五話 歓迎
ルウィンは感情の起伏に乏しい種族だ。
というのは偏見であった。
少なくとも、子供に関してはヒトと大して変わりがない。俺が連れてきたウルルに最初こそ怯えていたものの、今となっては元気にじゃれ合っている。六人がかりでだ。
ウルルもそれを嫌がっていない。楽しそうで何よりだ。
大人達の方がむしろそれを心配げに眺めていたが、止めようとはしない。本当に危険だとは思っていないからだろうか。まあ、監視していた方が安心できるというなら、好きなだけしてくれて構わない。ウルルは気にしないだろうし。
そして俺はというと、集落の中央の広場の隅で、そんなウルルを眺めながらぼーっとしていた。時たま子供達が話しかけてくるので、ほどほどに応対してウルルに任せる。
それだけのことなのだが、何故か随分と気が休まる気がした。やはり周りに人がいるというのは悪くない。
そうしていると、いつの間にかセーレが近くに歩いて来ていた。着替えたのだろう、胸元はきっちり隠されていた。とはいえ袖のない服であるため、肌色が見える部分は大して減っていないのだが。
「さっきぶり」
「ああ」
俺が適当に返事すると、セーレは腕を組んで俺の隣に立った。
「なんだ?」
「長が、私があなたを案内するようにって」
「監視か」
「まあね。他の誰かがするよりは、顔を合わせた私の方がいいって」
もっともだな。監視ということを否定されなかったが、余所者を警戒するのは至極当然の反応なので、否はない。面と向かって「出ていけ!」って言われたりあからさまに嫌な目で見られなければ俺としてもどうでもいい。
そんな警戒の態度も、セーレが俺と話しているのを見ていればそのうち薄れていくことだろう。ルウィンと仲良くなってどうするんだという気もするが、別に喧嘩をする気もない。
そう思っていると、セーレが俺の方をちらと向いて口を開いた。
「さっきはありがとう」
「それはもういいって」
「長にもう一度ちゃんとお礼を言いなさいって言われたの」
「そうか。まあ、無事でよかったな」
「うん。ありがとう」
礼を言われることに慣れていない俺はどうにもむず痒く思いながら、鼻を擦ってことさらウルルに意識を向けることにした。ウルルはその大きな背に子供を二人乗せ、広場をぐるりと練り歩いていた。子供達は満足そうに笑っている。
「セイタは、どこから来たの?」
「え?」
「その変な服装、見たことない。北ではヒトはみんなそういう格好なの?」
返答に困る。どうしようか。本当のことを言ってしまえば楽なのだが、話題が一回りしてあらぬ方向に飛んだ結果、俺が魔王だということにも繋がってしまいそうだ。
「んー、いや、俺の住んでるとこではまあ、一般的だけどな。他ではそうでもないだろ」
「そう。セイタの住んでたところってどんなところ?」
答え辛いことを聞くなあ。本当困る。でも答えないわけにもいかないし。
「遠く……かな。四季がはっきりしてる島国で……戦争もない。まあ、おおよそ平和なところだよ」
「平和? 魔王に攻められたりしてないの?」
「ま、まあ、ちょっかいくらいは……」
某国やら某国やら某国を魔王に見立てて、曖昧に答える。セーレも「ふーん」と曖昧な返答。
「そんなところもあるのね、外の世界には」
「ああ。そういえば、セーレ達ってこの森の外についてのことって?」
「あまりわからない。外に出ることがないから。たまに流れ者のルウィンから話を聞いたりはするけど、それくらい」
セーレ曰く、ルウィンは基本的に生まれた地に定住する種族だが、そうでない者も多くはないがいるのだそうだ。彼らは各地を旅し、違うルウィンの集落を転々としたり、ヒトとともに戦ったりもするという。
しかしそうした者達はルウィンとしての精神性を損なっているとされ、定住する側からするとあまりよく見られない。田舎者の村八分と言ってしまうと悪意アリアリだが、まあ大体そんなものだろう。ただ、そんな言い分もわからなくはないけど。
その話のついでに、セーレが話してくれたことがある。
セーレには姉がいたらしい。今生きていれば齢六十──いい歳に思えるが、ルウィン的には妙齢という感じだ──になるらしいが、彼女もまた里を出るルウィンの一人であったらしい。
