいから、キリカの判断も順当なことだったろう。


 そう。その結果、キリカは昨日あんな目に遭った。

 すぐさまイコールで繋げられる事柄ではないとはわかっているが、何か繋がりがあるかもしれない、とも思っていた。


「昨日、キリカが奴らに襲われた」

「何?」

「ちょっ……!」


 眉をぴくりと動かすカズールに、驚きの声を上げるキリカ。

 二人を制止し、俺は続けた。


「率直に聞くけど、あんた、キリカを売ってないか?」

「なっ……ちょっと、セイタ!」

「キリカさん!」


 キリカが俺に突っかかって来るのを、今度はシオンが引き留めた。それを横目で見て、再びカズールを見る。


「……俺を、疑ってるのか?」

「多少は。俺の勘違いなら、それでいい。謝るよ」

「じゃ、なかったら?」

「あんたに何をするかわからない」


 本気で、俺は言った。カズールの目が細まる。鋭い目だが、今日の俺はそれで怯みはしなかった。

 頭は冷えていた。俺は冷静だ。

 冷静だけど、酷いことをする心の準備もできていた。

 何か疑わしいことがあった場合は、カズールに全部話してもらう。

 その後は……今は、わからない。とにかく今は、イエスか、ノーかだ。


「どうだ。誰かに、キリカが奴隷商の野郎を探しているって漏らしてないか?」


 俺が問うと、カズールは鼻を鳴らし、眉間に皺を寄せて答えた。


「……一応、キリカは情報を買いに来た客だ。俺は客を売るような真似はしねえ」

「本当に?」

「くどいな。いくら俺がそいつのことを気に入らねえっつっても、仕事は仕事だ。頼まれたからにはこなすし、名前も割らねえ」


 半分、嘘だ。

 どこがというと、カズールがキリカを気に入らない、という部分である。


 俺にはわかる。漂わせた魔力に零れてくる感情が読める。

 カズールは内心、キリカのことを気にかけている。いくら言葉で否定しようと、年頃の娘だと、そして旧知の娘だと心配している。

 むしろ、問い詰める俺の方をこそ警戒しているくらいだ。キリカに何か害をなす人間じゃないか、キリカは騙されてるんじゃないか、と。


 ……言っていることは本当だろう。

 カズールは、キリカを売っていない。


「……わかった。疑って悪かった。謝る」

「な、随分あっさり引くもんだな」

「そいつ、嘘を見分けるのが得意なのよ」


 キリカが補足する。カズールにじとっと見られたので、肩を竦めた。


「それはそれとして……何か新しい情報はないのか? こうなった以上、さっさと奴らの首を押さえたい」

「そうは言ってもな……こっちもキリカに頼まれて色々探っちゃいるが、奴さん上手く雲隠れしちまってる。何せ顔も割れてないくらいだ」


 件の奴隷商、一応特徴は出回ってはいる。四十代で小太り、前髪の後退が始まっていて茶髪、背丈は俺とほぼ同等の百七十センチ程度というものだ。

 だが、そんな人間普通に山ほどいる。特徴というほどの特徴でもない。


「だったら、野郎の周りの人間とかは? 魔導師が一人護衛についてるって話だけど、そいつの人相とかは出回っては?」

「どうだかな……」


 あまりいい答えがもらえない。焦れて爪を噛みたくなる。

 と、その時、「そういえば」とカズールが俺に顔を上げる。


「ただ、それと関係しているかは知らないが、怪しい魔導師ってんなら、最近ここらで見かける奴がいないでもない」

「そいつが?」

「だからわからねえって言っただろ。ただな、余所者なのは確かだ。ここいらに身を置いてるにしちゃあちっとばかしおべべが上等だし、雰囲気も違う。うちにも来たぜ」

「何?」


 木箱に手をつき、カズールへ身を乗り出す。自分でも驚くぐらいの食い付きぶりだった。

 そいつが探してる奴隷商の護衛かはわからない。ただ、それでも、少しでも怪しければ探ってみる価値はある。


「どんな奴だった? 男か、女か?」

「あー……女だ。声と口調は、な。後は顔を隠していたから、よくわからん」

「そいつは何しにここへ?」

「多分、冷やかしに来たつもりだったんだろうよ。ただ、途中で目の色変えてな。どこに卸すか迷って棚に置いておいた品を、金貨十枚出して買っていきやがった」

「買い物か……」


 それだけでは手掛かりにはならなそうだな、と思い、首を捻って考える。

 そんな俺に、カズールが続けた。


「ああ、そうだ。そいつの買ってったガラクタ、お前がうちに持ってきた品だぞ」

「え」

「あれだよ。小箱の中に水晶が入ってるようなヤツ。何に使うのかわからねえガラクタだと思って、俺が買い叩いたあれだ」


 言われて、思い出す。

 そうだ。確か『針儀』とか言ったか。シオンを追っかけてた奴らの持っていた、シオンを探すための魔導具。何故か用をなさなくなったから、荷物の奥の方に転がしていたあれだ。


 そうか、気付かぬ間にカズールに売り払ってたか……使い道がないんだから、別にいいけど。

 けど、そんなものに金貨十枚も払って買った奴がいるとなると……気になるな。


 物珍しいから買った、というには払った額が多過ぎる。

 となると、その魔導具の使い道を知ってのことか? 

 しかし、ならば何に使う気だ? 


 ……気持ちが悪いな。売らなければよかったかもしれない。

 売ってしまったものは仕方がないが。


「何かの手掛かりになるかもしれない。けどまあ、それは後回しだ」


 カズールに、今後も何かあったらと頼んで金貨を渡した。

 今はこれでいい。これしかできない。やることがない。


 宿に戻ろう。それから、また考えよう。

 探すのが無理というなら……俺達でできることを考えよう。


 ……そうだ。今の二人にもできることがある。

 待ちぼうけは癪だ。精々準備させてもらおう。


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