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二代目魔王の御乱心  作者: 古口晶
Chapter.3 Conflict
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五十三話 コネ

 顔を洗うつもりが身体まで全部洗う羽目になって、その際にも懲りずにイチャコラしてたので、浴室から上がる頃にはキリカは既に起きていた。

 当然、からかわれた。俺は白を切ったのだが、シオンがうっかりもろに反応してしまっていた。

 駄目ですよ、そこはふんぞり返って「顔洗ってました」って言わないと。

 いや、無理か。二人ともホカホカツヤツヤしてたし。


 シオンはからかわれても前みたいに壊れなかった。でもやっぱり恥ずかしいのか、キリカから目を離していた。まあ、それでもしばらくすれば二人で普通に談笑するようになるだろう。

 俺の方は、開き直ることにした。そうしないとやっぱりシオンみたいに恥ずかしくて死にそうになるからだ。

 大丈夫。俺は言葉を交わして一日目の女の子に素っ裸を晒したこともある恥知らずだ。開き直れば怖いことなど何一つない。人間としては駄目だけど。


 まあ、恥ずかしくないだけで、キリカにフォロー入れるのは確定なんだが。



 ◇



 前述したように、カズールの盗品商へ行ってから三日が経った。

 その間、特筆すべきことはほとんどなかった。


 朝起きて朝食を取ったら、キリカは「町の情報を集める」と言って出掛ける。

 俺とシオンは、部屋や町の外で魔法の訓練をする。

 昼頃になったら、一度宿に戻って三人で合流。昼食を取る。

 その後は、また訓練と情報収集に別れるか、あるいは三人で町を散策する。

 たまに商会に顔を出して、ウルルの様子を見に行ったりもした。

 後は夕飯を食べて就寝だ。


 まずシオンだが、この数日で『凍結』『燃焼』『沸騰』を教えた。

 教えただけでまだ訓練の途中だが、基礎的な魔法だけあって習得は早い。

 ただ、戦闘をやらせる予定は今のところ皆無なので、しばらく感覚だけを養ってもらうこととした。


 なお、『障壁』『思念話』『探知』の方は大分慣れてきたようで、変に力むこともなく自分で調整し扱えるようになっていた。

 元々こういう非戦闘系の魔法の方が性分と合っているのかもしれない。魔力にも安定が見られるので、今後も成長が期待できそうだ。

 ……何というか、自分のことのように嬉しく、ムズムズする。保護者冥利に尽きるというか、何というか。


 一方のキリカは、町の情勢の他、件のレギス商会の裏切り者を調べていた。

 裏ギルド街、貧民街を中心に、カズールの伝手で情報を集めているらしい。

 あの禿のおっさん、そういうところでも力があるらしく、目ぼしい情報はまだなかったものの、キリカは自信あり気だった。


「また稼がせてあげるわよ」


 笑ってそう言っていた。まあ、そりゃ金はいくらあっても困らないがな。


 アロイスに来て一週間、既に生活費で金貨十枚ほど飛んでいる。

 商隊護衛と盗品売却の稼ぎが金貨四十枚強で、差し引き金貨七十五枚分ほどの蓄えがあるものの、今の生活を省みるとそれでも充分とは言えない。


 実質的に、サブリナにいた時とほとんど変わっていないのだ。浪費は減ったものの、宿代が上がっているのでトントンである。

 しかし浴室が便利なので、今さら他に移る気もしない。人間は慣れの生き物だというが、贅沢な方に慣れるのも考えものだ。


「これは、商会の子飼いになるのも視野か?」


 二人とウルルを養わねばならないので、ついそういう考えも頭によぎる。

 だが、そこで待ったをかけたのがキリカだった。


「商会に報酬受け取りに行った時は、それでもいいと思ってセイタが答えを渋ったのに驚いたけどね。でも、あんたならもっといい稼ぎ方ができると思う」

「そうかなあ」

「まあ、決めるのはセイタだけど。でも、セイタくらいの魔導師になると、いざという時商会が足枷にならないってこともないと思うから」


 サンデル・マイスが俺を扱い切れない可能性か。正直、魔王を子飼いにしてる商会って一体何なんだよって感じだしな。

 まあ、キリカが俺の実力に気付いているかどうかは置いておいて、彼女は俺達の中で一番知識が豊富だから、俺のプロデュースを任せてもいいかもしれない。うっかり裏のヤバい仕事とか回されない限りは、何とか凌いでいけるだろう。


