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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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五十四話 不穏

「絶対におかしい」


 俺はドアをまんじりと眺めながら呟いた。

 時刻は既に夕方。西の空は朱に染まっている。

 影も長くなった。通りの人も少なくなってきている。


 なのに。そんな時間になっても。

 朝見たきり、キリカが帰って来ない。


「こんなこと、ありませんでしたよね……?」


 不安げに言うシオンに、俺は頷く。

 そうだ。アロイスに来てから十日と少し、今までこんなことはなかった。


 キリカは朝、俺達と朝食を取って情報収集に出掛ける。

 昼になったら一度宿に戻って、また一緒に昼食を取る。

 その後は、一緒に行動するかまた別れるかはその時々だが、それでも陽が沈む前には宿に戻って来て一緒に夕食を取る。

 そういう生活のリズムが自然と出来上がっていた。それが三人にとって一番楽だったから、そうなっていったのだろう。


 それが、崩れた。

 キリカが何かを思って戻って来ていない、というだけのことかもしれない。それでも今の今までと違う状況に、違和感を感じないというわけにはいかなかった。


 ……心配だ。何かチリチリしたものを首筋に感じる。

 これが、しばらく放っておくとイライラになるのだろう。ただ待つだけ、というのは人間の心をいたずらに擦り減らすものだ。


 探しに行くべきか。当然、そうだろう。


「シオン……ちょっと、宿で待っててくれ」

「キリカさんを探すんですか? だったら、私も……」

「いや、入れ違いになるかもしれないから、待っててほしい。で、もしキリカが帰って来たら『思念話』をくれ」

「あ、はい……わかりました」


 ちょっと寂しそうなシオンの了承を受け、その頭を撫でる。

 その実俺の頭ん中が一杯一杯だっていうのは、シオンには伝わってはいないだろうか。この上、シオンまで不安にさせたくはない。


「じゃあ、ちょっと行ってくるから。すぐ見付けて帰ってくる」

「はい、その、お気を付けて」


 わかっているよ。安心させるため、もう一度シオンを撫でる。

 それから部屋に防犯用の『結界』と『楔』を張り、俺は早足で部屋を出た。



 ◇



 しかし、勢い込んで出てきたはいいものの、まるで探すアテがない。

 完全にないというと間違いだが、あっても「貧民街のどこかにいるかもしれない」という漠然極まるものだ。これで人探しするつもりかと。


「どうする……」


 大通りに出て、仕方なく貧民街に向け南下しながら考えた。

 人探しか……まるで経験がないな。どう手を付けていいかわからない。

 とにかく、知り合いに話を聞いてみるか。この場合はカズール辺りに。


「……待てよ」


 そこで、ふと思い付く顔があった。ウルルの顔だ。

 そうだ。ウルルは狼で、鼻がいい。森の中で一キロ以遠より人間の臭いを嗅ぎ付けたこともある。

 ここは町中で、数千規模の人間がいるという状況の違いもあるが……それでも、その嗅覚があれば何かわかるかもしれない。


 思い立ったが早いか、俺は商会に向けて走っていた。



 ◇



 アロイス支店の顔馴染みになっていた俺は、すぐに中に通せてもらえた。ついでにキリカのことを聞いてみたが、やはりこちらには来ていなかったようだ。

 偶然顔を合わせたローランに声をかける。


「ちょっと、ウルルに用があって。商会の徽章は付けてもらえますか?」

「おや、町に出るのですか?」

「ええ。ちょっと探してもらいたいものがあって」


 俺に余裕がないのを見てか、ローランは目を細めて話を進めてくれた。

 ウルルの徽章はすぐに受け取ることができた。見た目は、正方形の布に商会の紋章が入っているようなもので、バナーというかゼッケンみたいな感じだ。それを背にかけ、腹側に紐を回す形となる。


