五十二話 浴室で
「んぁ……」
どろんどろんの思考と身体を引き摺りつつ、のっそり上体を起こしながら、毛布を退ける。
そして暗い部屋の中を一度見回すと、目を擦りながら今度は左手の方を見下ろす。
いつも通り、そこにはシオンがいた。最近はすっかり俺のベッドで寝ることを厭わなくなって、ついでに羞恥心や緊張もなくなったようだ。ふにゃけた寝顔を俺の側に晒している。
キリカのいる右側のベッドをちらりと眺め、気配から眠っているのを察すると、再度シオンに目を向けた。
それから一瞬逡巡し、ブラウスの肌蹴かけた肩をゆっくり揺する。
「シオン……シーオーン……」
「んにゃっ……セイタさん?」
目を擦りながらシオンが起きる。起きがけに俺の左腕に縋り付くのは、本能だろうか、それとも偶然近くにあったからか。
「おはようございます……」
「おはよう」
挨拶もそこそこに、俺はベッドから立ち上がると、まだぼんやりしているシオンをベッドから抱え上げた。
「ひゃっ」
声を上げるシオン。なお、着ているのはブラウス一着のみだ。
そう、上にブラウスだけ。
もう一度言おう。ブラウスだけだ。
下着は着けているが、下はスカートも何もない。パンツが見えるか見えないかというところで、丈の長さに助けられて隠蔽されているのみ。
実に扇情的な光景だ。
しかし今の俺は頭がぼんやりしているので、欲情はしない。身体は反応しているが、これは朝なので生理的な反応でしかない。健康の証である。
さてそれはさておき、シオンをお姫様抱っこして俺がこれから一体何をどうするかということだ。
どうするかというと、浴室に連れて行くのだ。
何故かというと、それは行ってからのお楽しみだ。
◇
「さて、起きたばかりで何だが」
「はい」
「『沸騰』の練習をしよう」
そう。魔法の練習だ。
何かを盛大に裏切った気がしたが、別に気にしない。ここ数日の日課を続ける。
「じゃあ、俺が水を集めるから、それに『沸騰』をかけるんだ」
「はい!」
「よし、いくぞ」
号令をかけて、俺は魔力を通気口やらから外に向け、水分を集め始める。
するとすぐに水桶一杯ぶんの水が集まり、それが俺の手の上で巨大な水の球を作った。表面に小さく波が立っているが、飛び散ったり落ちたりする様子はない。
俺はシオンに顔を向けて言った。
「じゃあ、教えた通りにやるんだ」
「はい!」
「あまり気張らなくていいからな」
「はい……!」
前もって教えておいた『沸騰』を、シオンが使う構えに入る。
ぐっと伸ばした両手に意識を集中させ、合わせた両手に魔法式が組まれていく。
『沸騰』とは、その名の通り極限定的な範囲で分子運動を著しく活発化させ、水の温度を上げる魔法だ。
『燃焼』とは似て非なり、しかし遠からずという魔法で、その使用法から基本的に戦闘ではなく生活の諸場面にて用いられる。今みたいに湯を沸かしたりとかだ。
ただこの魔法、『燃焼』と近い部分もあって、「物を燃やすより水を温める方が安全」というしょうもない理由からではあるが、炎熱魔法の基礎訓練として使うには最適なのだ。
なので、より攻撃的な『火球』『火炎』なんかを教えてしまう前に、これを教えてシオンに感覚を養ってもらおう、というのがダメ教師であるところの俺の痩せた考えなのだった。なお、温めた湯は顔を洗うのに使う。
さて、そうやって三十秒ほどシオンを見守っていたのだが……
……まだ、次のステップは遠いか。
魔法式に注ぎ込まれた魔力が反応し、淡い光を放っている。それに従い、俺の作った水球がじわじわと温度を上げていくのがわかる。
決して早くはない。だが、それはいい。早くても制御できなければ、訓練の目的からすると元の木阿弥だからだ。
気になるのはそこではなく、シオンの集中度合いだ。
意識散漫、というわけではない。集中し過ぎているのである。大した量の魔力を扱ったり、精密な制御を要する魔法ではないのに、だ。
気を張り過ぎている。つまり張り切っているということ。
それはいいのだが、度を超しても少しアレだ。何とか言い諭してやりたいが……ダメ教師の俺には、上手い言葉が見付からない。
ここ数日、それとなく言葉で説明してはいたのだが、結局それではシオンの固さは取れなかった。
……ので。のでので。