「有能なとこ見せて、あんたがあたしを手放せなくしてあげないとね」

「手放すってなあ……モノじゃあるまいし」

「じゃあ、何?」

「キリカのことは、もういい仲間っつーか……友達だと思ってるよ」


 それ以上の関係になりかけて、慌てて蹴った俺が言うと嫌味だろうか。

 それでも、キリカは「友達ね」と笑って答えてくれた。やっぱり、しばらく頭が上がりそうにない。

 本当に、ただの盗賊で終わるには惜しい子だった。



 ◇



 その日の午前、俺は一人商会に行って、申し訳ないが今はスカウトを受け入れられないと支店長のローランに言った。

 だが、彼はそこで「はいそうですか」と食い下がる男ではなかった。


「別に、契約関係でなくても構いません。ただ今後とも、何かご入り用の際に関係を持ち続けられればと」

「つまり?」

「護衛依頼他、お取り引きの際に我がサンデル・マイスをご贔屓にしていただければ幸いなのですが」


 サンデル・マイス商会は大手の商会で、食料品、雑貨、家具、石材、木材、武器、不動産、その他諸々と、大体何でも扱っている。

 なので、行けば欲しいものが大体揃う。そんなわけで、折よく関係を持った俺にお得意様になってほしいと。

 なおそれだけでなく、割り引いてくれたり色々と都合付けてくれるらしい。そんなんで本当に大丈夫なのかと思うのだが、どうも俺が色々買ってくれるとアタリを付けているようだ。

 期待に応えられるかはわからんけど、まあ、受けられる好意は受け取っておくのができる人間ってものだ。見返りなしの好意ではないのは承知だが。


「それでそちらさんに得があるんですか?」

「ええ、まあ。高位魔導師の方がお得意様となれば、こちらも箔が付くというものですから」

「俺くらいの魔導師ならゴロゴロいると思いますけど」

「いやいや、ご謙遜を」


 ビジネススマイルで答えるローラン。やはりどうも、この商会では俺の魔導師としての評価が妙に高い気がする。

 まあ、リースからの伝聞のせいなんだろうな。多頭竜(ハイドラ)の件はともかく、その前から結構戦い方や魔法を見せてたし。


 で、雇用できなくても関わりは持っておこうというわけだ。

 懇ろな関係を作っておけば、いざという時に引き込んで戦力とすることもできるだろうし。そもそも力があって稼ぎもそれなりに期待できるから、自分の所で金を落としてもらおうと。

 俺をフリーランスに留めておけるのは、引き際がわかっているからか、あるいは俺を子飼いにすることの扱い辛さを向こうも何となく察しているからか。

 何にせよ、上手い妥協点を見付けたものだ。


「まあ、俺も商会と関わりができるのは嫌じゃないですし、それくらいなら」


 曖昧に了承すると、ローランはにこやかに頷いた。

 と、そこで付け加えた。


「そうそう、今庭で預からせていただいているセイタ殿の狼のことですが」

「え、何かしました?」

「いえ、実に大人しく、今や商会の名物になりかけています」


 名物って。ウルルは忠賢ハチ公か何かかよ。まあその気もあるけど。


「しかしですね。どうにも、彼の町中での扱いに関してセイタ殿が困っていると窺いましたので」

「ああ……」


 と、そこで話が例の「徽章」に移った。

 何でも、サンデル・マイスの徽章を発行してウルルに着けてくれてもいいというのだ。鞍のようになるか、あるいは胴に垂れとして装備するのか。とにかくそれで、入市税を払えば馬のように大手を振って町中を歩けるようになるという。


「もっとも、驚きの視線は拭い切れないでしょうが。しかし、彼が凶暴でなく極めて理性的なのはここ数日でわかっています。商隊護衛の際にも的確に動いて、被害を防いでくれたとか」

「ああ……けど、いいんですか?」

「彼にも恩がありますからね。それに、商会の宣伝にもなります」


 物珍しさを利用するということか。しかし裏を返せば、徽章を着けたウルルが何か悪さをすればそれがそのまま商会の悪評に繋がるということなのだが、それをローランが気にしている様子はない。