「少し窮屈かもしれないけど、ごめんな」

『構わん。別に気にはならない』


 ウルルからのお許しもあって、速攻取り付ける。なんかこうすると競走馬か何かみたいだった。競争する相手がいないんだが。


 ローランに礼を言い、通りに出て、早々ウルルと顔を突き合わせて話す。


「ウルル。突然で悪いんだけど、少し頼みたいことがある」

『何だ』

「キリカがいなくなったんだ。匂いを辿れるか? ほんの少しでもいいんだ。何でもいいから手掛かりが欲しい」

『あの娘、か』


 ウルルは喉を鳴らして首を回すと、俺の肩に顎を乗せるように、耳打ちするようにして静かに唸った。


『ここは、においが多過ぎる。難しいと思うが……やってみよう』

「ありがとう。恩に着る」

『気にするな』


 狼に気を使われる魔王っていうのも、何だか全然締まらないものだな。

 けど、それを気にしている余裕がない。

 俺は自分が思っているより、キリカのことを心配していたみたいだ。喉の奥に痛みと強張りを感じる。気付けば唇を噛んでいた。


 駄目だ。さっさと見付けて、何か言ってやらないと。

 落ち着くんだ。落ち着いて……キリカを探すんだ。

 これは、この嫌な予感は、できればただの予感で終わっていてほしい。


「アテは……ある。ウルル、そこまでついてきてくれ」


 ウルルを伴い、俺は貧民街の区画へと向かった。



 ◇



 道中、ウルルには俺と一緒に『隠蔽』の影響下に入ってもらった。

 いくら徽章があるとはいえ、見た目が巨大な狼のウルルだ。人が少なくなる夕方、そして貧民街といえど、あまり無防備に姿を晒してはいけない気がした。


 ほんの少しでいいのだ。ほんの少し、意識がウルルから逸らされれば、それだけで大分穏便に事が進む。

 実際、『探知』で人通りが少ない路地を選んだこともあって、ここまで何事もなく順調にやってこられた。僥倖である。


 まあ、これからが本番なのだが。


「どうだ?」

『まだにおいが多いな……しかし、残り香がなくもない』

「何でもいいから追ってくれ」

『いいだろう』


 すん、と鼻を鳴らすウルルを追う。

 右へ、左へ、降りては昇って、隠れて、走って。


 狭い路地は既に闇に沈みかけて、とても暗い。だが、これでいい。

 暗くて見えないのは普通の人間だ。俺には『探知』がある。ウルルには鼻がある。先に反応できるのは、攻撃できるのはこっちなのだ。


 ……思考が物騒になっている。慌てているのか。落ち付け、俺。

 と、ウルルが俺を振り返り、小さく唸った。


『……とてもこれ以上は追い切れん。においが散っている』

「駄目か」

『この近辺にいたのは確かだろうが』


 細かい時間帯までは算出できない。ウルルだって生き物だ。探知機や測定機などではない。それはわかっている。仕方がない。

 わかっている。わかっているのだが……クソ! 焦りが募る……! 


 何なんだ? 何が起こっているんだ? 

 今さら何もないとかいうわけはあるまい。シオンからの呼び掛けもない。キリカはまだ宿に帰ってはいない。

 何かあったに違いない……そうだ、ここに来て何かが……


「トラブル……」


 考えられるとすれば、アレか。

 キリカが追っていた、指名手配の奴隷商。あいつに近付いて、何かがあった。

 嗅ぎ回っていたのがバレたのか。それで、それで? 

 それでどうなる。バレたら、キリカは、どう……クソッ! 


 なんでだ! なんでこんなにイラつく! 落ち付け……無理だ! 

 さっさとキリカを見付けるんだ! こんな予感は神経質な俺の妄想だ! 


 何も……何もあるはずがない……だって、キリカは自分で優秀な盗賊だって言ってたじゃないか。そうだ、いや、でもだったら、どうして……


 ……とにかく、探すんだ。

 落ち着かなくても、イラついてもいい。とにかく探すんだ。

 それだけだ。それしかできない。できることをやれ。


「……『探知』を使うか」


 半径五百メートルの『探知』を広げる。

 が、これでは反応が曖昧過ぎる。そもそも『探知』では、あまりにかけ離れた気配を持つなどしない限り個人差は判別できない。精々怪しげな固まり方をしている人間を見付けられるくらいだろう。


 そして、そんな反応はこの周辺にはいくつもある。怪しい人間の集まる怪しい区画なのだ、当然である。やはり判別のしようがない。


 ……だが、待てよ。

 ここには、多頭竜(ハイドラ)の死体やミナスの森みたいな変な魔力場はない。素直に魔法が通る、普通の空間だ。

 ここでなら、魔力を俺の思っているように自由に飛ばせる。『探知』で地形や人間の位置情報がわかっているのなら、そうだ。できる。


 ならば──『思念話』を虱潰しに飛ばせば、あるいは──? 