昨日寝る前に思い付いた最終手段。それを使ってやることにする。
俺は──隙を見て、つっ、とシオンの脇腹を擦った。
「んひぃっ!?」
当然声を上げるシオン。だがこれで終わりではない。
水球を浮かせたままシオンの後方に回ると、そのまま張り出した腰骨を撫でる。それから、間髪入れずに柔らかいお尻に手を回し、指を埋めた。
……おお、この大成征太、極楽におりまするぞ……
「なっ!? セ、セイタさん!?」
抗議と悲鳴の声が上がる。だが、無駄だよ。既に遮音『結界』を張ってある。このまま続けさせてもらおう。
「ほら、水を温め続けるんだ」
「な、でも、こんな……ひっ! 集中できませんよぉ!」
「しなくていいんだよ」
え? とシオンが俺を振り返ろうとしたが、それを遮るようにシオンのブラウスの中に手を突っ込んで肋骨を撫でた。
「ひゃあぁぁっ!?」
「うーん……段々健康的な身体になってきたな、シオン」
摘まんだり、つついたりしながら、セクハラ待ったなしの感想を漏らす。もっとも、既にやってることが痴漢そのままなので、今さら評価が下がりようもない。
下がらないのなら、開き直って好き勝手できるということだ。
なお、俺は正気ではない。
寝惚けている。だから、こんな酷いことを平然とやれるのだ。
そういう体で進ませてもらおう。今のところは。
「うぅっ、あっ! ……く、はぅっ……!」
「堪えなくてもいいぞ、聞こえないからな。でも、『沸騰』の制御だけは手放すなよ」
女の子にこれはまさしく拷問だろう。言い逃れできない下衆さがあった。
しかしそれでも何とか耐えたシオンは、二分間水を適温まで温め通し、俺の痴漢行為からようやく解放されることとなったのだった。素直に感心。
……が。
「はぁっ……あ……」
「さすがにやり過ぎたか……」
腰砕けになって息を荒げ、浴室にぺたんと座り込むシオンを見下ろし、俺は冷や汗をかいていた。
どうしたものかと今さら申し訳なく思いつつ、その肩に手を乗せる。
「あのー……ごめん、シオン。ちょっと調子に乗り過ぎた」
「……」
「その、緊張が解れればと思って、その……いや嘘、本当はついムラムラしちゃって、反射的に……はい、ええ、ごめんなさい」
我ながら下衆の極みである。しかし他意が九割とはいえ、訓練の役に立てばと言う気持ちも一割はあったのだ。
そう、一割。たった一割。されど一割。
いや、やっぱりたった一割だ。うん、駄目ですね。ただの痴漢です。
と、シオンがいつの間にか振り返っていた。
その目が、何やら蕩けて、半開きになった口が震えていて……
「シ、シオンさん?」
「……セイタさんっ」
瞬間。がばちょ、と抱き付いてくるシオン。
咄嗟のことに反応できず、シオンを抱き留めたまま床に転がる俺。
危ない。石造りの上に板張りでなかったらちょっと痛かったかも。
と、そんな風に意識を逸らしていると、俺に馬乗りになったシオンが、股を俺の元気なアレに擦り付けてきて……
「くださいっ……! セイタさんっ、ください……くださいっ……!」
犬のように、喘ぎながら俺にそんなことを言う。
……これは、俺のせいか。俺のせいだろうな。
では、俺が責任を取らないと……いけないな?
……わ、わかりました。お相手、仕ります。
「シオン……わかった。来て、いいよ」
「セイタさん……!」
「ごめんな、待たせて」
抱き付いてくるシオンの服を、上から剥ぎ取った。
シオンも、下になった俺の服──寝巻にしていた、この世界に来た時の服だ──を剥ぎ取って捨てた。
それからは、もう、乱れに乱れた。
『結界』で音が漏れないのをいいことに、そしてあれ以来初めてであることに調子に乗って、とにかく口で憚られるほど乱れた。
最後は、俺の上に座らせたシオンを後ろから抱き締めながら果てた。
ついでに、行為の最中にも『思念話』の訓練は欠かさない。ピロートークも『思念話』で済ませる徹底振りだ。口が塞がっていても話せるのがいい。
と言っても、「好き」とか「愛してる」とかお互い月並みな文句しか言わなかったというか、余裕がなくて言えなかったんだが。
会話にならんがな、これでは。
まあ、いいか。
そんなわけで、俺とシオンはキリカからのお許しを得てから三日目、ようやく何にも憚られることなく致せたのであった。
朝からお盛んなことです。はい。