別れたのは、およそ十年前。理由はよくわからない。ただ、追い出されたわけではないのは確かだと。
セーレは仲が良かった姉との別れを大層悲しんだが、セーレにそう思わせるとわかっていても出ていくと決めたのだと、姉のことを諦めた。いまだに一度も彼女は帰ってきていないらしい。
……随分重い話だと思って、気まずく感じた。なので話題を変えることにする。
「ね、姉ちゃんが六十歳か。じゃあ、セーレは今……?」
「私はまだ二十歳。ほんの子供よ。悔しいけど、マリウルの言う通り」
二十歳か。人の感覚ではもう充分大人だと思うけど、彼女らとしては違うのだろう。
セーレは見た目十四歳という感じだ。身体が成長し切るまでのルウィンの成長の早さはヒト族と大して変わらないので、セーレはやや発育が遅めというくらいか。まあそれでも誤差の範囲だ。あと十年もしたらどれだけ美人になるのだろう……
と、考えが下世話な方向に流れそうになったので頭を振る。そうしている間に、今度はセーレから問われた。
「セイタは何歳?」
「え、俺か? 俺は……」
……何歳だっただろうか。
クソ、魔王にスッパ抜かれた記憶が端々に残ってたり戻ってきたりしているものの、まだ自分についてよく思い出せん。不便なもんだ。
ただ、おおよそ二十歳前後ってのはなんとなく覚えてる。いやもう二十歳でいいだろう、面倒だ。
「セーレと同じだよ。二十歳」
「へえ、偶然ね」
なんか運命的、とかそんなことは別に思っていないような気のない答え。うん、わかってるよ。いいんだよ、それで。
「まあ、同い年ってことで精々仲良くしてやってくれや」
「なんで他人事なの?」
「さあ、なんでだろうな」
なんかこっ恥ずかしかったので適当に答え、俺は頭上に広がる葉の海を見上げた。
◇
夕方になると、子供達が名残惜しそうにウルルと別れていた。
ついでに俺にも挨拶していた。よくできた子供達だ。親の教育がいいのかな。ルウィンにはクソガキはいないんだろう、多分。
俺はひたすら座ってぼーっとウルル達が遊んでいるのを見ていただけだが、別に飽きはしなかった。なんというか、周りに人がいて安心、というだけでもうかなり心が満たされていたのだ。自分でもわからないうちにストレス溜め込んでいたのかな。
セーレは俺が望めば集落の案内をしたらしいのだが、今日一日は適当に話していてるだけで陽が沈んでしまった。まあ、色々聞けて俺は満足だった。
森の奥深くなので、葉の間から日光が届かなくなると、集落はたちまち暗くなる。暗くなると各々の家で見張りや狩りに出た家族が戻っているか確認して、家を閉めてしまう。結界があるので夜番は必要ない、というか、夜になると結界を強めるのだそうだ。そんなわけで夜外を出歩く者は基本いない。
基本、というのは例外もあるということで、その例外っていうのがまあ、その、なんというか、男女のアレというか、そんな感じだ。言わせんな恥ずかしい。
と言ってもこの辺はヒトと大して変わらないな。ただ夜這いだの逢引きだのっつー情欲ドロドロ行事もルウィンみたいな美形種族がやると思うと、耽美的で神秘的とか思えちゃう不思議。顔がいいっていうのは得だよなあ……
それはともかく。
俺は長であるレリクの家に泊まることになった。広いだけあって部屋が余っているらしい。ありがたく泊まらせてもらうというか、拒否権はほぼなかったがな。ついでにウルルも一緒の部屋だ。ルウィンの生活様式のことはよくわからないが、ベッドがあったり割と普通の部屋のように感じた。
ついでに光源がないのにやっぱり何故かぼんやり明るい。これはこの家全体、というかルウィンの家に共通する特徴らしく、魔法を使っているとのことだ。面白い、後でじっくり観察させてもらおう。
夕食の席で、俺はレリクの家族と顔を合わせることになった。合計四人という割と控えめな家族構成だが、長寿故出生率がさほど高くないのが彼らルウィンの特徴だ。珍しくはなかろう。
まず家長がレリク・アミシス。齢五百三十七を数えるこのフォーレスの長だ。ていうか五百っておい、見立てよりもかなり年上じゃねえか。今さらだけど敬語にした方がいいかな……というかこの世界の言語に敬語ってあるのか?