「ものは試しだ……『キリカ!』」


 俺は、周辺の反応目掛けて一斉に『思念話』の魔力と呼び掛けを送った。

 同時に、無数に反響して返ってくる困惑の思念。


 相手が魔導師でない限り俺から一方的に送る形になる『思念話』だが、一瞬でも魔力を通して繋がると、それで伝わってくるものがある。

 表層の感情だ。普通は、頭に変な声が聞こえたという感じで困惑するだろう。あるいは恐怖するかもしれない。


 だが、これが俺だとわかる相手ならば。

 きっと、何か違う反応を返してくれるんじゃないか。そう思った。

 そうだ。キリカがいるなら、もし魔力を遮断されたりしていなければ──


『……セ、イタ……?』


 ばっと顔を上げる。目が見開く。血が沸騰する。

 声が聞こえた。思念の声だ。弱々しく、消えそうな、キリカの声だ。

 どこから聞こえた。もっと南西だ。どこの建物だ。いや、建物じゃない。地下か。あまり深くない。


 わかる。距離四百、俺の今の場所より五メートル下方。マークした。キリカの反応だ。見逃さない。だが『転移』はできない。直接向かう。


 ……待て、待て。キリカの周りに意識を向けろ。

 人がいるぞ。俺の『思念話』のせいか。混乱している。

 それはいい。何人だ。三人? キリカを……囲んでいる? 

 しかも、そのうちの一人が、キリカの近くに……頭に手を……掴んで……?


