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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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五十五話 始末

「待て、俺は何も……あぎっ!?」


 抗弁しようとした男の横面を殴りつけ、地面に転がったところを襟を掴んで無理矢理引き上げる。

 そのまま、力任せに壁へと放り投げた。


「あがっ……ぎゃあぁあっ!?」


 次いで、投げ出された足の膝を間髪入れず踏み砕いた。

 よくわからないが、皿が割れただろうか。血が滲んでいるのは、皮膚が破けただけなのか、骨も突き出ているか。


 ついでのついでで、もう一本の足も踏み折った。


「うああぁぁあああぁっ!? あがあぁあぁぁあっ!!」


 男が叫んだ。叫ぶなと言っても叫ぶので、止めても意味がない。遮音性の『結界』を張ることで手を打つことにした。


 だが、これはこれでいい気分だ。

 キリカに手を出してくれた礼を、悲鳴でたっぷり返してもらっている。それで、俺の中の暴力性も腹が満たされていく感じだった。


 ──しかし、足らないな。


 俺は『氷刀』を両手に作ると、それらをそのまま男の両腿に突き刺した。


「な、あがああぁぁあっ!?」

「痛いだろう?」


 叫ぶ男に構わず、『氷刀』でぐりぐりと傷を抉る。その度、絶叫とともに血が噴き出した。『凍結』は使っていない。今は使わない。


「叫ぶのもいいけど、飽きたら俺の連れに何をしたか話してくれよ? でないと、血を止めてあげられないからさ」


 俺がそう言うと、男は無精髭を鼻水と涎と涙で汚しながら、泣きじゃくり震える声で語り出した。



 ◇



 仕事だ──男はまずそう言った。

 俺が今しがた胸を打った男に頼まれたのだ。数時間前のことだったという。

 この辺では一般的な、今日食うにも難儀する類いの人間だったこの男は、前金を受け取って是非もなく引き受けたという。俺が頭を潰した男も同様らしい。


 内容は、この場所に監禁した女を──キリカを尋問しろというもの。

 何を尋問するのかというと、全部だ。


 俺の予想通り、キリカは探りを入れていた相手に逆に存在を悟られていた。礼のトンズラこいた奴隷商だ。

 野郎には、一人護衛の魔導師がいたらしい。大枚はたいて雇ったそいつが、今の奴隷商の行動指針を決めている頭脳(ブレイン)だという。


 つまり、そいつだ。

 そいつが、キリカをこんな目に遭わせた元凶ということだ。

 そして、そんな危険性を見過ごした俺も……


 ……しかし、今はこいつだ。

 こいつから聞けることを全部聞き出す。それから、始末する。

 順番を間違えてはいけない。速やかに片付けるのだ。


「その魔導師の特徴を言え」

「わ、わからねえ……ローブで、顔も見えなかったし、男か女かも……」

「んだと? 使えねえなぁ?」

「ぎゃあああぁぁぁぁあ!!」


 左足に刺していた『氷刀』で傷を掻き回す。もう膝の上で切断寸前だ。

 血を流し過ぎたか、男の目が虚ろになっていた。息も浅く、荒い。

 死ぬか。死なせないけどな。『治癒』で治してやる。

 ただ、それをやるのも業腹だ。だから、今話せ。全部話せ。


 これ幸いと、俺は『読心』を使った。いい実験体だった。

 ただし、今度の『読心』は最近の経験も踏まえて、調整を利かせる。流す魔力量を減らし、加えて流す時間をコンマゼロ秒単位まで短くするのだ。


 これによって、得られる情報量は必然少なくなる。質問ごとに「はい」か「いいえ」のみ、という程度だ。

 しかしその代わり、一発ごとのダメージは格段に低く抑えられる。脳を焼き切るまで数十回は尋問可能だろう。


 結果、知り得たことは少なかった。

 敵が奴隷商だということ。そいつに魔導師がついていること。パイプ役だった男は俺がさっきうっかり殺してしまっていたこと。

 キリカが俺のことを話したものの、宿の場所までは口を割らなかったこと。


 そして……こいつらがキリカにしたこと。


 最初は、恫喝して口を割らせようとした。