次に、レリクの妻ニルナ。ルウィンだから当然と言うとアレなんだが、やっぱり凄まじい美人で、なんというかそれに加えてオーラが違う。しかも細身なルウィンにしては珍しく、中々に主張の強い身体つきだ。一目見て挨拶して「ああこれ理性がヤバいヤバい」と思ったのでできるだけ意識の外に追いやることにした。眼福なのだが、目の毒だ。もう自分でもわけわかんねえよ。ついでに年齢を尋ねるのは失礼だし怖いのでやめといた。
気を取り直し、息子が二人だ。もう成人してしばらく経ったシェイルと、まだ子供っぽさの残るロキノ。ロキノの外見年齢は十三歳といったところなので、実は大分歳が離れている兄弟なのだろう。しかし見た目以外はよく似た兄弟だった。目付き以外は。
……何故なのだろう。シェイルは爽やかイケメンの教科書のような男で、余所者な俺に対しても穏やかな目を向けてきてくれるのだが、その弟のロキノはどうしてか対照的にやや睨むように俺を見てくる。
昼間のルウィン達が俺に向けてきた視線の比ではない。抑えてはいるものの、確かに俺に対して敵意的な何かを向けている目だ、あれは。俺が何かしたか?そんなわけないだろう、俺がここにやって来たのは今日なのだから。
なんか気になって気になって、夕食の味もよくわからなかった。いや、嘘です。見るからに緑臭そうな野草と野菜のスープは不思議な甘さがあって美味かったし、シカ肉の味付けなんて俺がこのひと月食っていたアレが残飯に思えるくらいでした。はい。
男は胃袋で釣れというが、こんなもの食わされたら俺ももうニルナさんにゾッコンかましてしまいそうだよ。いやさすがに人妻はヤバいですって、俺。猛省して心頭滅却してウルルのモフモフで気を紛らわそう。そうしよう。そうした。大分落ち着いた。
ついでにウルルも御相伴に預かりまして、すっかりニルナさんに懐いてしまった。お前もかよ。なんかもう、揃って駄目だなあ俺ら……
夕飯が終わって歓談したり誤魔化したりした後、寝室に戻り身体を拭かせてもらった。出してもらったのは魔法で温めたお湯だった。自分でも川の水を温めて身体を洗うのに使っていたので、真新しさはないが、もてなされているという感じがしてそれが嬉しかったり気まずかったり。
その後、シェイルが俺の部屋を訪ねてきた。神経質な俺は身構えたが、取り留めもない話をしに来ただけなのですぐ打ち解けた。
このシェイルという男、実はルウィンらしからぬ軽快で軽妙な性格をしており、話術も優れたものがある。俺の世界だったら、そのイケメンなルックスと併せて異性を一本釣りしまくったり歌舞伎町でナンバーワンホストになったりして俺に特に意味のない殺意を向けられていただろうが、彼自身は実に気持ちのいい男である。腹を割って男の話ができるというのはいいものだ。そう実感した。
前述した夜這いとかなんとかっていうやや下世話な話だが、それを話してくれたのもシェイルだったりする。やっぱり下ネタを話し合えるっていうのは気が楽だな。ただ長の、しかもいい歳した息子がそれでいいのかって気もするが。まあ本人の問題か。
そんな感じで、今日は濃い一日だった。そのせいか、ベッドに横になると疲れがどっと溢れて押し寄せ、俺はすぐ眠ってしまった。
夢一つ見ない、深い眠りだった。
◇
新しい朝が来た。希望に満ちているかはわからないが、いい朝だ。
「ウォウン」
ウルルもおはよーさん。
昨日子供と遊びまくっていたから疲れていると思ったのだが、俺よりずっと早く起きていたらしい。さすがに、野生の獣と人間じゃ体力は比べられんか。
俺は魔王だが、基本的な性能は人間に準じている。魔法で無茶ができるというだけのことだ。眠けりゃ寝ちまうし、腹が減ったら死んじまう。実に弱っちい魔王なのだ。今まで知らんぷりで先延ばしにしてきたけど、生活基盤を安定させなきゃな……
これが魔王の言うことか!