 俺がウルルの手綱を完全に握っていると見てのことなのか、それともウルル自身に信用を置いているのか……ビジネススマイルからは内心を窺えない。


 ただ、まあ、これで厄介事を一つ解決できると思えば、俺に断る選択肢はなかった。

 たとえあちらさんに何らかの思惑があろうとも、だ。


 ひとまず、商会との話はそうして纏まった。



 ◇



「ただいまーっと」

「あ、お帰りなさいセイタさん」

「お帰りー」


 部屋に戻ると、シオンとキリカがベッドに座って向かい合っていた。

 何を話していたのか気になるが、聞かないが華だ。ガールズトークは野郎には刺激的過ぎることが多いからな。


「とりあえず、完全雇用はなくなった。けどそれ以外で色々と関わることになりそう」


 俺はローランと話したことを二人にも話した。シオンはこういう話はあまりパッとしないみたいだったが、キリカの方は「ふーん」と気のない返事をしながら何か考えていた。


「随分、あっちはセイタにご執心ね。ま、魔導師のお得意様ってなれば力も入るか」

「そんなもんなのか」

「そりゃ、魔導師はいくらいても困らないものよ」


 この世界の魔導師は便利屋だ。戦闘系にしろ、非戦闘系にしろ、魔法は様々な場面で有用である。

 その蓄えた知識と能力を売り物に、魔導師は糧を得る。それは他の職種と大して違いはない。

 違うのは、絶対的な数が少ないということだ。


 ある程度魔法を扱える「だけ」という人間ならば、割といる。

 しかしそれを戦闘での使用に耐えるまで鍛練できる者は、そうそういない。

 さらに、様々な分野や系統の魔法の知識がある者となると、さらに少ない。


 何であれ、使えるのならば使い道があるのが魔法だ。魔導師も同じで、とにかく能力があればどこでだって必要とされるのである。


「そういうことだから、そう簡単に手を引いてくれそうにはないわね」

「まあ、別にいいけど」

「そうね。別に気構えなくても、お互いに利用するだけだし」


 取り引きっていうのはそういうものだからな。

 そういう風に考えていた方が、後腐れがなくていい。


「そんなわけで、今日の予定はしゅーりょー」


 気の抜けた声と共に、俺はベッドにごろんと転がった。

 ああ、いい匂いだ。高いだけあってベッドも質がいい。まだ昼なのに気持ちよくなっちゃう。これでシオンを抱き枕にしたらもっと気持ちいいんだろうな。

 さすがにキリカの目の前で実行するほど頭も茹だってないが。


「あんた、放っておくとずっとダラダラしてそうね」

「そうだなー……何もしないでいいってのは幸せだよ」


 最近は、もっと幸せなことが増えたけどね。

 キリカがやれやれと首を振った。


「じゃ……あたし、例の奴隷商のこと調べてくるから」

「ああ、すまんね。面倒かける」

「こっちはあたしの仕事。荒っぽいのは全部あんたがやってね」

「わかってるよ」


 言って、部屋を出ていくキリカ。シオンが言うに、俺がいつ帰ってくるかわからなかったから、昼食は二人で済ませてしまったらしい。


 俺も、買い溜めした食糧をもっしもっしと貪る。

 保存食なので、味も凝ってないし温かくもない。腹を満たすだけの飯だ。夕飯でちゃんと食えばいいのだ。


 食いながら、二人きりであるのをいいことにシオンに抱き付いた。

 でも、今日はしないよ。俺はとにかく、そう毎日もしてたらシオンだって疲れ果ててしまう。


 シオンには俺が抱える抱き枕になってもらった。俺の腕の中でむずがるシオン。そして、その頭を撫でる俺。

 原点回帰だ。そういう関係になる前の清い俺達の愛情表現。

 思えば前々から、身体的接触は多かったなあ……


 そんなこんなで、カズールから残りの金を受け取ったり、ダラダラしたり、ウルルに会いに行ったり、ギルドで依頼を受けて多頭竜(ハイドラ)の死体処理の補充人員になったりしながら、また五日ほど経った。


 その日だった。

 その日は、何かおかしかった。

 朝に部屋を出てから、夕方になっても、キリカが帰って来なかったのだ。

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