 それが無理だったので、殴った。まず腹を、話さないので顔を。

 次に刃物だ。潰した刃で服を引き裂き、傷を刻んだ。殺すためではなく痛みを与えるために。

 しかしそれもキリカは耐えた。俺の名前しか出さなかった。

 だから、こいつらは次の手段に出ようとしていた。


 つまり、薬、魔法、そして凌辱。

 キリカは犯される寸前だった。女としての尊厳を壊される寸前だった。

 壊されて、全部吐かされる。そうなるところだった。

 俺は、ギリギリで間に合った。

 いや、間に合ったのか? どうなのだろう、わからない。


 男はまだやっていない、と言った。だがそれはこいつの言い分だ。

 こいつが見ていないところで、キリカがどうなったのかはわからない。何をされたのかはわからない。そうである以上、結果論で許すこともできない。


 いや、そもそも、最初から許す気もない。こいつらはキリカに手をかけた。

 許せるわけがない。全部始末しなくてはならない。

 まず、ここの三人からだ。


「ぜ、全部はが、話した! 助けて、助けてぇ!」

「助けるなんて一言も言ってないんだよな」


 へたり込む男の口に爪先を叩き込んだ。靴を血が濡らす。

 倒れた男の胸を二度三度踏み付けた。何かが折れ、肉がへこむ感触とともに、口から血反吐がぶっと噴き出た。

 汚いのでもう最後にしようと思い、男の顔目掛け足を踏み下ろす。赤いものと白いものとピンク色のものが、弾けて潰れた。最後の最後で一番汚かった。


 後で洗わないといけない。そう思いながら、地下を眺め回した。

 頭が弾けた男、胸を潰された男、後頭部が潰れた男。三人分の死体が転がっている。それ以外には何もない。ここにはもう何もない。

 目的の奴隷商、そしてその手下の魔導師はどこだ。探し出して、そっちも始末をつけないといけない。


 だが、今はキリカだ。キリカが心配だ。一度戻らなければ。

 俺は天井に開けた大穴から一階に上がると、外で待機していたウルルと合流し、商会に向けて走った。


 空は、すっかり暗くなっていた。



 ◇



 酷い格好で商会にウルルを預けてきてから、一目散に宿に戻った。

 だが、部屋の前に立った瞬間、突然俺の中で強烈な躊躇いが生まれた。


 俺は、どんな顔をキリカに合わせればいいんだ? 

 俺のせいで、キリカは危険な目に遭った。殺されそうに、壊されそうになった。そんな相手に何が言える? どう接したらいい? 


 謝りようがない。怖い。扉に伸ばした手が震えていた。

 何も聞きたくなくて、知りたくなくて、シオンとの『思念話』も切っていた。そんなのは問題の先送りだと思いながら、緊急事態だと言い訳して、耳を閉じていた。


 だから俺は、キリカがどんな顔でこの扉の向こうにいるのか知らない。

 でも、知らなければいけない。

 俺は、顔を伏せつつ扉を開けた。


「あ」

「え」


 そうして部屋に入った俺の目の前に、キリカが立っていた。

 破かれた服は着替えて、髪は洗ったのか少し濡れて。

 シオンにお湯を出してもらったのか、少し肌が上気しているようにも見える。

 ノブを掴もうとして伸ばされた手は、行き場をなくし空中で止まっていた。


 俺とキリカは、突然のことに硬直していた。目と目が合ったまま、動けない。

 キリカの肩越しに見えたシオンだけがこの空間で動いていた。俺とシオンの方へ小走りで向かってくると、間に割って入るように両方に手を伸ばした。


「セイタさん! 大丈夫……でしたか?」

「あ、ああ」


 ぼんやりと返事して、シオンを見る。俺を不安げに見上げていた。

 その目が、キリカにも向く。


「あの、えっと、あの後セイタさんと連絡付かなくて、それを言ったらキリカさんがセイタさんを探しに行くって……止めようとしたんですけど、その……」

「いや……いい。ごめん、ちょっと立て込んでて」


 言い訳混じりに謝る。そうか。また俺のせいか。反省しないな、俺も。

 ただ、そうか。キリカは動けるのか。その程度には気力と体力が残っているのか。少し安心した。

 もっとも、改めて見るとキリカは酷く憔悴した様子で、立っているのもやっとみたいだった。上気した肌も、温度が下がれば青褪めたものが見えてくるだろう。決して平気ではないとわかる。