まあ、だったら魔王って何だよって話になるし、俺はセカイノハメツーとかニンゲンドモヲシハイーとか言う気もないけど。
まあそれは追々考えよう。
とりあえずレリクに挨拶だ。
◇
朝食は木の実の入ったパンをいただいた。なんというか新鮮で当然美味かった。ルウィンっていいもん食ってんだなあ。このフォーレスが豊かだからなのかもしれないけど。
外に出て立体的な集落を眺めていると、男達が合成弓を担いで集落から出ていくところだった。狩りや見張り、あとは他の集落へ所用で向かう者の護衛とかそんな感じだろうか。
女性は畑で作業をしている。こんな森の中に畑? と思ったが、作物の性質が特別なのだろうか。問題なく育っているらしい。
というか、何か青い光が見える。魔法使ってるな。あれで育つのだろうか。うーん、異世界というのはよくわからん。
「おはよう」
俺が畑の作業を遠くから眺めていると、どこから来たのかセーレが背後に立っていた。やめてくれ、心臓に悪い。
「おはよーさん」
「眠れた?」
「ああ。久し振りにベッドで寝た」
「そう。よかったわね」
これまではウルルを枕にしてきた程度だからな。もう天国や。正直金輪際野宿なんかしたくありませんわって。
「それで、今日はどうする?」
「え? どうするって……出てくよ」
「え? もう?」
「ん? おかしいか?」
だってレリクが一日って言ってたよな。あれ? 「今日のところは」だっけ?
「しばらくいるのかと思ってた」
「いやそんな、そこまで厚かましくないぞ俺は。いくらヒトでもな」
「わかってるわよ、それくらい」
セーレがツンツンした目で見上げてくる。日本人としては平均的な身長と思われる俺に対し彼女は頭一つ分弱小さいのだから、この角度は当然の帰結である。そして破壊力も高い。強いて言うともう少し角度が急なら悶絶死していたのだが、これは別に俺の小児性愛を明らかにする目的で主張したわけではない。
そういうのとは無関係にしてもなお「可愛い」という価値観は成り立つのである。その価値の最大化という観点で俺はもっと下からセーレに見上げられるべきと述べただけである。故に俺は無罪だ。有罪でも止められる者はいない。何故なら俺は魔王だからだ。
ああ、俺みたいな魔王だけだったらこの世界も平和なんだろうな。精々次の魔王を作らないようにしないと。
「とにかくな、世話になった。けどどうせ俺は余所者だからな、早く出ていくに越したことは……」
「あー!」
突如として響いた第三者の声に、俺とセーレが肩を震わせる。
何事かと振り返ると、ルウィンの子供がウルルの背中に盛大にダイヴかましているところだった。
「いっちばーん!」
ぼふん、と背中に乗っかった子供に対し、ウルルは驚くでもなく一度身を低め、それから小さく跳ねる。その背の上で子供がふわりとわずかに宙を舞い、笑う。
「あっ、ずるい!」
また別の声がして、子供達が方々からウルルの周りに集まっていく。ウルルは順繰りに子供を乗せて遊び始める。その扱い方は一見粗雑ながら実に繊細で、怪我させることなど微塵も考えていない。妙なことが上手くなったもんだな、相棒。
「……今出ていったら、あの子達がっかりするわよ」
「……わかってる」
「それともあの子だけ置いていく?」
「ウルルは玩具じゃねーんだぞ」
しかし現状、ウルルは遊具のような扱いに甘んじている。そしてそれで別に嫌がっているわけでもない。
アレだな。俺が暇を持て余していたみたいに、ウルルもそうだったんだろうな。シカ狩り程度じゃ何の退屈凌ぎにもなってなかったと見える。
いや、シカ狩りは生きていくために必要なことであり、遊びでも何でもないのだから切り離して考えるべきだろうが、そうできていないのはウルルが俺の影響を受けているせいか?
ペットは飼い主に似るではないが、俺とウルルは魔力と精神が繋がっている。そのせいで俺の退屈をウルルも抱いてしまったと考えるのは、さほど無茶な推理でもない。だからどうということでもないし、ウルルが子供達と遊びたがってここから離れたがらないというのなら、それはそれで困るのだが。
「別にまだいてもいいと思う。しばらくここにいたら、みんながセイタを見る目も変わるだろうし」
「変わってどうするって話だし、だからそもそも俺がいたら迷惑だろって……」
「ウルルがいるなら文句は言わないと思う」
要するに、忙しい時の子供の世話をウルルに任せている親がいると。で、実際それは助かっていると。
うん、その話に俺の存在や必要性は皆無だな。まあ、いてもいなくてもいいという程度だったら俺も気が楽だけど、なんか悲しいのは気のせいだろうか?
「……わかったよ。しばらくいるよ。あのジャリどもがウルルに飽きるまではな」
「それ、数年後になりそうだけど」
セーレの冗談を聞き流しながら、俺はフォーレスの美景に今一度視線を巡らせた。
……冗談だよな? いつの間にかここの住人になってたとか、ないよな?
一区切りつくまで書いて思ったんですが、展開が遅い。
個人的にも生殺しな感じなので、投稿頻度を上げようかと思います。