「クッソ!!」


 叫ぶや、俺は石畳を蹴っていた。後ろから追ってくるウルルのことなど何一つ考えられなかった。


 何も頭に入らなかった。とにかくキリカの所へ。

 嫌な予感が、ほぼ現実になろうとしていた。



 ◇



 転んで、転がって、壁を蹴って、人を押し飛ばして、

 そうやって、四百メートルという距離はどんどん縮まっていく。

 しかしそれでも、俺の焦りはどんどん募っていった。


「ここか!?」


 打ち捨てられた酒場のような建物、いや廃墟を見付け、俺は扉を蹴り壊しながら減速。その地下の人間の反応を、『探知』で探った。


「四人……」


 一人はキリカ……だろうか。多分合っている。一人だけ動いていない。

 その他の三人は、上で俺が扉を壊した音に気付いてか、動いていた。三者三様、動きは大から小まで。


 どういう集まりだ? いや、どうでもいいか。直接聞く。

 そうだ。五秒後には制圧している。


「ウルル! 離れて隠れてるんだ!」

『……わかった!』


 俺の只ならぬ声色に、ウルルも緊張したような思念で返す。

 反応が早い。ありがたい。相手が人間ならこうはいかなかった。


「行くぞ」


 ほぼ真下の反応に目を向けつつ、魔力を両手に集める。

 使う魔法式は……炎熱、爆発の類いではない。そんな危険なものをここで使うわけにはいかない。


 床を見る。木がある。その下には石。その下には土か。

 それらを壊して、穴を開ける。そのための──『練成』。


 目まぐるしく考えて、いざ行動を起こそうとした時には、もう頭が真っ白。

 それでも俺は、両の手の平を魔力とともに床に叩き付けていた。


 光が放射状に走る。音を立て、魔力が床に沁み込んでいく。

 走査する魔力が、床を構成する物質に片端から干渉していく。

 『練成』は『土整』に繋がる魔法で、物質の分子結合に干渉できる。魔王の知識から考えると、多分そうだと思う。

 それによって、金属ならば伸ばし、木材なら繋げたりすることができる。形を変えて、分離させたりすることもできる。


 つまり──「分解」することもできる。


 建材の接着剤を分解し、石材同士を切り離し、床板を割る。そうすることで、床を崩そうとした。


 そして、崩れた。

 徹底的に分子間の繋がりを切り離された石と土と木が、俺を中心とした円状の部分で崩壊していく。

 埃が上がる。身体が浮遊感を覚える。そんな中でも、頭は冴えていた。


 叫び声が聞こえた、気がした。しかし、聞く気がないから気にならない。

 構わず、地面に足がついた瞬間、前に跳んだ。



 ◇



 土煙が上がり、視界を覆い隠す。ほとんど何も見えない。

 だが、俺には関係がない。『探知』で全て見えている。わかっている。

 『超化』と『隠蔽』をかけて、手近な奴に突っ込んだ。


「なん……ガォッ!?」


 頭を掴み、そのまま壁に叩き付ける。

 嫌な感触があった。横目で顔を一瞬だけ確かめる。知らない顔だ。当然か。

 その男を打ち捨て、低い姿勢で次の奴へと走る。


「がはっ……!」


 目の前の反応目掛け、走る勢いのまま胸に掌底を叩き込む。

 肋骨が砕け、肉がへこむ感触。そのまま吹き飛んで壁に身体を叩き付けていく。すぐには立てないだろう。もういい。


 最後だ。残る反応目掛け、俺は跳んだ。


「ま、待て……がっ!?」


 飛び掛かりざま男を地面に打ち倒し、口と手足を『凍結』で縫い付けた。

 それでも暴れようとしたので、腹を一発殴ってやった。目玉が飛び出るくらいに悶絶していたが、内臓が潰れただろうか。

 まあ、生きているなら問題ないだろう。いや、生きていると問題か? 

 どうでもいい。放っておく。


 残りの反応は……一つ。

 キリカのだ。そちらに、俺は顔を向ける。


「キリカ!」

「セイタ……?」


 震える声を聞き、喉が震えた。


 そこにいたキリカは……後ろ手に縛られ、石の床に横たわっていた。

 頬を赤く腫らし、額からは血も流している。涙の跡も残っている。


 そして……その服は引き裂かれ、露わになった背中と肩には、潰れた刃で抉ったような傷痕が……


「キリ、カ……」

「ごめん……あたし……しくじっちゃった……」


 キリカが謝る。どうして謝る。

 頭の中が滅茶苦茶に回る。わけがわからない。わからないままキリカに走り寄り、有無を言わさず『治癒』を使った。反射的なものだった。

 傷はすぐに治る。頬の赤みも、裂傷も、すぐに消えてなくなった。


 だが、涙の跡と流れた血は消えない。消せない。

 そして、俺にまで魔力を通して伝わってくる、心の痛みと傷も。


「……もう大丈夫だ」


 欺瞞だ。言いながら思った。

 何が大丈夫なのか。女の子が肌まで晒されて。傷まで付けられて。

 何があったのかはわからない。でも、酷いことをされたのは確かだ。

 酷いことを……キリカに……俺の仲間に……


「ごめん」


 手首を縛る紐を引き千切る。傷と汚れを拭う。サブリナで買った服は無残にももう用をなさない。着ていた外套で全身を覆ってやった。

 それでも、キリカはまだ立てない。仕方なく抱き上げる。触れた瞬間、身体が震えたのがわかった。

 怯えだ。強い怯えを感じた。俺は何も言えなかった。


 それが、「男」への怯えだったからだ。


『……シオン、聞こえるか?』

『セイタさん!? ……どうしました? こっちには、まだ』

『キリカを見付けた』

『本当ですか!?』


 シオンに『思念話』を送る。待機していたのか、返事は早かった。


『今からそっちに送る……ついててやってくれ』

『はい……あの? セイタさんは……』

『ちょっと用事がある』

『? は、はい』


 戸惑っている様子だったが、今は構っている余裕がなかった。

 早々に『思念話』を切り、俺と目を逸らし続けるキリカに向き合う。


「キリカ……今から、『転移』で宿に送る」

「え……」

「向こうにはシオンがいる。もう大丈夫……だ。だから、少し待っててくれ」


 大丈夫。何が大丈夫なのか。

 本当は手遅れなんじゃないのか。俺は間に合わなかったんじゃないのか。

 赤いものと黒いものが腹の中に溜まっていく。駄目だ。顔に出る。


 キリカを放し、一歩引き、手を地面についた。『転移』の魔法式が瞬時に広がり、キリカを囲う。


「セ、セイタ」

「本当に、ごめん」


 噛み合わない謝罪だ。次の瞬間には、キリカの姿はなくなっていた。

 宿の『楔』にキリカだけを送った。『思念話』で確認も取った。ひとまず、これで心配はない。


 残るは──後始末だ。

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