 そうだ。平気なわけがないのだ。そういう目に遭ったのだから。

 俺のせいで。俺がやらせたことのせいで。


「……キリカ、その……ごめん」

「……何で謝るの?」

「だって、俺が、その……俺がやらせたことのせいで、こんな……」


 キリカが鼻を鳴らして笑う。


「セイタがやらせた? あたしが自分でやったことよ。どうして謝るの」

「だって」

「謝らないでよ。あたし、セイタを裏切ったのよ。あいつらにセイタのこと話したの。耐えられなくて、黙ってられなくて」

「そんなの、どうだっていい」

「よくないわよ!」


 キリカの目が一瞬見開かれたと思うと、次の瞬間にはその目が潤み、震えて、視線が床に落ちた。肩も震えていた。

 どう声をかけていいかわからなかった。今までのキリカじゃなかった。軽口を交わせる雰囲気じゃなかった。

 何を言えば安心させられるのか。慰められるのか。傷付けないのか。今は何もわからなくなったいた。


 キリカは言う。


「あたし、セイタの役に立たないといけないのに……そういう約束なのに……どうしてこんな、馬鹿みたいな失敗……どうしてセイタの方が謝るのよぉ……」

「キリカ……」

「ごめんセイタ……あたしセイタのこと話しちゃった……全部話しちゃったよぉ……」


 それは、嘘だ。

 あいつは言っていた。キリカは自分の後ろにいる、俺の名前だけしか言わなかった、この宿の場所までは言わなかったと。

 だから、それまで以上の尋問を行おうとしていたのだ。探りを入れていた相手を捕まえ、逆に探り返す。至極当然の反応だ。

 まあ、それも俺は許す気がないが。


 ……しかし、名前だけ分かれば後は探りようがいくらでもあるのか? 

 一応、目立つことならやっている。多頭竜(ハイドラ)の一件だ。サンデル・マイス商会はあれで俺の実力の一端を知った。そちらから俺のことが漏れるということも考えられなくもない。

 まして貧民街や裏ギルド街に隠れるなら、情報は生命線。取っ掛かりだけでも得られれば、そこから遡って脅威の排除に移るのもあり得るだろう。


 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 問題は、キリカが泣いているということだ。


 あの、飄々と俺を弄んでいたキリカが。こんなに震えて、小さくなって。

 こんな時でなければ、その姿にぐっとくるものもあっただろう。

 しかしその身に何があったのかを考えると……今はただ、痛々しいだけだ。


 酷い目に遭った、というなら、彼女を助けた時もそうだった。あの時キリカは、手首を折られて閉じ込められ、奴隷として売り飛ばされそうになっていた。

 それでも涙一つ流さず、平然とした顔で、俺をおちょくっていた。


 だがあれは……今になって思えば、諦めていたからではないのか? 

 元々盗賊という殺伐として世界に生きてきて、これでお終いだと自分を諦めていたから……だから、あんな風に振る舞えていたのではないか? 


 今回は、違う。

 キリカはきっと、俺を待っていた。俺に力があるとわかっていたから、もしかしたら助けに来るのではないかと、そう思っていたのかもしれない。


 でも、俺は遅れた。

 キリカは辱められて、背中を切り刻まれた。期待した分、痛み、苦しみ、怖い思いをさせられた。


 であるなら、口を滑らせたことをどうして責められようか。

 キリカが俺を裏切ったんじゃない。俺が、キリカを裏切ったんだ……


「……キリカ、その……俺は……」


 何か、何でもいいから……言ってやらないといけなかった。

 女の子を安心させるのは、男の仕事なのだ。


「……俺は大丈夫、そんな名前くらい、いくら知られたって平気だ。そんなことより、キリカの方が……生きててよかった」


 無事、という言葉を使うのは、何か躊躇われた。キリカの様子を見ると、簡単にそう言ってしまうのは無神経だと思われたからだ。


 キリカは黙って顔を伏せていた。俺の言葉が届いているのか、いないのか。

 どちらにせよ、これはもう終わったことだ。俺はとにかく、キリカにはもうこれ以上、このことを引き摺ってほしくなかった。


 だから、無神経だと自覚しつつも、できるだけ明るく言った。


「今日はもう休もう、な? 明日も……いや、落ち着くまで俺とシオンがついてるから。シオンもいいよな?」

「え、あ……はい。大丈夫ですよ、キリカさん」

「……」

「心配するなって、ここなら安全だ。俺も……今度はちゃんと守るから。だから、な?」

「……わかっ……た」


 弱々しく頷き、後ろのシオンに振り返るキリカ。

 その手を、シオンが握って引いていく。足取りは鈍く、ややふらついている。やはり、尾を引いているか。

 こういう時、男は何もできないな。シオンがいて、本当に助かる。


 ……と、その足が突然止まった。

 どうしたのか、と俺とシオンがキリカを見ると、キリカは俺をゆっくりと、澱んだ顔で振り返りつつ、小さく言った。


「……あたし、もう一度お風呂に入りたいんだけど……いい?」

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